全知全能
全ての生けとし生ける者の父。
世界を創った存在。
アダムとリリスの生みの親。
それが神。
神…われらの父。
「あれ? シンジ何読んでるの?」
ヒカリの付き添いで図書室に足を運んだアタシは
隅の席で本を読むシンジを見つけた。
「あ、アスカ。うん、この本が僕の机に入ってたんだ」
「机に…? シンジが借りたんじゃないの?」
「違うんだ。多分誰かが僕の机に間違って
入れたんじゃないかと思うんだけど誰のかわからないから
取り合えず返しに来たんだ。図書カードが入ってたから
図書室の本だと思うから」
「でも図書カードがあるなら誰が借りたかわかるでしょ?」
「それが誰の名前もないんだよ。誰も借りた形跡が無いんだ」
「ふ〜ん? で、なんでそれを読んでるの?」
「うん、なんか面白そうだったから」
「へぇ。それ何の本なの?」
「これ? 聖書みたいな本なんだ。タイトルは英語で読めないんだけど」
「なになに…あ、これドイツ語じゃない”bei allem, was heillig ist”か…」
「どう言う意味なの?」
「うん…”神にかけて”って事ね」
「神にかけて…」
「アスカ」
図書カウンターの前でヒカリの声がする。
「あ、ごめん。先に戻っててくれる?」
アタシは片手を顔の前で”ごめん”というポーズを取る。
それを見てヒカリは軽く笑って手を振った。
「ねぇ、アスカ」
読んでいた本をパタンと閉じシンジが口を開く。
「今まで僕が知っている聖書の話っていうのは
アダムとイヴって言うのが最初の人類で…
だけどこれにはアダムとリリスって書いてあるんだけど・・」
「あぁ、アンタそんな事も知らないの? イヴって言うのは
後妻なのよ。アダムの最初の妻はリリスなの」
「イヴは後妻……」
それを聞くとシンジは黙り込み何かを考えている。
「ねぇアスカ。アダムとリリスは綾な…レイとカヲル君だっただろ?
それだったらイヴはどこに?」
「急にどうしちゃったの?」
「わからない。だけど…何か気になるんだ」
アタシの横でシンジはいつになく真剣な顔をしている。
「ん〜、イヴって言うのはエヴァの事じゃないの? 名前だって似てるしさ」
「だけど、エヴァは人間が作った…」
「レイだってそうだったじゃない」
「でもレイには魂がある。エヴァに魂はないよ」
「だからその魂はアタシ達の母親だったわけでしょ」
「でも、それだったらイヴが何人もいるなんておかしいよ!」
「確かにそうだけど…なんでそんな事が気になるのよ?」
「あ、ご、ごめん。ボクもなんで気になるのかわからないんだ」
シンジは苦笑いして立ちあがり、本を棚に戻した。
「…そんなに気になるんだったらネルフに行ってみようよ。
リツコや加持さんだったら何か知ってるんじゃない?」
アタシは沈んだ表情のシンジの背中をぽんと叩いた。
「あ、そうだね。うん。そうだ!!」
ぱっとシンジの顔が明るくなる。
「さ、教室戻ろ。ヒカリ達待ってるわよ」
「あら? この本…何かしら? こんな本あったかしら?」
司書は”bei allem, was heillig ist”と書かれた本を取りだし
返却ボックスの中へ放り込んだ。
―PC画面―
薄い琥珀色の髪の少年と少女がいた。
少女はぐったりと横たわっている。
「レイ、どうしたんだい」
「…苦しい…」
少女は息を弾ませながら声を絞り出した。
「来たか…」
少年の琥珀色の瞳がうっすらと赤見がかった。
―NERV本部―
「か〜じさん!」
「アスカにシンジ君じゃないか。どうした?」
「へへ〜。加持さんの顔見に来たんだよ」
アタシは加持さんの後ろから首に手を回し抱きついた。
「おいおい、アスカ。苦しいよ」
「…って言うのは冗談で、ちょっと聞きたい事があってね」
「聞きたい事?」
加持さんはノートパソコンを閉じ、アタシ達のほうに向き直った。
「うん。シンジがね、気になるって言うから来たんだけど…」
アタシはそう言ってシンジの顔を見る。
「あの、加持さん。イヴの事なんですけど…」
「イヴ? ”アダムとイヴ”のイヴかい?」
「ええ…。イヴって言うのはアダムの後妻ですよね」
「それがどうかしたのか?」
「加持さんはご存知だと思いますがカヲル君とレイはアダムとリリスでしたよね」
「あぁ…そうだな」
「そして今そのアダムとリリスは人間としてこの世界にいる」
アタシも加持さんも黙ってシンジの言葉を聞いた。
「でも、そうなるとイヴはどこにいるんでしょうか…?」
「イヴ…か。難しい質問だな」
加持さんは片手であごのあたりに持って行き考えこんだ。
「悪いが俺じゃこの件では力になれそうもない。リっちゃんに聞いた方が良いかもな」
「そうですか…」
「すまない。俺はアダムやリリスの事だったら
少しは力になれたかもしれないがその辺はよくわからないんだ」
「いえ、わかりました。リツコさんに聞いてみます。ありがとうございました」
「あら? アスカにシンジ君。この間はありがとうね」
「いえ…それよりリツコさんに聞きたい事があるんです」
「ええ、わかっているわ。さっき加持君からLANで連絡があったから」
PC画面を指でとんとんと叩きながらリツコは言った。
「イヴの事ね。なぜそんな事が気になるのかは聞かないわ。ただ…」
そのままリツコは黙った。
「ただ…なんですか?」
「ただね…私達はエヴァはアダムの分身だと思っていた。
でも実際はシンジ君、あなたならわかると思うけど
初号機はリリスの分身だったわね」
「はい…」
「そこからはもう、私達の手には負えないところに来ていたのよ」
「……」
「だから…イヴの事を聞かれても私にわかる事はないのよ。ごめんなさい」
「いえ…それなら良いんです。ありがとうございました」
「シンジ君」
部屋を出ていこうとするアタシたちをリツコが呼びとめる。
「アダムとリリスは発掘されたわ。でもイヴはされなかった」
「ええ…」
「と、言うことはもしかしたらイヴもどこかにあるのかもしれないわ。
それがどこかはわからないし、ないかもしれない。
私に言えるのはそれだけ」
「はい。ありがとうございました」
シンジはリツコに一礼をして部屋を後にした。
「イヴ…か…」
彼女は一人になった部屋で小さくつぶやいた。
「ねぇ、シンジ」
NERVを後にしたアタシたちは夕方の街を歩く。
「やっぱりレイ達に聞いた方が早いんじゃない?」
「…うん、そうなんだろうけど…どうしてボクはそんな事が
気になるのか自分でもわからないんだ。そんな状態で
カヲルくんたちに聞いてもそれを知ってどうなるわけでもないだろうし…」
「う〜ん、まぁ、確かにそうよね。でも気になるって事は何かが
あるのかもしれないわよ? 偶然シンジの机にあの本があった事だって…」
「取り合えず今日考えてみて、それで…まだ気になったら聞いてみる」
薄い琥珀色の髪の少年は少女を抱え
琥珀色にうっすらと赤味がかった瞳。
その瞳は怖いほどに鋭い。
「何が望みなんだい…? イヴ…」