〜彼と彼女の事情〜
K A R E × K A N O
Written by:きたずみ
#11
モニターの中で絡み合う少年と少女の姿を、熱心に見詰める目があった。
既にデスクのみならず、部屋中を埋め尽くした請求書や始末書の山など眼中にない。勤務時間中であるということなど気にもとめず、堂々とエビちゅを啜りながら、彼女はモニターに見入っていた。
「あらまぁ、ユカちゃんも鈴原くんもわっかいわねぇ。何発目かしら。しかも全部ナカに出しちゃって。膣出しがクセになっちゃったらどーすんのかしらねぇ」
「大丈夫よ。前もってピルを渡してあるもの。ちゃんと飲んでいれば心配ないわ」
「そう、よかったわぁ――って…あ、あら、リツコ」
覗き見に夢中になっていた間に、白衣に身を包んだ金髪の親友がすぐ後ろに立っていたことに気付いて、ミサトは引き攣った笑みを浮かべた。
「それで、あなたは一体ナニをしているのかしら、葛城一尉?」
真冬のシベリアの風でもここまでは冷たくないだろうというほど冷ややかな声音と視線で、リツコは酔いどれの名ばかり作戦部長に問い掛けた。
「えーっと……そうそう、経験者として若い二人を暖かく見守るっていうのは……ダメ?」
「そんなおまぬけな言い訳が通用すると思ってるの!?」
思わずそう怒鳴りつけてから、リツコは深々と溜息を吐いた。ミサトはというと、リツコのヒステリックなお説教を、エビちゅを啜りながら完璧に聞き流している。このあたり、さすがは長年の付き合いというべきだろうか。
「……まったく、珍しく残業するとか言い出すから何事かと思えば……。あなたといい碇司令といい、諜報部を使って覗き見するのはやめていただきたいわね」
こめかみに青筋を浮かべながら言ったリツコの言葉に、ミサトは眉をひそめた。
「なによそれ? 娘をストーキングしてんの? 悪趣味な親父ねぇ、あの髭」
「その言葉、そのままそっくりあなたにお返しするわ」
内線電話が鳴り響いたのはその時だった。
「あー? ダレよこのクソ忙しい時にぃ」
別に仕事もしてなかったくせにそんなことを言いながら、ミサトが書類の山から掘り出した受話器を耳に当てると、地獄の底から響いてくるような陰気な声が聞こえてきた。聞いているだけでも気が滅入りそうな声だ。
『葛城一尉。減俸三ヶ月だ』
「はいぃ――っ!?」
がちゃ。つーつーつー。
「……って、もう切れてるし……とほほ。……っぢゃなくてぇっ、ちょっと待ってよぉ! そんなの困るわよ、まだローンも山ほどあるし、酒屋のツケも払わなくちゃだしぃ、だいたいユカちゃんの生活費だって――」
「問題ないわ。彼女の分は司令が払っておられるもの」
実際には、葛城家の家計は既に、ゲンドウがリツコ経由でユカに与えた使用制限なしのカードによって賄われていた。無論、エビちゅはその枠の外である。
「あ、そー。ならいいわ。取敢えずたかって三ヶ月生き延びるから」
ゴキブリ並みの生命力と意地汚さと逃げ足の速さで知られるミサトである。実際、何とか他人にたかって生き延びるだろう――たとえ給料がゼロになっても。無論、その時は自分も被害者になるわけで、内心迷惑に思いながら、リツコは重い溜息を吐いた。
「情けない保護者だこと。その前にユカちゃんに愛想つかされなきゃいいけど」
「大丈夫よ、ユカちゃん優しいもの。それよりナニ? じゃああの髭ってば、娘を溺愛してるつもりなわけ? あれで?」
「――不器用な方なのよ、色々とね」
不器用だとかそういう問題ではない気もするが。
「不器用、ねぇ……」
人を陥れたり不快にさせたり陰謀巡らせたり部下をネチネチいびったりどうしようもない駄洒落を考えたりするのは得意なくせに、とミサトは思ったが、先刻のことがあるので黙っていた。何処でゲンドウが聞き耳を立てているやら解ったものではない。これ以上給料を減らされるのはごめんだった。
「……何をしているのかしら?」
急にがさごそとあたりをひっくり返し始めた友人に不審そうな目を向けて、リツコは訊いた。探し物をしているのか散らかしているのか、いまいち良く解らないような作業を続けながら、本人は結構真剣な表情でミサトは答える。
「ナニって、盗聴器探してんじゃないの。あの髭が何処に仕掛けたか知らないけどさ、盗み聞きされるってのはいい気分じゃないわ」
「同居人の女の子の恋路を覗き見してる人の台詞とは思えないわね」
「あたしはいいのよ。自分がされて嫌なことは私にはするなって言うでしょ」
「……今ひとつ意味が良く解らないけれど、その言葉には同意しかねるわ」
どうして自分はこんな人間の友人なんかしているのだろう、とつくづく己の半生を振り返ったりなんかしてしまって、ずーんと落ち込むリツコさんであった。
「取敢えず仕事をなさい。降格される前にね。次は減俸じゃ済まなくってよ」
「だぁって、こんなのいつまでやっても終わんないしぃ。だぁいじょうぶ、こんなの日向君に頼めばちょちょいのちょいよ」
「可哀想な日向君。女を見る目がないのね」
結局いいように使われているだけのメガネ君に、リツコはちょっぴり同情した。
……ホントにちょっとだけ。
なにせ、本人はきっと喜んで働くのだろうから。
暗い部屋に、モニターの光だけが晧々と点っていた。
その光が色眼鏡に弾かれる。顎鬚に覆われた顔は、このところ続く激務の合間を縫っての監視作業によって痩せこけ、憔悴の色が濃く浮き出ていた。
MAGIによって管理される、第3新東京市の其処彼処にある監視システム。モニターに映し出されているのは、そんなシステムの一端が克明に捉えた、ある少女の極めて日常的な風景だった。
リアルタイムの画像ではない。画面の隅にファイルナンバーと日付、時間が表示されている。ファイル名は「YUKA」となっていた。
軽く息を切らせながら豊かな胸を勢いよく弾ませ、軽快に坂道を駆け上がる少女。朝の光を浴びた黒髪が風に踊り、光の粒子を辺りに撒き散らす。
「ユカ……」
男は、その姿に思わず呻くような呟きを洩らしていた。
何故なら、少女の顔には彼には決して向けられることのない喜びの表情があったからである。頬は微かに紅潮し、口許には笑みさえ浮かんでいた。
そして何より、艶やかに輝くその黒瞳は、まさに恋する少女のそれであった。
その顔立ちや表情、立ち居振る舞い――その全てが、母親であるユイと瓜二つであることが、なおさら男を苦しめる。
自業自得、という声もあるが、聞く耳なんぞはなから持ち合わせていなかった。
ただひたすらストーカー行為に走り、愛娘の行動を洩らさず見つめ続ける危ない四八歳、碇ゲンドウ。どうやらこっそり変態さんの仲間入りを果たしていたようだ。
こんな男の下で日夜働かされている諜報部の連中こそいい面の皮、というべきなのだろうが、彼らは既に可憐なサードチルドレンの密かなる下僕と化しており、その行動を見つめることに喜びこそ感じても、苦しいとは露ほどにも思わないのだった。
そんな複数の目が熱っぽく見つめているのを知ってか知らずか、彼女は坂を上りきり、膝に手をついてふうっと息を吐いた。その途端、屈んだ胸元が大きく弾む。
「おお……っ」
思わず感動の呻きを洩らすゲンドウ。
「大きくなったな……ユカ……」
どこ見て言ってるんだか。
預け先での彼女の成長をすべて逐一報告させていたゲンドウの手元には、小学四年の終わり以来、ユカの胸が徐々に膨らんでいく過程を逐一克明に記録した極秘ファイルがあるのだが、その存在を知る人間は数えるほどもいない。
ユイのことを忘れて娘思いの父親になるという選択肢を捨てた以上、今更ユカに父親として愛されるとは思っていない。とはいえ、娘のことを捨てきれる筈もなく、逢えない間に想いは募り……その挙げ句の果てがこのざまである。
薄闇の中に、はぁはぁとあやしい吐息が響く。眼鏡の奥から娘の姿を熱っぽく見つめるゲンドウは、その人物の接近に気付かなかった。
「娘に欲情だけはするなよ、碇」
「ぬぉっ。……な、なんのことだ」
「どもるな」
言って、冬月は顔をしかめた。
「彼女がこちらにやって来て二ヶ月、未だに父娘の会話も対面もなしか。おまけに実の父親が娘をストーキングとはな。つくづく情けない話だ」
「私は娘の成長を見守っているのだ」
どっかの酔いどれと同じようなことを言うゲンドウに、冬月は冷ややかな目を向けた。
「ものは言いようだな。だが、彼女がこれを知ったらどう思うかね?」
「私を脅迫するおつもりですか、冬月先生」
微動だにせずにゲンドウが問うと、同様に彼の方には目も向けず、モニターを見つめながら冬月は淡々と続ける。
「そんなことはせんよ。ただ、俺のすることに干渉されたくないのでな。おまえには悪いが、好きなようにやらせてもらうよ」
「――何をするつもりだ」
「彼女を俺の手で一人前のレディに育てあげるのだよ。それが俺の長年の夢だった。悪く思わんでくれ、ユイ君を横取りしたのはおまえだ」
その言葉に、ゲンドウは口許を吊り上げてにやりと嗤った。
「ふ……」
「何がおかしい」
「遅きに失したようですな、冬月先生。ユカは既に他の男のものだ。最早あなたの出る幕はない。だが、父親にはまだチャンスがある」
「おまえの場合、自分でチャンスをどんどん潰しているように思えるが……。それより、ユカ君が既に他の男のものとはどういうことだ。俺のシナリオにはないぞ」
どういうシナリオを描いてたんだ、ジジイ。
「すぐに解る」
その言葉に、冬月は意識をモニターに戻した。
画面の中では、ユカが足取りも軽く一軒の家の前に立ち、インターフォンを押すところだった。しばらくして、ジャージ姿の少年が出てくる。
笑顔で挨拶を交わした後、ユカが少年に腕を絡めて歩き出した。
「な……これは――」
息を飲む冬月に、ニヤリと嗤うゲンドウ。
「葛城一尉から報告は上がっている。二人は既に一線を越えた。今や倖せの絶頂といったところだ。明日は遊園地デートらしい」
「いかん、早すぎるぞ、碇」
「その件は赤木博士に一任してある。避妊処置も万全だ、問題はない」
「いや……、そういう問題ではなくてだな……」
そこまで言って、冬月はどうしてこの男はこんなにも冷静なのだろう、と疑問に思った。愛娘が既に男と肉体関係にあると知って、どうして平然としていられるのだろう?
「鈴原トウジ――例のクラスメートか。いいのか、碇」
サブモニターに当該住所の住人リストを表示させた冬月は、その見覚えのある顔に眉を寄せた。第四使徒戦の折り、初号機のエントリープラグに入った子供たちの一人だ。マルドゥックの中間報告書でも、適格者候補として名前が挙がっている。
(まさかこやつ、危ないことを企んでるんじゃあるまいな……)
不審げな目を向ける冬月に、しかしゲンドウはニヤリと嗤うだけだった。どうせまたろくでもない悪巧みをしているのだろうと判断し、小さく息を吐いてから、冬月はゲンドウの耳許に口を寄せた。
「それはともかく、葛城一尉からの報告、コピーをもらえんか?」
「この貸しは高くつきますよ、冬月先生……」
「まけてくれ」
――特務機関NERV。
世界を救うために結成されたとされる超法規的組織の平時は、案外こんなものだったりするのかもしれない。
朝の光が降り注ぐ中、確かな温もりに包まれてユカは目覚めた。
ぴたりと重なり合った素肌、耳許をそっとくすぐる安らかな寝息。女とは根本的に違う、男の子のしっかりしたカタチが、光の中に明瞭りと浮かび上がる。
トウジの躯の上に寝そべって抱き締められた格好で、そのまま眠ってしまったらしい。半分口を開いたまま、すかーっと寝息を立てているトウジの寝顔を、ユカはくすくすと微笑いながら見つめた。指先で額にかかった前髪をそっと撫でる。
「髪、下ろした方が可愛いのにな……」
少し硬い短めの髪は、汗で湿った所為か、だらんと垂れ下がって額にかかっている。トウジは「そんなチャラチャラしたかっこはでけん!」とか言うかもしれないが、少し髪を伸ばした方が似合うような気もしていた。
でも、今のスタイルを強引に貫くのも、何だかトウジらしいと思う。別にトウジがどんな格好をしていても、ユカは構わなかった。まあ、何事にも限度というものはあるが……。
ぺたん、とトウジの裸の胸に頬っぺたをくっつけて、ユカはトウジの腕を引き寄せた。そっと肩を抱くような感じにして、目を閉じる。こうしていると、温かなものに守られている感じで、すごく安心する。耳許でトウジの寝息を聞いていると、とても心が落ち着く。押しつけた耳に、とくん、とくん、と心臓の鼓動が聞こえてきて、それが何だかとても嬉しい。
(なんだろ、この感じ……どうして抱っこされると落ち着くんだろ)
抱き締められる感じが好き。耳許で相手の生命が感じられて安心する。その温もりに包まれていると、心が落ち着いていく。でも、それよりもっと深いところで、懐かしさも感じていた。
遠い昔、誰かにこうやって抱かれて眠っていたような気がする。この温もりに包まれて眠った夜は、怖い夢を見なかった。
目を閉じながら、ユカはそっと記憶を手繰る。
一番初めの温もりは、母親。そっと抱き上げられて、優しく揺すられるのが嬉しかった。ふわふわと柔らかく暖かで、抱き締められると何だかいい匂いがして、自然と眠くなる感じ。
(……おかあさん)
顔は、よく覚えていない。でも、母はいつも微笑っていた気がする。ユカが三つの時に、もはや還らぬ人となった女性。
――碇ユイ。
でも、この感じは違う。同じように安心するけれど、別のものという気がする。女性の柔らかさより、固くてゴツゴツした感じ。壊れ物を抱くようにそっと抱き上げて、頬を擦り寄せられるとジョリジョリと髭が当たって、でもそれが何だか嬉しくて――
(……髭?)
そこまで考えて、ユカはぱっと目を開いた。考えうるのは二人だが、母の兄にあたる叔父は線の細い芸術家タイプの人で躯が弱く、髭など生やしていなかった。
とすると、残ったのは……
脳裏を過ぎったのは、眼鏡の奥の冷たい瞳でこちらを見下ろす男の姿だった。笑みひとつ浮かべず、優しい言葉ひとつかけてはくれなかった、自分の父を名乗る男。
――碇ゲンドウ。
初めて会う男だった。声すら覚えてはいなかった。顔を見ても、何も思い出すものはなかった。
母を失ってから碇の分家――叔父のところに預けられるまで、ずっと一緒に暮らしていたというのが信じられないくらいに、ユカは彼について何も覚えていなかった。そして、今までそれを特に不思議とも思わなかった。
(それって、ヘン。すごく変)
何かがおかしい。記憶が何処かでちゃんと噛み合っていない感じ。欠けているものがある。とても大切なパーツが抜け落ちていると感じる。
なのに、今までそんなことは気にも留めなかった。それこそ奇妙なことなのに。
足下がぐらつく感じ。自分が今まで立っていた地面が急に崩れていきそうで、怖くてたまらなくなって、ユカはトウジにぎゅっとしがみついた。
がたがたと躯が震えていた。その震えを止めようと、トウジの温もりに縋る。
「……ユカ……?」
うっすらと、トウジが目を開けた。自分にしがみついて震えているユカに気付いて、その瞳から眠気がさっと消える。
「ユカ、どないしたんや」
「怖いの……」
消え入るような声で、ユカは囁いた。自分に縋りつきながらがたがたと小刻みに震えている少女の躯がとても小さく思えて、トウジは力一杯彼女を抱きしめ、髪をそっと撫でながら、耳許で安心させるように何度も囁いた。
「大丈夫、大丈夫や。ワシがついとる。ずっとそばにおるから、大丈夫や」
「……ほんと?」
「ホンマや。死ぬまで一緒や」
涙声で尋ねるユカにそう答えると、ユカは安心したように躯から力を抜いた。それでも躯の震えがおさまるまでユカを抱き締めたまま、トウジはずっと髪を撫で続けた。
「今の、まるで愛の告白みたいだね」
しばらくしてから、ようやく落ち着いたのか、いつもの口調でユカが言った。澄んだ黒瞳が悪戯っぽい光を湛えて見上げてくる。そんな彼女の眼差しに、トウジは眩しそうに瞳を細めながら口許に優しい笑みを浮かべた。
「ワシのパンツ洗てくれるか?」
「ばーか。それぐらい自分でしなさい」
ちゅ、とついばむように軽いキスを贈って、ユカはそっと身を起こした。朝の光を浴びて、彼女の裸身がきらきらと眩しく輝いている。ふるん、と乳房が踊ったが、それを見ても何故かいやらしい気分にはならず、トウジは彼女をとても美しいと感じていた。
「ずっと乗ったままだったんだね。わたし、重くなかった?」
「平気や。もう慣れたしな」
「……どーいう意味かなぁ?」
「あんまし深く考えへん方が倖せやと思うで」
トウジの台詞に、ユカは可愛らしく眉根を寄せて彼を睨んだ。
「む〜っ。それって、わたしが重いってことぉ? やっぱダイエットしなきゃダメ?」
「そんなんせんでええがな。確かに上に人が乗っとりゃそれなりに重いけど、ユカが乗る分には全然構へんわい」
EVAに乗るようになってから、NERVで戦闘訓練を受けて鍛えている所為だろう、胸が大きいわりに、ユカの躯はほっそりしている。かといって、別に肉付きが悪いわけでもない。靱やかな筋肉が躯を覆っている。
それに、女の子はある程度ふっくらしていた方が触り心地が好い。上体を起こして彼女の腰をきゅっと抱き寄せながら、トウジはそっと首筋に唇を寄せた。
「おっぱいが胸でつぶれて気持ちええしな」
「スケベ」
朝だからこそというべきだろうか、昨夜あれだけしたのを忘れたかのように元気になったそれが自分のお尻に当たっているのを感じて、ユカはトウジを軽く睨んだ。
「あーあ。わたし、変態さんに恋しちゃったんだ」
「そんなん言うんやったら、このままもっかいやろうや」
「やだよ、躯中べとべとして気持ち悪いもん。それよりシャワー浴びたい」
「浴びたらええやん」
そういうトウジの首筋に細い腕をそっと回して、ユカは言った。
「抱っこして連れてってくれなきゃ、やだ」
「なんや、ユカは甘えたやなぁ」
「いいのっ」
そう言ってぎゅ〜っと抱きつくユカの髪をそっと撫でると、トウジは彼女の脚に手をかけて花嫁抱きにした。甘えるように首筋に頬を摺り寄せるユカに口許を緩ませっぱなしになりながら、ベッドから下りて戸口まで歩いていく。
ユカに襖を開けてもらって、キッチンの脇を抜けて風呂場へ。下着とかが一杯干してあるのをちょっと気にしながら風呂場の引き戸を開けた所で、トウジは硬直した。
「クァ?」
浴槽にはなみなみと湯が満たされ、湯気が立っている。そして戸口にはタオルを肩にかけた黒っぽい物体が立っていて、こちらを不思議そうに見上げていた。正確には、己のちょうど目の前にぶら下がっているモノを、だろうか。だが、トウジの腕に抱かれたユカを認めると、ペンペンは安心したように躯をぶるぶる揺すって水を跳ね飛ばす。
「な、なんやこいつっ!?」
驚いて声をあげるトウジを一瞥して、日課の朝風呂を終えたペンペンはのったりぺったり足音を響かせながらリビングに消えた。
「あー、あれね、同居人のペンペン。可愛いでしょ」
「ぺ、ぺ、ペンギンが何で風呂入っとんねん?」
「温泉ペンギンだもん。お風呂がだいすきなの。わたしも最初はびっくりしたけど」
「……まあええわ」
すとんとユカを下ろして、トウジは風呂場に入った。その後にユカが続く。
「ペンペンがお風呂沸かしておいてくれて助かっちゃったね。やっぱ、シャワーよりお風呂の方が気持ちいいもん」
「……せやな」
ペンギンがどうやって風呂を沸かしたのか、とか、ペンギンにとってタオルにいったい何の意味があるのか、とかはあまり深く考えないことにして、トウジは軽く溜息を吐いた。
「トウジ、先に入っちゃって。わたし髪洗いたいから」
「お、おう」
頷いて、トウジはかけ湯をして湯船に身を沈めた。ユカは椅子に腰を下ろし、鼻歌を歌いながら躯を洗っている。泡に包まれた彼女の裸身が陽の光を浴びてきらきらと輝いていて、肩まで湯に浸かりながらトウジは見惚れていた。
躯に泡をつけたまま、ユカは掌にシャンプーをつけて丁寧に髪を洗っていく。その仕種がなんだかとても色っぽくて、トウジは股間が痛いほどに滾ってくるのを覚えた。
ジャーっという水音にふと我に返ると、ユカが立ち上がって躯をシャワーで流していた。目の前で可愛らしく踊るお尻と弾む乳房にたまらなくなって、トウジは湯船から上がると、後ろからユカの躯を抱き締めた。
「きゃっ。ちょ……、と、うじ?」
「ワシ、もう我慢出来へん。ええやろ?」
「んぁっ! やんっ、だ、だめだよ、こんなとこじゃ……」
頭上に固定したシャワーノズルから迸る湯の中で、ユカはトウジに抱きすくめられて身を捩った。が、トウジの掌は構わず乳房に伸び、張りのある柔らかな双丘をぐいぐいと揉みしだく。
「あんっ、もぉ……強引だなぁ」
そう言いながら、お尻にトウジの熱いこわばりが当たるのを感じて、ユカは甘い吐息を漏らした。壁に手をついて、お尻を突き出す。まだちゃんと処理していなかったそこからは、昨夜トウジが注ぎ込んだ精液が彼女の愛液と混じり合ってドロリと溢れ出し、太腿と足首を伝って排水口に吸い込まれていった。
「いいよ、きて……」
「いくで……」
ずちゅっと粘る音がして、ほんの数時間前までそこに受け入れていたものが再び元の場所へと収まっていく。ひくひくと痙攣する熱い塊が押し入ってくる感触に吐息を洩らしながら、ユカは両脚を突っ張った。
なんだかこうして後ろからされると、犯されているような気分になる。本当に強姦されるのは嫌だけど、トウジにだったらいいかな、とか思ったりしてしまって、余計に昂ぶってどうしようもなくなるユカだった。
繋がったまま、しばらくトウジは動かずにいた。ペニスを包み込むようにしてぬめぬめと蠢く膣襞の感触と、両手で鷲掴みに下乳房の柔らかな弾力に陶然となって、ずっとこうしていたい気分になる。壁に手をついて背を反らせたユカの白いうなじがなんだかとても艶かしくて、胸を揉み回しながらトウジは首筋に唇を寄せ、吸い付いた。
「ひぁんっ!」
思ってもいなかった所にキスされて、ユカが躯を強張らせると、トウジのものを受け入れた膣がうねうねと生き物のように蠕動した。
「くぉぉ……っ」
思わず射精してしまいそうになるのを堪えて、トウジはユカのうなじに舌を這わせ、軽く歯を立てて甘噛みした。その度にユカは愛らしい声をあげ、びくびくと躯を戦慄かせる。どうやらユカは首筋が弱いようだ。
「はぁぁぁん……っ!」
指の間に乳首を挟むようにしてぎゅうっと乳房を掴むと、ユカは濡れた髪を振って喘いだ。その反応に気をよくして、トウジは荒っぽく乳房を責めたてる。そのたびに膣がきゅうきゅうと収縮し、奥深くまで受け入れたペニスを締め上げたため、トウジもたまらなくなって動き始めた。
「はんっ、んっ、んふぅっ」
ずぢゅっ、ぶぢゅっ、と結合部分から淫らな音が響く。ユカの締め付けがきつい所為か、抽送のたびに膣内から愛液や空気が押し出されて立てる音だ。トウジはユカの白くてまん丸なお尻をぐっと掴むと、猛然と腰を振り始めた。ぱんっ、ぱんっと太腿が叩きつけられるたびに音をたて、トウジの陰嚢がペニスを咥え込んだ秘裂を叩く。
「っは、あ、あ――――っ!」
すでに両腕で躯を支えていられなくなって、ユカは正面の鏡で乳房を押し潰すようにしながら全身をひくつかせて絶頂に達した。
「はぁ――…っ、は――……っ」
だが、トウジはなおも射精を堪えて腰を振り続ける。頬を火照らせ、とろんと潤んだ瞳を鏡の中の自分に向けて喘いでいるユカの横顔を見つめながら、亀頭を目一杯奥まで押し込んだ。先端にこりゅこりゅっとした感触が当たる。
「いくでっ!」
既に朦朧となっているユカの返事はない。子宮口を割り開くような勢いで打ち込んだトウジは、そのままユカに凭れ込むようにして一気に噴射した。
どぷーっ、どぷーっと何度もしゃくりあげながら、粘度の濃い精液がユカの胎内へと注ぎ込まれていくたび、彼女の躰がヒクヒクと痙攣する。鏡に彼女の躯を押し付けるような格好で奥深くまで埋め込んだまま、トウジは何度も粘液を吐き出し続けた。
「はぁっ、はぁっ……」
二人の荒い息が絡み合う。鏡越しに見つめ合いながら、二人は絶頂の余韻に浸っていた。そっと彼女の躯を抱き寄せながら、トウジはいつの間にか蹴り飛ばしてしまった椅子を脚で引き寄せ、腰を下ろした。
「はぁぅっ!」
その衝撃でいまだ硬さを失っていないペニスに奥深くまで突き上げられ、ユカが甘やかな呻きを洩らした。トウジの膝の上でもぞもぞと腰を動かす。
「なんや、めちゃめちゃ気持ちよかったわ……」
「わたしも……後ろからされるのって、こんなに気持ちよかったんだ……」
荒い息を吐きながら、ユカが呟くように言った。
「こーやって後ろから抱っこされるの、なんかすごい好きぃ……」
「ユカ、首筋が弱かってんな」
「やぁっ、…くぅんっ」
かぷ、とトウジが首筋を甘噛みすると、ユカは甘えるように啼いた。トウジはユカの頬に掌を回し、そのまま唇を重ねた。
「ふぁんっ」
ねっとり舌を絡めて離れると、唾液が糸を引いた。
「のぼせちゃうよぉ……」
出しっ放しのシャワーが、繋がったままの二人の躯をぱしゃぱしゃと叩く。ユカが腰をあげると、ちゅぽん、とペニスが抜け落ちて、どろりと白濁した粘液が溢れ出してきた。シャワーを固定具から外して、ユカは股間を洗い始めた。
「もぉ、トウジってば、ホントにすけべぇなんだから」
「……すまん。なんや、ユカ見とったらムラムラして、たまらんようになってもて」
「こんなに出しちゃってぇ……普通の娘がこんなことされたら、絶対妊娠しちゃうよぉ」
「だ、大丈夫なんやろ?」
「そうだけどっ」
ぷん、と頬を膨らませて、ユカはトウジを睨んだ。
「リツコさんに貰ったお薬ちゃんと飲んでるから平気だけどっ。もしわたしが飲むのやめて妊娠しちゃったらどうするの? 責任、とってくれるの?」
「当たり前やないか!」
思わず大声で怒鳴ってから、トウジは俯いた。
「そ、そら、今はまだ、責任なんかとられへんけど……けど、ワシ、頑張るさかい。ユカのこと、ちゃんと責任とれるよう頑張るさかい」
「トウジ……」
トウジが自分のことを真剣に考えていてくれているのが解って、ユカは嬉しかった。
「わたしのこと、いつかお嫁さんにしてくれる?」
「もちろんや。……けど、ホンマにワシでええんか?」
「……ばか」
シャワーを止めてノズルを固定しながら、ユカはぼそりと呟いた。
「トウジじゃなきゃ、やだよ」
背を向けたまま呟くユカは、うなじまで真っ赤に染まっていた。そんな彼女が可愛くて、トウジは抱き締めてキスをした。
「ワシも、ユカやないと嫌や」
今日も、第3新東京市を眩しい太陽が照らしていた。
天気は快晴。かなり時間をかけてお風呂から上がった二人は、ペンペンと一緒に朝食をとった後、トウジの家に向かった。
お出かけの支度を済ませたユカが着てきたのは、いつぞやの白いワンピースと麦藁帽子だった。それに白いサンダルをあわせて、ユカはいつものジャージ姿のトウジと手を繋いで歩いている。なんだかすごく嬉しそうなので、トウジの方も見ていて倖せになった。
「なんや、えらいご機嫌やな」
「だぁって、嬉しいんだもん。トウジとゆうえんちに行くんだもんっ」
鼻歌混じりに答えるユカに、トウジは髪を掻き上げた。ユカに髪を下ろしてセットされた所為で、何だか落ち着かない。
「遊園地ゆうても、大したもんやないで? 近くやしな。行ったらがっかりするんちゃうかなぁ。めっちゃちっちゃいでぇ?」
「いいのっ。トウジと一緒っていうのがポイントなんだからぁ」
昨夜出たままの家はかなり蒸し暑かったが、取敢えず気にしないことにして、トウジはユカを待たせて着替えることにした。
――数分後。
出てきたトウジを見て、ユカは目を丸くした。
原色のどぎつい真っ赤なアロハシャツと、膝の擦り切れたジーンズ、趣味の悪いサングラス。まるで安っぽいヤクザ映画に出てくるチンピラみたいだ。
まあ、彼にしては頑張った方なのだろうが……。
「こ、こんなんしか、ないねんけど……」
言葉も出ないユカの反応に、トウジはやはり駄目だったかと肩を落とした。が、やおら立ち上がったユカは、奥に消えてなにやらごそごそし始めたかと思うと、生成りのTシャツを持ってきた。何のプリントも入っていないシンプルな奴だ。
「どうせならこれにして。下はそのままでいいから。あと、そのサングラスはやめようね」
「……ハイ」
大人しく従うしかないトウジだった。
「明日、一緒にお洋服買いに行こ?」
「せ、せやな……」
可愛らしくにっこりと微笑みながらも有無を言わせない感じのユカの一言に、トウジは引き攣った笑いを浮かべた。
じゃーじまんもそろそろ年貢の納め時かもしれない。
「……で」
こほん、と咳払いなんぞして、冬月が口を開いた。
「いつまでそうしているつもりだ? 碇」
答えはない。机に肘をつき、口の前で組んだ両手で口許を隠したいつもの姿勢でモニターを見つめたまま、ゲンドウは滂沱の涙を垂れ流して燃え尽きている。
「確かに、こうも早くお嫁にいかれれば辛いだろうが……そろそろ司令らしい仕事をしないかね。職務が大分滞っているんだが」
「ゆかぁぁ――……パパを捨てないでくれぇ……」
「き、気持ち悪いな。死ぬほど似合わんからやめろ、パパというのは」
「頼む、まだお嫁にはいかないでくれぇ――……」
鼻水を垂らしながらえぐえぐと泣き喚く男の背中に、何となく父親の悲哀を見たりなんかしてしまって、思わず溜息を吐く冬月だった。
「なるものではないな、娘の父親になぞ」
その頃、同じように燃え尽きている人物が二人いた。
三十路ちょっち手前の酔っ払いと、立派な三十路の金髪マッド。
――通称・嫁き遅れさーてぃーずである。
「いーわよね、倖せそーで……」
「お嫁さん、ね……忘れたわ、そんな言葉……」
どんよりとした空気が垂れ込める室内で、部屋の隅に蹲って何やらぶつぶつ呟いている二人の上司を、ショートカットの女性と眼鏡の青年は言葉もなく見つめた。
「……出直そうか」
「そ、そうですね」
決して開けてはならなかった禁断の扉をうっかり開けてしまった二人は、引き攣った笑いを顔に貼り付けながら半泣きで後退った。
その後、彼らの姿を見たものはいない。
……なんてな。
つづく
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あとがき
ちょっとギャグに走りすぎてしまった感じですねぇ。
特にミサトとゲンちゃん、壊しすぎたかも。ま、いっか。
ミサトさんファンの人、ごめんなさい。
私はホントにミサトさんは嫌いじゃないです。
大好きなんだけど、彼女に対する私の愛し方ってこんな感じだ(笑)。
ゲンちゃんはあれでよし(爆)。
……いいのか?