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8月15日



沢木俊哉は、窓の外の蝉の声によって、眠りを破られた。
カーテンの隙間から射し込む光は、明るい。
外は今日も、晴れているようだ。
目覚まし時計の針は、朝7時を指している。
俊哉は部屋を出て階段を下りると、浴室に向かった。
台所からは、母親が朝食を作っているのだろう。包丁で何かを切る、リズミカルな音が聞こえてくる。
パジャマを脱ぎ、寝汗をたっぷりと吸い込んだシャツを脱ぎ、浴室に入ると、シャワーを浴びた。
シャンプーで髪を丁寧に洗っている・・・・・普段は、もっと雑なのに?
体も、ボディーソープを使って、丁寧に洗い、浴室を出た。
バスタオルで体や髪の水分をきれいに撮り、ドライヤーで髪を乾かす・・・・・普段は、こんなに丁寧にしないのに?・・・・・俊哉は自分でも戸惑いながら、髪形を整えていく。
服を着替えて台所へ行くと、母親が俊哉を見て、笑いをこらえているのが分かった。父親は、コーヒーカップを片手に持ちながら、新聞を読んでいる。
「おはよう、今日も早いわね・・・・・」
母親が声をかけると、
「うん・・・・・」
生返事で答え、いつものようにトーストを焼く。
父親は新聞越しに俊哉を見ると、新聞を畳んでリビングルームに行き、ソファーに座るとテレビのスイッチを入れた。
俊哉は朝食を終わると自室に戻り、カレンダーに書かれた予定表を見た。
そう、昨日、彼のクラスメイト、大森理恵と一緒に作った予定表だ。
8月15日・・・・・今日の日付の下には、当然ながら今日やるべき宿題の項目が書かれている。時計の針は、午前八時・・・・・涼しいうちに勉強をしよう・・・・・・理恵は、そう言っていた。
俊哉は、その予定の一つ、数学の問題集を取り出し、ページをめくってシャープペンシルを手に取り、問題を解き始めた。
時計の針が進んでいく・・・・・時計が8時半を指したころ、俊哉は大きく伸びをして、肩を軽く回した。
「今日は、頑張ったな〜・・・・・」
さて、ゲームでもするか・・・・・そう思い、ゲーム機に手を伸ばしたその時、階下で電話が鳴った。
俊哉はスイッチを入れ、ゲームを始めた・・・・・階段を人が上がってくる気配がした。
俊哉は、ゲームを引き出しに放り込み、慌てて問題集を広げた。
ドアをノックする音がした。
「俊哉、大森さんから電話よ」
「ありがとう」
ドアまで行き、電話を受け取ったその時、引出しの中で電子音が鳴った。
母親が呆れたような視線を俊哉に向けた。
バツが悪くなった俊哉は、もう一度ありがとう言ってドアを閉めた。
電話の子機を耳にあてて、
「もしもし・・・・・?」
『もしもし・・・・・沢木君?』
理恵の可愛らしい声が、電話の向こうから聞こえてくると、俊哉は自然に笑顔になった。
『予定通り、宿題はしているの?』
もう少し、楽しい話題をしてくれよ・・・・・俊哉はそう思ったが、理恵と話ができるようになったきっかけは、教師の天野と理恵が、俊哉が宿題をしているかどうかを話題にしたからなのだ・・・・・ここは、我慢をして・・・・・。
「しているよ・・・・・」
電話の向こうで、理恵が笑う気配がした。
『・・・・・実は、ゲームをしていたりして・・・・・』
俊哉は、言葉が出なかった。
『やっぱり・・・・・』
電話の向こうで、理恵が笑った。
「ごめん・・・・・なかなか集中ができなくてさ・・・・・」
『それなら、私と一緒に図書館で勉強をする?』
「エッ?」
俊哉の頭が痺れたように思考を止めた。
僕と二人で・・・・・? 考えてみると、前の日には家に来ているのだが・・・・・いまの俊哉には、そこまで考えることはできない。
『二人で勉強をすれば、お互いにわからないことを教えあえるでしょう?』
電話の向こうで理恵が言った。
お互いに勉強を教えあう・・・・・理恵はそう言ってくれたが、事実上は俊哉が一方的に教えてもらうことになるのは、間違いないのだが・・・・・。
「わかった・・・・・一緒に勉強しよう」
『じゃあ、図書館で10時にね・・・・・』
電話を切った俊哉は机に戻り、問題集を広げた・・・・・理恵と会うまでに、少しでも進めておこうと・・・・・。

午前10時、俊哉は小振りなリュックサックに宿題を詰め込み、図書館にやってきた。
中に入ると、俊哉に向けて小さく手を振る女の子がいた。
大森理恵だ。
俊哉は彼女のいる机に行くと、
「おはよう!」
彼女は明るい笑顔で、俊哉に挨拶をした。
「おはよう・・・・・」
俊哉も挨拶を返した。
「さあ、始めよう!」
理恵に促されて、俊哉は問題集やプリントを机の上に置き、理恵の向かい側に座った。
理恵は真っ直ぐ彼の目を見つめている。
俊哉は照れ笑いを浮かべ、理恵の視線から逃れるために、問題集を開き、勉強を始めた。
だが俊哉は、30分もすると周りに視線を向け始めた。
「沢木君・・・・・」
声をかけられ視線を向けると、理恵が真っ直ぐ彼を見つめている。
「・・・・・頑張らなきゃ・・・・・」
理恵に言われ、頷いて勉強を始めるが10分も経つと、首を振ったり周りに視線を向け始めた。
誰かが俊哉の肩を突いた。
ハッとして、そちらを見ると傍らに理恵が立っている。
理恵が、入口の扉の向こう側にある休憩室を指差した。
理恵が休憩室に向かって歩いていく、俊哉は席を立ち、理恵の後に続いた。
俊哉が休憩室に行くと、理恵が自動販売機にお金を入れて、ボタンを押しているところだった。
取り出し口から、コーラの缶を取り出すと、一本を俊哉に手渡した。
二人は並んでベンチに腰を下ろした。
缶を開ける音が休憩室に響く。
俊哉がコーラを一口飲み、横に座る理恵を見た。
長い黒髪をポニーテールに纏めた理恵が、その可愛らしい唇をコーラの缶につけて飲んでいる。
理恵の可愛らしい横顔を間近で見て、俊哉の胸が高鳴る。
「沢木君・・・・・?」
理恵は、視線を前に向けたまま、
「今日の予定が終わったら、プールに泳ぎに行かない?」
「エッ?」
突然のことに、俊哉は理恵の横顔を見た・・・・・理恵は、視線をまっすぐ向けたまま、
「行くの?」
「うん・・・・・」
「そう・・・・・」
理恵は、力強い視線を俊哉に向けた。
「じゃあ、お昼までに今日の予定をやってしまおう」
理恵の真剣な眼差しを見ていると、俊哉は『嫌だ』というわけにはいかない。
「うん・・・・・」
渋々頷くと、理恵は俊哉の肩をポンとたたき、席に戻っていく。
俊哉も仕方なく、その後に続いた。

席に戻った二人は、再び勉強を始めた。
既に夏休みの宿題を終えた理恵は、高校受験に備えて問題集の山と格闘をしている。
その様子を見ていると、俊哉も頑張らないわけにはいかない。
プリントや問題集を必死に消化していく。
解けない問題にぶつかり“フリーズ”していると、理恵が解りやすく教えてくれた。
優しく教えてくれる理恵の横顔を見て、俊哉の胸は高鳴った。



午後1時、二人の姿は、公営プールのプールサイドにあった。
プールサイドで、俊哉は理恵の着替えを待っていた。
「おまたせ!」
振り返った俊哉は、そのまま固まってしまった。
彼の前には、その美しい体にピンク色のビキニを身に着けた理恵が立っていたのだ。
「さあ、行こう!」
理恵の白い手が、俊哉の手首をつかみ、引っ張っていく。
俊哉は胸の高鳴りを抑えて、理恵とともに走っていった。
二人は、プールで楽しい時を過ごしていた。
理恵がプールサイドを歩いていると、男性たちの視線は、彼女に集中した。
誰もが、感嘆のため息を漏らしている。
そして、一緒に歩く俊哉を見ると、誰もが『なぜこんな男が』という視線を向けてくるのだ。
俊哉にとっては、それが少し腹立たしく、そして彼らに対して、少し優越感に浸れる時間だった。

帰り道、
「わたし、沢木君には、もう少し自分に自信を持ってほしいな・・・・・」
理恵がふと漏らした一言が、俊哉の胸に突き刺さった。
「そんなことを言われても・・・・・」
俊哉が、俯きながら呟いた。
「僕は、大森さんとは違うから・・・・・」
「どう違うのかな?」
理恵が首をかしげた。
「大森さんは美人だし、勉強もできるし、スポーツだって・・・・・」
「それは、沢木君だってできるわよ・・・・・」
理恵は俊哉を振り向きながら微笑んだ。
「・・・・・やろうとしていないだけ・・・・・」
やらなければ、できるわけないじゃない・・・・・理恵が笑った。
「今日だって、沢木君が頑張ったから、宿題の予定を片づけられたでしょう?」
「僕は、大森さんとは違うよ・・・・・」
小さな声で言う俊哉に、
「そうかな・・・・・?」
理恵は俊哉に顔を近づけ、覗き込んだ。
「じゃあ、沢木君はわたしみたいに女の子だったら、頑張れるとでもいうの?」
理恵のあまりに突拍子もない“冗談”に、俊哉は思考の外に放り出され、次に大笑いした。
「大森さんみたいな女の子ならね!」
勉強はできるし、スタイルはいいし・・・・・俊哉が笑いながら言うと、
「そう・・・・・」
理恵は、少し淋しそうに笑った。
「今日は、ありがとう・・・・・楽しかった・・・・・」
理恵は、いつものように明るい笑顔で俊哉に言った。
「うん・・・・・僕も楽しかった」
「・・・・・それじゃあ、また・・・・・」

理恵は、小さく手を振ると、家に向かって歩いていく。
俊哉は、その後ろ姿を見送った。



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