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この作品は、『センター・コート』のスピンオフ小説です。

この作品には、TS描写はありません。




ジャーナリスト 高村進一郎のある一日


作:逃げ馬



高村進一郎は、電車の窓の外を流れる景色を眺めていた。
切り通しの線路を、電車はすべるように走っていく。
時々、銀色の車体にオレンジ色や黄色の帯を巻いた電車がすれ違っていく。
ここがかつては江戸城の堀だったということを、この電車の乗客たちは知っているのだろうか?・・・高村は一瞬、そんなことを思った。
電車のスピードが落ち始めた。
高村は椅子から立ち上がると、ドアの前に立った。
電車が駅に止まるとドアが開き、車内の乗客たちがホームに降りていく。
高村も乗客の流れに乗って銀色の電車からホームへ降りた。

ホームを歩いていると、この駅から少し低い場所を、赤いラインの入った銀色の電車が駆け抜けていく・・・・そう、地下鉄丸の内線だ。
高村は階段を上ってホームから改札口に向かった。
改札を出ると、そこは大きな交差点だ。
信号が青に変わると、学生やサラリーマン、OLがあわただしく歩いていく。
高村もその流れに乗って、横断歩道を渡って歩いていく。
あたりには楽器店が多い。
このあたりは大学が多いので、その学生たちを相手に店を開いているのだろうか?
ここから先は少し下り坂になっている。
その先には書店や古本屋街があるが、今日の高村の目的地はそこではない。
高村は広い道路を横切ると、予備校や大学が並ぶ一角にやってきた。
数年前に、この一角にちょっと不似合いな近代的な15階建ての大きなビルができた。
FBN・・・『ふそう放送』の本社ビルだ。

『ふそう放送』は系列新聞の『ふそう日報』とともに、財界の有志が出資して作った『中立な立場で放送するメディア』だ。
新たに立ち上げるために、いろいろなメディアから人材をかき集めて設立したのだが、いろいろ苦労している様子が高村のところまで聞こえてくるほどだ。
今日はTS出版の出している週刊誌『THIS WEEK』の『今週の顔』というコーナーで、この放送局の男性ニュースキャスターを取り上げるために取材に来たのだ。
高村は正面玄関から局舎の中に入った。
広いロビーをいかにも芸能人といった雰囲気の人や、テレビ局のスタッフたちが行きかっている。
高村はロビーの一角にある、洒落たカフェに向かって歩いていく。
そこにはすでに、今日の取材のパートナーが待っていた。
「よう!」
サングラスをかけた男が高村を見つけると、軽く手を上げてにやりと笑った。
黒田正弘・・・プロのカメラマンだ。
そして、高村の大学同期生でもある。

「待たせたな」
高村は黒田の前の椅子に座ると、コーヒーをオーダーした。
「今日は・・・・お前がインタビューをするのか?」
黒田がコーヒーを飲みながら尋ねると、
「ああ・・・・フリーになると、いろいろやらないとな・・・・」
運ばれてきたコーヒーを飲みながら、高村が答えた。
「しかし・・・・まさかお前が『THIS WEEK』に書くとはね・・・」
黒田が笑った。
「あんな一流雑誌でお前が書くなんて・・・・」
「一番驚いているのは、僕自身だよ・・・・」
そういうと高村が立ちあがった。 黒田もカメラバックを手に立ちあがった。
二人は受付に行くと、
「アナウンス部の安田純一アナウンサーのインタビューに来たのですが・・・・」
受付の若い女性が、どこかに電話をしている。
『さすがFBNだ・・・受付嬢も美人でしかもしっかりしている・・・・』
高村は受付嬢の動きを見ながら心の中で舌を巻いていた。
受付嬢が電話を置いた。
「安田は来客中ですが、お越しになってくださいとのことです。 エレベーターで7階に上がってアナウンス部に行ってください」
受付嬢は二人に首からかける『入館証』を手渡した。
ありがとう・・・二人はそう答えると、首に入館証をかけてロビーを歩いて行く。
エレベーターに乗り込むと7階のボタンを押した。


エレベーターにはたくさんの人が乗り込んできた。
途中で止まるたびに、降りたり・・・・また乗り込んでくる人たちは多い。
ドアが閉まり、エレベーターが再び動き出した。
「オッ?」
高村の顔をじろりと見た小太りの男が声を上げた。
「お前、TS出版にいた高村だろう?」
「ハイ・・・・そうですか?」
誰だったかな?・・・・高村は記憶を辿る一方で、相手の横柄な態度に少しむっとしていた。
「俺の事、知っているだろう?」
高村は困惑し、黒田に視線を向けた。
黒田が首をかしげる。
男は大きなため息をついた。
「お前もたいしたことないな」
そう言うと男が大きな舌打ちをした。
「伊野だよ・・・・伊野誠一。前の会社では『いつもみんなで大笑い』の司会をやっていたんだ、人気番組だから知っているだろう?」
7階についた、ドアが開き、高村と黒田が降りると伊野も降りてきた。
「それで・・・・俺の取材に来たのか?」
男が当然そうだろうという表情を高村に向けた。
「今日は、安田アナウンサーのインタビューに伺ったのですが?」
「なに? 安田だって?」
伊野が舌打ちをしながら、高村を睨みつけた。
「なんだってあんな奴を・・・・?」
お前は、あいつのことをどれだけ知っているんだ・・・・・そう言うと、伊野はまるで値踏みをするように高村を睨んだ。
高村は困惑したような視線を黒田に向けた。
黒田も思わず肩をすくめた。
「あいつはな、俺が大阪にいた時に俺の下についた女子アナを強引に自分の下につけたんだ!」
俺が『いつもみんなで大笑い』のノウハウを教え込んだのに・・・・するとその女子アナは人気番組のMCになった、あれは俺の手柄だ・・・・高村にまくしたてるように話す伊野を見かねて、一人の女性が高村に声をかけた。
「何かご用でしょうか?」
女性が魅力的な微笑みを浮かべながら高村に視線を向けている。
彼女のことは高村もテレビで見たことがある。 FBNの女性アナウンサー、小田いずみだ。
年齢は確か、高村と同学年ではなかっただろうか?
「アッ・・・・安田純一さんとインタビューの約束を約束をしていたのですが」
「伺っております」
小田は高村と黒田に視線を向けながら、
「安田は今、来客中ですがお二人にお越しいただくようにと申しておりますので・・・・」
こちらへどうぞ・・・・そう言うと、小田は二人の先に立って歩き始めた。
高村と黒田は、伊野に軽く会釈をすると歩いて行く。
話の腰を折られた伊野は二人の背中を見ながら、舌打ちをしていた。



小田が二人の先に立って廊下を歩いて行く。
背筋をぴんと伸ばし、まるでモデルのようだ・・・高村は思わず、感嘆の溜息を洩らした。
高村が記憶を辿る。
確か小田はFBNに入って10年目、主にニュース番組とスポーツ番組を担当している。
そのため、かつて『スポルトジャパン』の記者をしていた高村とも面識がある。
そういえば、これからインタビューをする安田純一と彼女・・・・小田いずみは同期入社だったな・・・・高村はこちらに来る前にTS出版で、編集部員の中島から渡された資料に書かれていたことを思い出していた。
先を歩く小田の足が止まり、応接室の扉をノックした。
「はい、どうぞ!」
部屋の中から声が聞こえると、小田がドアを開けた。
高村と黒田があいさつをしながら部屋の中に入ると、部屋の中に30台半ばに見える優しい顔をした男と、40歳ほどに見えるメガネをかけた丸顔の男が座っていた。
「やあ・・・お久しぶり・・・・ですかね? 高村さん」
イギリス製のスーツを着た30代半ばの男、FBNアナウンサー安田純一は、その知的な顔に微笑みを浮かべながらソファーから立ち上がると、高村に右手を差し出した。
「オリンピック以来ですね・・・・お久しぶりです」
高村は安田と握手を交わした。
「ようこそ、黒田さん」
「相変わらず、頑張っているようだね」
サングラスの奥で、黒田の目が優しく安田を見つめている。
「お二人は森沢先生のことは、ご存知ですよね・・・・?」
安田がソファーに座っている丸顔の中年男に手を振った。
「おい・・・・先生はやめてくれよ・・・・」
ソファーに座る森沢は、苦笑をしながら顔の前で手を振った。


高村はソファーに座る森沢を見ると、頭を下げた。
名刺を取り出すと、
「はじめまして・・・・フリージャーナリストの高村です」
「ああ・・・『スポルト・ジャパン』で記事を書かれていたので存じ上げていますよ」
森沢です・・・そう言うと、名刺を高村と黒田に差し出した。
『しなの総研、主席研究員 森沢正輝』
名刺に書かれた文字を見ながら、高村の頭は、目まぐるしく回転していた。


森沢正輝・・・・しなの総研主席研究員という肩書よりも、高村にとっては数年前の政権・・・・大川内閣での経済財政諮問会議のメンバーに30歳代半ばで選ばれた将来を嘱望された経済学者という印象が強い。
しかしその会議にはもう一人、梅上平太というマスメディアでは有名な経済学者がいた。
会議で二人の意見は対立をした。
民間活力の活用と、国民の消費を刺激して経済を回す政策を主張した森沢と、企業の活力を保護し、外国資本を呼び込もうとした梅上。
結果的に大川は梅上の意見を採用し、正社員雇用から派遣社員への雇用のシフトを「人材の流動化」という名目で行った。
しかし・・・・日本経済は低迷したままだった。
以前に高村は、梅上を取材した。
その時に梅上は、
「次の政権が改革を止めたから・・・・それに、森沢が邪魔をしたから景気は回復していないのだ」
責任は森沢にある・・・・・と言っていたものだが・・・。

テーブルに置かれたコ−ヒーを口にした森沢は、高村の視線に気が付いたようだ。
「今日は彼のインタビューに来たんだろう? 早くはじめないと時間がなくなるよ」
「アッ・・・・そうですね・・・・」
高村は慌ててバッグの中からICレコーダーを取り出してテーブルに置くと、安田に向き直った。
黒田がカメラバッグの中から、ストロボの付いたキャノン EOSを取り出して、微笑みを浮かべて高村を見ている安田の横顔にピントを合わせた。
森沢はコーヒーを飲みながら、その様子を見つめている。


「安田さんは、東都大学法学部の八木橋教授の研究室で博士号を取られたのですね」
「はい・・・八木橋先生には、いろいろ教えていただきました」
「そしてふそう放送へ入社をされて・・・博士号まで取られた方が放送局に入社をされるなんて、珍しいと思うのですが?」
「そうでしょうか?」
安田はクスッと笑うと、
「しかし、大学の研究室や講義室だけに居て考えても、現実世界の事件や様々な問題と“法”との整合性が取れません・・・」
安田の口調は優しいものだが、その視線は鋭く高村に突き刺さる。
「外に出て毎日いろいろと考える・・・それが僕の八木橋先生への恩返しです」
「そのおかげで、八木橋先生は嘆いていたけどな」
森沢がニヤリと笑うと、視線を安田の横顔に向けたまま横から言った。
安田が肩をすくめる。
高村が森沢に視線を向けた。
「どういうことですか?」

森沢が悪戯っぽい微笑みを高村と安田・・・・二人に向けた。
「八木橋先生は、彼を自分の後継者としてじっくりと育てるつもりだったんだ・・・それが学位(博士号)をとると"ふそう放送”へ就職ではね・・・」
ニヤニヤ笑う森沢を見ながら、安田は『困ったな』というような笑みを浮かべている。森沢が話を続ける。
「こいつの採用が決まって、八木橋先生に報告に行くと、先生は慌ててふそう放送に連絡を入れたそうだ・・・・」
森沢がにやりと笑う。
「採用を取り消してくれ・・・と・・・・」
「森沢先生!!」
安田が遮ろうとすると、森沢が笑い出した。
「信じられますか? 教え子の就職が決まったのに、取り消してくれと連絡するなんて・・・」
高村と黒田が安田を見ると、安田は頭を掻いていた。
「・・・結局、八木橋先生は彼をふそう放送に"貸す"ということで引き下がったんだよな・・・・」
それだけの逸材なんですよ・・・・彼は・・・・そう言うと、森沢はコーヒーをすすった。
「自分の頭で、起きている事実について冷静に考えることのできる男だからね・・・・」
森沢はコーヒーカップを置くと立ち上がった。 部屋の隅に置いてあったサムソナイトのアタッシュケースを手にすると、
「せっかくお越しになったのですから、彼の秘蔵っ子に会ってみたらどうですか?」
「安田さんの・・・・秘蔵っ子・・・・ですか?」
それならば是非・・・高村が答えると、安田は一瞬、困惑の表情を見せたが、すぐにいつものようにその顔に微笑を浮かべた。
それなら・・・そう言うと、安田はソファーから立ち上がると、部屋の隅に置かれた電話に向かって歩いていく、受話器を手にすると、傍らに立つ森沢に向かって、
「先生・・・・困りますよ!」
と、囁いた。
それを聞いた森沢は、にやりと笑った。
安田は電話で二言三言、何かを言うと受話器を置いて高村たちに向き直った。
「それでは、これから上の階にご案内しますので・・・・」
こちらへ・・・そう言うと、ドアを開けた。


4人が廊下を歩いていく。
アナウンス室の入り口まで来ると安田は、
「IDカードを用意しますので、この先のエレベーターの前でお待ちいただけますか?」
高村と黒田に言うと、アナウンス室のドアを開けて入っていく。
室内には机が並び、机の上に置かれた電話が鳴っている。『どこも一緒だな・・・・』高村は一瞬、そんなことを思った。
3人はエレベーターホールにやってきた。
森沢は、下へ向かうエレベーターのボタンを押した。高村は驚いて、
「森沢先生は、上には・・・・」
「僕はいいよ・・・・」
意味有りげに笑った。
「先生、今日のインタビューでの先生のお話・・・・一緒に掲載してよろしいでしょうか?」
高村が尋ねた。
森沢は、高村の目を見ると、
「・・・やめたほうが良い・・・」
「なぜ・・・?」
「THIS  WEEKに広告収入がなくなると、困るだろう?」
「あっ・・・?!」
高村は、胸にナイフを突き刺されたようなショックを受けた。
チャイムが鳴りエレベーターのドアが開いた。
それを見た安田が3人に駆け寄ってきた。
「森沢さん!」
「またな!」
「今日の一件は、"貸し”ですよ!」
森沢はにやりと笑うと、右手を上げた。ドアが静かに閉まっていく。
安田は、小さなため息をついた。高村は、まだ呆然としている。
「高村さん・・・?」
「はい?」
ふと見ると、安田がIDカードを差し出している。
「・・・大丈夫・・・ですか?」
「はい・・・ありがとうございます」
高村と黒田は、ゲスト用のIDカードを受け取ると、安田と一緒に上に向かうエレベーターに乗った。


ドアが閉まり、エレベーターが動き出した。
「安田さん・・・?」
「はい?」
「実は・・・」
高村は、エレベーター前での森沢との会話の内容を安田に話した。
それを聞いた安田の顔から、いつもの微笑が消えて真剣な表情になる。
「・・・そうですか・・・・そう答えるでしょうね・・・・森沢さんなら・・・」
「いったい、どういう意味なのでしょう?」
高村も、自分なりの答えは予想をしている・・・しかし一方で、その答えを信じられない自分がいた。
「高村さん、森沢先生の今の勤務先は、しなの総研の研究員と、安曇野大学と六甲大学での講師としての仕事だけです・・・・」
安田は小さくため息をついた。
「本来ならば、国立の東都大学や京洛大学あたりで教授として教鞭をとるべき人が、アナリストや一講師としてしか仕事ができない・・・そして、その見識をマスメディアでも発表できない・・・・なぜでしょう?」
安田が高村に対して問いかけるような鋭い視線で二人を見た。高村も、黒田も答えることはできなかった・・・・そして高村は・・・・自分の予測が正しかったことを悟った。
「圧力が・・・?」
思わず高村は呟いた。
しかし、安田はそれには答えなかった。
「それにもかかわらず、六甲大学は教授就任を打診したと聞いています・・・・それでも、森沢さんは受けなかった・・・・迷惑をかけるのが嫌だったのでしょう」
高村は思わずため息をついた。おかげで六甲大学は、“特任講師”という新しい“講師枠”を作ったそうですが・・・・と、安田は苦笑していた。
重い空気を振り払うように、安田は微笑みを浮かべ、二人に向き直った。
「森沢さんと話をしていると、よくわかることがあるんですよ」
「なにが?」
黒田が首をかしげた。安田が悪戯っぽい微笑みを浮かべる。
「森沢さんは・・・・“バカが大嫌い”ということです」
思わず安田が笑いだす。釣られるように、高村も笑うと、
「馬鹿が嫌いって・・・・」
「失礼・・・しかし、これは世間一般で言うバカという意味ではないですよ」
安田は笑いを収めて息をつくと、
「森沢さんは、自分の頭で考えない人が嫌いなんです・・・テレビや雑誌の報じることを鵜呑みにして、まるでそれが自分の考えのように話す人が・・・・」
安田は、高村と黒田に微笑みかけながら、
「でも、自分の頭で考えている人なら、タクシーの運転手でも、居酒屋で隣に座った客とでも、熱心に話をするんですよ・・・・たとえその人の言い分が、間違っていたとしてもです・・・・」
高村は、引き込まれるように安田の話を聞いていた。
「森沢さんはこれから紹介する子を、僕の秘蔵っ子だなんて言っていましたが、実は森沢さんの秘蔵っ子だと思うのですけどね・・・・大阪で勤務をしていた時には六甲大学の修士課程で、思わず泣き出してしまうほど鍛えられていましたから・・・」
それもこれも、森沢さんが“特任講師”になったおかげですけどね・・・普通、講師はゼミを持ったりしませんから・・・・・そう言うと、安田はドアの上に視線を向けた。
チャイムが鳴り、ドアが開くと3人は厚いカーペットが敷かれた廊下に降り立った。
「ここは、この局の解説委員の部屋のあるフロアになります」
3人が廊下を歩くと、その先には受付のようなカウンターがあり、二人の女性が彼らを迎えた。
安田がIDカードを女性に見せた。高村と黒田もそれに習ってカードを見せると、女性は可愛らしい微笑を彼らに向けると、ロックを外すためだろう・・・カウンターに取り付けられているボタンを押した。
通路の奥にあるドアを手で示すと、
「どうぞ、お入りください」
「ありがとう!」
安田は二人を促して歩いていくと、立派な樫でできたドアを開けた。




軽い音が鳴りドアが開くとその先は、小さなホールになっていた。
左側にはパーテーションに仕切られたスペースが並び、右側にはいくつものドアが並んでいる。 おそらく、解説委員たちの個室だろう。
そして、ホールの中央には大きな円卓が置かれており、今はその周りに知的な顔立ちの男女が集まっている。
その輪の中に集まっている男女の中でただ一人若い・・・・まだ大学を卒業したばかりといっても信じられそうな若い女性がいた。
胸元にリボンのついた清潔な純白のブラウスと、桜の花のようなピンク色のフレアスカートが春らしさを感じさせている。
そのスカートから延びる、白く健康的な足。
「彼女が・・・?」
高村が安田に囁いた。
「ハイ、彼女が・・・・です」
安田が微笑んだ。
高村は、改めてテーブルの脇に立つ若い女性に視線を向けた。
女性は、テーブルの上に新聞の切り抜きを置いて、居並ぶ男女たちと話をしている。
「じゃあ、次はこれを・・・・・」
壮年の男が、切抜きの一つを指さすと、まるでテレビのニュース番組のように、彼女はきれいな声でその記事を読み始めた。
彼女は記事を読み終えると、その記事についてコメントを始めた。
ニュースの趣旨と問題点、そして今後予想をされる展開・・・・彼女が自分の考えについて述べ終わると、先ほどの壮年の男性が、先ほどの彼女の発言内容について質問を始めた。
彼女が首を少し傾け、その質問に答えると、次には40歳くらいに見える女性が別の可能性について質問をした・・・・。

「これは・・・・・きついですね・・・・・」
高村が思わず呟いた。 
高村は思った、『これではまるで、知識のスパーリングじゃないか』と・・・・・。
「確かに厳しいですけどね・・・」
安田が頷いた。
「僕たちが昔、学校で受けたテストと同じですよ。 覚えるばかりではなく、その知識を自分の頭でまとめて、きちんと言葉にして、相手を納得させないと・・・・」
あのころは、僕も嫌でしたけどね・・・・なんでテストなんてするんだと思っていましたが・・・・安田が笑った。
高村と黒田は安田の言葉を聞きながら、視線は女性に向けたままだ。
「雑誌などでは、女性アナウンサーは持て囃されています・・・・入社をしてすぐに“即戦力”などと言ってすぐにテレビに出ることができる・・・・」
でも、彼女は入社から2年間テレビには出ることができませんでした・・・使えないと言われて大阪で記者生活でしたから・・・・・。
「その使えない記者を、大阪で人気音楽番組のMCに育ててしまった先輩アナウンサーがいるんだろうね」
サングラスの奥で、黒田の目が笑っている。
「そして前の上司が『手柄をとられた』と怒り出すわけだ・・・・」
高村がエレベーターの中での伊野の話を思い出し、安田に向き直った。
安田が肩をすくめた。
「上司や先輩って・・・・いろいろいますからね。”即戦力”をもらって、その功績がそっくりそのまま自分の功績になる人もいれば、じっくり人を育てる人もいる・・・・」
「何もしない“バカ”な先輩にはなりたくない・・・安田さんも、森沢さんに似た部分がありますね・・・・」
高村が言うと、安田は思わず苦笑をした。

テーブルの方を見ると、先ほどの話題についてのディスカッションは終わったようだ。
話題を変えた方がいいな・・・・そう思った安田は、
「松倉君!」
テーブルの脇に立ち、新聞記事を整理している女性に向かって声をかけた。


「ハイ?!」
女性が振り返り、艶やかな黒髪が揺れた。
「ちょっと話せるかな?」
安田が微笑みながら言うと、松倉は居並ぶ12人の男女に視線を向けた。
このメンバーのリーダーなのだろうか? 白髪の壮年の男が安田に向かって頷いた。
安田が男に軽く頭を下げると、高村と黒田を促してテーブルに向かって歩いて行く。
「こちらは、フリージャーナリストの高村さんと、カメラマンの黒田さんだ」
安田が二人を紹介すると、松倉は人懐っこい笑顔を二人に向けた。高村に、
「はじめまして、松倉ひかりです」
そして、黒田に向き直ると、
「お久しぶりです、黒田さん」
「お久しぶり・・・・頑張っているようだね!」
黒田の目が、サングラスの奥で微笑んでいる。
松倉は黒田に、ぺこりと頭を下げた。
「お前、彼女を知っているのか?」
高村が言うと、
「ハイ、オリンピックの後に黒田さんの写真展に、取材に伺わせていただきました」
「と・・・言うわけだ」
黒田が笑った。
「安田さんのニュース番組のリポーターで来たんだよね」
黒田が松倉に話を振ると、
「ハイ、私はカメラに映してもらえませんでしたが」
声だけのリポートでした・・・・・そう言うと、松倉は笑った。
安田は、バツが悪そうに肩をすくめている。
「黒田さんの写真展は、めったにないので、本当に楽しかったです。 テニスのクルーズ選手と高原選手の写真や、野球の石田投手の写真なんて、まるで観客の歓声や選手の息遣いが聞こえてきそうでした・・・・」
松倉が目を輝かせながら言った。
「ありがとう!」
黒田が照れくさそうに笑った。
「先ほどのディスカッションを拝見させてもらいました」
高村が声をかけると、松倉はキラキラ光る大きな瞳を高村に向けた。
「なかなか厳しいディスカッションでしたね」
高村の質問を聞いた松倉が笑った。
「そうでもないですよ」
松倉は微笑みながら、
「自分の弱点・・・修正点が分かりますから」
松倉の答えを聞いた高村が、安田に視線を向けた。
安田は高村に向かって頷いた。
「今日は、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
松倉が美しいお辞儀をすると、
「さすが、純愛女子学園大学の卒業生は、お辞儀もきれいだね」
小田君もそうだけど・・・と・・・・・安田が、からかうように言うと、松倉はクスッと笑い、肩をすくめた。

3人が扉に向かって歩いて行く。突然、黒田は振り返ると、
「松倉君!」
「ハイッ?」
松倉が視線を向けると、黒田がカメラを構えている。
松倉は微笑みを浮かべ、まるでモデルのようにスッと立っている。
黒田のカメラのストロボが光る。
黒田がファインダーから目を離すと、松倉は美しいお辞儀をした。
「ありがとう!」
黒田はニヤッと笑うと、先を歩く二人を追った。
松倉は微笑みを浮かべたまま、その後ろ姿を見送った。




エレベーターで安田と別れた高村と黒田は、一階でエレベーターを降りた。
「これからどうする?」
黒田が高村に尋ねた。
「事務所に戻って、原稿を書くよ」
「そうか・・・・」
黒田が駐車場を指さした。
「それなら、乗って行けよ」
「ありがとう!」

二人が駐車場に向かって歩いて行く。
「なかなか面白いインタビューだったな」
「ああ・・・・そうだな」
黒田の言葉に、高村が答えた。
高村は振り返ると、ふそう放送の局舎を見上げた。
小田いずみアナウンサーの美しい微笑み。
安田純一の知的な笑顔。
森沢正輝の毒を含んだ言葉の数々。
思わず、高村の足が止まった。

「黒田?」
「なんだ・・・?」
「お前、森沢先生をどう思う?」
黒田の足が止まり、高村に視線を向けた。
「・・・お前と同じだと思うよ・・・・」
二人が再び歩き始めた。
「起きている出来事をまっすぐ見つめて、それを伝えようとしている安田君と、斜めから見つめて立体的にみている森沢さん・・・」
黒田が言うと、
「・・・そして安田君は、森沢さんの心の傷も受け止めている・・・良いコンビだと思うよ」
本当は、それも含めて記事を書きたいのだが・・・・高村は、悔しそうに言った。
自分が雑誌に載れば広告収入がなくなる・・・・高村にそう告げた時の森沢の顔。 そして、安田の言った「森沢さんは“バカ”が嫌い」という一言・・・高村は、その言葉の持つ重みをかみしめていた。
「高村?」
「なんだ・・・?」
黒田は、少し首を傾げながら歩いている。
駐車場にはたくさんの車が並んでいる。
その中の一台、白いトヨタ・エスティマのドアを開けると、運転席に座った。
高村が助手席に乗るとドアを閉めた。
黒田はエンジンをかけながら、
「あの、松倉という女子アナ・・・・お前はどう思った?」
「どうって・・・?」
エスティマが動き出した。
黒田は駐車場の係員に一礼すると、車を道路に出した。

「さっき彼女をカメラで撮った時、なんだか不思議な感覚がしたんだ・・・・」
「不思議な?」
「ああ・・・以前に高原君を写した時と、同じ感覚がな・・・・」
高村は思わず、ハンドルを握る黒田の横顔を見つめた。
「それじゃあ何か? お前は彼女が高原君と同じだというのか?」
かつては男だったと・・・高村が尋ねると、
「・・・まさかな・・・」
黒田が思わず笑った。
「・・・なんだか同じ感覚を感じた・・・・それだけの事さ!」
二人が笑った。



ふそう放送の解説委員フロアでは、松倉ひかりが解説委員たちにコーヒーを配り、給湯室に戻ってきた。
トレーを棚に置くと、円卓に置かれたファイルの整理を始めた。
細くしなやかな白い指でファイルを集めていく。
突然、何かを感じてその手が止まった。
後ろを振り返ると、ブレザーの制服姿の美少女が、優しい微笑みを浮かべながらひかりを見つめている。
完璧なセキュリティーのこのフロアになぜ・・・・普通なら、そう感じるところだがひかりには“当たり前”の事に思えた。
そう、今の自分があるのは、彼女の力なのだから・・・・。
ひかりも彼女に微笑み返す。
やがて、制服姿の美少女は、淡い光の中に消えていった。



黒田のカメラは、事実を写していた。

そう、彼女はかつては・・・・・“彼”だったのだから・・・・・。


ジャーナリスト高村進一郎のある一日
(おわり)






作者の逃げ馬です。
この作品は、長編小説『センター・コート』の登場人物と時間軸を使って、掲示板で書いたスピンオフ作品を加筆したものです。
ここ最近は短い作品しか書いていなかったので、”リハビリ”の意味も含めて、この後書く予定の長編作品の登場人物にも出演してもらって書いてみました。
ラストに登場したのは・・・・・そう、あのお方です(笑)
ここしばらくは、リアル世界が多忙でなかなか新作をかけない状態ですが、その間でも『物語』を作って、時間ができた時に書き進めていきます。
また、新作にもお付き合いください。

それでは、今回も逃げ馬作品にお付き合いいただきありがとうございました。

尚、この作品に登場する団体・個人は、実在のものとは一切関係はありません。


2017年8月 逃げ馬



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