負荊1
一目惚れってヤツは実際あると思う。
工藤新一はそう思う。
何故って……それは自らが実体験してしまった事だったから。
一目見たその瞬間から、身体中に衝撃が走ったのを覚えている。頭がくらくらしてまっすぐ立っている事すらおぼつかなくて、目の前が真っ白に光って、自分が何処にいるのかすら分からなくなった。
こんなに激しい恋は初めてだった。
身体中の血液が逆流するのではないかというくらい凄まじかった。
体温が沸騰してこの身が焼けてしまうのではないかとすら思った。
だから……この恋は本物なんだと確信した。
今まで、人に好感を持つ事はあっても、こんなにも他人を欲してしまう事なんてなかった。好きな人はそれこそたくさんいたが、「愛している」と感じるような人はそう多くはない。
新一にとっての愛は、親子愛だったり友愛だったりと、穏やかで大切にしたいものばかりだったが、身体の奥底から狂ってしまうような感情が生まれる愛なんて経験した事がなかった。
……だから、これは初恋なのかもしれない。本気で好きになった人。欲しくて堪らない人。
一度で良いから自分を見て、微笑んで欲しい。優しい瞳で見つめて欲しい。
こんなにもこんなにも好きだと感じる。
この恋は絶対に本物のはずなのに。
どうして……好きになった相手は、自分と同じ性を持っているのだろう。
もうそれだけで……この恋は叶わない。
目覚めた時、新一はそこが何処だか分からず目を瞬かせた。
シミ一つない真っ白な天井が見える。目を凝らすと、軽く浮き彫りにされた繊細な模様が描かれているのが見えてきた。
「………?」
自分の置かれている状況が掴めない。訳も分からず身体を起こそうとして、失敗する。
「……何?」
身体が、動かせない。まるで体内に鉛のようなモノを埋め込まれているような感覚に顔をしかめた、その時。
「目が覚めましたか?」
聞き覚えのある艶やかな声が新一の鼓膜を刺激した。
誰だったっけ、この声は確か……。
「は……白馬……?」
新一を覗き込んできた顔にようやく記憶が戻ってきた。
白馬探。現警視総監の息子で、新一と同じ探偵。
そこまで思い出して、はたと気付く。
そんな彼が、どうして此処にいるのだろう。そもそも、此処は一体何処なんだ。どうして自分はこの場所にいるのだろう……。
混乱する頭に顔をしかめる。戸惑った表情の新一に、白馬は手を伸ばすと、そっと彼の頬を撫でた。
「覚えて……いないのですか?」
「覚えてって……何を?」
優しく触れてくる指先に更に戸惑いを見せる新一に、白馬は告げる。
「昨夜の事を。……あんなに激しくボクを求めてくれたのに」
楽しくありませんでしたか?と、そう問われ、新一は気の遠くなる思いで、白馬を見つめた。
その時になって、ようやく自分がベッドの上で横たわってる事に気付く。シーツで覆われた貧弱な身体。直接触れる肌触りは、何も身につけていない事を新一に教えていた。
生まれたままの姿で、大きなベッドに横たわる自分。その隣には先程までそこに誰かがいたであろう痕跡が残っていた。
何も覚えていない。新一の記憶には昨夜の出来事など何も思い出せはしなかった。そもそも今は朝なのか、昼なのか。
だけど、今の状況がそんな記憶の欠如を容易に補っていた。
何があったかなんて、考えるまでもない。
呆然と見つめる新一の口唇に、白馬はそっと口づけた。
「一夜の遊びなんかじゃありませんよ。……ボクは本気です。もう、貴方を手放さない」
囁くように告げられる言葉の響きは有無を言わせぬ何が含まれていて、新一の身体が思わず震えた。
新一の理解の域を遙かに超えた白馬の声が、頭の遠くで響いてくる。
優しく新一の肩を抱いて、その身を起こさせようとするその動きに新一の身体は悲鳴を上げた。
軋むような鈍い痛みが激痛に変わる。
眉を寄せてその苦痛をやり過ごそうとする新一に、白馬は労るように抱きしめてきた。
「無理をさせ過ぎたようですね。ボクも少し夢中になりすぎました。何しろ……」
ようやく長年の想いを受け入れてくれたのですから。
白馬はうっとりと蠱惑的な響きで新一に告げる。
受け入れた……?オレが……お前を……?
耳元で囁かれる声に新一は堪らなくなって小さく身じろぎをした。すると肩まで掛かっていたシーツが静かに下方へと流れる。
思わず見下ろした自分の身体に息をのんだ。
男にしては白すぎる肌に鮮やかに彩った紅く散らされいくつもの艶めかしい痕。
肢体に刻まれた無数の彩りを白馬の指先が、つ…となぞる。
「本当に綺麗な身体ですね。……極上の芸術品のようだ」
肌が露わになった綺麗なラインを描いた背中を撫で上げる。新一は堪らず身を反らせた。
ぞくり、と何かが這い上がってくる感覚に襲われる。
「……どうして」
どうして、何故こんな事になってしまったのだろう。その原因が判らない。
「もう一度だけ……いいですか?」
甘い問いかけ。新一は答える術を持たなかった。混乱した思考は、何も考えられなくさせてしまったかのように固まったままだった。
白馬は、新一の言葉など必要とはしていなかったようだった。再びゆっくりと押し倒されて、見知った顔が新一に近付く。ゆっくりと、深く与えられる口づけに、頭の奥に霞がかかる。
もう、何が何だか分からなくて、どうでも良くなってくる。身体中に走る鈍い痛みすら自分のものではないような気がした。
白馬は慣れた仕種で新一の足を抱え上げた。無防備に晒されたその奥を確かめるようにあてがい、ゆっくりと押し入ってくる。
衝撃のようなものは訪れなかった。疼痛は感じるが、思いの外容易に受け入れている自分に激しく戸惑った。
新一の知らない内に、この身体が慣らされている。その事実を信じたくなくて頭を振った。
「素直な貴方が好きですよ、工藤君……」
「────っあ…ああっ!」
感じたことのないほど奥に、叩きつけられるように熱いものを感じる。次第に激しさを増す相手の動きに、耐えられなくなった新一は声を上げた。
それでも白馬は新一を追い上げる手を緩めることはなく、二人はほとんど同時に果てた。
頭痛がする。痺れと痛みで新一はぐしゃぐしゃだ。
「………工藤君。愛しています、もう、絶対に君を手放したりはしません」
白馬はもう一度そう宣言すると、ぐったりと横たわった新一を抱きしめる。
何故彼にこの身を征服されなければならないのか。……何も考えられない新一だったが、ひとつだけ感じたものがあった。
暗く深い底に漂っているそれは、絶望。
後戻りなんて出来るはずもなく、全てをなかったことにしてしまえるような安易な出来事ではない。
だから、今の新一には心が途切れ人形のように相手の腕の中にとどまることしか出来なかった。
術がない、と、新一はその短い時間であっさりと諦めた。
新一は彼の囁く声に、もうどうでも良いかのように、小さく頷いた。