羽化 7 - 8


(7)
そんな事を考えている芦原に気付いているのかいないのか、アキラは随分と色の薄くなった
液体をすする。だがさすがに酔いが回りつつあるようで、目がトロンとして、微かに目元が赤く
なっている。あまり顔色には出ないが、目に出るタイプだな、と芦原は思った。
「アキラ、眠いんじゃないかぁ?」
とからかい加減に声をかけると、
「そんな事ありません。まだまだ平気です。」
ムッとしたような声が返ってくる。そんな風に言い張るさまが、まだまだ子供っぽくて可愛い。
アキラはグラスの残りをぐっと呷り、もう一杯飲もうとして、氷が殆ど溶けてしまっているのに
気付いた。
「氷、取ってきますね。」
そう言って立ち上がろうとしたアキラを芦原が、
「いいよ、オレが…」
と、押し止めようとした。
軽く肩を押しただけのつもりだったのにアキラの足元がふらついた。咄嗟に芦原は手を出して
アキラの身体を支えた。覚束ない足元のアキラが芦原の腕に体重を預けたまま芦原を見上げた。
「それみろ、酔ってるじゃない…か…」
見上げるアキラの視線と、見下ろす芦原の視線とが絡み合った。そのままぐいと腕に力を込めて
芦原はアキラの身体を抱き寄せた。呆然としたような表情でアキラが芦原を見ている。潤んだ瞳。
僅かに開かれた形のよい薄い唇。アルコールのせいなのか、紅を塗っている筈もないその唇が
やけに赤く見える。
その色に魅入られたように芦原はそのまま自分の唇をそこに重ねた。


(8)
芦原の下でその唇が逃げるように動く。が、芦原はそれを追い、逃がさぬように頭をしっかりと固定
する。そうしてもうどこにも逃げられなくなった紅い唇を、芦原は夢中になって貪った。先程までア
キラが飲んでいた梅酒の濃厚な甘さと芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。まるで媚薬のようだ。吐息ま
でもが香りをまとって甘い。さらさらと滑る髪を梳きながら、唇を首筋へと滑らしていく。
「あ…しはら…さ…ん、」
耳に届いたハスキーな声に、芦原は自分が抱いているのが誰だったのかを突如思い出し、捕らえ
ていた身体を解放する。
「ア…キラ…」
呆然として腕の中にいる少年を見下ろした芦原に、戸惑っているような、怒っているような目をして
彼が問う。
「どういう…つもり…なんですか…?」
「ごめん、オレ…」
アキラが芦原を見つめたまま、小さく首をふる。
それが先程の行為への抗議なのか、それともその行為の中断への抗議なのか、芦原には区別が
つかない。区別がつかないまま、芦原はアキラを見返した。
突然、アキラがその視線を断ち切るように、芦原の胸元をぐっと掴み、引き寄せて、芦原の唇にもう
一度自分の唇を重ねた。一瞬重なった唇はすぐにはなされ、アキラの目が芦原を睨むように見上げ
ていた。視線は挑むように真っ直ぐに芦原を刺すのに、その手も、唇も、小さく震えている。深い色の
瞳が潤んでいるのはアルコールのためなのかそうでないのか。見詰め合ったままどちらからともなく、
重なり合ってソファの上に倒れこむ。アキラの黒髪が芦原の頬に落ちた。



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