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トランスかくれんぼ
(最終回)

作:逃げ馬




夜の闇の中に、水銀灯が青白い光を放ち、その光の下で花壇の花が夏の夜風に揺れている。

その光の中を、頭を短く刈り込んだ青年が、辺りを見回しながら歩いている。
井上秀明は、剛気体育大学2回生の20歳。
先輩や同期生の仲間に引っ張られるように、この純愛女子学園の校内に“入り込んだ”のだが・・・・。

彼らはこの学校の校内で、謎の美少女と出会った。

その美少女は、彼らにある“ゲーム”を持ちかけてきた。
彼らのグループのリーダー格の岩原は、その話に乗った。しかし・・・・。
ゲーム開始直後に、その岩原は美少女に“捕まった”・・・・おそらく彼は冗談だと思っていたのだろう。
しかし、彼は“女の子”にされてしまったのだ。

その後、3人はパニックになった。

井上の先輩、小川は女の子になった岩原に出会った。
男だった時と同じ感覚で彼女に近づいた小川は、制服姿の女子高校生にされてしまった。

残った井上と根岸は、懸命に追手から逃げていた。
そんな二人に、「解除ボタンを押せば、捕まった男たちの変身を解除する」と謎の美少女が挑戦してきた。
井上は根岸とともに、解除ボタンに向かったのだが・・・・・ボタン直前で、根岸が女の子にされた小川につかまり、テニスウエア姿の女の子にされてしまった。




井上秀明は、身を隠していた植込みの陰から、あたりの様子をうかがっていた。



辺りに人の気配はない。
体は、じっとりと汗ばみ、首筋を汗が流れる。

それは、夏の暑さのせいなのか・・・それとも、仲間たちが女の子にされてしまったという恐怖のためなのか・・・?

ついさっき、礼拝堂の方向で赤い光が輝き、辺りを照らしていた。
その意味は井上にも、良くわかっている。
そして今、自分がするべき事は・・・?
井上は、注意深く辺りを見回すと、花壇の通路を静かに・・・礼拝堂に向かって歩き始めた。
真夏の夜の湿気を含んだ蒸し暑い空気が体を包み、ともすれば焦る気持ちを更に苛立たせる。
井上は、懸命にその気持ちを打ち消し、周りに注意を払いながら、礼拝堂に近づいた。
彼の視線の先には、煉瓦作りの立派な礼拝堂と、月明かりに照らされた、銀色の箱・・・解除スイッチだ。
あのボタンを押せば、女の子にされた仲間たちを元に戻せる。
そういえば、残りの時間は、どれくらいあるのだろう・・・?
そう考えると、井上は懸命に落ち着こうとしても、その歩みは自然に早くなり、いつしか駆け足で礼拝堂に向かっていた。
あと50メートル・・・井上の顔に笑みが浮かんだその時・・・。

「?!」

礼拝堂の脇から、テニスウェア姿の女の子が、まっしぐらにこちらに向かってくる。
今、彼に向かって走ってくる女の子・・・その意味を彼の脳が判断するのには、一瞬の間があった。
「ヤバイ?!」
井上が、校舎に向かって走って行く。
ようやく、ここまでたどり着いたとはいえ、捕まってしまっては意味がない。
何故なら彼は生き残り、仲間たちを元に戻さなければならない・・・井上が、走りながら振り返ると、やはりテニスウェア姿の女の子が、彼を追ってくる。
井上は、校舎に入ると階段をかけ上がり、引き戸を開けると部屋に転がり込んだ・・・。
荒い呼吸を、懸命に抑え込み、廊下の様子を伺う。
テニスシューズの足音は、この部屋を通りすぎ、離れていった・・・安心した井上は、崩れるように床に座りこんでしまった。

彼はこの馬鹿げたゲームが始まってからの記憶を探った。
彼らをこの学校に閉じ込めた美少女・・・彼女は最初に先輩の岩原を捕まえて、体操服を着た女の子に変えてしまった。
次に、岩原が「彼女」に近づいた小川を制服姿の女の子にしてしまった・・・と言うことは…あのテニスウェア姿の女の子は・・・?
「あれは・・・根岸なのかよ・・・?」
体罰だと言われても、ぶん殴って「正気に戻れ!」と言ってやりたいが、今の根岸や先輩たちには全く無意味なのは、井上には良くわかっている・・・そんなことをすれば、逆に自分が女の子にされてしまうということも・・・。



暗い部屋に目が慣れてきた井上は、辺りを見回した。
次の瞬間、
「?!」
思わず駆け出し、ロッカーに体をぶつけて床に転んだ。
ロッカーの扉が弾けたように開き、中の掃除道具が派手な音をたてながら床に散らばった。
転んでしまった井上は、まるで這うようにして、開いたロッカーの扉の影に体を隠した。
息を整え、「それ」をもう一度見てみた。
彼の視線の先には、窓から射し込む月明かりで銀色に光る4つの「カプセル」があった。
中には、それぞれ一人ずつ・・・全部で四人の女の子が「眠って」いた。
しかし、この「ゲーム」に関わっている女の子たちとは雰囲気が全く違う。
街で見かければ声をかけたくなるような女の子というのは同じだが、着ているものが違う・・・真っ黒のまるで「兵隊」が着るような服を着て、赤いベレー帽を被り、カプセルの中にはライフルのような物まで入っている。
「ここは・・・ヤバイかな?」
身の危険を感じると共に、早く仲間たちを助けたいと考えた井上は、部屋を出ると、階段に向かった。



廊下に・・・そして、階段の上と下に、慎重に視線を向けて安全を確認する・・・大丈夫・・・誰もいない。
階段を降りようと足を踏み出したその時・・・。
「残り時間、三分です」
スピーカーから、あの少女の声が聞こえた。
井上はスピーカーを見上げ、思わず舌打ちをした。

あえて残り時間を知らせる・・・これが、あの少女の挑発だというのは、井上には分かりすぎるほど分かっていた。
しかし・・・。
「行くしかない!」
井上は、階段を駆け降りていく。
二階へ・・・そして、一階へ・・・廊下を走り、校舎の玄関が見えてきた。
外に出たら、あの箱まで一気に走ってやる・・・そう思っていたのだが・・・。
「クソッ!こんな時に!」
ツインテールの髪を揺らしながら、制服姿の女の子が、その顔に微笑みを浮かべながら、井上に向かって走ってくる。
「小川さん・・・僕は、あなたを元に戻すために行くのですよ?!」
無駄だとは分かっていても、井上は叫ばずにはいられなかった。
小川だった女の子は、やはり井上の言葉など耳に入らなかったかのように、彼に向かってくる。
井上は、思わず舌打ちをすると、廊下を戻り、階段を駆け上がった、小川だった女の子も追ってくる。
四階まで一気に駆け上がると、階段形の教室に駆け込み、机の陰に体を隠した。
その時、
「時間切れです・・・校舎の玄関は閉じました」
井上は、部屋の天井に取り付けられたスピーカーを睨み付けながら、歯軋りした。
「あとは、制限時間まで逃げるしかないわ・・・」
「お前に言われなくても、逃げ切ってやるよ・・・」
井上が呟いた。
まるであの少女にその呟きが聞こえたかのように、
「あなたの先輩や同級生は、あなたを探しているわよ・・・」
井上は、思わず息をのんだ。
「あなたに女の子の素晴らしさを教えるために・・・」
「バカなことを言うな?!」
井上は、スピーカーに向かって叫んだ。
「そんな事が・・・そんな事があってたまるか・・・」
井上は頭を抱え、机に突っ伏してしまった。

机に突っ伏した井上の体が小刻みに震えている。
様々な感情が激流になって井上の体を駆け巡る。
やがて、井上は体を起こすと、深呼吸をして立ち上がった。
静かにドアに近寄ると、耳をつけて外の気配を伺った・・・大丈夫・・・誰もいない・・・井上はドアを開けて廊下に出た。

そう・・・彼が望む事は一つ・・・逃げ切って、仲間たちを元に戻す方法を見つける事だ。



決意を新たにした井上は、巧みに追っ手の目をかわしていた。
ある時には教室の中に。
またある時にはロッカーの陰に。
ついさっきは、その俊足で、岩原だった女の子を振り切ってしまった。

その井上は今、肩で息をしながら廊下の柱の陰に身を隠している・・・井上の視線の先を、あの少女が歩いて行く・・・。

少女が辺りを見回しながら歩いて行く。
こちらは四人、相手は一人。
簡単に捕まえる事ができると考えていたのだが・・・?
「なかなか・・・やるわね・・・」
彼女は廊下の天井に吊られた時計を見た
その魅力的な顔に微笑みが浮かんだ。



「?!」
スピーカーから声が聞こえる。
「時間になりました・・・」
井上が訝しげにスピーカーを睨む。
「ここまで見事に逃げたわね・・・これから、校舎の玄関を開けます。校舎を出て、捕まらずに学校の正門を出れば、貴方の勝ちです」
「じゃあ、みんなを元に戻せ!」
スピーカーに向かって叫んでみたが、全く反応はない。
井上は迷った・・・仲間たちをそのままにして、自分だけが学校から出る・・・それでよいのか?
しばらく迷っていた井上だったが、やがて、迷いを振り切るように立ち上がった。
素早く廊下に視線を走らせ、誰もいない事を確かめ階段に向かう。
階段にも誰もいないようだ・・・井上は、少し薄気味悪さを感じていた。
あの少女は・・・そして、みんなは何処にいるのだ・・・?
井上は階段を慎重に降りた。
「いた!」
小さく叫ぶと、柱の陰に隠れた。
二階の廊下を、根岸だったテニス少女が歩いて行く。

「根岸だったテニス少女」は、井上には気づかずに辺りを見回しながら歩いていく。
井上はテニス少女の姿が廊下の向こうに見えなくなってから、校舎の玄関に向かった。
あの少女の言ったとおり玄関のガラス戸は開いていた。
井上は『待ち伏せ』を警戒して、校舎の外の暗闇に目を向けた。
明るい校舎の中を逃げていたためか、暗闇の中にいるであろう女の子たちの姿は、なかなか見えない。
井上は、ゆっくりと校舎の外に出た。

井上は慎重だった。
校舎の脇に立つ緑の葉をたくさん付けた桜の木の下で、じっと立って辺りを見ていた。
ひとつは、夜の闇に目を慣らすため。
もうひとつは、もしも目が慣れる前に追いかけられても、この場所なら校舎に戻り、隠れる事ができるからだ。
幸い「彼女達」は現れない・・・それはそれで気味が悪いのだが・・・?
「よし!」
井上が校門に向かって歩き始めた。
闇に目が慣れると、所々に設置されている水銀灯や蛍光灯の光だけでも、意外に周りが見えるものだ。
ここから学校の正門までは一本道、しばらくは道の左右は花壇…所々にこの道に繋がる通路があり、やがて右側に煉瓦造りの立派な礼拝堂があり、その先に円形の花壇があり、道は花壇を回るように円形になっている。
そこを抜けると、正門までは一直線だ。
「必ず・・・」
逃げ切ってやる…井上は静かに闘志を燃やしていた。
水銀灯の光に照らしだされた美しい花が夜風に揺れている。
しかし、その美しい花たちも、今の井上の目には入らない。
慎重に周囲を見回しながら、一歩ずつ歩いて行く。
思わず唾を飲み込んだ。
追いかけられ、必死に逃げていたので、口の中がカラカラだ。
今、井上の右前・・・20メートル程に煉瓦造りの大きな礼拝堂がある。
残念ながら、既に解除ボタンのボックスはない。
今の井上に残された手段は、なんとか逃げ切って、仲間たちを元に戻す方法を見つける事だ。

井上が礼拝堂の前に差し掛かった。
その時、
「?!」
何かを感じて、辺りに視線を走らせる。
礼拝堂の横に・・・そして、後ろに気配を感じる。
「来た!!」
後ろからは小川だった、制服姿の女の子がツインテールの髪を揺らしながら走ってくる。
右側の礼拝堂の横からは、岩原だった体操服姿の女の子が、こちらに向かって走ってくる。
「捕まってたまるか!」
叫ぶと同時に、井上は猛スピードで礼拝堂の前を駆け抜けた。その後を、二人の女の子が追う。
捕まるわけにはいかない・・・・みんなが元に戻る方法を見つけるためにも・・・・井上の足は、石畳の道を蹴り、その体はグングン加速していく。
井上の前に、円形の花壇が近づいてきた。
「・・・」
後ろを振り返ると、少し差がついたが二人が追いかけてくる。
なんだろう・・・嫌な感じがする・・・円形の花壇は目の前だ。






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