涼 子  【12】
 卑劣極まりない男の目の前で自ら達してしまい、絶望に打ちひしがれている涼子。

「あぐっ……ああん……えっく……」
 どこか甘さを含んだ声で泣き、涼子は股間に右手を挟んだまま絨毯の上に身を横たえる。
 手のひらから砂がこぼれ落ちるように、少しずつ大事な何かが失われていっているよう
に涼子は思う。
 しかし澤田は、そんな一種少女趣味的な自己憐憫につきあってやるほど甘くはなかった。
「……なに勝手に寝てやがるんだよ」
 きれいに切りそろえられた前髪を乱暴に掴み、絶頂の直後でまだ少し朦朧としている涼
子を無理やり引き起こす。
「あっ、痛っ……お願い、乱暴しないで……」
 泣き濡れた顔を苦痛に歪め、情けない声で許しを請う。
「なあ……おまえだけが、2度も気持ちいい思いをするのは、不公平だと思わないか?」
 太目の眉をぎゅっとたわめて髪を引っ張られる痛みに耐えている涼子に、澤田は息がか
かるほど顔を寄せて言う。
「え? だ、だって、澤田さんがそうしろと言ったから……きゃあっ、ご、ごめんなさい」
 涼子がもっともな反論をしようとしたところで、髪を掴む手にまた力を込めて黙らせる。
 ブチブチと何本か黒い髪が抜け、ハラリと床に落ちた。
「ごたくはいい。てめえだけあんあんイキまくってるのは不公平だと、この俺が言ってる
んだよっ」
 不条理だと思いながらも、怖くなり口をつぐむ涼子。
 その血の気の失せた唇に、いきなり剛直の先端が押し当てられる。
「きゃああっ! いやっ、き、汚いぃっ」
 澤田が何か言う前に、涼子は大きな悲鳴をあげて激しく顔を振りたててしまった。
 瞬間、澤田の目が据わった。
「……汚い、だぁ?」
「あ……」
 取り返しのつかない失言をしてしまったことに気がつき、涼子はさっと青ざめた。
「ああっ、ご、ごめんなさいぃ……いやぁ、助けてっ、誰か助けてぇっ」
 このままでは恥を忍んで醜態をさらしたかいもなく犯されてしまうと思いこみ、涼子は
手放しで泣き叫ぶ。
「おまえがそのつもりなら……わかった、おら、来い」

 細い手首を乱暴に掴み、泣きじゃくる涼子を立たせる。そして澤田は、涼子をひっつか
まえたまま居間のドアを開け、廊下に出た。
「部屋の中で叫んだって、この防音設備だ、誰も来やしねぇよ」
 玄関までたどり着くと、澤田は靴下のまま下へ降り、涼子の身体を子供に小便をさせる
ような格好でひょいと後ろから持ち上げた。
 下着をつけていない涼子は、玄関の扉1枚をはさんで、外の廊下に向かって秘部をさら
けだす格好になっている。
「あうぅ……こ、こんな格好……」
 涼子は羞恥に身もだえるが、がっちりと太股を抱えられていてはどうすることもできな
い。
 カチャリと、澤田がロックをはずした音が玄関ホールに響いた。
「ここなら、誰かに聞こえるぞ……助けを呼びたいんだろう? いいぞ。好きなだけ叫べ
よ」
「え……で、でも……」
 これでは、誰かが助けを呼ぶ声を聞きつけてこの扉を開けた瞬間、恥ずかしい部分をも
ろに見られてしまう。
 しかもその羞恥の源は、2度にわたるアクメのために、ドロドロに蕩けきっているのだ。
 ――こんなところを、ご近所の人に見られてしまったら……
「あ……ああ……」
 言葉にならないうめきだけが、唇から漏れ出る。
「どうした? ふん、おまえが呼ばないなら俺が呼んでやるよ……おーい、誰かーっ。藤
崎さんとこの奥さんが、オマンコまるだしで助けを呼んでますよーっ」
 もし廊下に人がいたら、一発で聞こえるくらいの大きな声を出す澤田。
「や……やめてっ、お願いです、お願いですから、やめてええっ」
 半狂乱になって真っ赤な顔を振りたて、涼子は必死で澤田に哀願する。
「……なんだ。助けてもらいたくないのか?」
 そのとき、廊下のエレベーターの扉が開く音が、かすかに聞こえた。
 澤田に抱き抱えられた涼子の身体が、びくっと震える。
 コツコツと、足音がこちらに近寄ってくる。
「そら、誰か来たぞ……叫べよ、助けてくださいって、叫んでみろよ」
 澤田は声を失っている涼子の耳元で、意地悪くささやく。
 全身が耳になったかのように、その足音は涼子の中を駆け巡る。
「あ……あぁ……」
 足音に鼓動が重なり、乾ききった唇がわなわなと震えだす。
 やがて足音の主は扉の向こうを通りすぎ、藤崎家の隣の玄関の前で止まった。
「お隣の高井さんが、お帰りなすったか……」
 まだ間に合う。わかっているのに、声がでない。心では狂おしいくらいに助けを求めて
いるのに、涼子はどうしても叫ぶことができない。
 ガチャッと、隣の玄関の鍵が開いた。
「あ……う、うう……」
 ギーッと重い扉が開く音が耳に突き刺さる。そして一瞬の間の後、涼子の希望をすべて
断ち切るように、バタンと重々しく扉は閉じた。
「うくっ……う、うう……」

 がっくりとうなだれてしまった涼子。
 そのうつろな瞳に映った玄関には、垂れ落ちた涙と愛液が黒い染みをつくっていた。


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