<Books Nigeuma TOPページへ>




<8月13日へ>





8月14日





沢木俊哉は、ベッドから起き上がると、カーテンと窓を開けた。
夏の朝の空気が、部屋に流れ込んできた。
俊哉はパジャマを脱ぎ、服を着替えると階段を降りて、一階に向かった。
台所では、母親が朝食の準備をしていたが、俊哉が降りてきたのを見ると、目を丸くした。
「どうしたの・・・・・?」
母が尋ねると、
「なんでもないよ・・・・・」
目が覚めただけ・・・・・そう言うと、いつものように食パンを用意して、トースターに入れた。
マグカップにインスタントコーヒーを入れながら、
「今日、友達が来るから・・・・・」
何かお菓子でも出してくれるかな・・・・・俊哉が母親に言うと、母親は、
「友達が来るなんて、珍しいわね・・・・・」
トーストを齧る俊哉を見ながら、母親が微笑んだ。

食後、母親は台所で後片付けをしていると、二階からゴトゴトと音が聞こえ、しばらくすると掃除機の音が聞こえてきた。
母親は天井を見上げ、そして、その顔には微笑みが浮かぶ。
俊哉は部屋の床に掃除機をかけ、机やテーブル、テレビなどを雑巾で丁寧に拭いた。
普段は、掃除など母親任せだが・・・・・。
「よし・・・・・」
俊哉が満足そうに呟いたその時、玄関のチャイムが鳴った。
「はい?」
俊哉の母親が洗い物の手を止めて、タオルで手を拭くと台所から玄関に向かった。
すると、階段をリズミカルに降りてくる足音が?
俊哉は階段を駆け下りると、玄関のノブに手をかけた。
ドアを開くと、スカイブルーのTシャツと、白いスカートを着た大森理恵がバッグを手にして立っていた。
「おはようございます」
微笑みながら、理恵が頭を下げ、挨拶をすると、
「お・・・・・おはよう・・・・・」
俊哉は、ぎこちなく挨拶をした。理恵が頷いた。
「ようこそ」
俊哉の母親が顔を出した。
「はじめまして、大森といいます」
沢木君とはクラスメイトですと自己紹介をする理恵に、
「さあ、上がってちょうだい」
母親は理恵に向かって言うと、俊哉にウインクをした。
俊哉は、小さくため息をつくと、理恵に向かった頷きかけた。
「お邪魔します」
理恵は玄関で靴を脱いで揃えると、俊哉が出したスリッパに履き替えて俊哉の後について階段を上がって俊哉の部屋に入った。
母親は、その様子を見てニッコリ笑うと、台所に戻り紅茶とお菓子の準備を始めた。


二人が部屋に入ると、俊哉は床にクッションを置き、理恵に座るように促した。
理恵は床に座ると、バッグの中からプリントや問題集などを出して、テーブルの上に置いた。
「沢木君は、どこまで進んだのかな?」
「う・・・・・うん・・・・・少しずつ・・・ね・・・・・」
口ごもる俊哉の顔を、理恵はしばらく覗き込むように見ていたが、
「もしかして・・・・・全くやっていない・・・・とか?」
俊哉は首を振り、そして、笑った。
「やっているよ・・・・少しずつ・・ね・・・・・」
まだ、夏休みだし・・・・・そう言って笑う俊哉に、理恵は少し怒ったような顔をして、
「まだ夏休み・・・・・ではなくて、もう8月も半分終わっちゃうよ!・・・・・・だと思うな?」
ねえ、どこまで進んだか、見せてもらえるかな?・・・・・理恵に言われ、俊哉は仕方なく机に向かった。
今日の大森さん、いったいどうしたのだろう?・・・・・そもそも、クラスで目立たない僕と、優等生の彼女は、ほとんど話した事もない。昨日話しかけられて驚いたくらいなのに・・・・・。
「ねえ、早く・・・・・」
理恵に促され、俊哉は仕方なくテーブルの上に宿題の山を置いた。
理恵がプリントや問題集のページをめくる・・・・・そして、大きなため息をついた。
「沢木君、全然進んでいないじゃない・・・・・」
「だから、少しずつって・・・・・」
「少しずつでも、進んでいるのはいいわよ・・・・・でも、この残り具合と、夏休みの残りの日にちを考えるとなあ・・・・・」
俊哉は言葉に詰まる・・・・・何も言い返せない。
「よし、じゃあ、一緒に予定表を作ろう!」
理恵が明るく言った。
俊哉もつられて微笑み、そして頷いた。
明るい笑顔・・・・・これが彼女の魅力だ。
昨年の体育祭でも、『クラス一の鈍足』と言われた男子を彼女は励まし続けた。
体育祭当日の100m走。
その男子は、鬼気迫る形相で走った。
前年、圧倒的大差で最下位だったその男子は、その年も最下位になってしまった・・・・・が、その差は殆どなかった。
太った巨体が小さく見えるほど落ち込み、俯いて戻ってきたその男子に、理恵は言った。
「頑張ったね・・・・・ほとんど差はなかったよ。来年も頑張ろう!」
そう、彼女の笑顔を見ていると、男子も女子も頑張ることができる・・・・・俊哉は、それをクラスの輪の外から見ているつもりだった。
しかし理恵は、彼の家にまでやってきて、一緒に勉強の予定表を作ろうと言っている。
俊哉は理恵と一緒に、カレンダーの空きスペースに宿題を進める予定を書き込んでいく・・・・・今までのんびりしていた分、その予定は当然厳しくなる。
ため息をつく俊哉に、理恵はクスクス笑いながら。
「沢木君?・・・・・宿題が終わっても、その先には“ボスキャラ”・・・・・受験が待っているのよ?」
嫌なことを言われ、顔をしかめる俊哉に、
「嫌な顔をしないの! 一緒に頑張ろう!!」
明るく笑う理恵の笑顔を見ているうちに、俊哉も明るい気持ちになる。
「よし、じゃあ、宿題をしよう!」
二人が問題集や、プリントに書かれた問題を解き始めた。
途中で俊哉の母親が、ケーキと紅茶を持ってきた。
俊哉の母親も交えて、楽しくおしゃべりをした後、二人は再び宿題を始めた。

しばらくして、大森理恵は顔を上げ、テーブルの向こうで首を捻りながら問題を解く沢木俊哉を見つめていた。
その顔には・・・・・しばらく前までの明るい笑みはなく、悲しみが浮かんでいた。





<次へ>










<感想やカキコはこちらへ>


<作者【管理人】へメール>



<短編小説のページへ>







<Books Nigeuma TOPページへ>