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井上は軽快に走りながら、円形の花壇を左側に曲がった。
彼は陸上部。
曲線のトラックを走り慣れているだけに、この状況にも適応して、微妙に体を内側に倒しながら走り、そのスピードは、全く落ちない。
チラッと後ろを振り返った井上の顔に、微かに微笑みが浮かんだ。
追いかけてくる岩原と小川…二人とも今は女の子だか…との差は、さっきより開いている。
逃げ切れる…そう思った井上の背中に突然、冷たいものが走った。
こちらに向かって来る軽快な足音・・・まさか?
井上が左側を見ると、花壇に立つ水銀灯の明かりに照らされながら、あの少女がまっしぐらにこちらに向かって走って来る。
「クソッ?!」
僕の動きを読まれていたのか?・・・そんな馬鹿な・・・井上の心に、信じられないという思いがわいた。
後ろからは二人が追ってくる・・・前に彼女を相手に使ったフェイントは、今は使えない。それならば・・・?
振り切ってやる・・・さらに井上の足は加速する。
後ろからは二人が、左からは、あの少女が迫る。
あの少女が、花壇の円形の道に走り出ると、井上との距離は一気に縮まった。
井上が少女の前を駆け抜ける。
少女が、細い右手を伸ばす。
「捕まえた」
彼女が言った瞬間、井上は左の二の腕に何かが触れたように感じた・・・・次の瞬間、視界を赤い光が包み、赤い煉瓦造りの学校の門も、花壇とそこに咲く花も、全てが井上の視界から消えていった・・・・・。



「ここは・・・?」
白い靄に包まれた空間。
自分が立っているのか・・・それとも、寝転がっているのか・・・それすらわからない不思議な空間に井上はいた。
「ここはどこだ?! 誰かいないのか?!」
井上が大きな声で叫ぶと・・・。
「今のあなたは、あなたの住む世界とは、別の世界にいるのよ」
井上の前にかかっていた光の靄が薄れ、そこには白く光輝くワンピースを着た女性が立っていた。
「君は・・・?」
「わたし・・・?」
女性が、大きな瞳を井上に向けると、悪戯っぽく微笑んだ。
「わたしは井上秀美。純愛女子大学文学部2年生」
彼女は井上の前に立った。
井上の身長は170センチ・・・スポーツをする男性としては、高い方ではない。
その前に立った『井上秀美』と名乗った女性は、井上より10センチほど低いくらいだろうか?
大きな瞳。
すっと高い鼻。
艶やかな唇。
ワンピースの上からでもわかる、胸の膨らみと、そこからキュッと引き締まったウェストへのラインは今度はヒップに向かって膨らんでいき、ワンピースのスカート部分に美しい拡がりを作り出している。
そして、ワンピースから美しく伸びる女性らしい美しい足・・・・陸上部の井上は、彼女の美しい足に視線が釘付けになったが、ふと我に返り、恥ずかしくなり横を向くと。
「ご・・・ごめんなさい」
顔を真っ赤にしながら、彼女に謝った。
彼女はクスクスと笑うと、
「いいのよ・・・」
可愛らしい笑顔を井上に向けてくれている。
「ところで・・・」
井上は彼女に、
「ここからどうすれば、元の世界に戻れるかな?」
「それは簡単よ」
「そうなの?」
彼女が微笑みながら、井上の顔を見上げた。
「あなたがわたしになれば・・・」
彼女が井上を力強く抱きしめた。
井上は、彼女を振り払おうとするのだが、不思議なことに体が全く動かない。
彼女の華奢な体のどこに、こんなに強い力があるのだろう?
やがて井上の体を彼女と同じように白く輝く光が包んでいく。
彼女は井上の耳に囁いた・・・「貴方は、わたしになるのよ・・・」


彼女の姿は、光輝く霧の中に消えた。
井上は体に痛みを感じた。
例えて言うならば、『自分の体の能力の限界を越えるまでトレーニングをした時に感じる痛み』と言えばよいだろうか?
その痛みは今、井上の全身を襲っている。
「なんなんだよ・・・この痛みは・・・?」
井上は痛みに耐えかねて呻き声をあげた。
普段の井上ならば気がついただろうが、今の井上には、そんな余裕は無い・・・自分の呻き声が、まるで少女の声そのものであったことを・・・。
井上は全身を襲う痛みに耐えながら、体をまるでへびのようにくねらせていた。
彼が体をくねらせる度に、体から鍛え上げた筋肉が消えてゆき、身長が縮み、指はまるで力仕事などしたことがないかのような、白く細い指に変わってしまった。

そして・・・。

光の霧が薄くなってゆく・・・そこは・・・?



枕元で目覚まし時計の電子音が鳴っている。
布団の中から、白い腕が伸びると、スイッチを切って、その腕は布団に戻った。
しばらくすると・・・?
かけ布団が跳ね上がり、布団の中からピンク色のストライプのパジャマを着た、若い女性が現れた。
女性は両腕を上に上げて、大きな伸びをした。
必然的に、パジャマの胸のあたりに彼女の胸の膨らみによって、『女性独特のライン』 が、露になる。
「あっ? 朝練に行かないと・・・」
彼女・・・そう・・・『井上秀明だった彼女』は、あわててベッドから、フローリングの床に足をおろした。
次の瞬間・・・。
「ここは・・・どこだ?!」

辺りは井上秀明にとっては見慣れた『剛気体育大学寮』の自分の部屋ではなかった。
そもそも、剛気体育大学の学生寮は畳敷き・・・こんなお洒落なフローリングや、綺麗な壁紙なんて、あり得ない・・・それに、姿見や化粧品なんて、僕の部屋には・・・?
その時、
「?!」
彼は自分の体を見下ろして、そのまま固まってしまった。
身に着けているのは、ピンク色のストライプが入った、女性物のパジャマだ。
そのパジャマの胸のあたりを下から押し上げる二つの胸の膨らみ。
そして、その膨らみをしっかりサポートする女性だけの下着の感覚。
何よりも、股間に20年間慣れ親しんだものの感覚はなくなっている。
丸く形良く膨らんだヒップを、滑らかな肌触りの下着が、何も無くなってしまった股間と一緒に包んでいる。
「ボクは・・・」
自分の発した言葉に、自分で頬を赤らめている。
『ボクだなんて、わたしは女の子なのに・・・』
女の子・・・?
自分の頭の中に過ぎった一言に、背筋が寒くなる。
女の子・・・・わたしが・・・?
わたし・・・・自分で発した言葉に一瞬、違和感を感じたが、やがてその違和感はまるで溶けるように消えていった。
白く細い指が、パジャマのボタンをはずしていく。

ボタンが外れると現れたのは、ブラジャーに包まれた白く柔らかい二つの膨らみ。
細い指は腰から足にすっと動く。
ショーツに包まれた丸いヒップと、かつてとはすっかり変わってしまった股間が現れたが、今の彼女・・・井上秀美には、見慣れた『自分の体』だった。
クローゼットの鏡に映る、下着を身に着けた白く美しい体を見ながら、彼女は満足そうに微笑んだ。
彼女は白いブラウスを着て、夏らしい水色のフレアスカートを穿くと、部屋を出て大学に向かった・・・もちろん彼女の母校、『純愛女子大学』に・・・。



夏の朝、井上秀美は大学に向かっていた。
いつも穿いているはずなのに、ミニのフレアスカートが太股を撫でる感覚が、妙に新鮮に感じる。
彼女の視界に煉瓦造りの礼拝堂が見えてきた。
一瞬、背筋が寒くなる…どうして? 毎朝、あの中で祈っているのに?
やがて、そんな不安も消えて、校門の前にやってきた。
三人の女子高校生がお喋りをしながら歩いて来た。
「・・・?」
秀美は不思議な感覚に戸惑いを感じた。
『この三人・・・よく知っているような・・・』
いつもお酒を飲んだり・・・無理やり女子校のプールを見に引っ張って行かれたりしたような・・・お酒? 相手は高校生なのに?! それに、わたしは女の子なのに女子校のプールなんて見に行くわけないじゃない。
昨夜、レポートを仕上げるのを頑張り過ぎたかな・・・彼女は三人を見つめながら思った。
「おはようございます」
三人が彼女に挨拶をした。
「おはよう」
彼女も挨拶をする。
四人は礼拝堂に歩いて行く。
聖母さまに祈るために・・・。



モニター画面には、礼拝堂で聖母像に祈りを捧げる女子大学生と、三人の女子高校生が映っている。
その様子を見ながら、白く輝く光の服に身を包んだ美女は、満足そうに微笑んだ。






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