今まで、知らなかった。
人と触れ合う事がこんなに暖かいってことを。
肌で感じるぬくもりではなく
あたたかい雰囲気のぬくもり。
「…レイ、もう寝た?」
「いいえ…」
リツコの家に泊まることになって
アタシはレイの部屋で布団を並べている。
「レイは知ってた?」
「何を…?」
「こんな風にみんなと過ごすのがこんなにあったかいって事」
「…わからない」
「ん〜…なんて言うのかな。ただ楽しい、って言うんじゃなくて
この中にいるとほっとするような感じ」
「…セカ…アスカは、そうなの?」
「うん、はじめてなんだ。こんな気持ち」
「そう ……は…?」
「え? なんて言ったの?」
小さな声でつぶやいたレイの言葉を聞き返す。
「…今は…?」
「今…? うん、すごく落ちつく」
「そう…良かった」
レイも自分の存在を人に認めてもらいたいのだろうか?
自分を特別ではなく、一人の人間として・・・。
「アタシ、勘違いしてた。前にアンタの事人形みたいとか言ったけど
そうじゃない。レイには感情がないんじゃなくて、
それをどう表して良いのかわからなかっただけなのよね。
今でもそれは少し苦手みたいだけど、アタシは好き」
「好き…?」
「そう。レイといるとあたたかい感じがちゃんとするもの」
「私が…あたたかい…?」
「ねぇ、レイ。アンタは自分が思っている以上に
前とは変わったわ。もっと自信持っていいのよ」
「……」
「アタシとアンタは友達なんだから、言いたいこともなんでも言って良いの」
「友達…」
「そ、友達」
今日のアタシはちょっと変かもしれない。
苦手だったレイのことを「友達」って言ったり、「好き」だなんて…。
もしかしたら、変わったのはレイだけじゃなくアタシもなのかもしれない。
「友達ってどういうものなの・・・?」
「ん〜…アンタはアタシのこと、どんな風に思ってる?」
「イヤじゃない・・・こうやって…一緒にいても…」
「じゃあ友達! アタシとアンタは友達よ!」
「一緒にいてもイヤじゃないのが友達・・・」
「厳密に言うとそうじゃないけど嫌いな人とは一緒に居たくないでしょ?」
「…あまりそういう風に考えた事はないけど・・・」
「アタシはさ、これからアンタの事もっと知りたいし、もっと仲良くしたいわ」
「私も、そう思う・・・だから…友達」
「そう! レイがアタシの事そういう風に思ってくれて嬉しい」
「私も・・・アスカ、ありがとう・・・」
「ふふふっ。これからもどんどん思った事は言いなさいよ。アタシもそうするから」
「ええ。…でもあなたは少し言い過ぎるところがあるわ」
「ぐっ…とたんに遠慮がなくなるわね。でもそれで良いのよ。さ、もう寝よう」
灯りの消えた部屋。
レイのかすかな息遣い。
一人じゃない。
暖かなぬくもり。
アタシはずっと、
これが欲しかったんだと気付いた。
シンジだけがいれば良いんじゃなくて
たくさんのぬくもりが欲しかったんだって…。
「カヲルくん…」
リツコさんの家に泊まることになって
ボクはカヲルくんの部屋で布団を並べている。
「なんだい?」
「カヲルくんは前にボクの事好きって言ってくれたよね…?」
「あぁ。それが?」
「…どうして? ボクなんか・・・」
「好きって言うのは理屈じゃないさ。僕は君の繊細な心が好きだと思ったからさ」
「ボクの・・・心・・・」
「君は自分で思っている以上に素晴らしい人間だよ」
「そ、そんな。ボクなんて・・・」
「君は強くてやさしい」
「カっ、カヲルく・・・」
「シンジくん、もっと自信を持って良いんだ。
君の繊細な心の中にある強さや優しさを僕は知っている」
「あ、ありがとう…」
「それに、今の君は更に強くなった。自分でもそれは気が付いているんだろう?」
「う、うん…少しだけ、あの世界にいた事で強くなれた気がする…」
「人は守るべきものが出来たときに強くなれるんだ…」
「え…?」
「惣流さん…だろ? 君が守りたいものは」
「カヲルくん・・・!? どうして!?」
「そのくらい見ていればわかるさ。ちょっと妬けるね…」
「か、からかわないでよ、もう」
自分の事をこんな風に言ってくれる人がいる。
こんなボクを見てくれる人がいる。
だからボクは強くいられる。
アスカだけがいれば良いんじゃなくて
こうやっていろいろな人に支えてもらっているんだ。
それが…嬉しい。
暖かなぬくもりと、
自分を強くしてくれる人に
包まれて、眠りにつく。
そして、朝が来る。
「おはよう、みんな昨日は良く眠れた?」
朝からコーヒーの香りが漂う。
「えぇ、良く眠れました」
「そう、良かった。それじゃ私は出掛けるからあなた達も遅刻しないようにね」
玄関先でシャインリップのようなものをつけてリツコが部屋を後にする。
リツコは真っ赤な口紅をやめた。
あの血のような赤でリツコは自分を戒めていたように思う。
だけど、もうそれは必要ない。
そう思ったからほんのり色づくような
リップに変えたんだと思う。
「あ、ボク達もそろそろ出掛けなくちゃね」
シンジの言葉を合図にアタシ達はカバンを手に取り部屋を出た。
*
「おはよう! アスカ…あれ? 今朝は渚さんたちと一緒?」
「おはよ、ヒカリ。うん、昨日リツコのところに泊まったから」
「リツコさんってネルフの人でしょう? 渚さんたちは…?」
そっか…ヒカリ達はレイの記憶をなくしてるから知らないんだ。
「洞木さん…だっけ? 僕らは赤木博士のもとでお世話になっているんだよ」
「あ、渚くんおはよう。そう、親元を離れて?」
「あぁ、話すと長くなるんだけどね」
「あ、ごめん。そうよね、色々あるものね。
何かあったら私に相談して? 学級委員だから」
「ありがとう。でも気にするほどの事じゃないよ。ここではみんな同じようなものだろう?」
「そうね。今更だけどよろしくね、渚くん、渚さん」
「ボクはカヲルで良いよ。レイもいるし紛らわしいだろう?」
「私はレイで良い・・・」
「…じゃあカヲルくん、レイさんね。私の事はヒカリで良いわ」
ホント、ヒカリってしっかりしてる。
いつも人の事を気遣って。
アタシは、ずっとヒカリみたいになりたいって思ってた。
その気持ちは今も変わってないけど。
前にヒカリにそんな事を言ったら
「私はアスカみたいになりたい」
って言われちゃった。ないものねだりってやつなのかな。
ヒカリは今のままで十分魅力的だけど。
*
「あれ? シンジは?」
昼休み、アタシはシンジの姿がない事に気が付いた。
「え? さっきまでいたわよ?」
「何よ、みんなで屋上でお昼食べようってのに」
アタシは頬を膨らませて教室を見渡した。
「ま、いっか。屋上に行く事は知ってるはずだから先に行ってよう」
「そうね。ほら、相田こんな時くらいカメラは置いていきなさいよ!」
相田はしぶしぶカメラをカバンにしまいこんだ。
「レイ、渚カヲル! 屋上いこ!」
「僕らも一緒に行っても良いのかい?」
「良いに決まってんでしょ。ほら、さっさとする!」
「渚く…カヲルくんって綺麗な顔してるのね。レイさんも。双子だけあるわね」
屋上までの廊下を歩きながらヒカリは2人の顔を覗き込んだ。
「…私が・・・?」
「うん、綺麗な瞳。アスカの瞳も綺麗だけど、憧れるなぁ」
「カヲルくんも日本人離れしたかんじ。ステキね」
「なんや いいんちょ、そんなんがいいんかい」
頭の上で両手を組みそっぽを向きながら鈴原が口を挟む。
「おや? トウジヤキモチか? あぁ〜いつからそんな関係に発展したんだよぉ」
相田はメガネを外し、顔を手で覆い
オーバーにリアクションを取った。
まぁ、こいつの場合、本音って事も十分ありえるけど。
「ちょ、ちょっと相田!!」
「ヒ・カ・リ。照れない照れない」
「ア、アスカまで! も〜!!」
アタシが肩に手を置いて笑うとヒカリは顔を真っ赤にした。
「お前ら何いっとんねん! 誰がこんな野蛮な女…」
「ス・ズ・ハ・ラ〜 野蛮で悪かったわねぇ!!」
「わっ、いいんちょ、ちょっとまった!」
すごんだヒカリの顔が近づくと思わず鈴原は後ずさりをする。
「ふふ…愛情表現のヘタな人達だなぁ」
「なんやとぉ、転校生!!」
「渚カヲル、バカはほっとく!」
アタシは笑いながら屋上の扉に手をかけた。
眩しい光と共に風が吹きこんでくる。
「ん〜眩し…い・・・」
そのままアタシたちの動きが止まった。
「あれ、碇君じゃない?」
「ほんまや。一緒におるのは誰や?」
見かけないショートカットの女の子とシンジの姿。
その子はシンジに手を振り笑顔でこちらに向かってきた。
「やばっ! 隠れろ!」
アタシ達はとっさにロッカーの陰に隠れた。
ショートカットの女の子は鼻歌交じりに階段を軽やかに降りていった。
「…て、ちょっと鈴原! なんで隠れなくちゃなんないのよ!」
「そういやそうやな…つい。はははははは」
だけど…あの子どこかで見たような気がするんだけどな・・・。
シンジになんの用だったんだろう?
「シンジ〜見たで〜。なんやあの子? お前のコレか?」
鈴原が小指を立てる。
「ト、トウジ、そんなんじゃないよ!」
言いながらシンジはチラリとアタシを見る。
なによ、でれでれしちゃって。バカシンジ・・・。
「惣流さん、シンジくんはでれでれなんてしていないよ?」
「…!?」
な、何よこいつ、私の心が読めるわけ?
「そんな驚いた顔しなくても別に僕は心が読めるわけじゃないよ」
「なっ…」
「君の顔を見ていたらすぐにわかる事さ」
渚カヲルはふっと笑った。
な、渚カヲル・・・くっそ〜、一体なんなのよぉ!!
「アスカ? 何怖い顔してるの?」
「え? あ、ううん、なんでもない。さ、お昼食べよう」
あははと苦笑いをしてアタシは屋上に腰を下ろした。
「おい、マナ」
「あ、ムサシ。なに?」
機嫌良さそうに歩くショートカットの女の子を
自黒の肌の少年が呼びとめる。
「アイツがお前の言ってた素敵な人か?」
「そ、碇シンジくん」
「ふ〜ん…やっぱりライバルだな…」
「やっぱりって・・・?」
「…あの女と碇シンジってやつは多分何か関係があるぞ」
「そうね。多分ムサシの言うとおりだわ」
「お前・・・」
「女の勘ってやつよ。ま、ムサシにもわかるくらいだから相当深い仲かもね」
「それでも諦めないのかよ?」
「それはムサシもでしょ?」
「って事はこれで利害は一致したわけだ」
「お? やりますか? ムサシくん。さすが戦自一の作戦科長!!」
「まぁな…邪魔が多ければ多いほど燃えるってやつさ・・・」
マナという少女とムサシという少年は顔をあわせてにやりと笑った。