涼 子  【13】
 抜け殻のようにおとなしくなった涼子を連れて、澤田は再び居間へ戻った。

「わたし……わたし、どうして……」
 手を伸ばせば今にも届きそうだった救いを、自らの手で逃してしまった。
 涼子はもう泣くこともできず、どこかうつろな視線を、力なく漂わせている。
「なんだ、助けてもらいたいってのは、ウソだったんだな」
 ソファにふんぞり返り、澤田は呆然としてへたりこんでいる涼子を見下ろす。
「助けを呼ぶことはできた。なのに、おまえは呼ばなかった。おまえが、俺に嬲られるこ
とを選んだんだ」
 そう言って、顎で涼子を足元に呼びつける。
 実際のところ、涼子が嬲られることを選んだわけではない。
 たんに極限状態に慣れていないため、一瞬の恥をかいても助けを求めた方がずっとまし
だという判断を即座に下すことができなかったというだけだ。
 だがそれでも、声をあげなかったのはまぎれもない事実であり、涼子はもう反論する気
力をなくしてしまっていた。
 力なく唇を半開きにして、呼ばれるままにおずおずと澤田の足下で正座する。
「やれ」
 ズボンのチャックから飛び出ている肉棒を、顎で指し示す。
「ああ……」
 絶望とも陶酔ともつかないような声を漏らし、涼子は醜悪な一物に目をやった。
 そして吸い込まれるように、澤田の股間に顔を寄せていく。
 逃げ出したり噛みついたりしそうな様子はないので、澤田は黙ったまま涼子を上から見
下ろしている。
 震える舌が、小さな唇からこぼれ出る。
 エラの張った先端に、ピンク色の舌先が触れる。そこでいったん涼子の動きがとまり、
哀願するような目で澤田を見上げてきた。
 澤田は無言のまま、視線だけで続行を促す。涼子は再び目を伏せ、ゆっくりとカリ首を
舐め上げる。
 夫よりも数段濃厚な男の味が、口中に広がった。
「んくっ」
 めまいがするような嫌悪感に苛まれ、涼子は一瞬気が遠くなる。
 それでも、ひとつ深呼吸してから、再び舌を這わせだす。
「ふふん……」
 満足げなうめきを漏らす澤田。
 なかなか本格的な口腔奉仕に入らないので、もどかしいといえばもどかしい。あれこれ
自分好みの奉仕を指示したい気もしないではないが、ここは涼子にまかせてみることにす
る。
 ――藤崎さんよ、見せてもらうぜ、あんたの仕込んだ口技ってやつを。
 いったんはじめてしまうと、どこか諦めがついたのか、涼子はしだいに行為に没頭して
いく。
 あまりの太さにはじめこそ難儀したものの、じきに慣れてコツはつかんだ。
 無意識のうちに、夫に教え込まれたやり方のまま澤田の分身を舐めしゃぶる――もっと
も涼子は、それ以外の方法を知らないのではあったが。
 涼子は、手をまったく使わなかった。
 一定のリズムを保ち、ひたすら口だけで肉棒をしごきたてる。
「ん……んん……」
 鼻先から甘ったるい吐息を漏らしながら、ゆっくりゆっくり舌全体を使って肉棒に唾液
をまぶしこむ。
 ――これは、なかなか……
 焦らされているような感じが、悪くない。なにより、その表情がいい。汗ばんだ額に髪
が貼りつき、まぶたがぽうっと桜色に染まっている様がなんとも色っぽい。
 一方涼子は、鈴口から滲み出てくる先汁の牡臭に、しだいに脳髄を侵されていく。
「涼子」
 酒に酔ったかのようにフワフワとした気分でいた涼子は、どこか遠い所から自分の名を
呼ぶ声が聞こえた気がした。
「おい、涼子」
 もう一度。今度は確かに上のほうから聞こえてくる。
「んう……んん……?」
 どこか焦点の定まらない目で、肉棒を咥えたまま上を見上げてみる。夫ではない男が、
血走った目で自分を見ている。
 なんだか怖くなって、目を伏せようとした瞬間。
「目をそらすなっ……そのまま俺を見ていろ。俺の目を見ながら、続けるんだ」
 頭上の男は、ヤニで染まった黄色っぽい歯をむき出して、どうやら笑っているようだ。
「んふう……んく、んん」
 正座していた足はいつしか崩れ、涼子は自分のかかとが敏感なところにあたっているの
を感じていた――というよりはむしろ、積極的に自分のツボにこすれるように調整してい
た。
 ほんの少しざらついているかかとに、ぬるぬるした液体が絡みつくのがわかる。
「……いい顔だ。そのままだ、そのまま……」
 頭の芯が痺れて、クラクラする。自分を見下ろす充血した瞳から、目がそらせない。
 息が苦しいのは、たぶん男根で喉をふさがれているからだけではないだろう。
 ふと、口中を満たしている大きなものが、ビクッと震えた気がした。
「……イクぞ」
 限界を告げる澤田の声に、条件反射で頭の動きを速める。
「……くっ」
 澤田はがっちりと小さな頭を掴みしめ、陶酔に濡れた黒い瞳を見据えたまま欲望を解放
させていく。

「んぐっ……ん、んくっ」
 むせ返ることもなく喉を鳴らして、注ぎ込まれる白濁を飲み下していく涼子。
 その腰は妖しくうごめき、自分の足の裏を蜜液まみれにしていた。

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