世界が、始まった。
ここにはもう紅い海も、裂かれた月もない。
サードインパクト後の新しい世界。
この先に何が待っているのか、まだわからない。
だけど、恐れずに行こう。
新しい世界の始まりだから・・・。
眠りから目を覚ます。
小鳥のさえずり。
カーテンの向こうからは
明るい日差しが差し込んでいる。
「戻って…来たのね・・・」
アタシはベッドから体を起こした。
アタシ達がいるのは前の世界でもいた
ミサトのマンション。
ミサトにはまだ会っていない。
戻ってきているのかもまだ知らない…。
「アスカ・・・? 起きてる?」
ドアの向こうからシンジの声。
「起きてるわよ」
制服のリボンを結びながら答える。
「もう起きてたんだ。ごはん、出来てるよ」
ドアを開けてシンジが顔を出す。
その目は赤く、あまり眠れなかったようだ。
それはアタシも同じだけれど・・・。
以前のように用意されたシンジの作った朝ご飯。
久しぶりの暖かい食事。
だけど、アタシもシンジも箸が進まない。
「じゃあ…学校、行こうか」
「うん…」
アタシ達はゆっくりと立ちあがる。
玄関を出ると眩しい日差しが目に刺さる。
あの世界には月しかなかったから
太陽の日差しというものを久しぶりに浴びた。
学校までの道のり。
アタシ達はほとんど言葉を交わしていない。
この角を曲がれば学校が見える。
ふと、どちらともなく足を止める。
「…大丈夫よ。大丈夫」
アタシ達はかたく手を握り合った。
ゆっくりとした足取りで角を曲がる。
見慣れた、何度も足を運んだ学校が見えた。
どのくらいあの世界にいたのか、
わからないけれど
懐かしさが込み上げる。
「シンジ、行こう!」
アタシ達は手をつないだまま走り出した。
教室の前。
ドアの前でしばらく立ち止まる。
元気なみんなの顔を見たい気持ちと
逃げ出したい衝動が交差する。
「……」
うつむいていたシンジが顔を上げドアに手をかけた。
"ガラッ"
ドアを開けるとそこには懐かしい顔があった。
アタシ達はゆっくりと教室に足を踏み入れる。
「アスカ! 碇君! おはよう」
「よう、シンジ、惣流」
「おう、センセ、惣流、おはようさん」
今までと変わらず皆が声をかける。
「お、おはよう」
「おはよ…」
アタシ達はそれぞれの席にカバンを置く。
アタシ達は目で合図をしてヒカリ達の元へ。
「あの…みんな…」
「なんやシンジ、朝から辛気臭い面して」
「あの…今回の事…なんだけど・・・」
シンジの震える手にアタシはそっと手を添えた。
「ボクのせいで・・・こんな事になって・・・」
「…シンジ、それは良いんだよ。お前のせいじゃない」
「ケンスケ・・・」
「碇君。私達、なんて言うのかな・・・」
「一つになっている時って言ったら良いのかな?」
「その時に全てわかっていたのよ。他人の思考とか思いがわかるって言うか・・・」
「それでね、人類補完計画…だっけ? その事も皆知っているの」
「そうや。だからシンジは悪ぅない。悪いんはそんなん考えた大人達や」
「そうそう。それにシンジ達のおかげでこうして元に戻ってこられたんだからさ」
「そうよ、碇君が負い目を感じる事なんて何にもないのよ?」
「トウジ・・・ケンスケ・・・委員長…ありがとう…」
シンジはうつむいて肩を震わせている。
みんな、シンジの涙を見ない振りをしてくれていた。
「ヒカリ、鈴原、相田…ありがとう」
「惣流がそんなにしおらしいとなんか調子狂うよなぁ」
「ホンマ、ホンマ」
「ちょっと!! アンタ達ィ!!」
「そうそう、そのほうがアスカらしいわよ」
そう言ってヒカリは笑った。
ここに来る前、逃げないと決めたけれど怖くて仕方がなかった。
だけど、みんな今までと変わらずにいてくれる。
アタシもシンジも今までの事がムダじゃなかった事が嬉しかった。
この世界に戻って、本当によかったと思えた。
ふと窓際の席に目を移す。
ファーストが・・・来ていない・・・
「ね、ねぇ。ファース…レイは?」
アタシはヒカリ達に問い掛けた。
「レイ? レイって??」
「アタシたちと同じエヴァのパイロットよ」
「え…? だってそれはアスカと碇君の事でしょ?」
―みんなレイの記憶がないの!? ―
「綾波だよ、綾波レイ。窓際の一番後ろの席の…」
「え? あの席はずっと空いていたわよ?」
―やっぱり! どうして? この世界に戻って来られないから記憶を消したの? ―
アタシとシンジは困惑した表情で目を合わせた。
「はい、みなさん、席についてください」
教室に先生が入ってきた。
それまで喋っていた生徒は蜘蛛の子を散らすように
それぞれ席に戻っていった。
「え〜、色々ありましたがこれからも力を合わせて行きましょう」
アタシは席につき周りを見渡した。
みんなの顔、真っ青な空、暑い日差し。
世界が、始まった。
ここにはもう紅い海も、裂かれた月もない。
サードインパクト後の新しい世界。
この先に何が待っているのか、まだわからない。
だけど、恐れずに行こう。
ここはもうアタシとシンジだけの世界ではない。
みんながついていてくれるのだから・・・。