紅い海、裂かれた月。
ここは何もない世界。
生命の存在はただ二つ。
はじめの頃の、今にも消えそうな弱い生命ではない。
新世界を創造する、強い強い二つの生命。
この世界は、少しづつ変わり始めているのかもしれない。
―気が付くとアタシはまた一人だった―
「ここ…どこ?」
シンジの姿も、紅い海も、裂かれた月もない。
存在するのは、アタシと何もないこの空間だけ。
存在しているのか、それすらもわからない曖昧な世界。
「また…夢なの・・・?」
―違う・・・―
曖昧だけれど、ここにはアタシが存在している。
はっきりと意思を持って…。
―なんで? どうしてまた一人なの? ―
歩いても歩いても無限に広がる空間からは抜け出せない。
それどころか自分が"歩いている"のかすらわからない。
「シンジ・・・どこにいるの?」
―怖い…―
また、孤独と言う世界に押しつぶされそうになる。
―また、一人…―
アタシは走った。何もない空間では走っても
周りの景色は何も変わらない。
それでもアタシはひたすら走った。そうしなければ、
じっとしていれば、自分を保てないような気がしたから。
―ママ! アタシ、選ばれたのよ! エリートなのよ! ―
―アタシはママの人形じゃない! ―
―アタシは一人で生きるの―
―やめて! アタシの心を読まないで! ―
―加持さん・・・どうしよう。アタシ…汚されちゃったよ…―
―アタシが心を閉ざしてるっていうの!? ―
―ミサトもイヤ、シンジもイヤ、ファーストはもっとイヤ―
―だけど、自分が…一番イヤ!! ―
―動かない・・・動かないのよ・・・―
―アタシなんて誰も要らないのよ・・・誰も・・・誰も・・・―
―一人はイヤ! 一人はイヤ! 一人はイヤぁ!! ―
「やめて…やめてよ・・・思い出させないで…」
アタシの体がかすかに震え出した。
「シンジ・・・シンジ…シンジ・・・」
シンジの名前を呼びながらアタシはフラフラと歩いた。
「怖い・・・一人はイヤ・・・」
アタシの弱い心が顔を出す。
―一人はイヤ! 一人はイヤ! 一人はイヤぁ!! ―
「そうよ…一人はイヤ・・・」
―アタシなんて誰も要らないのよ・・・誰も・・・誰も・・・―
「アタシは…誰にも必要とされていないの・・・?」
自分を失いそうになったその時、ふっと暖かいものが蘇る。
―アタシなんて誰も要らないのよ・・・誰も・・・誰も・・・―
「違う…違う! アタシは一人じゃない!」
アタシはうなだれた頭を上げぐっと歯を食いしばった。
「そうよ、一人はイヤ、孤独はイヤ! だけど! アタシにはシンジがいる!!」
「負けてらんないのよ! こんなところで! 決めたんだから!!」
瞬間、アタシの視界で一筋の光が反射した。
アタシはそこを目指してひたすら走った。
負けないと決めたから、元の世界に戻ることを恐れないと決めたから…。
―気が付くとボクは病院のベットの上だった―
「やだな…また、この天井…」
ボクはゆっくりとベットからおきあがった。
「ボクは・・・どうしてここに・・・?」
ついさっきまでは目の前に紅い海が広がり、
隣にはアスカがいた。
なのに…ここは…?
ボクはふと横を見る。
「と、父さん!?」
「シンジ・・・なぜここにいる・・・」
「なぜって…父さんこそどうして!?」
父さんは何も言わない。
「どうして何も言ってくれないんだよ! どうしてだよ!」
ボクの目の前に立つ父さんは口をつぐんだまま目を閉じている。
「どうしてだよ…いつもいつも、何でボクと向き合ってくれないんだ!」
「突然ボクを呼び寄せて、エヴァに乗れって言ったり、人類補完計画に巻き込んだり!!」
「なんでだよ! どうしてだよ! ボクにやさしくしてよ!!!」
静寂・・・
「と、父さん…?」
気が付くとそこは何もない空間だった。
存在するのは、ボクだけ。だけど、
ボクが存在しているのか、それすらもわからない曖昧な世界。
「ここはどこなんだ・・・?」
ボクは歩いた。何もない空間を・・・。
―ボクは要らない子なの? ―
―なんで、なんで今更なんだよ! ―
―誰かボクにやさしくしてよ!! ―
「そうだよ…誰も、ボクにやさしくしてくれない・・・」
―誰かボクにやさしくしてよ!! ―
「だれか…誰かボクに・・・」
自分を失いそうになったその時、アスカのやさしいキスが蘇る。
―ふふ…おまじないよ―
―誰かボクにやさしくしてよ!! ―
「違う・・・ボクはいつも誰かに求めてばかりだった」
「でも、それは違う…違うんだ!!」
ボクははうなだれた頭を上げぐっと歯を食いしばった。
「そうだ、逃げちゃダメだ! ボクにはアスカがいる!」
「逃げちゃダメだ! 逃げちゃダメだ! こんな所で逃げるわけにはいかないんだ!」
瞬間、ボクの視界で一筋の光が反射した。
ボクはそこを目指してひたすら走った。
逃げないと決めたから、傷つく事を恐れないと決めたから…。
「アスカ・・・」
「シンジ・・・!?」
光を目指して走って、走って、
空間を抜けた先にはシンジが待っていた。
「アスカ!!」
「シンジ!!」
アタシ達は歩み寄り、しっかりと抱き合った。
「怖かった・・・怖かった。でも、シンジがついてるって思ったから、だから…」
「アスカ・・・ボクも、ボクも同じだよ」
“パチパチパチパチ”
「!?」
アタシ達はとっさに音のするほうを振りかえる。
「君達は・・・本当に強くなったね」
「か、カヲルくん!?」
「ファースト!?」
そこに立っていたのはアタシの夢に出てきた奴とファーストだった。
「カヲルくん…どうして…?」
シンジはアタシの夢に出てきた奴を知っていた。
「シンジ・・・こいつ・・・誰なの・・・?」
アタシはシンジの腕を引っ張った。
「惣流さん、こいつとはひどいなぁ。ボクはカヲル。渚カヲルだよ」
「渚・・・カヲル…」
「碇君、セカンド…もう、良いのね?」
ファーストが静かに口を開いた。
「良いって・・・どう言う事・・・?」
「君達のおかげで、世界には人が戻り始めているよ」
足下には霧が晴れるかのように青い空が広がった。
そこには行き交う人々の姿が・・・。
「さぁ、後は君達だ、元の世界へ・・・」
「ちょっと待って!!」
アタシは渚カヲルの言葉をさえぎった。
「アンタたちは・・・? アンタ達はどうなるの?」
「…私達は、人間とは違う生命体・・・アダムとリリスだから・・・」
ファーストは今までと変わらず無表情のように見えたが
少し、寂しそうな目をしていたように感じる・・・。
「綾波・・・カヲルくん・・・」
「許さない・・・」
アタシはつぶやいた。
「え…?」
3人が驚いた顔で私を見る。
「許さないわよ、そんなの。元の世界にアンタたちがいないなんて!」
「アスカ・・・」
「セカンド・・・」
「時間だ。さぁ、元の世界へ戻るんだ」
「特にファースト! アンタにはねぇ、まだ言いたい事だって山ほどあるのよ!」
なにか、見えない力に押されるような気がした。
だんだんファースト達の姿が霧がかかったように見えにくくなる。
「わかったわね! アンタ達
「やれやれ…リリンと言うものは本当にやかましいね」
「それに…お節介だ」
渚はそっと微笑んだ。
「ええ…ホントに・・・」
―ここからが本当の世界の、はじまり…―