先生、あのね 1 - 5


(1)
「すごいですね、さすが先生だ。どんどん飲み込んでいきますよ」
越智はわざとらしい敬語で嘲笑するように言った。
アキラはそれを憎しみと怒りの目で睨む。本当なら今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。しかし手
足を縛られて口を塞がられている以上、抵抗らしい抵抗などできなかった。
越智は楽しそうに碁石をアキラのアナルへ詰め込む。
「先生、苦しいんですか? まだこれからなのに」
不敵な笑みを浮かべながら、越智は碁盤に散らばる黒石だけを選び取ってアキラへ詰め込んだ。それは先
程の対局で使用したものだった。アキラが白で行われた指導碁で越智は勝ったのだった。勝った越智はア
キラを奴隷のように縛り上げ、自分の強さを見せつけるように、勝った分だけの石をアキラに詰め込んで
いた。
ゆっくりゆっくりと数が増えていく碁石を出さぬよう、アキラは耐えた。もし途中で出せば、また始めか
らやり直される。だが、アキラが抵抗しないのは他にも理由があった。


(2)
「これからは先生と呼んでもらおうか」
ことの始まりはその言葉だった。
それに反発した越智は、次第にアキラの本当の目的を見抜いた。
そしてアキラはヒカルに執着したばかりに越智に脅されてしまった。
「進藤が好きなんですか? 男同士なのに? 気色悪い。それを知ったら、進藤はどんな反応をするんで
しょうかね」
越智は嫌味ったらしく言った。
初めはそれを無視していたアキラだったが、越智の巧妙な脅しに不安は次第に増加していった。
「何が目的だ?」
アキラは交換条件という形で越智の希望を叶えることにした。だがそれこそ間違いだった。
「それは進藤が好きだということを認めたも同然の発言ですよ。ハハハッ、これは面白いことになりまし
たね」
越智はそっとズボンの後ろポケットからICレコーダーを出した。
「ボクはただ進藤よりもボクの方が強いってことを認めてもらいたかっただけなのですが、予定変更です。
ボクの奴隷になっていただきましょう」
アキラを舐めるように見つめながら越智は言った。
「ふざけるな。ボクがそんなもので言うことを聞くと思うのか」
「ボクは本気ですよ。もし聞けないって言うのなら、仕方ありませんね。これをばらまいて先生どころか
進藤も地獄に落としてやりましょうか」
進藤という名前を聞いた途端、アキラは黙って俯くしかなかった。
「よかった、持ち歩いてて。こんなに活躍するとは思いませんでしたよ」
越智は高笑いした。


(3)
「先生、これで最後です。どうですか、気分は。ボクの強さを理解してくれましたか?」
越智は碁石が出ないように指で栓をしながら言った。
アキラは苦しみのあまり何も考えられなかった。
「先生、ここで気絶してもらったら困りますよ。まだまだお楽しみはこれからなんだから」
越智は指を引き抜いた。それと同時に一つ二つと次々に碁石がそこからあふれ出た。
カメラのシャッター音が響く。アキラは朦朧とする意識の中でその音を聞いた。
たった一度の失敗が、こんなにも追い詰められる結果となるとはアキラ自身想像もしていなかった。
越智は次々とアキラの弱みを握っていく。
アキラは本当に奴隷になっていく気がして、初めて越智に恐怖を感じた。


(4)
あれから何時間か経ってようやく開放されたアキラは無言でその場を立ち去った。アキラを手に入れた余
裕からか、越智はそんなアキラを追うことも罵声を浴びせることもなかった。
まるで頑丈な鎖につながれているかのような重い体を引きずって、アキラは家路を急いだ。暗い夜道をと
ぼとぼと歩く。そして空を見上げた。冬の夜空は星すらも凍えさせているのだろうか。星の弱々しい光が
ふるえて見える。
ふと星がにじんで見えなくなった。不思議に思い目をこすってみる。そこで初めて自分が泣いていること
に気づいたアキラは悔しくて仕方がなかった。自分の気のゆるみが越智に弱みを握られてしまうことへと
つながったのだ。だから越智の屈辱的な行為は自分への罰なのだ。ヒカルを好きになってしまった自分へ
の…。そう思うことでアキラは自分を慰めた。


(5)
それから数日後、棋院の入り口でヒカルを見つけたアキラはその横を走り去るように通り過ぎた。ヒカル
は和谷ら仲間と一緒に楽しそうに話している。そこに自分の隙間などないことを頭では理解しつつも、ヒ
カルのそばにいたいという気持ちは抑えられなかった。
その葛藤に満ちた表情がどんな風に彼らにうつったのかわからない。ただヒカルの「なんだよアイツ」と
怒った声が後ろから聞こえて、アキラの胸を締め付けた。
絶望にも似た悲愴感に包まれながら棋院に入る。すると待ち構えていたかのように越智が目の前に現れた。
「先生、おはようございます」
にこやかにそう挨拶すると、越智は封筒を手渡した。アキラは何かと思い中を見る。するとそこには何枚
もの自分の裸の写真があった。あの時の恐怖と苦しみがよみがえり、アキラは体を震わせた。
「この前はありがとうございました。先生のおかげでとってもいい思い出ができましたよ」
越智はクスクスと嫌味っぽく笑った。それをアキラは唇を噛みしめて耐えていた。
「嫌だな。先生、そんな険しい顔しないでくださいよ。今日はこの前のお礼がしたいだけなんですから」
そう言うと越智は自分の後についてくるように促した。



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