彼女事情
K A R E × K A N O

Written by:きたずみ

#4
 蝉の声だと思ったのは、枕許で鳴り響いていた目覚まし時計だった。
 セットした覚えはない。というより、いつ眠りについたのかも明瞭りと思い出せない。なんだかひどくいやらしい夢を見ていた気がする。
 ユカを無茶苦茶に犯しまくった夢――
 目覚ましを止めながら欠伸を洩らしたトウジは、眠い目を擦りながら上体を起こした。その途端、躯からタオルケットがはらりと滑り落ちる。
 その肌寒さに自分が全裸であることに気づいたトウジの脳裏に、昨夜のことがまざまざと甦ってきた。絡められたユカの舌の感触や鼻息のくすぐったさ、甘えるような喘ぎ声、何処までも柔らかな躯、ぬるぬるとぬめる熱い秘唇。
 何度となく彼女を求めて、そのたびにもう出ないと思うのにまた欲しくてたまらなくて、思い出しただけで、剥き出しの股間はむくむくとそそり勃ってくる。
 布団や躯中に、ユカと自分の匂いが染み付いていて、閉め切られた部屋にこもっている。意識の隅に残った快楽の残滓が躯を火照らせ、それがまた、彼をたまらない気分にさせる。隣に彼女が寝ていない、それがどうしようもなく寂しい。
「起こしてくれてもええやんけ……」
 ぶつくさと呟きながら髪を掻き上げたトウジは、枕許に置かれたメモと、その上でくるんと可愛らしく丸まったショーツを見つけて息を飲んだ。

 トウジへ。
 昨夜はありがと。うれしかった。
 ほんとはずっと一緒にいたいけど、今日はNERVに行かなきゃいけないの。
 時間がないので、もう行くね。ちゃんと起きてガッコ行くんだよ。
 あ、あと、今日はお弁当はお休みです。ごめんね。
 あとで電話するから。

P.S.
 ユカの代わりだと思って、可愛がってね。
 だいすきだよ。
ユカ

 メモを読んで、思わず赤くなるトウジ。掌の中のショーツはユカの匂いがして、何だかほんのりと温もりが残っているような気がした。
 女の子っぽい丸っこい文字を眺めながら、トウジは夢の中で見ていた昔のユカのことを思い出した。昔、といえるほど昔ではない。だが、出逢って一月足らずしか経っていないということすら忘れそうなぐらい、彼女はトウジの一番近い所にいた。
 朝、通学途中で会って、そのままくだらない話をしながら一日を過ごして、彼女の作ってくれた弁当を一緒に食べて、帰りに病院に寄って、彼女を家まで送っていく。そんな毎日が、ひどく楽しかった。思えば、病室で会ったあの時から――いや、エヴァの中の彼女を見た時から、トウジはユカのことが気になって仕方がなかったのかもしれない。
 ユカにいいように翻弄されながら、それが不思議と心地好かった。彼女が嬉しそうに微笑むと、胸の奥の柔らかな部分がずくんと疼く。ココロが自然と暖かくなる。彼女が傍にいる時、不思議と心が安らいでいる。
 気づくと、どうしようもなく彼女に惹かれている自分がいる。好きだ、と思う。愛しいと思う。守りたいと願う。そして、独占したいと、思う。
『お兄がそうゆうことをちゃんと言ったげへんから、ユカ姉が不安になるんよ。お兄の方からもっと積極的になったげな。ホンマ、お兄にはもったいないわ。あんなええ人、逃がしたら二度と捕まらへんねんからね。解った!?』
 トウジは、ユキノがそう言っていたのを思い出す。あの二人は電話でしょっちゅう話をしているらしく、ユキノはユカに悩みを打ち明けられることが多いらしい。まあ、悩みといっても、トウジが自分から手をつないでくれないとか、くっつくと嫌な顔をするとか、そんな他愛もないことなのだが、女の子にとっては重要なことなのだ。
 キスをする時も、誘うのはいつも彼女からだ。彼女に「わたしのこと好き?」と訊かれないと、トウジは自分から「好きだ」と言えない。
 そして、昨夜。ついに彼女とひとつになった夜。ひたすらに彼女を貪った夜。彼女がシチュエーションを万事整えてくれたのであって、自分はただ、欲望に流されていただけだった。夢中で彼女を求め続けて、そのまま気を失うように眠りに落ちた。
 こんな時まで彼女にリードされっ放しというのは、男としては多少情けないところだ。こんなことではいけない、と真剣な表情で決意する。――が、手にショーツを握り締め、素っ裸で股間をびんびんに膨らませていたため、全然決まらなかった。
 自分からデートに誘ったら、ユカはどんな表情をするだろう。
 脳裏に、ぱっと花開くようなユカの笑顔が浮かぶ。彼女を喜ばせてやりたい、とトウジは強く思った。
 
 通学路を並んで歩きながら、ケンスケは先刻からずっと押し黙ったままのトウジの様子をちらちらと見ていた。
 いつもなら途中で一緒になる筈のユカは、今日は姿を見せていない。その所為かと思って探りを入れてみたが、今日彼女が休むということを、トウジは既に知っていた。それは二人の仲が確実に進展している証拠、とケンスケは理解する。
 それは間違いではないのだが、彼が思っていたのとは大きくかけ離れていた。事実を知れば、彼は燃え尽きる程度では済まないかもしれない。
「一体どうしたんだよ、トウジ。らしくないな」
 教室に入ってからも、難しい表情で考え込んでいたかと思うと、突然溜息を吐いたりする親友の様子に、さすがに気になってケンスケは訊いた。先刻からちらちらとこちらを見ているヒカリの視線に、トウジはまるで気づいていない。
「言ってみろよ、相談に乗れるかどうかは解らないけどさ」
「……せやな」
 浮いた噂ひとつなく、ついこの間までトウジとともに「2馬鹿」呼ばわりされていた親友をちらりと見やって(ユカが彼女の名乗りをあげて以来、トウジの株は急に上がった)、彼は小さく息を吐いた。どうせ無駄だろうと思いながら口を開く。
「実はやな、……ユカの奴を、デートに誘お思とんのやが」
(ユカ? 昨日まで碇って呼んでたのに?)
 眉をひそめながら、ケンスケは取敢えず黙って最後まで聞くことにした。実はクラス中が静まり返って聞き耳を立てているのだが、トウジは気づいていない。
「いいんじゃないか。それで?」
「それで、やな。その……ええデートコース知らんか、思うてな。女の子て、何処に連れてったったら喜ぶんやろ」
(オレに訊くなよ)
 とケンスケは正直思ったが、そもそも訊いたのは自分である。なんのことはない、惚気話に付き合わされただけのようだ。
「だったら、こん中から適当に選べよ」
 内心げんなりとなりながら、ケンスケは端末を操作して、お勧めのデートコースを幾つかピックアップすると、まとめてトウジの端末に送った。が、それを受け取っても、トウジの表情は晴れない。頬杖をついて、溜息を洩らす。
「そんなんやから、お前は女にモテへんのや」
 その一言で、ケンスケは白い灰となった。


 そんなトウジを、ヒカリは遠くから複雑な表情で見つめていた。
「どうやら、二人の仲はかなり進展してるようね〜」
 ヒカリの友人の一人、いつも一緒にいる三人娘の一人――とりあえずAと呼称しよう――が自信ありげに言った。その隣で、ちょっとぽっちゃりめの娘――これをBと呼称する――が、頬杖をつきながらつまらなさそうに言う。
「そんなの、誰だって解るわよ」
「そうそう。昨日まで碇、だったのに、今日になっていきなりユカ、よ? おまけにあの鈴原からデートに誘おうとするなんて、コレは事件のかほりがするわっ」
 眼鏡をかけた娘――これをCと以下同文――が、ぐぎゅ、と空のジュースの紙パックを握り潰して力説した。
「それもみんな解ってるわよ」
 Bは机にだらん、と突っ伏して冷ややかに言った。
「問題は、昨日二人に何があったか、ってことでしょ」
 言いながら、Cは俯いたまま押し黙っているヒカリにちらりと目をやった。彼女の立場に同情はするが、別にヒカリはトウジと付き合っていたわけではないのだし、ユカを責めるのは筋違いだ。
 最初は敬遠していたが、トウジと付き合い出してからの彼女は明るくて話しやすいし、実際に付き合ってみると性格もいいと解った。客観的に見ても、いい子だと思う。それだけに、彼女たちには尚更ヒカリにかける言葉が見つからないのだった。もっとも、それは彼女の方も同じようだが――
「何があったってゆーのよ?」
「何って……そりゃ、アレじゃないの?」
「アレって?」
「お、男と女の関係になったって奴……ってバカ、何いわせんのよ!」
「んっふっふ、あんたが勝手に妄想したんじゃないのよ〜」
「やだ、やらし〜」
「やらしーって、あんたなに想像してんのよ! 違うわよ! あたしが言ってんのは――」
「いい加減にしてっ!」
 ざわめきかけた教室が、ヒカリの一喝によって一挙に静まり返った。自分でもそれに驚いて、ヒカリは呆然とする。トウジが驚いたように自分を見ているのに気づき、ヒカリは居たたまれなくなって教室を飛び出した。
「おお〜〜」
 修羅場の雰囲気に、どよめきが起こりかける。が、次の瞬間、トウジが椅子を蹴って教室から駆け出していったのを見送って、どよめきは歓声に変わった。物見高いことで知られる2‐Aの生徒たちは、一斉に二人の後を追って駆け出していく。
 根府川先生が教室に入ってきた時、彼を迎えたのは主なき机と端末の群れだけだった。


 その頃、彼の生徒たちは屋上の入り口に(ひし)めき合っていた。
「おい、押すなよ」
「見えな〜い」
「あぢぃよぉ〜〜」
「やだ、誰かお尻触った!」
「誰よぉ、ヘンなもの押しつけてんのは!」
「ちょっと静かにしてよ! 何言ってるか聞こえないでしょ!」
 かまびすしいことこの上ない。先陣を切ってドアの隙間に取りついているのは、他でもない相田ケンスケである。彼の構えたカメラが捉えているのは無論、誰もいない屋上に立ち尽くす一組の男女――
 
 山から吹き降ろす激しい風が、彼女のスカートとお下げを揺らす。
 自分の目の前で、まるで祈るように胸元で手を組んだ姿で、潤んだ瞳を己に向けているのは、もしかしたらユカの代わりに自分の隣にいたかもしれない少女。
 いつも自分に突っかかってきて、ちょっとした言葉の行き違いで喧嘩したり、さりげなく仲直りしたりして、今は亡き母や、妹の次ぐらいに自分に近しかった女性。彼女への親近感が、あるいは恋心へと変わっていったかもしれない存在。
 だが今は、彼女の立場を説明するための言葉が、見つからない。強いて言うなら、この言葉でしか彼女を呼ぶことは出来ない。
「……委員長」
 ぴくり、と少女の肩が震える。思わず身構える。次に何を言われるのか、怖くて。だが、それはいつまで待っても、やってはこなかった。少年の方も、彼女に自分が何を言うつもりで声をかけたのか、解ってはいない。
 沈黙。
 ただ、風のみが音を立てて吹きすぎていく。
 謝るべきだろう、と感じる。
 ――だが、何に対して?
 弁解しておくべきだろうか、と考える。
 ――だが、何について?
 謝罪や弁解や、そういった言葉を要する関係は、二人の間には存在しない。だから、何を言うべきか、明確な言葉にはならない。
 在ったのはただ、居心地のよい距離を保った馴れ合いの関係。
 つかずとも離れず、明確なものにならないままにしておきたがった二人の心が生んだ、不器用な関係。
 前進も後退もなく、ただ停滞し続けるだけの、ただ在るだけの関係。
 それは恋ではない。ましてや、愛ですらない。だが、好意ではあったろう。互いの間に流れる、曖昧な感情。
 その間に割り込んだ者を責めるのは容易く、流れやすい路だ。
 だが、真に責められるべきは自分自身、たった一人が介入した程度で壊れてしまう程度の脆弱な関係しか構築しようとしなかった、自らの弱い心だ。
 踏み出すための努力を怠った自分自身だ。
 それを彼女は痛いほどに感じていた。そして、今まで感じていた少年とのかそけき心の交流が、今は殆ど感じられなくなっていることも。
 ――諦める、べきなのだろう。
 彼女はそっと目を伏せると、小さく息を吐いた。
「鈴原」
 ただ苗字を呼ぶだけで、ひどく精神力を消耗する。以前は、簡単に言えたのに。今は、その名を思うだけで辛い。
「私ね――」
 風が吹く。ばたばたと、スカートが鳴る。
 彼は、目の前で動く唇を、茫然と眺めていた。
 鼓膜を叩いたその言葉を、信じられない思いで聞いていた。
 思考が止まった。全ての音が消えた。視界から色彩が消えていく。足下が崩れてしまいそうな感覚。躯が揺れる。辛うじて踏みとどまる。
 ――ワタシ、アナタノコト、スキダッタノ――
 衝撃、その一言に尽きる。
 予想しなかったわけではないだろう。考えたことがないわけでもない。
 だが、現実に彼らの関係はそんな甘やかなものではなく、ただのクラスメート、という程度でしかなかった。ちょっと仲良く口をきく、という程度の。
 そして、トウジにとって衝撃だったのは、ヒカリのその言葉で、何処かホッとしている自分がいることだった。これで解放される、そう安堵している醜い自分がいることだった。それが、たまらなく嫌だった。狂おしいほどに己が疎ましかった。
「返事、聞かせてくれる」
 感情を圧し殺しすぎて平板にすら聞こえる声音で、彼女は言った。トウジにはまるで、それが「早く終わらせて」と言っているように聞こえた。
 ――これで、終わりにできるのか?
 そう思った。
 だが何を? 何を、終わらせるのか?
 この曖昧な関係に終止符を。彼女はそれを望んでいる。そして間違いなく、自分自身も。彼女の視線に気づかぬフリをもう続けなくてもいいことを喜んでいる、彼自身も。
 トウジは、ヒカリを見た。
 そばかすの浮いた、可愛げのないお下げの少女。十人並み、という表現のしっくりくる、派手さを感じさせない女性。
 彼女の中に、トウジは亡き母を見ていた。そして彼女の叱責を心地好いと感じていた。
 だが、だから何だというのだ?
 現実に、彼は彼女を選ばなかった。代わりに、木漏れ日を一杯に浴びて輝くような笑顔を持った少女を、彼は選んだ。
 それが、「現実」だ。
 それがすべてだ。
「すまん」
 だから、彼は言った。
「ワシは、ユカが好きや。せやから、いいんちょの――洞木の気持ちには、応えられへん」
「……そう」
 きっぱりと言い切ったトウジの科白に、ヒカリはホッとしたような、それでいて今にも泣き出しそうになるのを我慢するような表情で、それでも必死に笑顔を作ろうとした。
「ありがとう……お幸せに」
 それだけを吐き出すように言って、ヒカリは顔を背けた。屋上のフェンスにしがみつくようにして、最後の言葉を吐き出す。
「鈴原。……碇さんを、大事にしてあげてね」
「……ああ。解っとる」
 遠くに聞こえる、低い声。足音が、ゆっくりと遠ざかっていく。今すぐにでも駆け寄って背中に縋りつきたい衝動を、フェンスに指を絡めて必死で堪えながら、ヒカリは歯を食い縛った。
 そして、金属製のドアが重々しい音を立てて閉じた瞬間、今まで堪えていたものを一気に吐き出すように、ヒカリは泣き出した。
 
 閉じたドアの向こうで、嗚咽が聞こえた。
 (しこ)りのような重い罪悪感を胸の奥に感じる。この半月ほどずっと感じ続けていた彼女の視線からようやく解放された筈なのに、心は一向に軽くならない。
 無性に、ユカに会いたかった。
 今、この時ほど、彼女に隣にいて欲しいと願ったことはなかった。
 
 その頃、ユカはミサトとともに、第四使徒の解体現場に来ていた。
 ブルーシートをかけられた使徒の周りに足場が組まれ、十数名の研究者や技術者がその周りに群がっている。
 その中に、似合わない安全ヘルメットを被った金髪に白衣の女性、E計画開発責任者、赤木リツコ博士がいた。その足取りはやたらと軽く、表情はついぞ見たことがないくらいに楽しげである。なんだかスキップでもしそうな感じだ。
「コア以外は殆ど原形を留めてるわ。ホント、理想的なサンプルよ。有り難いわ」
 嬉々としてそう述べるリツコを見るミサトとユカの脳裏に、『マッドサイエンティスト』の文字が燦然と輝きながら躍っていたのは言うまでもない。
「で、何か解ったわけぇ?」
 呆れたようにミサトは言った。大学時代からの付き合いとはいえ、未だにこの友人の趣味はいまいちよく解らない。
 仮設のコンピューター・ルームに連れられ、解ったような解らないようなリツコの説明を聞くミサトの隣でコーヒーを飲みながら、ユカはふと気配を感じて振り返った。見ると、数人の技術者に案内されて、ゲンドウが冬月とともに奥へ歩いていくところだった。
 使徒のコアの破片の前に立ち、何やら指示を飛ばしていたゲンドウは、白手袋を外し、じかにコアの表面に触った。
 後ろ手に組んだその掌に、火傷の痕がくっきり残っているのが見えた。
 
 碇ゲンドウ。
 特務機関NERVの総司令官。
 碇ユイの夫。
 そして――そして多分、ユカの実の、父親。
 ユカの知る碇ゲンドウと言う人物は、これぐらいの言葉で言い表されてしまう。言い換えれば、父についてユカは殆ど何も知らない、ということだ。
 長年一緒に仕事をしてきた幹部職員の方が詳しいかもしれない。
 最後に会ったのは、三年前だという。だが、ユカはそれを覚えていない。だから、初号機のケイジで逢った時に抱いた印象は、『知らないおじさん』だった。
 だからあれは『再会』ではなかった――少なくとも、彼女にとっては。
 ユカは知らない。自分がユイの面影を色濃く宿していることを。瓜二つと思えるぐらいに、亡き母に似てきていることを。そしてそのことが、父である碇ゲンドウに深い懊悩をもたらしていることを。
 敢えて冷たい態度を保たねば計画を遂行できないぐらいに動揺した彼を知るのは唯一人、同じように動揺した冬月コウゾウぐらいのものだろう。
 だからユカを遠ざけたとは、ユカは知らない。
 だが、別にそれは、ユカにとって何ら精神的ショックを受ける類のことではなかった。
 知らない人なのだ。親近感を覚えるほどにも知らない。まして、疎まれたからといってどうということはなかった。
 ただ、朧気ながら憶えている母が、何故あのような男を愛したのか。それが解らなかった。そして、その思いがユカを混乱させていた。リツコから聞かされた話の所為である。
 零号機の起動事件中に発生した暴走事故。
 その所為で大怪我をした蒼銀の髪の少女――綾波レイを、ゲンドウは火傷をするのも厭わずに必死で彼女を助け出したというのだ。
 正直、意外だと思った。
 そんな行動に出るような人物には見えなかった。そして、もしかしたら優しい人なのかもしれないと思った。そして、彼が自分の父なのだと、思い出した。
 そして、解らなくなった。
 彼が自分の父で、冷酷な人間ではないのなら、どうして自分は優しい言葉のひとつもかけてもらえないのだろう、と。
 公私混同をしないためだ、と何とか思おうとして失敗した。それでは身の保全よりレイを優先した理由が説明できない。彼は自分を一応娘として認識しているらしいのに、何故なのだろう、と思う。
 灯りも点けずに暗い部屋の中で膝を抱えて考え込んだ挙げ句、ユカはひとつの結論に達した。ゲンドウも、自分を『見知らぬ他人』として見ているのだろう、と。
「……おとうさん、かぁ……」
 そんな風に他人を呼んだ記憶が、ユカにはない。最初の他人は、母親。だがその母親は彼女が三歳の時に死亡し、以来、彼女は叔父の家に預けられて育った。自分が両親だと思っていた人たちが、実は他人だと知った時はショックだった。
 でも、叔父夫婦は自分を娘として愛してくれていた。――くれていた、と思う。でも、解らない。叱られた覚えはないし、我儘を言った覚えもなかった。
 お互いに『家族』を演じていただけなのかもしれない。
 本当は、自分は誰にも愛されていないのかもしれない。
 そう思うと、無性に怖くなった。
 誰かに認めて欲しかった。愛して欲しかった。
 暗闇の中に誰かの顔が浮かんだ瞬間、ユカは部屋を飛び出していた。タンクトップにホットパンツという格好のまま、サンダル履きで一心に走った。
 息をきらせて辿り着いたのは、一軒の平屋だった。
 表札には『鈴原』とある。
 泣きそうな顔で、ユカはその文字を見つめた。インターホンのプッシュボタンを押そうとして、指先が顫えながら止まる。
 拒絶されたらどうしよう。
 ――怖い。すごく怖い。
 足が、がくがくと震えてきた。走ってきたから汗をかいている。暑い筈なのに、ひどく寒く感じる。全身が震え出して、どうにも止められない。
 ――こわい……!
 その場に蹲りそうな感じで躯を抱き締めていた彼女の耳朶を、彼の声が叩いた。
「ユカ……?」
 ハッ、と顔を上げたユカの目の前に、トウジがいた。残照を背に立っている彼が安堵したように微笑むのを見た瞬間、ユカは彼の胸の中に飛び込んでいた。
「ど、どないしたんや!?」
 狼狽えたような声をあげて自分を抱きとめたトウジの問いに、しかし彼女は答えることが出来なかった。彼のジャージ胸に顔を埋めて、わんわんと子供のように声をあげて泣きじゃくっていたからだ。
 肩を震わせ、熱い涙の滴を胸に零し続けるユカの躯は、あまりにも小さく儚げで、今にも消えてしまいそうだった。
 トウジはしばらく驚いた顔をしていたが、やがて優しい笑みを口許に浮かべると、そっと彼女を抱き締めた。強く、優しく、包み込むように。その温もりを確かめるように。
 蜩の声が、ユカの泣き声にあわせるように響いていた。
 
 ひとしきり泣いてようやく落ち着いたユカを、トウジは家の中に招き入れた。
 今朝、出たままの状態である。つまり父親も祖父も帰ってきていないということだ。
 なにしろ、この二月で二度の使徒襲来である。研究所の方がひと段落がつくまでは二人とも帰ってこれないだろう。ユキノはまだ退院できる状態ではない。
 二人っきりでいることをことさらに意識の外に押し出して、トウジはユカを居間に座らせた。タンクトップの下で豊かな胸が揺れるのを見て思わず生唾を飲んだが、頭を振って、冷えた麦茶でも出そうと冷蔵庫を開ける。
「あ……しもた、全部飲んでもうたんや……悪い、ちょっと買うてくるわ」
「……」
 そう声をかけて外に出て行こうとしたトウジの手を、ユカが掴んだ。その手が小刻みに顫えているのが解る。
 ぺたんと座り込んだまま、俯いて何やら呟くように繰り返している。
「ユカ?」
 耳を寄せようと身を屈めた途端、ユカが胸元にしがみついてきた。咄嗟に受け止めきれず、トウジはそのまま後ろに倒れこんでしまう。
 その上に、ユカの柔らかな躯が覆い被さってきた。
 耳許に吐息がかかる。
 囁くような小声で、ポツリと洩らした言葉。
「……お願い……ひとりにしないで……」
 その言葉を聞いた瞬間、トウジの理性は飛んだ。
 彼女を力一杯抱き締めて、唇を奪った。舌を絡め、口の中を思うさまに舐り回しながら、彼女の汗の匂いを胸一杯に吸い込む。
 そしてそのまま、トウジは躯を入れ替えてユカを組み敷いた。
 彼のペニスは、彼女の体臭をたっぷり吸い込んだ所為で、既に硬く張り詰めている。
 トウジは、ユカと舌を絡めたまま、右手をホットパンツの股間に滑らせ、左手でタンクトップに包まれた乳房を揉みしだいた。
 ユカの手が彼の腰に回される。ぎゅっ、としがみついてくる。
 トウジはホットパンツの隙間から手を差し入れ、ショーツに包まれ、熱く火照った秘唇に指先を滑り込ませた。
「……っは、……ぅんっ」
 ショーツの股ぐりを指先で弄り立てると、ユカは甘い吐息を洩らしながら躯を震わせた。太腿の付け根からショーツの内側に手を入れていくと、柔らかな恥毛とぬるついた熱い秘裂の感触が指先に伝わってくる。くちゅ、と湿った音がした。
「ぁ…っ、と…う、じっ」
 トウジの手はユカの秘裂を優しく弄っていく。指先で小さく尖った突起を転がしながら、喘ぐように開かれた唇にキスして、舌を滑り込ませて舐り回す。タンクトップの下から手を入れて豊かな乳房を揉みしだくたび、ユカは甘えるように鼻息を洩らした。
 布地からはみ出た白い乳房が鷲掴みにされ、掌から溢れ出しそうになりながらぐにゃりと形を変えて震える。頂点の桜色の蕾はほんのりと色づき、硬く尖り始めている。それをトウジが吸い立てると、ユカは嬉しそうに甘えた声を洩らした。
 トウジはホットパンツに手をかけた。それに気づいて、ユカはそっとお尻を持ち上げる。ショーツと一緒にホットパンツを脱がせて、トウジは彼女の秘裂にむしゃぶりついた。
「ふ……ぁっ、んふぅっ……」
包皮を剥いてクリトリスを露出させ、指でつまんで捻りあげるようにしてやると、充血して硬く痼ってくるのが解る。トウジはそれを唇で挟み、舌先を躍らせた。
「んくぅぅぁっ!」
 びくん、びくんとユカの躯が跳ねる。畳の上にぐったりと仰臥して両脚を広げ、女の子の大事なところを愛しい少年に弄繰り回されている、その状況に昂奮したのか、股間から湧き起こる快感はユカの躯中に拡がり、手足がガクガク震えて力が入らない。
「すごいで、ユカ。ぐしょ濡れや」
「やぁっ……、言わないでぇ……」
 ユカの足が少し閉じかけるが、トウジはそれを両手で割り開き、どろどろに濡れそぼった割れ目に舌を這わせた。舌先にぴりぴりと愛液の味が広がっていく。
「はふぅっ……んくぁっ!」
 濡れた秘裂に指を挿し込むと、粘液がどろりと溢れ出して指先に絡みついた。ぬるついた膣襞がひくひくと蠢きながら指に絡みつき、きゅっ、きゅぅっと締め付けてくる。その感触と温もりを愉しみながら、トウジは入れた指を出し入れし始めた。
「ふぁぁぁ……」
 ふと目を上げると、頬を桜色に上気させながら好奇心一杯の顔でこちらを見ているユカと瞳があって、トウジは赤くなった。
 これからどんなことをされるんだろう、と期待で瞳を潤ませているユカの視線を感じながら、トウジは秘裂に口をつけて愛液を啜り始めた。膣内にすぼめた舌を滑り込ませて愛液をしゃくり出し、じゅるじゅると音を立てて啜り上げる。
「恥ずかしいよぉ……そんな音たてちゃ、やぁ……」
 両手で顔を覆いながら、トウジが己の股間に吸い付いている様子を指の間からしっかり見ている。その光景にまた昂奮して、さらに愛液を溢れさせるユカだった。
「ね、トウジのも……おしゃぶりさせて」
 耳まで真っ赤になりながら、トウジの髪に指を絡めるようにして、ユカは恥ずかしそうな笑みを浮かべて言った。その瞳は快感で潤んでいる。トウジは頷いて顔をユカの秘部から離すと、ズボンに手をかけてトランクスと一緒に一気に引き下ろした。
「すご〜い。昨日あんなにしたのに……」
 天を向いてそそり勃ったペニスを見て、ユカは頬を染めながらそんなことを呟いた。足に引っ掛かっていたホットパンツとショーツを脇へ退けて、ユカはトウジを寝そべらせ、その上に跨った。その白い肌は、羞恥と昂奮で背中まで桜色に染まっている。
 トウジの胸の上に可愛いお尻をのせて、ユカはぺたんと躯を押し付けた。ふにゅ、と喩えようもなく柔らかい感触が股間に伝わって、トウジのペニスがびくんと跳ねた。
「トウジの匂いだぁ……」
 うっとりしたような口調で呟いて、ユカはトウジのペニスをその豊かな乳房で挟み、先端にチロチロと舌を這わせていった。
「うぁぁっ……!」
 すぐ目の前で揺れる可愛いお尻を眺めながら、ぎんぎんに張り詰めたペニスをそのように刺激されて、トウジはすぐにたまらなくなった。我慢しようと思ったがどうにもならず、あっと言う間に絶頂に達してユカの顔に大量の精液をぶちまけていた。
「きゃぅっ」
 いきなり顔面に振りまかれた熱いシャワーに、ユカが驚いたような声をあげる。彼女の顔中にぶちまけられた精液は、火照った頬を伝ってどろりと滴り、髪や肩、ペニスを挟んでいる豊かな乳房まで白く染めた。
「ああっ……すごい……っ」
 うっとりしたような顔で精液を顔面で受け止めたユカは、顔を覆った異臭漂う粘液を指先で肌に塗り広げ、その指先を口許に運んだ。口の周りに垂れてきた精液を舌で舐め取り、咽喉を鳴らせて飲み込む。柔肉に挟まれて未だにひくついているペニスに愛おしげな視線を向けると、ユカは唇を寄せ、仔猫のようにぴちゃぴちゃと舌で舐め始めた。
 鈴口に唇を寄せ、両脇からきゅっ、きゅっと締め付けながら、残った精液を啜り取る。その顔は完全に昂奮しきっていて、瞳はとろんと潤んでいた。
 無論、それはトウジには見えない。だが、絶頂の快感で霞んだ視界の中で執拗にペニスを刺激されながら、いやらしく誘うように揺れている可愛いお尻を見ていると、どうしてもそこにむしゃぶりつきたくて仕方がなかった。
つづく



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  あとがき

 今回、ヒカリ嬢がちょっち可哀想でした。ヒカリちゃんのファンの方、ごめんなさい。
 この作品が基本的にユカ(女シンジ)×トウジという設定に基づいている以上、これは避けられないことなのだと理解してください。
 私は、彼女もちゃんと倖せを掴んでくれることを願っています。
 ただ、その相手はトウジではなかった。そういうことです。
 今はまだ、それしか言えません。
 ごめんなさい。

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