若手棋士による塔矢アキラ研究会 7 - 8


(7)
碁盤を囲んでいた者たちも、一斉にアキラの方を見ている。2人は少し躊躇があるように
アキラと目が合うと視線を下に向けたが2人は隣の男と同様に笑みを浮かべて
アキラの出方を伺って楽しんでいる。
ハメられた、とアキラは思った。彼等は最初からそれが目的で自分をここに誘ったのだ。
男の手が壁から離れてアキラの髪を梳いた。
アキラは壁に背を付けたまま動かなかった。だが男を睨み吸える目はそのままだった。
男は愛おしむように暫くアキラの髪を嬲り続けた。
「一度でいいから、こうしてみたかったんだ、オレ…。」
黒髪の少しを指にからめるとそれにキスをした。
まるで直に体の一部に触れられたような悪寒がアキラの背中に走った。
「見たんだよ、オレ。」
何を、とは聞き返せなかった。ヒカルと初めてキスをしてから、少し隙があった。
浮かれていた。一目をはばかったつもりでいて無意識に周囲を威嚇していたかもしれない。
ヒカルはボクのものだと。2人の間に何者も立ち入るなと。
只でさえ勝ち星を自分達低段者にさらわれて快く思わない輩にとって、
無意識とはいえ自分がとった行動は歪んだ敵意を生み出すきっかけになってしまった
かもしれない。
そしてそれが最も悪い形で自分の身に向けられようとしている。
「進藤ヒカルがとある有段棋士とキスしていたなんて、広めたい話じゃないよな。」
男の指が髪からアキラの目尻、そして頬をなぞって唇に触れて来た。


(8)
男の指が、ついとアキラの細い顎を持ち上げた。
「進藤くんの相手は誰なんだろうねえ。」
アキラは口を開かなかった。ただ射る様な視線のみで相手を非難した。
こんな事をしたって、自分の棋力が上がる訳でもないだろうに。
そういう哀れみも混じっていたかも知れない。アキラはもう一度部屋に居る
他の棋士達を見つめた。誰か1人でいい。「からかうのはその辺にしとこうぜ」、
その言葉を発してくれる者が出て来るのを願った。今なら、まだ。
だがそんなアキラの望みは、長髪の男が次にとった行動で断たれた。
「黙っていてやるから…オレ達に同じ事させろよ、塔矢三段…。」
最初からアキラの意志や返事など待つつもりがなかったかのように、男の厚い唇が
アキラの唇の上にかぶさってきた。
「…やった…!」
「…もう引き返せないぜ、オレ達…どうせなら最後まで…全員共犯だし…」
部屋の男達が自分を納得させるための勝手な言い分を口々にしているのがアキラの耳に
聞こえて来た。抵抗しようにもあまりに強い力で後頭部と肩を押さえ付けられ、
激しく唇を貪るように吸われた。それでも渾身の力で男の首元を押しやり、
やっとの思いで顔を引き離した。
「…進藤と…こんなことはしていない…!」
「じゃあ何をしていたんだ。言ってみろよ。」
アキラが返事を言い淀むと再び唇を塞がれた。2人の男が近付いて来る気配がした。



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