新しい世界。
全ての始まりの世界。
これから世界を作り上げていくのは
もう、アタシ達だけじゃない。
アタシ達は学校が終わるとすぐに
ネルフへと直行した。
エヴァがどうなったのか、
ネルフがこれからどうなるのか
気になる事はたくさんあった。
だけど、それ以上にみんながちゃんと
そろっていてくれれば…。
そう思った。
「シンジ君、アスカ」
後ろから不意に声がかかる。
「リツコ!」
ゲートまでの道のり
アタシ達は数え切れないくらいの
質問をリツコにぶつけた。
「大丈夫。あなた達が心配するような事は無いわよ」
今までと変わらない、金髪に白衣
だけど、心なしかリツコの言葉
表情、その一つ一つに余裕と
優しさが見て取れた。
「なんか…リツコ、変わったわね」
アタシは思ったままの言葉を口にする。
「そう? 私から見たらアナタ達のほうがずっと変わったと思うわ」
リツコはそう言ってポケットからIDカードを取り出しアタシ達に渡す。
「他にも聞きたいことはあるだろうけど、それは後でね」
リツコは手にしていたファイルをひらひらと振りながら
エレベーターへと乗り込んだ。
「シンジ…アタシ達はどうする?」
「うん…とりあえず…エヴァのゲージへ行きたい」
アタシ達はエレベーターに乗った。
ゴウンゴウンと音を立てるエレベーター。
かしゃんかしゃんと階を刻むメーター。
なんだか懐かしい。
ここでファーストと言い合った事もあったっけ…。
"チーン"
その音と共にドアが開く。
「当たり前だけど、変わって無いわね」
アタシはくるりと周りを見渡した。
―初号機ゲージ―
オイルの匂いが鼻を突く。
懐かしい匂い…。
だけど、エヴァはここには無かった。
シンジは黙ったまま空っぽのゲージを見つめている。
「シンジ…」
「…これで、これで良いんだ。もう、エヴァは必要無いから」
アタシ達はゲージに寄り添って座った。
「もう…エヴァは無いのね…」
使徒が攻めてくることも無くなったこの世界に
エヴァは必要無い。
わかっていたけれど心にぽっかり穴が開いたような
そんな気分にさせられた。
「あの世界に行く前…」
黙っていたシンジが口を開く。
「母さんと…サヨナラしたんだ」
「エヴァに残るって母さんは決めた。この世界には…戻ってこない」
「だけど…やっぱり…」
シンジはそのまま黙ってうつむき、肩を振るわせた。
「ごめん…アスカだって同じ気持ちのはずなのに…」
「良いのよ。アタシ、エヴァシリーズと戦った時にママを感じることができた」
「だから。もう良いの。ママはずっとついていてくれたんだもの」
「アタシを見ていてくれたんだもの」
それから先、アタシ達はただ黙って
寄り添い合った。
どんな言葉を交わすより、こうしている事が
何よりも支えになるから…。
「ねぇ! みんなに会いに行こう!」
アタシは立ちあがり、
制服のスカートをぽんぽんとはたいた。
「そうだね。みんな戻っているかも確かめたいし」
同じようにシンジも立ち上がる。
初号機のゲージを振り向きながらドアを後にする。
ふと零号機のゲージが目に入る。
―ファースト…―
シンジもアタシと同じ気持ちなのだろうか
黙ったまま零号機のゲージを見つめている。
「さ、行こうシンジ!」
シンジに手を差し出す。
「うん」
アタシ達は手をつないで歩き出した。
休憩室の自動販売機の前に二人の姿を見つける。
「かっ、加持さん! ミサト!!」
「…!? アスカ! シンジ君!!」
ミサトはアタシ達の姿を見つけると
こちらに向かって走り出した。
「アスカ、シンジ君、ゴメンね、ゴメンね…」
ミサトはアタシ達を抱きしめながら何度もつぶやいた。
「ミサトさん…」
「どうしてミサトが謝るのよ、バカねぇ」
「私、あなた達の保護者だって言っておきながら一番辛い目に合わせてしまったわ」
「それはミサトのせいじゃないわ。もう、済んだ事は良いじゃない。ね、シンジ?」
「そうですよ。それにこうして帰ってこられたんだし」
「シンジ君…ありがとう。アスカ、ありがとう」
ミサトはさらに力をこめてアタシたちを抱きしめる。
「ちょ、ちょっと、ミサト、離してよぉ」
アタシはミサトの腕からするりと抜けると
加持さんの元へ走った。
「加持さん…」
「よぅ、アスカ。心配かけて悪かったな」
軽く片手を上げて、加持さんはいつものように笑った。
「わ…悪かったじゃないわよ! サヨナラも言わないで居なく…なっちゃって…」
うつむくと、涙がぽつりと床を濡らす。
「ごめんごめん。悪かったな…」
ぽんぽんと加持さんがアタシの頭を優しく叩く。
余計に涙があふれだす。
誰が見ていてもかまわない。
アタシは大声で泣いた。
「…くっ…ひっく…」
一通り泣き終わるとアタシはようやく落ちついた。
「ほら、アスカ」
缶ジュースを渡される。
プルタブを開けてジュースを喉に流し込む。
乾いた喉にさーっと染み渡る。
「これから…ネルフはどうなるんですか?」
シンジの言葉にアタシはチラリとミサトを見た。
「そうね。もうエヴァは無いし、これからどうなるかはまだ決まって無いのよ」
ミサトは溜め息をついた。
安堵の溜め息なのか、
それとも不安の混じった溜め息なのか…。
「ま、きっと政府の下にでも配属されるんだろう。はっきり決まるまでは凍結ってとこだな」
加持さんは日本政府に所属していたから
そう言う情報もいづれ入って来ると思う。
「…あ、あの…。父さんは…」
シンジが恐る恐るたずねる。
「碇司令なら司令室にいるわよ」
シンジは持っていた缶ジュースをぐっと握り締めた。
―やっぱり、まだ怖いのね…―
「おっと、葛城、会議の時間だ」
「あら、ホント。じゃ、悪いけどアスカ、シンちゃん私達行くわね」
ミサトと加持さんはそう言って去っていった。
残されたアタシとシンジ。
きっとシンジは司令に会いたいと思っている。
それなら、アタシが背中を押してあげれば良いんだ。
「シン…」
「アスカ、ボク、父さんに会いにいく」
アタシが言うまでも無く、シンジの気持ちは決まっていた。
「…そうね! いってらっしゃい!」
アタシはにっこり微笑んだ。
「アスカにも一緒に来て欲しいんだ」
「え…?」
「父さんに会うのが怖いから、とかそう言うんじゃなくて…」
「ここまで戻ってこられたのはアスカがいてくれたからなんだ」
「だから…アスカといっしょが良いんだ」
シンジの目には迷いはなかった。
「シンジ…うん! わかった。行こう!」
アタシ達はエレベーターに乗り込んだ。
司令室のある階のボタンを押す。
ゴウンゴウンと音を立てるエレベーター。
かしゃんかしゃんと階を刻むメーター。
その音だけが二人きりの空間に響く。
「…父さんに、父さんに言いたい事があるんだ」
シンジが口を開く。
アタシは目線だけをシンジに向ける。
「ボクの事を…ちゃんと見てって…言いたい」
アタシはなにも言わずに頷いた。
"チーン"
ドアが開く。
ゆっくりとエレベーターから降りる。
ここから司令室までは見えるくらいの距離。
アタシ達は足を踏み出した。
「おや、シンジ君に惣流さんじゃないか」
後ろからかけられた声にアタシ達は振りかえる。
そこにいたのは
栗色の髪とそれよりも少し濃い瞳の少年と少女だった。
「かっ…カヲルくん!?」
「ファースト!?」
見た目こそ違っていたが
それは間違いなくファーストと渚カヲルだった。
「カヲル君・・・どうして…」
「これも…神のおぼし召しだろうね」
渚カヲルは髪をかきあげてふっと笑った。
「ファースト・・・」
アタシはファーストに目線を投げかける。
ファーストはアタシの視線に気付くと
心なしか微笑んだように見えた。
「ここでの僕達は二卵性の双子なんだ」
「…そう、私は渚レイ…」
新しい世界。
全ての始まりの世界。
これから世界を作り上げていくのは
もう、アタシ達だけじゃない。
全ての意思を持った人々と作り上げていく世界。
何もかもが新しい世界…。