忘れられない過去……。
 その中にあるのは笑わない自分……。
 耳に残るのは友人の笑い声……。
 心に響くのは自分の泣き声……。
 何も出来ない自分と、何もしない自分。
 変える事の出来ない過去……。
 あの頃の私は………


微笑(ほほえみ)の中で』

作:SHOWさん


伍話 A   『雨の音』


『お前のせいで妹が怪我したんや!!』
『世界を救う英雄!! いいよな〜、碇さんは』
『あのロボットのパイロットなの?! すっご〜い!!』
『お前が足元も見んと、暴れるから!』
『まさに選ばれた子!! って感じよねぇ』
『貴方がいないと世界が滅びるのよ?!』
『味方に殺されるところやったんやぞ!!』
『貴方だけがこの世界を救えるの!』
『パイロットの、NERVの特権よ!』
『人殺し!!』

「イヤアアアアアァァァァ!!!!」
「姉さん!!」
「レン!!」
「イヤッ!! もうイヤァァ!!!」
「落ち着いて!! 姉さん!」
「レン!! 大丈夫だ! 落ち着くんだ!」
「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」
 ………意識が覚醒する。『自分』が深層から浮上してくる不思議な感覚。目の中にカヲルの顔が飛び込んでくる。
「レン……、ココにはボク達3人しかいない……。大丈夫だ」
「………こ、ここ…は…?」
 息が上がったまま尋ねる。返答はすぐ横から帰ってきた。
「NERVの病院。姉さんは戦闘後、ここに運び込まれたの」
「……ミナ…」
 体を起こそうとする私を、カヲルが優しく止める。
「まだ起きちゃダメだよ。随分体に負荷がかかったから、急に動かすのは危ないからね」
 確かに、体を少し起こそうとしただけで、関節に痛みが走る。
「姉さん、寝てなきゃ。………もう、そんな所ばっかりスイやレイにそっくり」
「………スイや綾波さんがどうかしたの?」
「隣の部屋で寝てるわ。姉さんは2日も寝てたから……、その間中寝ようともしないんだから。睡眠不足で倒れるのも当然」
 そっか……付いててくれたんだ……。
「ん……。……ミナ、リツコさん達にも心配かけただろうから、『大丈夫』って伝えてて。それに、スイ達にも家に帰るように伝えて。もう大丈夫だから」
「………分かったわ。また明日くるね」
「ええ、分かったわ」
 そう言うと、ミナの顔が悪魔のように微笑む。
「カヲルはまだ姉さんに付き添ってあげて。姉さんこれで寂しがりやだから♪」
「ミ、ミナ!!!」
 それじゃと言って、ミナが部屋を出ていく。後には呆然としたカヲルと、顔を真っ赤にした私が残された。
「…改めて言われると恥ずかしいね」
「う…うん」
 笑ったカヲルの顔が目の前にある。……確かに恥ずかしい。……でも…
「………レン」
 カヲルが私の様子に気づく。さっきから私の体は小刻みに震えていた。体中から血が無くなったような錯覚にとらわれる。
「ね? カヲル、起きていいかな?」
「う〜ん、少しだけだよ? レンの体は自分が思っているよりもダメージが酷いから…」
「うん。分かったわ」
 両腕に体重をかけ、体を起こす。ほんの少しの動作で関節が悲鳴をあげる。
「うっ!」
「ほら。言っただろう? さ、ゆっくり動かして。急に動かしたらダメだよ」
 そう言いながら手を貸してくれる。普段の三倍以上の時間をかけて、上半身を起こす。
「ふぅ……。思ったより酷いの? 私の怪我…」
「いや、怪我はほとんど無いそうだ…。お腹の内出血くらいかな? 身体中の痛みはフィードバックによる後遺症。時間をかければ元通りになるらしいよ」
「そう……」
 ゆっくりと……ゆっくりと息を吸い込む。身体中に酸素が行き渡る。ゆっくりと、ゆっくりと息を吐く。自分の弱気が抜けていく。目を瞑り、二度、三度と深呼吸を繰り返す。
「………結局、どうなったのかな? 最後のところで記憶が途切れてるんだけど…」
「…最後?」
「使徒の身体にナイフを刺したところ」
「ああ。……その攻撃により、使徒は沈黙、殲滅を確認。レンが気を失ったので、初号機は活動を停止。プラグに入った二人も無事。後遺症になるようなものも無し。まぁ、リツコさんに『お説教』をもらってたから問題ないと思うよ。現在、NERVは使徒の遺骸を研究中。そんなところかな?」
「ふ〜ん、…大丈夫だったんだ…良かった…」
 安心した。私のせいで二人に何かあったら大変だもんね…。
「………体の痛みは明日にでも取れるらしいから、今日はゆっくり休むんだね。明日またくるから」
 カヲルが立ち上がる。私は思わずカヲルの服を掴んでしまった。
「なんだい?」
「カヲル……、一つだけ……お願いがあるの…」
「? なにかな?」
「……スズハラ君の妹の………事を…調べて欲しいの。出来たら、今日中に」
「……………断る……と言ったら?」
「自分で調べるわ」
 ふぅっとカヲルが溜息をつく。そして、椅子に腰をおろす。
「………それだけかい?」
 ……見抜かれたのかな……?
「………もう少し……一緒に……居て…欲しい」
 顔がまた真っ赤になる。……恥ずかしい…。
「いいよ」
 そう言って、また笑ったんだ……。


 ―――――発令所

「……そんな事ぐらい自分で調べなさい! …………あのねぇ! 私は忙しいのよ!! ………………」
 目の前には髪が逆立たないのが不思議なくらいの雰囲気を発散して、電話をしているリツコさんが居るの。
「………マヤさん…リツコさんまだ怒ってるんですか?」
「……ミナちゃん、あれが怒ってないように見える?」
 私の小声にあわせるように、マヤさんが答える。綾波さんとスイに先に帰ってもらって正解だったなぁ。
「…………分かったわ。調べればいいんでしょ!!」
 ガチャン!!
「…………マヤ」
「はいいいいぃぃぃ!!!!」
「調べて貰いたい事があるの……。昨日の男の片方、鈴原君の妹のことについて調べてちょうだい」
「は? 妹……ですか?」
「そうよ。レンちゃんが気にしてるって……カヲルが。…早く調べてくれって……。MAGIを使っていいわ。入院してるはずだから、すぐに調べなさい
「は、はい!!!」
 ……姉さんが? ……そっか、あの時うなされていたのって…。
「…ミナ、レンちゃんの様子はどうだったの?」
 私に背中を向けたまま、リツコさんが尋ねてくる。…………正直、かなり怖い。
「………かなりうなされていました。精神汚染とかじゃなくて、夢にうなされていたみたいでしたよ。………あんな姉さん見たのは久しぶりでした」
「……久しぶり? 信じられない話ね……あのレンちゃんが、夢にうなされて自分を見失うなんて……」
 リツコさんがこっちに向き直って、タバコに火をつける。
「……それは、今の姉さんを見てるからですよ。……姉さんは強くありません。…強く見せようとしてるんです」
 そう。姉さんは今、かなり無理をしているはず……。双子だからこそ、よく分かる。
「……最初初号機のブリッジで、彼女と色々話したわ。その感じからは、想像も出来ないんだけど……」
「…姉さんは優しい人です。使徒とはいえ、『生き物』を『殺す』。その行為がどれだけ精神的な重石になっているか……。自分を強く見せないと、やっていけないんじゃないかな?」
「……でも、生き残るためには仕方ないんじゃない?」
「それでもです。……姉さんは親に捨てられたも同然の生活をしてました。養い親もきちんと居たけど、子供らしい事は何一つ出来なかったはず……。幼い頃から頭が良くて、大学にも半強制的に入れられた。姉さんは一人だった…」


 ―――――病室

「……あの夢は、自分の心の中に引っかかってる事だと思うの。……正直、怖い……。……私はそこまで強くないから…」
 カヲルに問われるままに、言葉を紡ぐ。今までの生活。自分の事。大学の事。自分の思うままに話を続ける。……視界がぼやける……。
「……ここに来て…初めて『友達』を知ったの。………『家族』も出来たわ……。でも………でも!!」
 遥かな昔に刻み込まれた傷…。目の前でお母さんを失った……。父親から『道具』と言われた。……友人は……いや、知人は『本当の私』を知ろうともせず、一方的に、私に知識を、『善意』を押し付けた。周りの評価は『特別』。私は、……私は! 『普通』な子でいたかった!
「……人前で泣く事は出来なかった……。いつしか『本当の』笑い方も忘れてしまったわ…。遊ぶことも出来ず、唯一の楽しみは本を読む事だけ。…………何時も、私の心は涙で濡れてたの……」
「……もういい」
 強いカヲルの口調に身体がビクッと反応する。………そして、暖かく……抱きとめられる。……カヲルの匂いが……暖かさが、広がる。
「無理に話すことは無い。……強がる必要も無い。……泣きたい時には、泣けばいい」
 カヲルの温かい言葉。何時ものように笑っているわけじゃない。とても真剣な顔。それを見たとき………何かが……心の中で……弾けた。
「…う……ぐすっ……」
 心の中のものがこみ上げてくる。そして………
「わあああああぁぁぁぁ…………!!!」
 泣いた。


 ―――――発令所

「……私が知ってるのはこれくらい。今の姉さんの笑い顔が昔と違うと気づいたのは、鈴原君の一件があったとき。あの時、本当の姉さんの顔が見えたわ。昔はもっと笑ってた。今のような事務的な笑い方じゃなくて、カヲルに向ける笑顔で」
 ミナの話が終る。参ったわね……。ミナの言ってる事は当然のこと。その事に気づけないほど、私達が異常って事ね…。思い起こせば、スイちゃんとカヲルにだけ、時々だけど、何時もと違う笑顔を見せてたわ。その『何時もの笑顔』が作られたものであるのは、気づけそうなものだったのに! 自己嫌悪だわ……。そして、今ほど自分の仕事を呪った事も無かった。
「……そう言えば、彼女は『特別待遇』を酷く嫌ってたわね……。それもそのせい?」
「半分は……。後半分は………『世界を救う英雄』になんてなりたくないから……って」
 …耳が痛いわね。彼女は聡明ね、ドイツに居るセカンドチルドレンよりも。自分がしている事により、世界にどんな事が起こってるか、正確に把握してるんでしょうね。だから、変なエリート意識なんて物は必要ない。そう言いたいんでしょうね…。
「……レンちゃんも女の子って事ね。…今彼女はどうしてるの?」
「カヲルを残してきましたから。……カヲル位しか、姉さんの心を癒せない……。大丈夫ですよ」
「そう……」
 私達は何も出来ない……。無力ね……。
「先輩。分かりましたよ」
「………カヲルに連絡しないとね」


 ―――――病室

 腕の中に泣き疲れたレンが居る。その頬には涙の跡が残っている。……無理をしてたんだ…。
「……優しすぎる……。戦闘にはむいていない…。……でも」
 ゆっくりとベッドに横にする。一瞬起きたかと思ったが……、大丈夫みたいだな。
 ルルルルルル―― ルルルルルル――
 カチャ
「はい」
『カヲル? …レンちゃんの具合はどう?』
 リツコさんか……。
「今眠ったところです。……それで、分かりましたか?」
『ええ。レンちゃんに伝えておいて………。名前は鈴原アイリ。小学五年生。祖父、父親、兄の4人暮らし。第参使徒戦の時に逃げ遅れ、両足に複雑骨折。身体のいたるところに打撲と裂傷……こんな所かしら』
「病室は?」
『通常病棟310号室。……行くのなら明日にしておきなさい』
「分かってる……」
『……どうするの?』
「真実を伝える………。ボクはレンに嘘は吐かない。……レンが知りたいって言ったんだ。明日にでも行ってみる」
『……守りなさいよ』
「……ああ」
 受話器を静かに置く。リツコさんの心配している顔が目に浮かぶようだな。……彼女もリリンだったと言う事か…。
「………レン、明日また来るよ」
 そう言って病室を後にした……。


「一般病棟?」
 朝一番にお見舞いに来てくれたカヲルからそんな言葉を聞く。ちなみに身体の痛みもだいぶ取れてきたので、膝の上にスイを乗せて、髪を梳きながら話を聞いてるの。
「………ダメ」
「あ、綾波さん……」
 今さっきからこればっかり。カヲル、ミナ、綾波さん、スイがお見舞いに来てくれたんだけど……。綾波さんは今さっきから椅子に座ったまま、鈴原君の妹に会いに行くのに反対してるの。
「私も、反対。姉さんが気にすることじゃないよ。あの時は避難命令も出てたんだから」
 ミナもこの調子。
「……カヲルとスイは?」
「スイ? う〜〜〜ん…あのお兄ちゃんが居ないんだったら……」
「ボクには彼を殴る権利がある」
 無いよ……そんな権利……
「と、とにかく! お見舞いぐらいは行きたいから……。いいよね?」
「…………ダメ」
「反対」
「ふ、二人とも〜〜。お願いだから。ね?」
 どうしてこうやってお願いしてるのかって言うと、まだ歩けないから、車椅子が要るの。カヲルに頼むつもりだったんだけど…。はぁ……。
「……なら、私も行く」
「レイ、ダメよ。レンちゃんの好きにさせてあげなさい」
 入り口から落ち着いた声が飛び込んでくる。リツコさんだ。今日は私服なんだ……。
「リツコさん……」
「レンちゃん、調子はどう? まだ身体は痛いと思うけど、気持ちが悪かったりしない?」
「ええ。大丈夫です」
 リツコさんが、とても心配そうに話し掛けてくる。…何だか風邪を引いた子供を心配してるみたい。
「そう、良かった……。無理しちゃダメよ。……レイ、ミナ」
 私の頭を撫でると、二人に向き直る。……私、本当に子供みたい…。
「二人がレンちゃんのことを心配するのも分かるわ。でも、これはレンちゃんの問題。好きにさせてあげなさい」
「……でも…」
「…レンちゃん、カヲルとスイを連れて行ってらっしゃい。カヲル、何があっても手を出してはダメよ。いいわね?」
「…分かったよ。それが条件なんだろ? ボクは鈴原トウジに手を出さない。これでいいんだね?」
「ええ〜〜?! 何でカヲルが良くて私とレイがダメなの〜〜?!」
「…不公平…」
 ミナと綾波さんが口をそろえる。…なんでこんなに反対されるんだろ?
「二人は、レンちゃんを私とここで待つ。いいわね? …さ、レンちゃん行ってらっしゃい」
 リツコさんのお許しが出たのでスイを膝から下ろし、カヲルが用意してくれた車椅子に移ろうとする。その時…
「よいしょ」
「えっ?! ちょっと! カヲル?! お…下ろして!! 自分で移れるよ!!」
 いきなりカヲルが私を抱き上げる。みんなの目の前でいわゆる『お姫様ダッコ』……かなり恥ずかしいんだけど……。
「無理は禁物だよ。それに、今更恥ずかしがる事じゃないんじゃない?」
「そ…それとこれとは話が別よ!!」
 そうこうしてる間に、車椅子に移されてしまう。ううぅ、恥ずかしい…。
「あら? レンちゃん可愛いじゃない。真っ赤よ」
「リ…リツコさん?!」
「真っ赤真っ赤〜〜〜!! レンお姉ちゃん可愛い〜〜!!」
「姉さんにもやっと春がきたのね……。この場合は夏かしら?」
「………人って紅くなるものなのね……」
 みんなまで……。
「とにかく、気をつけてね。レンちゃんの身体は本調子じゃないんだから」
 そうリツコさんが締めくくった……。


 コンコン
「はい。どうぞ」
 ノックをするとすぐに返事が返ってきた。可愛らしい声……。
 カチャ……
「……? えっと……どちらさま?」
「はじめまして。ボクは渚カヲル。君のお兄さんのクラスメートさ」
「あ、どうも……」
「そして、こっちが同じくクラスメートの…」
「碇レンです」
「妹のスイだよ〜〜♪」
「……鈴原アイリちゃんですね?」
「はい」
 私の確認にベッドに上半身を起こした少女が答える。ピンクのチェック柄のパジャマに、同系色のカーディガンを肩にかけている。栗色の髪を肩のあたりで切りそろえている。………これが鈴原君の妹?
「……? あの…私の顔に…何かついてます?」
「え? あ、ごめんね。ちょっと考え事してたの…」
「そうですか……、それで御用は?」
 本当にしっかりしてるわねぇ……。
「………謝りにきたの…」
「……は?」
「………私は…エヴァの………あのロボットのパイロットなの。……私のせいで…アイリちゃんは怪我を…」
「そのことですか。気にしてませんよ」
「え?」
 目の前には曇りのない笑顔を浮かべるアイリちゃんの顔……。私はそれを呆然と見つめていたの…。
「あれは私が悪いんだもの。避難命令が出てたのに勝手に出歩いちゃったんだから。お姉さんが気にすることじゃないですよ。しかも、踏み潰されたとかじゃなくて、飛んできた瓦礫に当たっちゃたんです。なんか間抜けですよね」
 そういってアハハっと笑う……。
「だから、お姉さんが謝る事じゃないですよ。というか私が御礼を言わないといけないんじゃないでしょうか? 護ってくれた訳ですから」
「いや、その…」
 何だか私の方が子供みたい……。この子が鈴原君の妹なんて信じられない。
「……でも、なんでいきなり謝りに来たんですか? ………………………まさか」
 カチャ……
「アイリ見舞いに………。!! 何でお前がここに「このバカ兄貴!!!!!!!」 は…はい!!!!!」
 いきなり入ってきた鈴原君が私の事を指差すなり、アイリちゃんの大声がこだまする。鈴原君の声も大きいけど、それ以上の音量……。やっぱ兄妹なんだ……。
「いきなり部屋に入ってくるなとあれほど言ったでしょ!!! そ・れ・にぃ〜〜、このお姉さん達はあたしのお客さん!! そのお客さんに向かって『お前』呼ばわり?! 何考えてんのアホ兄貴?!!!
「いや、しかしやなぁ」

「しかしもなにもなぁ〜〜〜い!!!!」

 ……いきなりの事で私とスイは目が点……。カヲルは鈴原君が入ってくるなり、私と鈴原君の間に立ったから顔が見えないんだ……。
「おまけに!! 学校でお姉さんに何かしたでしょ!!! 正直に言いなさい!!」
「それはそのぉ……」
「レンの顔を殴った……」
 カヲルのさりげない一言……

「なぁ〜〜ん〜〜でぇ〜〜すぅ〜〜ってぇ〜〜」

 ………火に油を注いでどうするのよぉ?!

「このまぬけぇ〜〜〜!!!」

 ブン!!

 バシッ!!!

「ふべ?!」
 ………痛そう……。目にもとまらぬ速さで、辞書が鈴原君の鼻頭にヒット……。………なんで辞書なんて手元にあるの?
「女の子を兄貴の馬鹿力で殴ったですってぇ!! 痕が残ったらどおするのよぉ!!!! 無い脳みそでもそれぐらい考えれるでしょぉ!!!!」
「お前なぁ!! 兄貴をなんやと思うとるんや!!」
「このアホ!! 女の子の顔の方が何倍もバカ兄貴の命よりも重いわよ!!! しかも、こんなにきれいなお姉さんの顔よ!! 兄貴が百回死んでも足りないわよ!!!」
「そこまで言うかぁ?!」
「兄貴の認識不足よ!!!」
「なんやとぉ!!」
「何よ?! バカ兄貴の癖して、文句でもあるの?!」
「大有りや!!」
「誰が聞くもんですか!!!!」
「なんやそれ!!」
「お姉さんを見てみなさいよ!!!! あんな怪我をおしてまでお見舞いに来てくれたのよ!!! あんなになってまで戦ってくれてるのよ!!! それを〜〜〜〜!!!!」
「………それは……悪かったとおもうとるわ……」
「それだけ?!」
「反省もしとる……今回も迷惑かけたし………あ……」
 プチ
 ………アイリちゃんが切れちゃった……。

「一回死んでこぉ〜〜〜〜〜い!!!!!!!」

 ぶん!!

 ガッシャァ―――ン!!

「ぬおおおお?!!?!」
「………頑丈なんだね……このお兄ちゃん……」
「そ…そうね」
 スイが興味深そうに聞いてくる。実際、頭から血を流しながらも鈴原君は元気だ……。
「いきなり花瓶投げるんなんて! 何考えとんねん?!」
「兄貴よりは人道的よ!!!」
 ……………本当に元気ね。
「大体こいつが元々…」
「『こいつ』〜〜〜?!」
「いや、その…」
「…………まさか」
 フルフルとアイリちゃんの体が震えてる………。
「兄貴………お姉さんの名前……知らないとか?」
「う………」
 キラ―――ンとアイリちゃんの目が光った(ように見えた)。
「あ…アイリちゃん!!! それ以上はダメ!!!」
 慌てて止めに入る。………まさか、あの本棚投げるつもりだったの?
「でもぉ……このバカ兄貴、お姉さんの名前も知らずに責めてたんだよ?」
「ダメだよ、アイリちゃん。お兄さんでしょ?」
「そうだけど……」
「そうだね。それ以上すると流石のトウジ君も死んでしまう。それはまずいだろう?」
「仲良くしなきゃ。スイ達みたいにね!」
「そうね」
「う〜〜〜ん、お姉さん達がそういうなら……」
 ほ。よかったぁ〜〜〜。
「おっと、そろそろ帰らないと。レン、回診の時間だよ」
「ええ〜〜〜。もう帰っちゃうんですかぁ〜〜?」
「アイリちゃんがいいならまた来てもいいかな?」
「是非!!! 今度はゆっくりお話聞かせてください!!」
「うん。それじゃ……」
 手を振るとアイリちゃんが手を振り返してくれた。良かった……仲良くなれて…。
「ええっと……大丈夫? 鈴原君……」
「お姉さん! そんな奴放ってていいですよ」
「え…でも……」
 ブン!!
 ガン!!
「兄貴!!! そこ片付けといてよ!!」
 モ…モップ? あんなの投げつけられて…
「……お……おう…」
 あ、あの状態で動けるの!? ……凄い…。
「お姉ちゃん。……レイお姉ちゃんが怒ってるよ?」
「えええ?! ど、どうしてぇ〜〜!?」
「スイ、分かるのかい?」
「うん。なんとなく繋がってるんだぁ。朝は一方的に切られてるんだけどね」
 なんとなく繋がってるって……、テレパシー?
「…レン、帰ろう」
「そ、そうだね。アイリちゃん、また来るね?」
「うん。バイバイ!」
 ………後にはうめく鈴原君だけが残された……。合掌………。


「…………遅い」
 …レンは怪我をしている…。体力も落ちている……。その状態で彼女はどうして他人を気にするの?
「レイ。少しは落ち着いたらどうなの?」
「……レンは怪我をしています」
「だからカヲルとスイが付いて行ったのよ。あの二人なら、レンに何が起こっても守れるわ」
「…カヲルはまだしも………スイ?」
「レイ、その前後の脈略が分からないような喋り方、どうにかならないの?」
「………性格」
「レイ、それは違うよ。でもリツコさん。レイの言うことも一理ありますよ。カヲルは戦闘術、護身術共に優れていますけど、スイがどうやったらレン姉さんを守れるんですか? 逆に守られる方だと思うんですけど……」
「……レイ、あなた本当に分からないの?」
 ………スイ…。第参使徒サキエルの浄化された姿。………その存在はリリンと同等……。リリンにそんな力はない。
「…分からない」
「スイちゃんの検査結果。見てみなさい」
 ……封筒?
「………」
「レイ、何が書いてるの?」
 ミナが覗き込んでくる。
「えっと……碇スイに関する検査報告……。身体的特徴は人間と変わらない。ただ、構成遺伝子が人間とは99.89%しか一致せず。筋肉繊維の強度は一般成人の数百倍、知能指数は一般大学生の3倍以上……」
「身体的能力に関しては、本人が自覚がないだけね。鍛えたらミサトでも敵わないわ。それに……」
「それに?」
「スイちゃんはATフィールドを張れるわ」
「……わたしと同じ…?」
 赤木博士が頷く。……わたしの仲間?
「たっだいまぁ〜〜〜〜♪」
 背後からスイの声……。緑の髪が揺れている…。
「……あのぉ〜……綾波さん? …怒ってる?」
 車椅子からレンが声をかけてくる。………どうしてばれたの?
「まあまあ、とにかくベッドに戻るんだね。退院が延びてしまうよ?」
「うっ!! ……イジワル…」
 そう言ってる顔は怒っていない。……不思議な人達…。
「さて、みんな。今日のところは帰るわよ。レンちゃんは後2日は安静にしときなさい」
「え〜〜! 2日もぉ?!」
「本当なら一週間は動けないはずの怪我よ。当然でしょ」
「……わかりました…」
「それじゃ、明日にでもまた来るわ」


「…リツコさん」
「何、カヲル?」
 病院の廊下を歩きながら、カヲルが声をかけてくる。…言いたい事が予想できるわね…。
「……ボクは残ります」
 やっぱり。
「……貴方でしょ。レンちゃんの身体の治癒能力に細工したのは。…彼女は全身の筋肉が断裂寸前のはずだったのに、もう動けるようになってるしね」
「…ばれてました?」
「NERVにはばれていないわ。レンちゃんの部屋の目と耳は殺してあるから」
「……そうですか」
「残って良いわ。……支えてあげなさい」
「はい」
 そう言うと今きた道を駆け出す。……よっぽど大切なのね、彼女の事が。
「リツコママ〜〜! ……あれ? カヲルお兄ちゃんは?」
 スイが前から駆けて来る。緑の髪が波打つ……相変わらず、不思議な光沢の髪ね。
「カヲルはお仕事よ」
「ええ〜〜!! 今日は一緒に寝てくれるって言ったのにぃ〜〜!!」
 そう言えばここの所、皆の所で寝ていたわね……。
「ミナかレイと一緒に寝たら?」
「う〜〜〜…ミナお姉ちゃん蹴飛ばすんだもん。…レイお姉ちゃんは抱きしめるから苦しいし…」
 抱きしめる? レイが? ……意外ね。
「わかったわ。今日は私の部屋にいらっしゃい。一緒に寝ましょ」
「いいの!? やったぁ〜〜♪」
 スイが腕を組んでくる。………子供を持つってこういうことかしら、母さん……。


 サアアアアァァァァ………
 サアアアアァァァァ………
 サアアアアァァァァ………

「雨……か……」
 リツコさんたちが帰った後、検査を受けて一眠りしていたら雨の音が耳に入ってきた。
「……………」
 周りを見渡すと部屋の中は暗く、周りには人の気配がない……。
 サアアアアァァァァ………
 サアアアアァァァァ………
 サアアアアァァァァ………

 降り続く雨。部屋から見える街の灯りが霞んで、雨に色彩を与えている。
「……雨は……好き…」
 子供の頃の記憶が浮かんでは、弾ける。…………リツコさんは…知ってるのかな? ……私の事……。
『こんな雨の中一体何してんの?』
 遠い日の記憶……。とても大切だった人達…。
『いい? どんな時でも自分に素直に生きるの』
 まだ、私が子供の頃の……記憶……。
『髪の色? 気にしなくて良いわ。綺麗だもの』
 血縁から離れて暮らした三年間……。
『雨って嫌がる人が多いけど、とてもいい物よ』
 唯一の家族。唯一の友達。
『いつか貴方にも本当に大切な人ができるわ。降り続く雨は無いの。必ず空気が洗い流された、清々しい日が訪れるわ』
 もう、この世界には存在しない、大切な人達……。
『い……生きなさい…。私達の……分まで…』
 もう……いない……。
 サアアアアァァァァ………
 サアアアアァァァァ………
 サアアアアァァァァ………

「レン……」
「…………カヲル」
 何時の間にか、私の横にはカヲルが立っていた……。
「泣いて…いるのかい?」
「………昔を…思い出したから…」
 カヲルはなにも言わず、椅子に座る。
「……昨日…カヲルに一つだけ言わなかったことがあるの」
「8歳から11歳までの三年間」
 カヲルの言葉に身体が震えるのが分かる。
「気が付いて……いたの?」
「ああ。その期間の話だけ、曖昧だったからね」
「そう……」
 外では雨が優しく降り続いている。話をするいい機会かもしれない……。
「……こんな雨の日だった……」


「……アンタ、こんな雨の中一体なにしてんの?」
「……このまま寝たら……死ねるかもしれない」
 私を見下ろしていた女の人は呆れたように私を見つめる。
「そりゃぁ残念ね。アンタはもう死ねないよ」
「……どうして?」
「アタシが見つけたもの。だから死ねない。子供を放って帰るほど人間として腐ってないからね」
 そう言うと私を背負う。……無頓着な人だ。
「……私は捨てられたの……」
「そう……。でも、アタシが拾ったわ」
 その言葉に私は目を瞬かせた。こともなげに言い放つ。
「……失敗作なの」
「じゃぁ私が成功作にしてあげる。とっておきの女の子にね」
 この女の人は一体何なんだろう? 私の今の姿を見ても殆ど動じない…。
「アタシはフローラ。フローラ・L・アーベルク。アンタは?」
「………碇…レン」
「日本人?」
「そう」
「見えないわね……、ま、いいわ。しばらく寝てなさい」
 そう言うと歩き出す。……変な人。路地裏に寝転がっていた私を拾う事も、私を避けない事も、この人がはじめて。何だか不思議……。心地いい…。

 目を開ける。周りの景色が飛び込んでくる。……見知らぬ部屋…。研究所のどこでもなく、自宅のどこでもない。ベッドの上に身を起こすと一人の女の人が近づいてくる。
「はい。暖まるから飲みなさい。……しっかしフローラが君を背負って帰ってきたときには吃驚したよ」
 目の前にココアの入ったマグカップが差し出された。……この人も私を避けない…。
「………ここは?」
「私たちのアパート。貴方はフローラに背負われて、昨日ここにきた。フローラは分かるね?」
 頭の中に金髪の女の人の顔が浮かぶ…。
「うん……。私は……破棄されないの?」
 目の前の青い髪をした女の人が苦笑する。
「しない。と言うよりも、ここは破棄されたやつの家だから」
「…された?」
「そう。………レン…だったかな? 君は誰から捨てられたんだい?」
「私は…」
 『両親に捨てられた』……そう言おうとするが、心が締め付けられて、声にならない。
「アルト!! そんな小さい子に無理させたらダメじゃない!! ねえ、大丈夫?」
 フローラさんが蹲っていた私の顔を覗き込み、額に手を当てる。……この人も避けない…なぜ?
「あぁ…真っ青……。大丈夫? さ、横になって…」
「…大丈夫。………フローラさん」
「どこが大丈夫なのよ?」
 そう言って私の手からマグカップを受け取るとサイドボード上に置く。その弾みで金色の髪が広がる。
「なかなか強情な子だね?」
 青い髪をした人が笑って言う。
「アルトぉ〜〜〜〜!!! あんたねぇ!!!」
「おっと! フローラ、説教は向こうの部屋で。レン、ゆっくり休みな。ココにはお前を嫌う奴も、危害を加える奴も居ない」
 私の頭を撫でるとアルトと呼ばれた女の人は部屋を出てゆく。その後ろを額に青筋を浮かべたフローラさんが追いかけていった。


それが私たちの出逢いだった……。







   後書き………なのか? コレ?

作「よし! 書き終わった!!!」
レ「遅いって」
作「…………………」
ミ「何時もの事ですよ。さて、今回新しい方が出てきましたね。それに姉さんの秘密も」
レ「どうして作者(アナタ)の書く作品の主役は髪の色がおかしいんですか?!」
作「具っ!!!」
レ「字が違うでしょ」
作「冷静な突っ込みサンキュー」
ミ「話そらしてません?」
作「…………ま、いいじゃん」
ミ「……いいんですか? ある意味人間じゃないんでしょ? 設定ではどうなってるんですか?」
作「……業務上の秘密です♪」
レ「……どこぞの神官か、貴方は」
ミ「どこぞの三つ目の精霊かもしれませんよ?」
作「…読者わかんねぇって、そんな事言っても」
ミ「分かったらどうします?」
作「次の作品投稿するよ」
レ「言質とりましたよ。覚悟してください」
ミ「そんな訳で、分かった人はメールを!! ……作者が『メールがこない』ってさめざめと泣いていましたから。メールくれれば、はずれでも書きますよ」
作「やめんかぁ〜〜〜!!! 誰が責任とんだよ!!!」

レ・ミ「作者」

「鬼」

ドゴォ!!!

レ「……レイちゃん仕込の格闘術」
ミ「だんだん過激になりますね。ま、あのトウジ君の生みの親ですから。大丈夫でしょ」
レ「それでは作者不在のためこの辺で」
ミ「またお会いしましょう」


第伍話 A  終

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管理人のこめんと
 SHOWさんの『微笑の中で』、第5話です。
 今回は諸々の後始末がメインですね。前回の件で、心の傷が蘇ってしまったレン。それを優しく包み込むように癒すカヲル。
 傷ついた心を癒すのは、こうした優しい時間の積み重ねだけなんでしょう。

 ……それはともかく。
 なんでしょう、この元気な鈴原妹。本当に怪我人なんでしょうか。その気になれば本棚を投げられる人を日本語で怪我人とはいわない気がちょっとします。
 アイリちゃん、そのままでも使徒倒せそうですね(笑)。
 鈴原家恐るべし。

 レンの語られざる3年間。語るにはあまりにも重い、そしてそれゆえに決して忘れ得ぬ想い出。今のレンを形作っている、大切な人々との出会いと別れ。物語の重要な鍵となりそうな感じです。
 アルトとフローラ。またもや魅力的なキャラの登場で、物語はますます盛り上がっていきそうです。

 とゆうわけで皆さん、魅力的な物語を次々に生み出しているSHOWさんに、ろりろりはいいねぇ〜、とか、三つ目の精霊ってなんだかわかったっ、とか、感想や応援のメールをじゃんっじゃん送って頑張ってもらいましょうっ。
 SHOWさんのメールアドレスはこちら

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