第二章・本郷猛の憤怒








 本郷邸は騒然としていた。
 夕刻になっても、一文字は帰ってこず、何の音沙汰もないからだ。心当たりを皆で探し回ったが、何処にもいなかった。影さえ見えない。
「一体一文字さんどうしたんだろう?」
 神敬介の顔にも、城茂の顔にも、不安の色が見え隠れしている。
「本郷さん。一文字さんにまだ電波は届きませんか?」
 結城丈二が言った。
「……駄目だ」
 本郷は吐き捨てるように言う。
(隼人…。どこにいるんだ?一体何があったんだ?)
 胸をかきむしりたい衝動に駆られ、本郷は又外へ飛び出した。
「本郷先輩!」
「もう一度行ってくる」
 本郷を心配し、後からついて来た風見に本郷は言った。
 沈痛な面持ちで―――。
「俺も行きます」
 いたたまれなくなって、風見も愛車に跨る。
「行くぞ」
 二人は砂埃を残し、本郷邸を後にした。
「…………」
 それを見送った結城は、唐突にある事を思いつき、慌てて本郷邸の中にある研究室へと飛び込んだ。
「何かあったんですか!?」
 結城が研究室であれこれしている所に、神敬介・アマゾン・城茂の三人がやって来て、結城の手元を覗き込んだ。
 結城は目を反らさずに簡単に説明した。
「本郷さんと一文字さんの電波が通じないという事は、つまり、何かしらの妨害電波により邪魔されているか―――もしくは、妨害する特別な物質により電波が遮断されているかのどちらかに違いない。だとすると、それを探知できれば、おのずと一文字さんの居場所がハッキリするはずだ」
「成る程な」
「と、いう事は、一文字さんは捕らわれたかもしれないって事か…―――ショッカーの仕業か?」
「かもしれない。行方不明になったのが一文字さんだから…」
「ガウ!」
 三人が固唾を飲んで見守る中、結城は「出来るだけ早く!」と、急いだ。
 一文字の身が心配でならない。
 暫らくして、研究室内に無機質な音が響いた。
「判ったぞ!ここから5km離れた所のR山の麓だ!」
「よし!本郷先輩達に連絡して、すぐに向かおう!」
 四人はすぐさまその場から飛び出した。

 



      ●    ●    ●

 



 R山の麓には、一見しただけでは判らないショッカー・秘密基地の入り口があり、それは間もなく、仮面ライダー達の手により破壊された。
「先輩!早く奥へ行って一文字さんを!」
 V3が戦闘員をぶっ飛ばしながら叫ぶ。
「解った。援護を頼む!」
 1号はそう言うと、鬼神のごとく奥へ向かって突き進んだ。
 その後を、V3・ライダーマン・Xライダー・アマゾン・ストロンガーが続き、1号を援護する。仮面ライダー達の猛攻撃に、戦闘員達は泡を食った。
「隼人!どこだ、どこにいる?!隼人ぉ!」
 1号は微少でも一文字からの電波を感知できないかと、神経を研ぎ澄ました。
 1号はショッカー・秘密基地に潜入した経験がある。何度かそうしている内に、秘密基地に構造の法則がある事に気付いた。その法則に基づいて、1号は牢屋のありそうな所へ向かう。
 ―――と、
「?」
 1号は違和感を感じ、立ち止まった。
 辺りも見回す。
 すると不自然なドアを発見した。
(何だ?………入ってみるか…)
 1号はドアに近付き、叩いてみた。
 すると…、
「!?」
 いきなりドアが開き、1号は中へと倒れこんだ。
「驚いたな…」
 部屋の中は真っ暗で、静かだ。
 目が慣れ出すとすぐ、1号は奥に誰かが倒れている事に気付いた。
(まさか、…―――隼人!?)
 急いで駆け寄ると、1号はその人物を抱き起こし、顔を見た。
 息を呑む。
「はっ……隼人!」
 嬉しさのあまり声が震えた。しかし、本郷の言葉はすぐに凍りついた。
 又、息を呑む。
 しかし、先程とは意味が違う。
「…酷い………」
 鎖に縛られ、衣服はその役目を全くはたしておらず、体中に無数の傷がある。改造人間特有の回復力で、傷は徐々に治ってはいっているものの、すっかり衰弱した一文字は痛々しかった。
「隼人…」
 一文字の意識は無い。
 1号は変身をとくと、自分の上着を脱いで一文字に被せた。とてもではないが、そのままの姿で皆の所へ連れて行けない。
 一文字を抱き上げ、本郷はその部屋を出た。
「本郷先輩!…腕に抱いてるのは―――…一文字さん!?」
 部屋を出た所でV3と出くわした。
 戦闘員を蹴り飛ばしながら、V3は一文字の顔を覗き込んだ。その顔がすぐに曇る。
「一文字さん…大丈夫なんですか?」
「解らん。とりあえず命に別状は無いと思うんだが…。帰って詳しく調べてみないと」
「そうですね…」
 V3は頷くと、振り返り皆にその事を告げた。
 今度は急いで撤退する仮面ライダー一行。
 ピクリともしない一文字の頭に自分の額をこつんと当て、本郷は心の中で語りかけた。
(隼人、すまん…。すまん!)

 


      ●    ●    ●

 



「一文字さんは?」
 一文字の部屋から出て来た結城丈二に、風見志郎は聞いた。
「意識はまだ戻らないが、体の方はもう大丈夫だと思う。脳改造もされてないし…」
「そうか…」
 険しい顔を崩し、風見は安堵の息を漏らした。
 しかし、結城の表情はさえない。
「……何かあるのか?」
「…一文字さん、相当酷い仕打ちを受けたらしくてな―――…」
 結城の言い方に風見は引っ掛かりを覚えた。
「なんだ?はっきり言ってくれ」
「…………………」
「結城!」
 結城は沈痛な面持ちで風見を見ると、顎でこの場所から離れるよう促した。
 階段を下り、二人は人気のなさそうな所へと行く。
 足を止めると、結城は振り返り風見を見た。真剣な顔で。
「これから僕が話す事は誰にも話さないでくれ。いちいち言わなくても解るとは思うけど…、でも大事な事だから」
「解った」
「敬介にも、アマゾンにも、茂にも。―――本郷さん達にも…」
「本郷先輩と一文字さんにも?」
「これから話す事は知ってるけど……、辛い話しだから口にしない方が良い…」
「解った。誰にも言わない」
 その言葉に、結城は慎重に頷いた。
 結城は息を飲むと静かに話し出した。


 

      ●    ●    ●



 自身の部屋で一文字は安らかな寝息を立てている。
 そのベッドサイドに座り、本郷は一文字の手を握っていた。
「…………」
 R山の秘密基地から帰り、一時間半が経過しようとしていた。
 まず、帰ってから本郷は一文字の体を洗った。風呂場へ連れて行き、鎖を外し、服を脱がし、温かい湯で体を綺麗にした。基地で見つけた時、一文字の体は冷たくなっていたし、汚れていたので。
 本郷一人で一文字の体を洗った。
 大変な作業だったが、誰かに頼む事は出来ない。
 一文字の体を見れば、彼に何が起こったのか大体察しはつく。
 こんな状態の彼を誰かに見せる事など、本郷には出来ない相談だった。
(……辛かったろうな…)
 それからパジャマを着せ、身体チェックをした。
 もしかしたら体の中に何か(発信機とか爆弾とか)埋め込まれているかもしれないし、脳改造されている可能性もあったからだ。
 こちらは何もされておらず、チェックにあたった本郷と結城は胸を撫で下ろした。
 そして、一文字の部屋へ連れて来、ベッドに寝かせた。
 一文字の意識はまだ戻らない。
 うめく事も、何かしらに反応する事もない。
 もしかしたらこのまま目を覚まさないのではないだろうか?―――本郷は不安に胸を覆われた…。
 と。
 誰かが部屋のドアをノックした。
「本郷先輩、良いですか?」
 本郷の大学の後輩でもある風見志郎だ。
「…ああ」
 ドアを見ずに本郷は答えた。
 静かにドアを開け、風見はするりと部屋へ足を踏み入れた。
 静かにドアを閉める。
 風見は息を潜め本郷の傍らに近付き、声を落として言った。
「先輩、顔色がすぐれませんが…」
「俺は大丈夫だ」
 間髪いれずに本郷は答えた。
 風見は頷くしかない。
「一文字さんは…」
 と、顔を覗き込む。
 ショッカーの基地で見た時よりも顔色は良いし、呼吸も穏やかだ。
「まだ目を覚まさない。一体どれだけ悲惨な目にあったんだ…」
 後の言葉は、風見に言ったのではなく、一文字に語りかけた。
 勿論、一文字は答えない。
 一文字を見る本郷の横顔を見て、風見は胸をかきむしりたくなった。
 本郷と一文字の事を、仮面ライダーの中では風見志郎が一番良く知っている。
 だから、余計に今度の事にはショックを受けた。
 結城から、一文字が受けたであろう大体の事は聞いた。とても信じられない話しだが、風見は結城丈二が冗談を言わない男だという事も良く知っていた。
 ―――身体の傷より、心の傷の方が気になる…。
 結城は話しの最後にそう言った。
「本郷先輩、これからどうするつもりですか?」
「………わからない」
 重く暗い声色で本郷は答えた。
「……わからない?」
「ああ。どうしたら一番良いかわからない。だが………やりたい事はある」
「なんですか?」
「………自分の手で、隼人をこんな目に合わせて奴を―――」
 風見は息を呑んだ。
 今まで見たことのない表情をした本郷がそこにいた。
 寒気を感じ、風見は震えた。初めて本郷に恐怖を覚えたのだ。
「せ…っ、先輩…」
 ふぅ…―――と、悲しげに本郷は息を吐き出した。
「だが、感情のまま動く事は出来ない。それはやってはいけない事だ。………隼人も望まないだろう…」
「…そうですね」
 二人は押し黙った。
 一文字の寝息だけが聞こえる。
 本郷は、一文字の手を握っている指に少し力を込めた。
 許せる事ではなかった。
 ショッカーが一文字にした事は―――。
 ―――と、
「ん……っ」
 本郷が握っている一文字の手が、微かに動いた。
「隼人!?」
「一文字さん!」
 二人とも腰を上げ、一文字の顔を覗き込む。
 眉根をよせ、一文字は瞼をゆっくりと上げた。半開きの瞼から、一文字はぼんやりとあたりを見る。
 固唾を飲んで見守る本郷と風見。
 やっと意識がハッキリしてきたのだろう。一文字は言った。
「………おはよう」
 その途端、本郷が崩れた。
 その場にへたり込み、一文字の手を更に力を込めて握る。
 目頭が熱くなった。
「…本郷?…どうしたんだ?……痛いぞ」
「あ!ああ、すまん」
 本郷は慌てて力を抜いた。だが、手は離さない。優しく握り締める。
 風見もホッとして笑顔がもれた。
 一文字は、自分が置かれている状況がいまいちよく解らないようだ。
「隼人、気分はどうだ?どこか痛い所は無いか?」
「……身体が妙にだるい。…痛い所は無いよ…」
「そうか、良かった」
 風見は音を立てないように、そっと立ち上がり後退した。そのまま、部屋を出、静かにドアを閉める。
「何か食べたい物があったら言ってくれ。すぐに用意するから」
「………ありがとう」
「そんな事ぐらい…―――」
 本郷は言葉を切った。
 一文字の表情を見て、彼が何に対して礼を言ったか解ったからだ。
「隼人…」
「……それから、すまんな」
 寂しげな微笑で言う一文字。
「何を謝る」
「すまん」
「謝るな。お前は何も悪くない」
「…すまん」
「謝るな」
「……………」
 手を握り返し、一文字は本郷から目を反らした。
「……聞かないのか?」
 一文字の声が僅かに震えている。
「何をだ?」
「…何があったのか―――ゾル大佐に俺が何をされたのか…」
「聞かん」
 きっぱりと、しかし、穏やかに本郷は答えた。
「………そっか」
「隼人、俺は―――…」
「解ってる。…だから言わなくて良い」
「……そうか」
「……………」
「……………」
「…本郷」
「ん?」
 本郷を見ずに言う一文字。
「…本音を言って良いかな?」
「お前が言いたいのなら良いぞ」
「ん。……あのな、俺、―――好きだぞ」
「………何を?」
「お前」
 赤くなる本郷。
「嘘じゃない」
「そ…っ、それは、うむ…」
「ははは…。…―――それは解っててくれな」
「…ああ…」
「もう少し寝る」
「ああ…」
「疲れただろ?用が有ったら呼ぶから、お前も休めよ」
 独りにしてほしい…―――と、一文字に言われた気がした。
「…解った」
「じゃ、おやすみ」
「ん。おやすみ」
 本郷は一文字の手を離し、ゆっくりと部屋を出た。ほっと息が漏れる。本当はもう少し居たかったが、一文字が独りになる事を望んでいるので仕方ない。
 本郷は一文字の部屋を出ると、台所へ向かった。
「あ、本郷さん!一文字さんが意識を取り戻したって本当ですか?」
 リビングで落ち着きなく歩き回っていた敬介が、本郷の姿を見つけると急いで聞いた。先に出た風見が、皆に一文字の事を話したのだろう。
「ああ。もう少し寝るらしいから俺も下りてきた。少し遅いが夕食をとろう」
「はい」
 やっと、本郷邸も落ち着きを取り戻した。

 

 

      ●    ●    ●

 



 薄暗い部屋の中に一人の男がいた。
 その部屋の内装は、一言で言うなら―――『悪趣味』。
 柱は黒く、壁は赤い布で覆われ、銀の飾りの家具が置かれている。部屋の中に蛍光灯などの光源は無く、TVの画面が放つ光が部屋を照らしていた。
「ふ…」
 男は、今、ビデオを見ている。
 先日取られたもので、彼は十数時間もかけてそのビデオを見ていたが、まだ半分も見れていない。ひとつも見落とす事の無い様、細心の注意を払う。
 男の名は―――死神博士。
 優秀な改造人間を幾体も作り出した、ショッカー大幹部。
 悦に入った微笑がこぼれた。
 死神博士が見ているのは、一文字がゾル大佐に犯された時のビデオ。1本6時間のビデオを6本分。相当な量だが、死神博士にとっては何でもない。
 『仮面ライダー共のリーダー・本郷猛と副リーダー・一文字隼人に強烈な精神的ショックを与え、その隙にいっきに攻め込む』と、いう作戦。―――それは単なる建前だった。
 死神博士の欲望を満たすための………。
「ふふふ…、ふふふふ…」
(全く……、ここまで…上手くいくとは思わなかった…)
 ゾル大佐が一文字隼人に歪んだ愛を抱いていた如く、死神博士も、又、歪んだ愛を―――ゾル大佐以上に歪んだ愛を、一文字に抱いていた。
(ああ…、この表情……。ふはは…)
 堪らない。
 一文字の羞恥心に歪む顔に目を細める。
 ゾル大佐は一文字隼人を自分の手で汚してみたかった。それに対し、死神博士は一文字隼人のあらゆる表情をビデオに収め、好きな時に見れるようにしたかった。一文字が持つ表情をひとつ残らず見たかったのだ。
 ビデオにそれを収める事によって、死神博士は一文字の一部を手に入れたような感覚を味わう事が出来る。
 これまでの戦いで、怒った顔・悪を憎む顔・驚いた顔・真剣な顔・緊張感溢れる顔・苦汁を舐めた顔・哀しい顔・皮肉な微笑・純粋な笑顔・春の暖かさを持つ、包み込むような笑顔等々、ビデオに録画した。しかし、どうしても撮りたい表情があった。
 それが―――…、
(羞恥心に歪む顔に……、快楽に溺れた顔……、そして―――泣き顔…)
 こんな表情はそうそう見られるモノでは無い。
(…もしかしたら…、本郷猛も…見た事は…無いかもしれない…)
 本郷猛も知らない一文字隼人の表情。
 その表情を、死神博士は好きな時に見る事が出来る。
 例え、一文字の心が本郷に向いていたとしても、この点だけにおいては、死神博士は本郷より上にいる。
(ふ…、ま…それで良しとしよう……)
 細い身体に血が滾る。
 死神博士は笑みを深くした。
 彼の鑑賞会はまだまだ続く…。

 

 

 

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