夢の魚 8
(8)
「金色の魚だ」
僕は囁いた。
「うん?」進藤が聞き返したけれど、僕はなんでも無いと笑って頭を横に振った。
言葉にしてしまうと、つまらなくなる。
違うな。
どんなに言葉を費やしても、伝わらないものが、この世には存在するんだ。
僕は去年、進藤にsaiの面影を見た。
僕にとって、進藤は進藤でしかない。でも、それと同じぐらい強い確信がある。
僕がネットで対局したsaiは、進藤なんだ。
初めてであった頃の進藤なんだ。
いまの進藤は……、進藤であり、saiでもある。
本当に、言葉にすれば陳腐だ。訳がわからない。
誰に説明したところで、わかっては貰えない。でも間違いないんだ。
理由を言えといわれても、言えない。
だって、理屈じゃないんだ。知っているんだ。
長い間、進藤とsaiを追い求めた僕だから、わかる。
意思の疎通の為に、人間は言葉を得たはずだ。
だが、どんなに言葉を尽くしても、伝えられない想いはある。
「や……塔矢?」
名前を呼ばれて、振り向いた。
薄青い光が、進藤の輪郭を淡く染めている。
僕は夢から覚めたような気がした。
ううん、夢を見ているのかもしれない。
頬の辺りを淡く彩る水色は、あの雨の日の傘のなかを思わせる。
「進藤…?」
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