本当の意味での世界って何だろう?
 地球? 人間社会? …それが世界なら、私は世界なんて要らない。

 でも、あの人たちは違った。
『世界って、私の大切な人たちの事よ。だから世界って素晴らしい物なの』
『世界か……そうだね……。私を取り巻く環境…かな…。そんなに大きいものじゃないよ…世界って』
『…地球に住む大切な人たちのことかな』
『みんなの事よ!!』
『生活してる場所であり、そこにいる人たち』
 その世界こそ…私が望んだものだった。


微笑(ほほえみ)の中で』

作:SHOWさん


  伍話  B  『記憶・姿』


「何でみんなの事忘れてたのかなぁ………。お母さんが初号機に消えて、あの男が研究のために私を捨てた。そんな絶望的な状況の中で私が出会った、家族だったのに………」
 レンの声が重く響く。……フローラ・L・アーベルク……まさか彼女達がレンと出会っていたなんて…。
「そこにいたのは二人だけだったのかい?」
「ううん……。そこには何人もの私の兄弟がいた……。リツコさんより前に姉さんとなった人たちもね」


「もう一度自己紹介するね。私はフローラ・L・アーベルク。この家の親代わりね」
 金髪、長身の女の人が笑いながら話す。あの後、何とか起きられるようになった私は、その家にいる全員に紹介された。
「私はアルト。アルト・N・ダリア。フローラのサポート役ってとこかな」
 青い髪をショートカットにした女の人が引き継ぐ。背はやっぱり高い。
「一応私たち二人が最年長の24歳。そして…」
「はじめまして。ミント・クレイアよ。17ね」
 薄い緑色の髪をした女の人…身長はフローラさんより頭半分だけ低い。
「エルクート・マティアス………みんなはエルと呼ぶ。ミントと同い年だ」
 今度は銀髪の男の人……。ここにはまともな髪の色をした人は何人いるのかな?
「はいはいは〜〜〜い!!!! フィーナで〜〜す!!」
 最後に薄い桃色の髪をした女の子。私より年下みたい。
「……碇レンです………よろしく…」
 ベッドの上から決まり悪そうに答える。実際いきなり転がり込んだ私が迷惑をかけているような気がして落ち着かない……。
「ねね。レンって呼ぶね!」
「フィー、あまり暴れるな。まだ彼女の体調は悪い。俺と一緒に外に出ておくぞ」
「え〜〜〜〜!!! つまんないじゃん!!」
「あの………私は大丈夫ですから…」
 喧嘩腰になったエルさんとフィーさんを宥めようとする。その額をコツンとアルトさんが叩く。
「何処が大丈夫なんだ? また熱が出てきたぞ。ミント、薬を持って来て」
「ええ。でも、何処に置いてるの?」
「あ、そっか。んじゃフローラ頼むわ」
「分かったわ」
 そう言ってフローラさんが部屋から出て行く。
「さて、君の事を聞いてもいいかい?」
 その言葉でエルさんとフィーさんが口喧嘩を止めてこっちを向く。
「………はい」
「まず一つ。君は誰から捨てられた? 君のご両親は?」
「……両親の名前は碇ゲンドウ、ユイ………私は両親から捨てられた子供……」
「!!!! 碇…ゲンドウ? ユイ? ………確か碇ユイ博士は…日本での実験で……」
「…知ってるんですね……」
 私の目に涙が溢れる。声もなく、涙のみが流れる。しかし、表情はない。
「……ゴメン」
 アルトさんの言葉に私は頭を振って答えた。
「……しかし、ゲンドウ博士は……。…そういうことか」
 アルトさんが自己完結してしまう。
「………次いいかい? …君はなぜここドイツにいる?」
「…父がここに連れてきて……帰った」
「そっか……」
「最後の質問よ。ここで一緒に暮らさない?」
 いきなり声をかけられる。そこには薬と水を運んできたフローラさんの姿があった
「…………私と一緒じゃ…迷惑をかける……」
「なぜそう思うのかしら?」
「……私に何も願う権利はないから」
「それは違うわ。貴方にもその権利はあるわ。当然、幸せになる権利もね」
「……そんな物…無い」
「あるのよ。いい? どんな時でも自分に素直に生きるの」
「……」
「素直に生きて、自分を偽らなければいいの」
「………こんな姿でも?」
 そう言って自分の髪と瞳を指差す。そこにあるべき漆黒の色は無く、変わりに薄く輝く紫水晶の髪と、金色の瞳があった。
「髪の色? 気にしなくて良いわ。綺麗だもの」
 はっきり言って……呆れた。私の髪を忌避しなかった初めての人だったから…。
「それに周りを見なさい。私以外まともな髪の色をした人はいないもの。そういうものなのよ」
「そうそう。フローラがまともなのは髪だけで、私たちがおかしいのも髪だけだってね」
 アルトさんの言葉で笑いが起こる。…………理解できない。お母さんが消えた後、あの男は私を実験道具として扱った。妹は体が弱かったから。その過程で、私の身体の細胞が一部変化した。この髪はその証。そして、私の周りに人はいなくなった……なのに……この人たちは…。
「でも……私は」
「まだ何かあるの?」
「…………………………」
 ………思いつかない。
「決定だね。んじゃ、これからは家族だね。アルトって呼び捨てにしてくれていいよ」
「やった〜〜〜!!! お友達が増えた〜〜〜!!」
「フィー、お友達じゃなくて家族ですよ。…レンちゃんっていくつなの? 私やエルよりは下だろうけど……」
「今年8歳です」
「え……?」
「…………8歳? フィーと同い年? ……嘘だろ?」
「……信じらんねぇ…」
「……10歳になってないの?」
「へ〜、同い年なんだぁ。でも、お姉ちゃんってよぼっと♪」
 上からミントさん、アルトさん、エルさん、フローラさん、フィーナさんの順。
「ま………分かってよかった……ともかく。俺の事はエルでいい。さんはつけなくていいから」
「そ…そうですね。私もミントって呼んでください。そうですねぇ…『姉様』っていうのもいいかも…」
「やめときなよ。困ってるよ? ま、好きに呼ぶといいさ」
「そうね。それじゃ、今日は薬を飲んで寝なさい。元気になってから、いろいろ考えましょ」
 フローラさんが薬を渡してくれる。それを水と一緒に飲み干す。
「ゆっくり寝なさい。起きる度に元気になるから」
 そう言って部屋から出て行った。

 一人になった部屋の中で、天井を見つめる。古ぼけた電気が私を照らす。私は何をしているんのだろう?
「知らない天井……。当然…か。ここドイツで知ってるところなんて限られてるもの」
 知り合いなんていない。知ってる場所なんて無い。そんな所にあの男は置き去りにした……。散々私を弄くり、価値が無いと知ったら捨てる。それが『碇の血』……。私もその血は受け継いでいる、認めたくないけどね。妹はそんな事は無かったから、妹の分も私がひいたのかもね。……別に興味は無いけど。
「…遺伝子強化……お母さんを受け入れるための器。……でも、失敗」
 エヴァの中からお母さんを連れ戻す。その計画のために私の遺伝子は書き換えられた。あの時の苦痛……刻み込まれた刻印。仄かに発光する髪はその証。金色に光る瞳はその印。
「………私は失敗作だから…」
 だから捨てられた。利用価値が無いから。別に構わない。何も護る物なんて無いから……。
 コンコン
「………?」
「レン…起きてる?」
 ミントさん?
「…はい」
 カチャ
「気分はどう?」
「…別に」
 そういう私を苦笑しながら見つめる。薄い紫色の瞳……。
「……? 何か用ですか?」
 この人がここに来る理由が私には分からなかった。
「ええ。あなたとお話したかったの」
「……よく分かりません。私と話すためだけにここに来たのですか?」
「そうよ。……この家の事を話しておこうと思ったの。…アルト姉様から聞いたかしら?」
「……捨てられた者たちの家」
「そう。私たちは……創られた存在なの…」
 その言葉に私の意識が集中する。頭の中は驚きのため思考が止まる。創られた存在……その言葉が意味する事は……。
「…創られた?」
「そう。……私たちはある組織に創られた存在なの。その組織は『ある者』を創ろうとしていたの」
「『ある者』?」
「……天使よ。私たちはその過程で生まれた欠陥品らしいわ。だから処分されそうだったの。それに気付いた研究員の一人とフローラ姉様が私たちを連れ出したの。その組織も私達のことなんて興味なかったらしく、それ以降は何もしてこないけどね。……だから、あなたが気にする事は何も無いの」
「…信じられません。天使を創ってどうするんですか? 人間ってそんなに偉いんですか?」
「………私たちは天使として創られたの。欠陥品だけど、それなりに力を持ってるわ。私たちは『異能』って呼んでるけどね。今度見せてあげるわ。……なぜ天使を創るか……それは」
 ミントさんが言いよどむ。そんなに言い難い事なんだろうか?
「一部の腐った権力者が描いた未来のためだ」
「エル……」
「エルさん…」
 何時の間にかエルさんが部屋に入ってきてた。
「まったく…姿が見えないと思ったら…。ミント、その事はレンの体調が戻ったら話すはずだろ。今そんな話をしても、熱がある頭じゃ上手く考えもまとまらないはずだ」
「あ……大丈夫です」
「嘘つけ。無理するのは身体のためにならない。今は何も考えずに休め。行くぞ、ミント」
 言いながらミントさんの首根っこを掴んでいく。
「あ〜〜〜ん! 放してよぉ!!」
 バタン
「………何だったのかな?」
 確かに身体はだるい。熱のせいで上手く身体が動かないのも事実だった。ベッドに身体を横たえると張り詰めていた緊張が途切れる。そのまま、意識は闇の中に沈んでいった……。

「……天使」
「そうね。ばかげた計画ね……。でも彼等は半ば成功させてるわ」
 熱も下がってきたある日……と言っても、私が拾われてから4日目だけど、私はフローラさんと話をしていた。
「成功って…? 天使を創ったんですか?」
「……天使の赤子よ。彼等はあるシステムと、ある存在を使って天使の器を完成させていたわ」
「………嘘…」
 何度聞いても信じられる話じゃない。天使は聖書や本の中の存在だと思ってた。なのにそれを創ろうとして、ましてや成功してるなんて……。
「ま、そんな事は今のあなたには関係ないわ。……ねぇ…レンはこれから何がしたいの? ここにいれば住む所も、食事も、着る物も絶対に不自由しないけど…」
「……私は勉強がしたいです。今まであの男の研究に付き合っていたので、勉強はしていませんでしたから。……色々知りたいです」
「……そう……レンがそう言うなら、私達が色々教えてあげるわ」


「そうして、私は知識を手に入れた。力も……。普通の知識……勉強はミント姉様が……戦闘術や護身術はエル兄が…………裏の世界の事はアルトが教えてくれた…」
 今思えば、あの時が勉強していて楽しかった唯一の時間だったなぁ……。フィーと一緒に色々調べた事も、今となっては思い出でしかないけど……。
「…そしてゼーレのことはフローラから習ったと言う事かい……。なるほど……見事に辻褄が合ってるね」
「うん……。…………? …カヲルはフローラの事を知ってるの? 今の話し方からすると知ってるみたいだけど……」
「…知ってる…と言うべきかな? 直接の面識は無い。だが、情報としては知ってる。
 フローラ・L・アーベルク…………素体番号C−22、初期実験体。能力は記憶能力。どんな些細な事でも覚えておける。情報を記憶するのも早い。一目見ただけで地図に描かれた全てを把握できるほどの能力。………しかしATフィールドを発現出来ず、破棄。
 アルト・N・ダリア…………素体番号D−12、同じく初期実験体。能力は演算能力。あの時代ではMAGIに並ぶほどの演算能力を有していた。しかし、その能力にはむらがありすぎたため、数ヶ月の実験期間の後、破棄。理由はATフィールドの未発生。
 エルクート・マティアス…………素体番号G−52、中期実験体。能力は戦闘特化能力。人の身でありながら、一個大隊を素手で壊滅させる力を持つ。武器を持たせれば二流の軍隊なら一国を相手取る事も可能。…しかし、ATフィールド発現せず。通常の戦闘に利用しようとしたところ、逃亡。そのまま破棄。
 ミント・クレイア…………素体番号G−79、中期実験体。能力は念動力。2t程度なら触れずに動かす事が可能。その力をATフィールドに応用させようとしたが失敗。この人も同じく逃亡、破棄。
 フィーナ・ストレイア…………素体番号L−88、終期実験体。……とくに能力を持たなかった。そのため、後天的に遺伝子の書き換えを行われた。結果、精神感応能力を獲得。その能力のため、研究者の思考を読み逃亡。そのまま破棄。だよね?」
「そう。………知ってるんだぁ……」
「ああ。ボクの兄弟に当たるのかな? 肉体は同じモノが素となっている。彼らの結果の上にダミーシステムが作られ、ボクがいる。それで? 彼らとは……」
「………いい人達だったよ……とても……。色々教えてもらったもの…。色々あったしね…」


「む〜〜〜〜? ………分かんない…。何で、どうして? どうしたらこんな事になるの?」
 私の横でフィーが頭を抱える。………私が拾われてから2年。今、私はミント姉様作成の問題集に取り組んでいる。この問題集、フィーと全く同じ物なんだけど、フィーは1枚目で止まってる。ちなみに私は20枚目。
「………フィー…うるさい……」
「レン姉さんは出来てんだからいいじゃん! …………なんでこんな問題ができるの?」
 ひとしきり文句を言っていたフィーが私の手元を覗き込む。フィーは私のことをレン姉さんって呼ぶようになっていた。実際は同い年なんだけどね……。
「………昨日やったもの……」
「え〜〜〜〜〜?! ……聞いてない」
「………知らない……そっちが悪いもの」
 何か文句を言ってくるけど、とりあえず無視。早く終らせないと……。エルも待ってるから……。
「………終わった」
 そうこうしてる間に私は解き終わってしまう。……問題のレベルを上げてもらう必要があるわね。
「見せ……」
 ガン!!
 …………フィーの頭の上に銀色のタライが落ちてくる。………懲りない人……。
「いった〜〜〜〜〜〜い!!!! ミント姉さん! 何すんのよ?!」
「あら? カンニングしようとした子を『ちょっと』懲らしめただけよ」
 そう言いながらミント姉様が部屋に入ってくる。…このタライ、毎回の事ながら何処から持ってくるんだろう?
「む〜〜〜! 『力』でタライを落っことさないでよ!」
 そう。このタライ、ミント姉様の『異能』で運ばれているの。念動力だから音もしなければ、気配も無い。だから気付くのは不可能なの。
「………あの、終わりました」
「あら? 相変わらず早いわね……………。………………はい、いいでしょう。よく出来てます。今日はこのくらいにしておきましょう。中庭でエルが待っていますよ」
「…はい」
「いいなぁ……」
「フィーも早く終らせないさい。お買い物行くんでしょ?」
「……………コレが終らないと行かないって……アルトから言われたもん」
「だから、早く終らせなさい」
「おわるわけないよ〜〜〜〜〜!!!」
 ……早く逃げないととばっちりを受けるわね…。着替えてこよ…。

「で? フィーはミントとまた遊んでるのか?」
 胴衣を着たエルが笑いながら(……苦笑かな?)尋ねてくる。
「……うん」
「そっか……それで逃げてきたのか」
 フィーとミント姉様の口喧嘩は長い。アルトが嫌がるくらいだから、この家の中では、決して巻き込まれたくないものだろう。実際、一度巻き込まれたが、お昼前の喧嘩は夜中まで続いた………。正直、倒れるかと思った…………倒れたんだけどね。
「……もう倒れたくない」
 その私の呟きを聞いて、エルが笑い出す。……珍しい。エルが感情を表に出す事は少ない。それが声を立てて笑ってる。久しぶりに見た気がする。
「アハハハハハ!!!! そ…そっか!! レンは倒れたんだっけ?! ハハハハハ!!」
「………………」
 …………ちょっとむかつく。
 ゴツン!
「アイタ! ゴメンゴメン。ちょっとその時の事思い出してさ。あの後フローラに絞られた二人は、次の日の朝まで口喧嘩を続けたんだっけ……」
「……アレはうるさかったです」
「ま、そう言うな。あの一件があったからレンもここに慣れたんだろ? フィーは兎も角、ミントはそういうつもりだったんだよ。アイツはそういうヤツだからな」
「…詳しいですね」
「ん? そっか? 他の事も詳しいぜ。レンが寂しくなってフローラのベッドに潜り込んだとか………泣いている時にアルトにあやして貰ったとか……」
「!!!!! な?! なんで?!」
 ………正直驚いた。絶対に知られていない自信があったのに。
 かああぁぁっと顔が熱くなる。今鏡を見たらきっと凄い顔をしている事だろう。
「ふふふふ。俺に隠し事なんて不可能さ。ま、隠し事を暴いて楽しむような……アルトのような性格はしていないから、心配するな。他の奴は知らんさ」
 ……あ。そんなこと言ったら……。
「へぇ〜〜〜〜。偉くなったじゃん、エル」
 ……いつの間に? 気付いたときにはエルの後ろにアルトが立っていた。しかし、戦闘型のエルの後ろを盗るなんて……。エルが真っ青な顔をしてる。
「ア…アルト?! い…いつの間に……」
「さぁ〜〜て? いつでしょう? しかし、エルはレンに戦闘訓練をしてるとばっかり思っていたら、ま・さ・か、人の悪口を言ってるなんて、ねぇ?」
「いや、それは、その!!!」
「あの小さかったエルがねぇ? ここに来た当時、寂しくって慰められていたエルがねぇ……寂しいって言って脱走して、迷子になった挙句、泣きながら帰ってきたエルがねぇ……」
「わぁぁぁぁぁぁ!!!!! やめてくれぇぇぇぇ!!!」
 慌ててアルトの口を塞ごうとするエル。でも、エルは戦闘型で、アルトは演算型なのに、何で捕まえられないの? 不思議…………。
「ほらほらほら。まだま〜〜だあるよ」
「やめろおおおおおお!!!!」
 ………私の訓練はどうなったのかな?

「雨……か」
 今日は朝から雨。………新しい家族を手に入れてから2年と半年。私たちはロンドンに来ていた。理由はフィーの『なんとなく』だ。実際彼女の勘は当たる。前住んでいたところは現在、妙な状況になってるらしい。……正確な事は知らないんだけどね。
「雨は……嫌いだな」
 薄紫の髪が仄かに光る。金色の瞳には雨に濡れるロンドンの街並みを映す。しかし、頭の中にはドイツでの事が浮かんでいた。
「………雨は…嫌い」
 もう一度呟く。
「雨はそんなに悪いものじゃないよ。見方を変えてごらん」
「…アルト……フローラ…」
「レン、お茶にしましょ」
 私の後ろには三人分のティーセットを抱えたフローラと、お菓子を抱えたアルトの姿があった。
「うん。………ねえアルト? 雨ってそんなにいいものかな?」
 テーブルにつく私はそんなことを尋ねた。
「……いいものだと思うよ。それに、雨がないと自然は育たないしね」
「そうね。私もアルトに賛成だわ。雨って嫌がる人が多いけど、とてもいい物よ」
「そうかなぁ? ………私には分からない」
「………今はそれで良いよ」
「いつか、分かるの?」
「さあ? 分かるかもしれないし、分からないかもしれない。レンがどういう考え方をするかじゃないかな? 私は分かってもらいたいけどね」
「…いっつもそう。アルトの言う事っていまいち分かんない。この間だって……」
「ミントとエルの事? アルト……レンに何吹き込んだの?」
「べっつに〜〜〜」
 ニヤニヤ妙な笑い……私はつい最近、アルトにからかわれたばっかりだった。エルとミントは特別な関係。私にはその『特別』というのが理解できなかったからだ。ちなみに……今の笑いは絶対に私のことをからかってる!!!
「レン、身構えるのは止めなさい。アルトも挑発しないの」
 お茶の準備をしながらフローラが嗜める。……相変わらずフローラには頭が上がらない。
「レン、いつか貴方にも本当に大切な人ができるわ。降り続く雨は無いの。必ず空気が洗い流された、清々しい訪れるわ」
「………分かんない」
「レン、貴方はまだ10歳なんだから。まだ分からないわ」
「もうすぐ11よ」
「まだね。後三年はかかるんじゃないかしら?」
「………そう」
 笑いながらカップを差し出すフローラの微笑を見て、それ以上は聞けなくなった。


「なんというか……見事な予想だね……」
「そうね。あの頃のフローラに今会えたら、『分かったよ』って言いたい。………もう…会えないんだけどね」
「……その………こういう事聞くべきじゃないかもしれないけど………」
「カヲルの聞きたい事は分かる。私は認めたくない、でも………。……多分、皆生きてはいない。死んだと思う。……そして、私は記憶をなくした。…記憶を無くしている事すら忘れていたんだけどね……。……あの炎の日に」


「レン!!! 逃げろおおおおぉぉ!!!!」
「だめ!!! エル!! ミント!!!」
「レン!! 行きなさい!!」
 辺り一面……炎
「いやああ!!! エルゥ!! ミントォ!! 一緒に行くの!!」
「アルト!! レンを連れて行け!!! 早く!! すぐに奴らが来る!!」
「急いでください! アルト! 貴方しか頼める人がいないの!!」
「…クッ! 分かってるが…!」
 焦るアルトの腕が私の身体を捕らえる。
「いやあああ!! 離して!!」
「急げ!!! フローラとフィーが退路の確保をしてる!!! 時間が無い!」
「レン………」
 指示を出すエルの声の合間に、ミント姉様の声が響く。
「レン、貴方と暮らしてきたこの3年間……とても楽しかった。もう一度会える事があれば、本当に姉妹になりたいわ。……いいえ、今でも本当の、血を分けた姉妹だと思ってる。だから、生き抜いて欲しいの。可愛い妹だから……。愛してるわ…レン」
「そんな事言わないで!!! もう会えないみたいじゃない!! そんなのイヤ!!」
「レン、もう少しお前と一緒に居たかった。もっと色々な事を話したかった。……ミントの晴れ姿を見せたかった。……もしまた逢えたら………いや、止めておこう。さ、行け!!」
「二人とも何言ってるの!!! 絶対いや!! ミントのドレス姿も、エルのタキシード姿も、見せてくれるって言ったじゃない!!!! それなのに!!」
「!!! アルト! 急げ!! 奴らが来るぞ!!!」
「アルト………私の、妹をお願い」
「……クッ」
 アルトの腕が私を抱き上げる。
「はなして!!! いやああああ!!!」
 二人の姿が遠ざかる。陽炎が…煙が…涙が…二人の姿を揺らす。
「レン……さよならだ」

ダンッ…!!!

「?!! 銃声……。エル!! ミントォ!!」
「…………………戦闘タイプのエルに止められないなら、私やフローじゃ敵わない」
 アルトの言葉が響く。涙に濡れた顔に、涙がかかる。……エルの戦闘能力に匹敵する能力。そんな能力に、私たちが敵うわけが無い。分かってる、分かってるけど!!
「…逃げるよ」
 アルトの走るスピードが上がる。多分…二人が追ってくる事を期待してたんだと思う。でも、後ろから近づく気配は2つじゃない。もっと多い。
 炎は何かを求めるように、その身をくねらす。
 紅き光はその全てを染め上げる。
 燃え上がる……私たちが暮らしてきた家が、築きあげた記憶が…容赦なく…燃え上がる。
「………あ! 来たよ!! フローラ、2人が来たよ!」
 視界に飛び込んでくるフィーの顔。
「すまない、フローラ……二人は……」
「……そう。……行きましょ。ここも危ないわ」
 燃え上がる建物を視界に捕らえる。外に出たため、焼け死ぬ危険は無くなった。しかし、炎はこの街一体を焼き尽くそうとしている。この空き地も、いずれ炎に取り巻かれる。それに…
「!!! フローラ! 来る!!」
 フィーの緊迫した声。その理由は……目の前の集団。
「…………囲まれたか…ここまで人数が多いとわね。読み違えたかな?」
 左右から現れる黒ずくめの集団。黒のロングコートにパンツ、ご丁寧に黒サングラスまでかけている。
「後ろは河、周りは炎上する建物で、その前には……ゼーレの特殊部隊か」
「その通り。君らにもはや手はない」
 私たちの正面から、血に濡れた剣をぶら下げた男が現れる。
「シュバウツ!!!」
「久しいな、フローラ」
 黒い長髪を一つに括った男が口を開く。
「単刀直入に言おう。その子供をよこせ。貴様らに拒否権は無い」
「なぜ……レンを付け狙う!?」
「アルトか……同期の誼で教えてやろう。その子供は、可能性なのだそうだ…上にとってのな。貴様以上の知能、そして………知っているぞ、その娘が持つ異能を! 今の世界でその娘を我が物に出来たら、世界が変わるだろうな。それほどの力を有してるのだ」
「……レンを『エンジェル・ダスト』に加える気か!?」
「ご名答。ま、俺には関係ない。『上』からの指令だ。もしかしたら、その娘は『アーク』に含まれるかも知れんがな」
「……尚更渡せない!」
「…では……………………死ね…………」

それは……一方的だった。

振るわれる刃

飛び散る血

崩れ落ちるフィーの身体

叫び声を上げるアルト

薄く笑うシュバウツ

アルトの身体に突き刺さり、突き抜ける剣

吹き出す血

私を守るフローラ

庇う身体に振り下ろされる凶器

流れ込む紅い液体

……男達の笑い声……

『死』

「いやあああああああああ!!!!!」

「クッ……レン………いい? い……生きなさい…。私達の……分まで…」
「フローラァ!!!!」
「いきなさい……レン」
 私の身体が宙に浮く。遠ざかるフローラの顔。何時もの微笑を浮かべた……フローラ…
「フロ―――ラァァァァァ!!!!!!」
 視界が水に濡れ、その衝撃で、私の意識は闇に沈んでいった。


 外の雨は何時の間にかやんでいた。
 ボクは、腕の中で眠るレンを見つめる。
 疲れきった顔。
 その後の事も聞いた。幾度も死のうとした事。結局死ねなかった事。奴らに狙われないため、碇の実家に連絡を取ったこと。その行動を疑問をもたずにこなした後、自分の記憶が塞がれた事。その為、今日まで忘れていた事。エヴァに触発されたのだろう……。
 もう一度、レンを見つめる。その髪は薄紫に染まり、仄かに発光する。今は閉じられた瞳は、金色の光を宿す。
 記憶を取り戻したため、細胞が活性化したのかもって言ってたっけ……。
「…殺してやりたいね。……ゼーレも、あの髭眼鏡も」
 眠るレンは涙を流しつづけている。
「あのバカは喜ぶだろうな。レンが戦闘訓練を受けていると聞いて……。殺すか?」
 ……我ながら、馬鹿な事を考えている。レンが許すはずが無い。
「……犠牲の上に成り立つ歴史……」
 ゼーレではさまざまな事を学んだ。同様に、夢の中でもさまざまな事を学んだ。………まぁ、この夢の中っていうのは疑わしくなってきてるが……。初めてだな…自分の存在が希釈される感覚とでも言うのか? 奇妙な感覚。
 ……まぁ、どうでもいい。ボクの生まれた理由はボクが見つければいい。些細な事だ。
「詭弁だね。人間は犠牲を歴史と名づけて、目をそらしただけだ」
 正直、ボクは自分がどんな存在だろうと、あまり興味が無い。スイも同様だ。問題は受け入れられ、先を見つめる事ができるかだ。
「…分かってるのは、ボクも戦場に立たなければならない事だ」


渚カヲル専用機
エヴァンゲリオン参号機
到着







  後書き(としてしまおう)

作「とうちゃくっと……はぁ」
レ「? (ねぇ、何かあったの?)」
ミ(ほら、オリキャラ退場しちゃったじゃない)
レ(なるほど。今回は昔作って暖めてたキャラだっけ)
作「……………はぁ」
レ・ミ(張り合いにかけるなぁ〜)
作「はぁ…………」
レ(声かけたくないなぁ)
ミ(同感です)
ス「ごはんで〜〜〜〜〜す♪」
作・レ・ミ「うわああああ!!!!」
ス「? どうしたの?」
作「……ビックリシタァ……」
ス「? カタカナになってるよ?」
作「いやいやいやいや。……所で、どうやってここに?」
ス「フィーちゃんが来いって」
フ「そうで〜〜〜〜〜す☆」
作・レ・ミ「(再び)うわあああああ!!!」
フ「さてさて、今回、私たち新キャラですが、早々退場しております。しか〜〜〜し!!!」
ス「復活する事もあり!!! ッて感じですか?!」
フ「そうそうそうそう!!!! ほら、コレ作者のノート! ここ! ここ!! ここ!!! ここ!!!!!」
レ「それって……作者のプロット?」
ミ「え?! あんな汚いノーから生まれてるんですか?! 私たちって?!」
作「………………………それって、没原稿じゃん。どっから出てきたの?」
 し〜〜〜〜〜〜〜〜ん
フ「…………………没?」
作「うん。あんまりにも御都合過ぎたから。書き換えてんの」
フ「……………………再登場なし? 私の成長バージョンも?」
作「………見たい?」
 コクコク!!
作「はい」
フ「………………………」
レ「どれどれ…………作者……コレはまずいよ」
ス「うわっ!!」
ミ「…………墓石?」

ドゴォォッ!!!!

作「冗談なのに……」
 パタ……
レ「あ〜〜〜あ、怒って帰っちゃった」
ミ「本当に再登場させないんですか?」
作「(ムクッ!)考え中。…………はぁ」
レ「………何溜息ついてるんですか?」
作「…………感想のメールかと思ったら、ウィルスメールだったんだよ!」
ミ「……未だ感想メールは………」
作「言わんでくれ〜〜〜〜!!!」
 ダダダダダダダ!!!!
レ「………何とかした方が良いわね。あのバカ、もう一つ話書こうとしてるから。止めないとね」
ミ「………そう言えば、姉さんの格好その影響を受けてたんだっけ」
レ「そう。ま、ここには送れないでしょうけどね」
ミ「ジャンルがねぇ〜〜」
レ「ま、なるようにしかならないわ。じゃ、今日はこの辺にしましょう」
ミ「そうですね。次回もよろしくお願いします」


第伍話  終

1コ前へ   INDEX   次へ
管理人のこめんと
 SHOWさんの『微笑の中で』、第5話後編です。
 レンの隠された過去。とても大切な人々との出逢いと、あまりに悲しすぎる別れ。その裏側に渦巻く無慈悲な陰謀と、現在の彼女にとって大切なひとである、カヲルとの関わり。
 なんとも重いエピソードです。結末が予想出来ていただけに、レンの心中を重うと辛いですねぇ。彼女がカヲルに惹かれたのは、彼らとの出会いが影響しているのかもしれません。そしてそのカヲルが、エヴァ参号機を駆っていよいよ戦場に赴くことになります。いやん、格好いい(^-^)。
 ……にしても髭、許すまじ(-_-メ;)。

 とゆうわけで皆さん、魅力的な物語を次々に生み出しているSHOWさんに、ろりろりはいいねぇ〜、とか、18禁は人類の至宝っ、とか、感想や応援のメールをじゃんっじゃん送って頑張ってもらいましょうっ。
 SHOWさんのメールアドレスはこちら

 このHTMLファイルはきたずみがちょこっと修正しました。
 問題があった場合はきたずみに言って下さい。

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