第三章・一文字隼人の苦悩








「敬介、おはよう!」
 悪夢のような事件があった次の日、一文字隼人は明るい調子で言った。
「一文字さん!?もう体の方は良いんですか?」
 自分の部屋から出てきたばかりの神敬介は、驚き半分、心配半分の表情で一文字に近寄った。
「ああ、心配かけたな」
「それは別に良いんですけど…。でも、良かったぁ…」
 本郷猛と風見志郎から心配ない―――と、昨夜聞かされたが、一文字の容態が気になっていた敬介はやっと安堵の息を吐き出すことが出来た。
「心配かけたお詫びに、今朝は俺が朝食を作るよ。敬介はゆっくりしとけ☆」
 そう言いながら、一文字は台所へ向かって歩き出した。
 驚いた敬介はすぐに後を追いかける。
「え!?いいですって!一文字さんの方こそゆっくりしといてください。俺がやります」
「俺がやる」
「駄目です。昨日の今日なんだから」
「大丈夫だ。心配するな」
「心配します」
 二人、足を休める事無く言い合いを続ける。
「改造人間なんだぞ、俺は」
 階段を駆け下りながら一文字。
「知ってますよ」
 一文字の前に回りこみ、リビングのドアを開きながら神敬介。
「だから、もう傷は完治してる」
 敬介を抜きながら一文字。
「そういう問題じゃないです」
 台所へ駆け込みながら敬介。
「……けっこう頑固だな、敬介」
 台所の中央部で敬介と睨みあいながら一文字。
「父親譲りなもんで」
「―――…何やってんだ、あんたら」
「あ…、城」
 見ると、いつの間にか台所の入り口に城茂が立っている。
 まだ眠たそうに欠伸をかみ殺しながら、茂は二人の間を抜け、ガラスコップに水を入れた。
「おはよう」
 と、一文字。
「……もう良いんですか?」
 コップに口をつけながら、呟くように茂は言った。
「ああ、すっかり良い。お前等のおかげだ」
「……そうっすか」
 ぐいっと水を飲み干すと、城茂は口元を袖口で拭いた。
 そんな茂の様子を見、一文字は気付かれぬよう微笑した。
 城茂は城茂なりに一文字を心配していたのだ。
「あぁ、そうだ」
「ん?何だ、城」
 再び朝食作製権をめぐって戦いだした一文字と敬介を見、思い出したように茂は言った。
「朝食ならもう結城さんが作ってたっすよ」
「え?」
 二人はその場で固まった。

 


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 ゾル大佐は自分の前にいる男を不信の目で見た。
(こいつは一体何を企んでるんだ…?)
 ショッカー日本支部本拠基地。その奥深くにある大幹部・死神博士の事務室(?)に、ゾル大佐はいる。
 彼特有の不気味な微笑をたたえながら、目の前の男―――死神博士は言う。
「…勿論……行って…くれるな…」
「……異論は―――無い」
 本当は無い事も無い。
「しかし、目的は何なのだ?本郷邸に攻撃を仕掛けるのは解る。元々その為の『作戦』だからな。だが、一文字に攻撃を絞るのは何故だ?仮面ライダー一掃が目的では無いのか?今回の計画内容を聞くとまるで…―――」
「ゾル大佐……」
 死神博士の窪んだ瞳がゾル大佐を射る。
 その迫力に押され、一旦口を切ったゾル大佐だが、負けじと瞳に意志の光を灯し言う。
「まるで、一文字隼人に先日以上の精神的ショックを与える事が目的のようだ……」
「…何か……問題があるかな?……」
 平然と言ってのける死神博士。
「…―――問題は……無い…。……だが、理由を知りたい」
「……理由…か…」
 死神博士は机に肘を突き、声を立てず身体を震わし、可笑しそうに笑った。その笑い方が更に彼を不気味に見せる。
 ゾル大佐は死神博士が笑っている所をはじめて見た。
(ぞっ―――とするな…)
 ひとしきり笑うと、死神博士はゾル大佐に手招きをした。仕方なしに傍による。
 声を落とし、死神博士は言う。
「……一文字隼人の…全てを…見たいとは思わんか……?」
「……全て?」
 ゾル大佐の鼓動が速まる。
「…そうだ。…昨日の事だけでは……物足りんだろう?…」
「……………」
 死神博士の目を凝視する。
 彼の言う通り、願いどおり一文字を自分の好きなように甚振ったというのに、ゾル大佐は以前以上の渇きを感じていた。願いが叶った為、欲望が暴走しだしたのかもしれない。それはゾル大佐自身にもよく解らない。
 死神博士は又、声を立てずに笑う。
「……作戦の…指揮を…取れ……」
「…分った。だが…―――」
 最早ゾル大佐に断る事は出来ない。しかし、どうしても死神博士がこの作戦を実行したい理由を知りたい。
「ひとつ聞かせろ。…貴方のメリットは何だ?」
「…メリット?…」
「そうだ」
 真正面から挑んできたゾル大佐に、死神博士は彼にとって意外な言葉を返した。
「………………趣味だ…」
「趣味!?」
 予想もしていなかった答えに、思わず素っ頓狂な声を上げるゾル大佐。
「…そうだ……ふ…ふふ…」
 唇の端をゆっくりと上げ、死神博士は愉快そうに笑った。

 

 

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 本郷邸のリビング―――。
 本郷猛と風見志郎、そして結城丈二の三人はソファに座り、他の四人に気付かれないよう小声で話をしていた。
 三人から少し離れた所で、神敬介・アマゾン・城茂の三人が一文字隼人に色々(体の事や昨日の事)聞いている。
「一文字さんの体は本当にもう良いのか?」
「ああ。朝食の後検査したが、どこにも異常は無い」
 風見の問いに結城はきっぱりと答えた。
「………………」
 本郷は楽しそうに話をする一文字を睨むように見ている。
「本郷先輩、どうかしたんですか?」
 その様子に気付いた風見が本郷に問う。
「ん…。……一文字なんだが…」
 なにやら珍しく歯切れが悪い。
「一文字さんが何か?」
「…―――…嫌、何でもない」
「……そうですか」
 本郷の顔は険しく、とても何でもないようには見えない。しかし、本郷が話したくないのなら、風見も結城も無理に聞こうとはしない。
「それにしてもショッカーの目的は何だったんだろう?」
 結城は言った。
「割とあっさりと一文字さんが見つかった所を見ると、殺す為や人質が目的ではないだろうし…」
「今までになかった事だな…」
「ああ」
「………………」
 風見と結城が話している間も、本郷は一文字を見ていた。
 不意に、ピクリと本郷の眉が動く。
「一文字さんから何かを聞き出そうとしたんじゃないか?」
「ショッカーにとって有利な情報を一文字さんが握っていると?それは無い。だったら一文字さんが俺達に既に話してくれている筈だ」
「ショッカーがそう思っていただけかもしれない」
「それはどうかな…」
 二人の話しは続く。色々考えを口にしてみるも、どれも的を獲てないような気がした。
 本郷は相変わらず押し黙ったまま一文字を見ている。
「………お手上げだ」
「弱音を吐くな。目的が分らなければ、これからの行動方針が立てにくい」
 ―――と、
「!?」
 いきなり本郷は立ち上がった。
 あまりに勢い良く立ち上がったので、隣に座っていた風見と結城は驚いて本郷を見上げた。
 二人の驚いた顔を見ずに、―――否、二人の存在を忘れてしまったかのように、本郷は何も言わずリビングを後にした。
 何やらただ事ではない雰囲気を、背中から漂わせながら…。
「………………」
 暫らく、本郷が出て行ったドアを見ていた風見と結城は、顔を見合わせ眉根を寄せた。
 程なくして二人は、本郷だけでなく、リビングから一文字も消えている事に気付いた。

 


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 一文字が自分の部屋に入ってすぐ、誰かがドアをノックをした。ほっと一息ついた所だったので、体が強張る。
「俺だ」
 ドアの向こうから、聞きなれた声がした。
「…本郷?」
 それを了承の意ととってか、本郷はドアを開け部屋に足を踏み入れた。
 本郷の表情を見て、一文字は口を引き結ぶ。
(…まさか……な)
 無理矢理唇の端を上げ、一文字は明るく言った。
「何だ?本郷」
 本郷は一文字の顔をじっと見ている。何も言わない。明らかにいつもと違う本郷の態度に、一文字は緊張を覚えた。
 ―――一体何を言うつもりだ?
「どうしたんだ?おかしいぞ」
「…俺には隠さなくて良いんだぞ」
 凍りつく。
(…やっぱり………)
「何の事だ?」
「……………」
 答える代わりに本郷は一文字に向かって手を伸ばした。肩あたりに伸びてきた手を、一文字は反射的に拒否した。
 パシッ…―――と、乾いた音が部屋に響く。
 弾かれた手をそのままに、本郷は一文字の目を覗き込んでいる。信実だけを見る真摯な瞳。一文字はその瞳に弱い。
 暫らくその瞳を見つめ返した後、一文字は観念したように嘆息すると、哀しげな微笑をつくりベッドのふちに腰かけた。
「何でお前にはバレるんだろうな…」
「……………」
 俯き、自分の手を見る。
「体が勝手に反応するんだよ…。誰かの手がこっちを向いているのを見たり、俺に触れたりすると…」
 他人の手が恐い…。
 明らかに昨日の後遺症だった。
「お前が皆と距離を置いているのを見て、そうじゃないかと思った」
「そっか…。皆は―――」
「気付いてないと思う」
 一文字は本郷を見上げ力無く微笑んだ。
 本郷の顔が歪む。
「なら良い。お前にバレたのは不本意だけどな」
「何でだ?」
 本郷の表情は曇っていた。
「………さぁ…」
 その問いの答えをひとつだけ一文字は持っていた。しかし、それを言うつもりは無い。
「これからどうするつもりだ?」
「……どうしようかな…。困ったなぁ☆」
 笑顔を向けて言う。その笑顔が哀しい。
 だからと言って涙を見せることなど、一文字には出来ない。
「…俺は何も出来ないのか?」
 ぽつり…―――と、聞こえるか聞こえないかという大きさの声で本郷は言った。
 心の中でで誰かが悲鳴をあげる。一体誰の声だろう?
ぼんやりとそんな事を考えながら、一文字は本郷を見て言った。
「しょうがないだろ?」
 本郷の顔が歪む。
(そんな顔するなよ…)
 だからと言って何が出来る?
「…それもそうだな…。すまん」
 哀しげな顔をしたまま踵を返し、そのまま部屋を出て行こうとする本郷。本郷の手がドアのノブにかけられた時、一文字は無意識に口を開いた。
「俺を抱けるか?」
「!?」
 言ってから、口を手で押さえた。自分でも信じられない事を言ってしまった。
「……隼人」
 目を見開いて一文字を見る本郷。一文字は慌てて手を横に振り、言葉を訂正する。
「なぁ〜んてな☆ははははは、笑えない冗談だな。すまん、気にするな。さ、皆の所へ行こうか」
「…………」
 立ち上がり、本郷を下へ行くよう促す一文字を、本郷は真剣な瞳で見る。動かない。
 本郷の視線が痛い。
「…本郷?」
「……お前が…」
 視線をそらさず本郷は言う。
 一文字の鼓動が高鳴る。
―――一体何を言うつもりだ?
「隼人が望むなら…―――俺はかまわん」
「―――…っ」
 涙が込み上げてきた。胸が熱い。
(……なっ……何でそんな事言えるんだ!)
「き…気持ちはありがたく受けっとっとく」
 上手く笑顔が作れないまま、一文字は再度本郷を下へ促す。
 本郷は動かない。
「改造されて間もない頃…」
 表情を変えないまま本郷は言う。
「?」
「俺は改造された悲しみに縛られていた。ショッカーを怨んだし、自分の運命を呪いもした」
「…本郷?」
「だが、今はもうそんな気持ちは無い。慣れもあるだろうし、時間がその気持ちを風化してくれた事もあるだろう。しかし、それだけではない」
 本郷が何を言おうとしているのか、一文字は解った。
「お前がいたからだ。隼人がいたから、俺はあの苦しみから立ち直れたし、この体を誇りに思う事も出来た。…―――お前のおかげだ…」
「本郷…」
「だから、お前が苦しんでいるのなら俺は力になりたい。………昨日何があったか、大体分っている…。隼人がそれで―――俺が抱く事で楽になるのなら、俺はかまわん」
 純粋に本郷の気持ちが嬉しかった。
 目の奥がジンっと熱くなる。
「ありがとう、本郷…」
 一文字は笑顔で言った。
 先程までの笑顔とは違う。
「だが、本当に良いんだ。そんな事してもらわなくても」
「………本当にか?」
「ああ」
 暫らく一文字を凝視していた本郷は、ふ…っと、安心したように息を吐き出した。
 彼特有の力強い笑顔を見せる。
「そうか…。解った」
 穏やか空気が二人を包む。
「ん。じゃ、皆の所へ行くか。そろそろ昼食の用意をしなきゃいけないからな」
「おお、もうそんな時間か」
 と、率先して部屋を出て行こうとする本郷の背中を見つめながら、一文字は感謝の気持ちを向けた。
(本郷がいてくれて良かった……)
 ドアのノブに手をかけた所で本郷が振り向いた。
 一文字を見、照れたように頬を掻きながら、
「その……なんだ。…―――俺も隼人が好きだからな…」
 はっきりと聞こえる声で、そう告白した。

 


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