夏の終わり 9 - 10


(9)
『いま塔矢の家、電話がさ、黒いダイヤルのヤツで、珍しいからかけてみた。
…………うん、うん。そう、用なんてないよ。どうせ和谷ヒマじゃん。
今日対局も指導碁もなかったろ?』
和谷君のスケジュールを把握している進藤に腹を立て、和谷君に嫉妬した。
あれは最初の北斗杯のあった年だから、もう3年前になる。
僕が、自分の気持に気づいた頃だ。
進藤は本当に好奇心が旺盛で、なんでも知りたがる。
でも、知りたがるだけで、覚えようとはしないし、初期衝動が満たされると途端に興味を失う。
僕がなかなか自分の気持を言葉にできないのも、そこに理由の一端がある。
進藤の言葉や気持を疑うわけじゃないけれど、でも心の片隅に不安があるんだ。
同性愛という物珍しさに夢中になっているだけで、すぐに飽きてしまい興味を失ってしまうんじゃないか。
僕そのものを欲しているのではなく、同性との恋愛というあまり日常的でないシチュエーションに、気持を掻き立てられているんじゃないか。
そんな事はないと自分の不安を打ち消したいが、いま嬉々として鬼灯と格闘している進藤を見ていると、むしろ不安の根拠を見せつけられたようで、ますます落ち込んでしまう。
もう、二度も体を繋げながら、いまだにこんなことで悩んでいる僕は、ただのつまらない小心者だ。
「塔矢、なにボーっとしてんだよ」
軽く頬を突つかれて、僕はまた自分か物思いに耽っていたことを気づかされる。
「あ……、ごめん」
「もしかして、疲れてる?」
「そんなことないよ。ごめん」
「謝るなよ。な、それより、これをどうするんだ?」
進藤の指先が軽く摘んでいるのは、空気を送り込まれて、丸い形を取り戻した鬼灯だった。
「あ、上出来、上出来」
僕も急いで自分の鬼灯を膨らますと、潰さないように細心の注意で摘んで見せた。
「このヘタのあったほう、穴の開いているほうをね、舌の上に乗せるんだ」
僕を真似て、進藤が舌を覗かせる。
「そうしたら、口のなかで…舌を使って押すんだ。こう」
――――ぎゅぷっ
僕の口のなかで鬼灯がおかしな音を立てる。


(10)
「フン?」と鼻を鳴らしたあとで進藤の頬が動いた。が、ブチュっという小さな音が聞こえただけだった。
「あれ、失敗?」
「失敗だね」
「おかしいな」と首を傾げながら、進藤はもう一度鬼灯を膨らました。
「こっち側を下にするんだよな?」
進藤が尋ねるので、僕は少し顔を近づけて、彼の口元を覗きこんだ。
ふっくらした唇が開き、濃い桜色の舌が差し出される。
いつもはモノクロの碁石を摘んでいる指が、今日はあざやかな朱色の実を摘み、舌に近づく。
鬼灯を乗せた舌が、すっと口の中に消える。
その瞬間、僕の下腹部にずきりとした痛みのようなものが走った。
僕は思い出していた。
進藤の桜色の舌の感触を。
少しだけ開いた唇から、またブチュっという音が聞こえる。
「おかしいなぁ、言われたとおりやってるつもりだけど」
潰れてしまった鬼灯を、進藤が指で取り出す。
鬼灯も指先も、濡れて光っている。
動悸が早くなる。
下腹部の痛みが疼きに変わる。
僕はおかしい。僕はおかしい。一体何を考えているんだ。
「塔矢、もう一度お手本見せて」
「え、あ、ああ、うん」
縁側に片手をつき、進藤が体をひねるようにして、上半身を僕の前に持ってくると、下から覗き込むように、僕の口元に視線を据える。
その視線に何もかも見透かされそうで、できることなら逃げ出したかった。
でも、今更逃げ出せるはずもなく、僕はため息で騒ぐ心臓を落ち着かせると、一連の動作を繰り返した。
「塔矢って、唇薄いよね」
僕の努力を嘲笑うように、進藤が何気なくそんな言葉を口にする。
「きれいなピンク……」



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル