わたしは伸びをして──
「ん──っ! 今日は来て良かったあっ」
「ははは、そりゃ、ムリヤリ連れてきて良かった」
「うん・・・・・・ホント・・・・・・助かったよ。スッキリしたし・・・・・・あーっ、何か、今度はパーッと遊びたいなあっ・・・・・・!!」
「じゃあ、今度はもっと遊べるトコにでも行くか」
「わあ、いいねえ。行こうよ♪」
ちょっと、ハイになってたのかもしれない・・・・・・わたしは悪戯っぽく笑うと、相田の方を向いて言った。
「ねぇねぇ・・・・・・デートしようよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何も、そんな怪訝そうな顔して凍り付かなくていいじゃないのさ。
「──もおっ、気分だけよ、気分。パーッと気晴らしに、せめて恋人気分だけでも味わいたかったんだよお」
あからさまにホッとする相田。・・・・・・なんか、それはそれでムカつくなあ。
「あー、ビックリした。紛らわしい言い方すんなよ。・・・・・・じゃ、他にも誰か誘って──」
「ダメだよぉ。大勢で行ったらデート気分になんなじゃない。いーじゃん、二人で行こうよ」
言い出しといて何だけど、よく考えてみると、我ながら・・・・・・なんか・・・・・・すごいコト・・・・・・言ってる? いやいや、あくまで気分を味わうだけなんだからっ・・・・・・。
「──何か、緊張するな」
相田がガチガチと強張った表情でポツリと言った。ちょっと意識しちゃって恥ずかしくなってたんだけど、相田の緊張ぶりの可笑しさに全部、吹っ飛んじゃう。
「あはははっ、何言っての、今日だって二人じゃん♪ パンツまで見た仲でしょお。責任取ってよね」
にまって笑って見上げると、相田も、だぁーって涙を流して訴える。
「お〜い、それ何か違うよぉ・・・・・・誤解されるようなコト言わないでくれよぅ・・・・・・」
「だって、なんか怪しいオーラが出てたもん。あぁっ・・・・・・貞操の危機だわっ、て」
シートの肘掛けに手をついて、よよよ、とかやってみる・・・・・・考えてみると・・・・・・あはは・・・・・・ばかだなあ・・・・・・。相田も悪のりして──
「信じてくれよお・・・・・・俺達、親友だろお〜」
わたしの手を握ると、プルプルと目を潤ませる・・・・・・・・・。
「──って、反復ギャグ、するなあっ!」
わたしは堪えきれず笑いながら、相田にツッコミを入れると、しゃらっと言う。
「・・・・・・しょうがないじゃないか、趣味なんだから」
・・・・・・・・・・・・しゅ、趣味って・・・・・・手を握ること? その反復ギャグ?
もぉー、ダメだあ・・・・・・。わたし達はお腹を抱えて笑った。運転手さんが怪訝そうに、ちらっと後ろを振り返ったけど・・・・・・きゅ、急に止まんないよう・・・・・・あはははっ・・・・・・。
しばらく笑った後、バスは第3東京市内に入った。人口の光に照らされて、さっきの林道とは別世界のようだった。相田が落ち着いた口調で話を戻す。
「じゃあ、今度のイベントは『デートごっこ』だな。週末あたり、霧島、時間ある?」
あ、それいいネーミングだ・・・・・・うん。「デートごっこ」ってピッタリだ。
「今日は23日だよね・・・・・・週末って27日かぁ。・・・・・・うん、大丈夫だよ。場所はどこにするの?」
「んー、そうだなあ・・・・・・。27日だったら、東京アメージング・レイヤーなんて、どお?」
「・・・・・・それって、新横須賀にできたやつ?──って、メチャクチャ高そうじゃない!?」
つい最近、完成した人工島『新横須賀アクア・フロート』にあるアミューズメントパークなんだけど・・・・・・あれ、オープンしたんだっけ?
「いや、オープン前のゲネプロの招待状、貰ったんだよ。ショップ以外は全部タダだし、関係者だけだからガラガラだと思う」
「うそお、マジ? それ、行こうよ!・・・・・・でも、なんでそんなチケットを相田が持ってるの?」
相田は、ちょっと困ったような顔をすると、笑いながら言った。
「ミカさんのダンナ、あそこのプロデュース・スタッフなんだ」
「え・・・・・・」
相田は、全然気にも留めてない様子だけど・・・・・・・・・・・・イヤじゃないの?
「ははは、フラれた気晴らしにデートするには丁度いいって。メシも全店食べ放題でタダなんだ・・・・・・ウサ晴らしてやる」
「それ、ホントっ!? ぜぇっったい、行くっ! 決定!!」
「・・・・・・お前・・・・・・ホントに食い物のことになると、話の前後関係なくなるのな・・・・・・」
「ひどぉい、そんな言い方しなくったって、いいじゃない、ケンスケぇ」
「ええーい、急にヘンな喋り方すんな、気色悪いぞ」
「気色悪いって、失礼だなあ。練習だよ、練習。デートごっこの」
・・・・・・ふざけて下の名前で呼んでみたんだけど・・・・・・あれ・・・・・・随分、すんなり・・・・・・言えちゃったな・・・・・・。シンちゃんの時は、呼び方一つでアワアワしてたのに。まあ、相手がこの相田だもんなあ。
「・・・・・・俺・・・・・・霧島に・・・一日中、そんなくすぐったい呼び方、されるの?」
「そこまでイヤがる? ふつう。・・・・・・ほら、こういうのは、それなりに凝った方が面白いじゃん」
「ま、確かに、その方が面白いか。俺も呼んでみようか・・・・・・マナ」
くっくっくっ・・・・・・って、顔を見合わせると笑う。ちょうど、悪戯を思いついたコドモのようだ。わたしも、そんなカオしてるんだろう。
・・・・・・とか、思っていると隣の駅前にバスが停まった。──あ、そうだ。
「わたし、買い物あるんだ。ちょっと、そこのデパート寄ってくから、ここで降りるね」
「・・・・・・付き合おうか? 夜んなっちゃったし、家まで送るよ」
「えっ、いえ、その・・・・・・だっ、大丈夫だって・・・・・・うん、今日は本当にありがと。じゃ、また明日ね」
わたしは慌ててバスを降りた。相田も席を立ちかける──わたしは昇降口のところで言う。
「ホント、大丈夫だから・・・・・・うん、じゃあ、またね」
相田を乗せたバスが去っていく。実は・・・・・・相田についてこられると非常に具合が悪いんだよ。サラリーマンの帰宅ラッシュで結構、人通りは多い。スーツ姿の男の人達を避けながら、こじゃれたデパートに向かう。こないだ相田と行ったデパートに比べると格段に大きい。
エントランスをくぐって、エレスカレーターを捜す。あった、あった。壁に掛かってる各階案内図に目を通して・・・・・・ふむ、ヤングファッション・フロアーは4階かあ。ととっ、とエスカレーターに乗る。
・・・・・・ふう。いや、実はね・・・・・・そのデートごっこに合うような服、ないんだ。ううん、持ってないこともないんだけど・・・・・・全部、シンちゃんとデートするつもりで買ったからさ・・・・・・。わたしの気持ち的なところ以前に、なんか相田に悪いような気がしちゃって・・・・・・ね。それに、週末まで、ちょっと部活が立て込んでるから、ここまで買いに来れないんだよ。
折角だからと思って、寄ってみたんだけど・・・・・・うーん、どんなのが良いのかなぁ・・・・・・。うむむ、結構、迷うなあ。
あんまり、普段着って訳にもいかないし・・・・・・かといって、まさかフォーマルドレスは違うだろうし。・・・・・・それに、本格的といってもあくまで「ごっこ」だからねえ・・・・・・本当のデートとは、やっぱ線引きしたいし・・・・・・。エスカレーターに運ばれながら、結構・・・・・・悩んでいた。
あれこれ、チェックを入れて物色して、試着なんかしてみたり・・・・・・えへへ♪ 結構、楽しいな。
・・・・・・去年買った靴に、これ丁度合うかも・・・・・・あ〜、でもバッグが合わないかなぁ・・・・・・。さっきのお店に可愛いポーチがあったよなぁ・・・・・・買っちゃおうかな・・・・・・いやいや、予算オーバーだ・・・・・・うむむ・・・・・・。あっちの服だと・・・・・・あんまり・・・・・・相田も喜ばないかなぁ・・・・・・。
この時間にもなると、結構、カップルで買い物来てる人とか、多いんだよね。イチャイチャしてるの見ると、前は「ちぇっ」とか思ってたんだけど、なんか悔しくないんだぁ、へへへ。わたしもデートの服買いに来てるし、場所はオープン前の東京アメージング・レイヤーだしぃ♪・・・・・・いや、まあ・・・・・・「ごっこ」なんだけれど・・・・・・ね・・・・・・。
・・・・・・うーん、だいたい、絞れてきたかな、後はお天気とか・・・・・・。わたしはポケットの携帯を取り出して、天気予報のサイトにアクセスしてみる。お・・・・・・週間予報だと、晴れかぁ。と、すれば、あれとあれの組み合わせとあそこワンピースかなあ・・・・・・。
なんだかんだ言っても、わたしはウキウキしてた。
だ・け・どっ・・・・・・閉店間際にするもんじゃないって事を、イヤって言うほど痛感したよ。
結局、閉店の音楽に合わせて、慌てて2〜3着買って、シャッターを閉めてる警備員さんにペコペコ謝りながら店を出た。取り敢えず、バス停に向かって歩く。
なるべく安いの買ったけど、ちょっとイタイなあ。どうせ、着てくのは1着だけだし・・・・・・まあ、丁度、今年の夏服買おうと思ってたから、丁度、いいかな。
・・・・・・しかし、相田の奴、どんなカッコで来るんだろう・・・・・・。急に不安になってきた。・・・・・・そういや、アイツの私服って見たことないや。いや、何度かあるんだけど・・・・・・憶えてない・・・・・・。
──わたし、全然、見てなかったんだね・・・・・・。
シンちゃんのことばかり見てたから・・・・・・。あれ?・・・・・・なんで、ちょっぴり悲しいんだ?
・・・・・・???? わたしは、頭を掻く。自分の感情がイマイチ理解できないでいた。と、バス停が見えてくる・・・・・・ああっ、バスが出ちゃう!!
わたしはバス停に向かってダッシュして、慌ててバスに飛び乗った。ふー、危なかったぁ。
バスは、あまり混雑してなくて席に座ることができた。車窓を流れる街の夜景を眺めながら、今日の事を思い返していた。
──要するに、そんなに好きじゃなかったって、ことだよ。
命がけで好きだった。だけど・・・・・・周囲を全て犠牲にしても後悔しない覚悟・・・・・・なかった。だから・・・・・・わたしは、言われるままに第3東京を離れたのかもしれない・・・・・・。
わたしがシンちゃんにフラれたこと・・・・・・学校でそれとくなくウワサになってる・・・・・・。ヒカリやレイ、カヲル君や鈴原は、いつものように接してくれる。それは嬉しいんだ。他のクラスメートでも慰めてくれる友達もいる・・・・・・当たり障りのない言葉で・・・・・・。
・・・・・・結局、核心ついて、本当の事言ってくれたのは・・・・・・相田だけかぁ・・・・・・。ちょっと、キツかったけど。
結構・・・・・・遅い時間になってた。マンションの前まで来ると・・・・・・・・・・・・うわぁあ! リツコさんが立ってる・・・・・・。
いつもと反対側から、わたしが歩いてきたんで気付いてないみたいだけど・・・・・・・・・・・・相当・・・心配してるのかな・・・・・・。
「リツコさぁん、ごめんなさい・・・・・・」
くるりと振り向いたリツコさんは──てっきり、怒られると思って身を縮めたんだけど──比較的穏やかな顔で静かに言った。
「・・・・・・マナちゃん・・・・・・こんな時間まで何処行ってたの・・・・・・?」
「え?・・・・・・あ、っと・・・・・・友達と寄り道して夕飯食べて・・・・・・買い物思い出して・・・・・・それで・・・・・・」
う・・・・・・別に、悪いコトしてた訳じゃないんだけど・・・・・・何か照れくさいって言うか、何て言うか・・・・・・。
「今日は体調良くなかったんでしょ・・・・・・アスカが心配して電話してきたわ」
「え・・・・・・それは、その・・・・・・」
みんなは、最近、リツコさんは性格が丸くなったとか優しくなったとか、言うけど・・・・・・。確かにわたしも、そう思う・・・・・・だけど、本当に怒ったときは、そりゃあ、おっかないんだよう。怒られるのは余程、わたしがいい加減なことした時だけだけど。
「もう、若い女の子がこんな時間にウロウロするもんじゃないわ。第3東京の治安が幾ら良いって言ってもね」
「はぁい・・・・・・」
「・・・・・・別に遊んじゃダメって言う訳じゃないの。ただ、必ず連絡だけはちょうだい・・・・・・お願い」
「うん・・・・・・ごめん。リツコさん・・・・・・必ず、する」
ちょっと、やっぱりヘンに浮かれてたかもしてない・・・・・・躁鬱っていうか・・・・・・。
「よし。私が言いたい事はそれだけ。ほら、荷物持つわよ。部屋に戻りましょ」
リツコさんに紙袋を2つ渡すと、取り敢えず、エレベーターに向かって歩き出す。エレベーターホールのところで、リツコさんは前屈みに身を乗り出すと、わたしの頬を、ちょんとつついた。
「ここ数日ぶりに、マナちゃんがスッキリした顔してるし。今日、楽しかったんでしょ」
「あはは♪ やっぱり・・・・・・バレちゃってたか・・・・・・」
ちーん、という電子音がしてエレベーターのドアが開き、エレベーターに乗る。
「何があったか知らないけど・・・・・・なんとなく、ね」
「うん、シンちゃんにね・・・・・・告白したんだけど、フラれちゃって、それで・・・・・・」
思ったほど躊躇ったりすることもなく、すんなりとリツコさんに言うことが出来た。エレベーターを降りて廊下を歩きながら話す。
「へえ、シンジ君も意外としっかりしてるのね。マナちゃんの略奪愛とはいかなかったか」
「ええ、そりゃあもお、キッパリと断られました」
なんか、昨日までの自分がウソのように、軽く言えちゃう。やっぱり、自分の中でケリがついたからかな。カードキーをスリットに差し込みながらリツコさんは言った。
「ふふふ、マナちゃんなら、いい彼氏がすぐできるわよ。・・・・・・はい、おかえりなさい」
「あ・・・・・・ただいまっ」
・・・・・・しかし、彼氏ねえ・・・・・・できると、良いんだけどなあ。靴を脱ぎながら、そんなことを思ったり。ちょっと、ため息をつくと、リツコさんの後に続いて部屋に入る。
荷物をソファに置きながらリツコさんが呆れたように言った。
「しかし、結構、たくさん買ったわねえ・・・・・・お小遣い大丈夫?」
「あは、あはは・・・・・・ちょっとイタいけど」
わたしがシャワーを浴びてる間に、リツコさんは夕飯をすませる。わたしが帰ってくるまで待っててくれたみたい。ホント、悪いコトしちゃったよ。部屋着に着替えてリビングに行くと、リツコさんは丁度食後のコーヒーを用意している所だった。
いちおう、相田と金時山の近くのお茶屋さんに行って遊んできたことは、リツコさんに話した。水遊びしてはしゃいだ事とか相田のフラれた話とか大泣きしちゃった事とかは飛ばして、相田と色々話をして気持ちに整理がついたことを話した。
リビングのソファに腰掛けて、そんな話をした。わたしは、長話が終わったのでコーヒーカップを両手で包んで一口啜ると背もたれに沈み込んだ。リツコさんはソファから身を起こすとカップに手を伸ばしながら言った。
「・・・・・・ふうん、なるほど・・・・・・覚悟の違い・・・・・・ね。相田君も上手いこと言うわね」
「あれ・・・・・・あんまり、意外じゃ・・・ないみたい?」
ちら、とわたしの方を見ると微笑んでリツコさんは言った。
「意外は意外なんだけど。でも、サード・インパクト以前の、あの学年の生徒は全員チルドレン候補だったって、話は前にしたわよね・・・・・・あの時、2−Aにいた生徒の特性は把握している・・・・・・相田君がどんな特性や能力を持っているか、おおよそ見当がつくわ」
「・・・・・・アイツ、観察力とか洞察力とか凄いんだよぉ。シャーロック・ホームズみたいなんだよぉ」
「ふふふ、そうね。でも、マナちゃん・・・・・・前に第3東京に来たときには気付かなかったでしょ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!
そうだ、わたし・・・・・・戦自の内偵で・・・・・・あの学校に潜り込んだとき・・・・・・全然、気付かなかった・・・・・・任務だったのに・・・・・・。
「どうして・・・・・・気づきもしなかった・・・・・・・・・」
「・・・・・・確かに変わってるコよね・・・・・・『候補者』の中では突出してヘンだったし」
「むう、ヘン・・・・・・ねぇ・・・・・・」
まあ、ヘンって言っちゃえば、その一言に尽きるんだけど・・・・・・ははは。でも、真面目なトコだってあるし、悪いヤツじゃないし、ヘンだって言い切られると、何か釈然としないものがあるんだけどなぁ・・・・・・。
リツコさんは立ち上がると、カップをキッチンの洗い籠に浸けながら、言った。
「・・・・・・この話はともかく。意外だって思ったのは・・・・・・本音をマナちゃんにぶつけたコトかな」
「え・・・・・・?」
わたしは、顔を上げてリツコさんを見つめた。リツコさんはリビングに戻ってくると、わたしの隣に座り微笑みながら言った。
「相田君って、そういうタイプじゃないって思ってたから。・・・・・・だけど、一番辛いときに言いにくいことを言ってくれる友達も生きていく上では、かけがえのないものだわ。マナちゃんも、そういう友達は大事にしなきゃね」
「うん♪」
「じゃ、明日は学校に行ったら真っ先にアスカに謝っておくのよ。結構、心配してたみたいだから」
「あ・・・・・・はいっ」
わたしの返事に、リツコさんはニッコリ笑った。そして、リツコさんは顎に指をあてると、ふと思いついたことを訊いた。
「・・・・・・ところで、今の話とこのお買い物と、どうつながるのかしら?」
「え・・・・・・それはぁ・・・・・・その・・・・・・」
ここまで来ると、やっぱりちゃんと言っといた方が・・・・・・いいよ、ね。
帰りのバスの中での約束を、リツコさんにかいつまんで話をした。勿論、「デートごっこ」っていうのは言わなかったけど・・・・・・二人で東京アメージング・レイヤーに週末、遊びに行くことだけは言った。
「ふええええええっ!! マ、マ、マナちゃん・・・・・・それって、デートって・・・・・・」
リツコさんは・・・・・・おろおろと狼狽えていた。こんなにアワを食って落ち着きのないリツコさんは初めてだ。・・・・・・って、いうか、なんで?
「だからぁ、ただ、二人で遊びにいくってだけで・・・・・・そんなんじゃないよお」
「だ、だけど・・・・・・その為に、服だって新調したんでしょ・・・・・・」
「えー、それは・・・・・・持ってる服って、『シンちゃんとデートする時に着るんだぁ♪』とか思って買ったのばかりだし・・・・・・それって、相田にちょっと失礼かなって、思っただけで・・・・・・場所が違うだけで、今日と一緒だよ」
「でも、そ、そうは言っても・・・・・・急に相田君に押し倒されちゃったりしたら、ど、どうするの?」
わたしに縋り付くように聞いてくる。・・・・・・娘が初めて彼氏とデートする時の母親って、こんな感じなのかなぁ・・・・・・ふふふ。そう思ったら、リツコさんの狼狽えぶりが急に嬉しくなっちゃって・・・・・・わたしは、ニッコリ笑うと言った。
「わたし、護身術や合気道くらいできるし・・・・・・それに、そんなコトするようなヤツじゃないですってば」
「・・・・・・ほ、本当に大丈夫なの? ねえ、マナちゃん?」
「それに『そういう、お友達は大事にしなくっちゃね』って言ったのはリツコさんだよ?」
「え、いや・・・・・・そ、それは、そうなんだけど・・・・・・ちょっと、それは大事にしすぎなんじゃ・・・・・・」
大事にしすぎ・・・・・・って・・・・・・はははは。わたしは呆れ笑いを浮かべる。それから、ちゃんと真面目な顔に戻して、リツコさんの目を真っ直ぐ見て言った。
「ほら、落ち着いて下さいよ。リツコさんがデートする訳じゃないんだし・・・・・・だいたい、デートじゃないし・・・・・・ちゃんと携帯に電話して夜の8時くらいには帰るから」
「本当に大丈夫なのね? 連絡するのよ・・・・・・」
「もお、コドモじゃないんだからぁ・・・・・・ちゃんと自分の責任でハメを外さない程度に気晴らしして来ます」
「・・・・・・・・・・・・そうよね・・・・・・マナちゃん、しっかりしてるものね」
ちょっと、しょげたようにリツコさんは俯いた。
「リツコさんこそ、しっかりして下さいよぉ。今のリツコさん、ネルフの技術部のヒトが見たら驚いちゃう」
「えっ・・・・・・やだっ・・・・・・あぁーっ、もおっ・・・・・・はぁ〜あ、ごめん、マナちゃん」
タメ息をつくとリツコさんは、とさっ、とソファにもたれる。手で真っ赤になった顔を隠すようにして呟く。
「ちょっと、ビックリして慌てたのよ。ううう・・・・・・恥ずかしいわ・・・・・・。何か、マナちゃんのことになると・・・・・・全然ダメなのよ。理性でわかってても、かあーっ、てなって・・・・・・頭が働かなくなっちゃう」
・・・・・・・・・・・・それって・・・・・・心底、わたしのこと・・・・・・心配してくれてる・・・・・・ってことだよね・・・・・・。わたし、嬉しくなって思わずリツコさんに抱きついちゃった。
「わ・・・・・・何!? マナちゃん・・・・・・」
「そういうの・・・・・・嬉しいなあ・・・・・・えへへ、リツコさんのこと、大好きだよ」
わたしがニッコリ笑って見上げると、リツコさんも柔らかく微笑んで、わたしの頭を撫でながら言った。
「私もマナちゃんのコト・・・・・・好きよ。とっても大事」
「へへへ・・・・・・」
なんとなく、リツコさんに甘えてると、本当に、ふわあっ、て幸せな気持ちになってくるんだ。だから、口実見つけては、ついつい、リツコさんに抱きついて甘えちゃう・・・・・・えへへ。
しばらくすると、リツコさんが──
「・・・あ・・・・・・ほら、あんまり夜更かしすると、肌が荒れちゃうわよ」
「へ?」
「デートの時に、顔に吹き出物とかあったら恥ずかしいでしょ?」
わたしはガバッと起きあがると、赤くなって言った。
「もお、リツコさんってばぁ、デートじゃないって言ってるでしょおっ!」