負荊2
あれは、偶然だった。
何時ものように、目暮警部からの要請を受けて事件に携わり、しかし思った以上にあっさり解決して、何となく警部の勧めるままに警視庁まで赴いたのはそう珍しいことではない。
その時も別にさしたる目的はなかった。ただ、その時携わっていたものとは別に、何か新一の心をくすぐるような事件でもありはしないかと、少し不謹慎な事を考えていたように思う。
何時も赴く一課には、例のごとくほとんど人は見受けられなかった。大きな事件は発生してはいないが、だからと言って決してヒマな訳でもない。
新一は、だからどうと思う事もなく、警部に付き合って被疑者の立ち会いに顔を出したり、調書を眺めてどこか重大な見落としでも無かったかどうか考えたりした。
それはそれで充実した時間だったとは思う。
だけど、だからと言って満足出来る程の事でもなくて。やはり不謹慎ながら、退屈な気分で時間を過ごしていた。
その時だった。
そんな新一の様子に気を利かせたかのように、2課の事件の話を持ち込んできたのは。
目暮警部の案内で2課に案内されると、そこはたくさんの人達が議論を重ねていた。当然そのどの人も警視庁の人間だった。
しかし、一人だけ、新一と同じ立場の人間が居た。
白馬探。
確か、白馬警視総監の息子で、新一よりも特別待遇で様々な事件に関与し、解決に手を貸している有名な探偵。
新一と白馬とは、所謂「商売敵」のような関係に見られそうだが、互いに警視庁に対して報酬を求める事もない為か他人が危惧するような対立はなかった。
そもそも、会って話をした事すらほとんどない。
新一は彼の立場が立場なだけに、白馬の事を知ってはいたが、相手はどうだろう。
少し前まで、英国に居たという彼は、もしかしたら新一の事などとうの昔に記憶の彼方に追いやっているかも……。
そんなどうでも良い事を考えながら会議室に入っていくと、驚いたことに真っ先にその存在に気付いて席を立ったのは白馬だった。
煩わしげに目を細める中森警部とは対照的に、新一に向かって微笑みかけ椅子を引いて誘ってくれた。
そんな彼の態度に小さな好感が宿ったのは確かだ。
生まれも育ちも申し分ない倫敦帰りの名探偵は、新一に居心地の良い空間を作り出してくれた。何かと煙たがる中森警部に対して、理路整然と物事を押し通す様は端から見ていて気持ちの良いものだったし、彼が発言するそのどれもが、新一の考えている事に沿っていた。
だが、そんな二人のやり取りを半ば楽しそうに見守る反面、此処に新一の居場所がない事に気付く。
この場に探偵は二人もいらない。
本当は……本当は新一はこの事件に興味があった。
興味以上に惹かれていた。
そんな事、間違っても口にはしなかったけど。
いつの間にか会議の主導権は白馬へと代わり、警備体制等具体的な話へと移っていく。新一は取り敢えずは最後までその会議に参加させてはもらったけれど、これ以上此処に留まる理由が見つからなくて席を立った。
その時だった。白馬が声かけてきたのは。
──── 一度、ゆっくりお話出来ませんか?
そう、柔らかで紳士的な誘いに、新一は何となく頷いた。心の奥に何かが響いた気がした。
彼のその口調は、新一が恋い焦がれている人物にどことなく似ている。
理由はそれだけかも知れなかった。
だから、きっと彼に抱かれる理由はそれだけなのだろうと、新一は思った。
相変わらず白馬は飽きることなく新一の身体を抱いている。
恋人……?自分たちは恋人同士なのかと考える。
暫くぼんやり考えて、────やっぱり、違うのだろうと思った。
それでは、この関係は何だろう……?この関係は……。
「……何を考えているのです?」
この最中に。と、新一の胸の辺りを彷徨っていた白馬が、顔を上げて訊ねてくる。
二人がこうして逢うのは何度目だろう。何時も白馬がリザーブした部屋に新一は彼の誘いを断ることなく赴いた。
初めての時の衝撃は、今ではすっかり影を潜め、彼とこうして居ることにほとんど躊躇いを感じなくなった。
だけど、あの最初の夜の事は、今でも全く思い出せない。
……もう、そんなことどうでも良い事なのだろうけど。
白馬は優しい。新一の持っていた印象以上に彼は優しくて甘やかだった。優しくされるのは不快ではない。抱かれれば新一も溺れた。
本当に好きな人が新一には居るはずなのに……彼と居ると、何かが満たされていくような気がした。
例えそれがただの錯覚であったしても、今の新一にとってそれはとても必要なモノのように感じた。
「何も考えられなくしましょうか……?」
なかなか返事を返さない新一に苛立ったのか、しかしあくまでも優しくそう言ってくる。
「ばーろ……あんまり、夢中にさせんな」
くすくす笑いながら、内心の呆れなど微塵も見せずにそう応える。
白馬の顔を引き寄せて、口づける。すると相手は更に深く交わろうと舌を絡めてきた。いつもは穏やかな態度を崩さない彼だったが、こういう時は情熱的だ。
半ば冷めた心でいる新一の方が普通ではないのだが、それでも新一は彼の動きに懸命に応えて見せた。
身体は正直だった。男を受け入れる事にすっかり慣れてしまった新一の身体は、貪欲に相手を求めた。
白馬は、新一の望むものを与えてくれる。最も純粋な本能の部分が満たされる。
一度知ってしまった身体の快楽は、そう簡単には手放せなかった。
少なくとも新一にとって白馬は、こうして抱かれるのに屈辱を感じない相手だ。同じ探偵で、同等の能力を有し、下賤な人間ではなかった。新一と同じ、上流に位置する人間。
「貴方相手に、手加減なんてあまり出来ませんね」
キスの合間にそう囁かれ、新一の身体がぞくりと震えた。
白馬の手が新一の敏感な部分をくまなくまさぐる。そうとは気付かせない手管で下腹部のその下に息づく新一を握りしめる。
「あ……っ…」
思わず漏れる、震えるような声。白馬はその声に気を良くしたように微笑むと、本格的に彼を責め始める。
新一の敏感な括れた部分に刺激を与える。強弱をつけた巧みな手淫に、新一は蜜を零した。
身体が強い刺激を求めている。新一は、目元を朱に染めてあえやかな吐息を漏らす。
持ち主の意志などお構いなしと言わんばかりに、新一の腰が甘やかに揺らぐ。
「あっ、……ん」
「気持ちいいですか……?」
手慣れた指が更に新一を追い詰める。白馬によって、更に欲望が引き出される新一の身体は、もう堪らないと言うかのように、艶やかに甘えた声を上げ続けた。
身体中を淡い紅色に染めて、更に快感をねだる様は、見ているだけでも充分刺激的だった。
そんな新一に、白馬も更に駆り立てられる。
愛おしげに施す手淫に熱がこもる。揉みしだき、先端を弄り回すと更に悦楽の雫を流した。
「は、……はく…ばっ。……オレ、も……う」
掠れた色っぽい声が、許しを乞うてくる。白馬は、その耳心地よい声を聞きながら、さてどうしようかと一瞬考える。
白馬自身も、目の前の男を欲していた。ストイックだと信じて疑わなかった彼のあられもない姿は、それだけで彼を頂点にまで追いやられてしまう程、刺激的だ。
「どうせ達くのなら……一緒に達きましょうか」
艶めかしく新一の耳元で囁いて。新一は、こくこくと頭を縦に振って応えた。
新一の下肢を軽々と持ち上げられ、白馬は自分の肩に乗せる。
自らの唾液で濡らした指を、新一の中へと埋没させる。その瞬間、身体が微かに強ばったが、白馬はそれに気付かぬふりして、更に丁寧に愛撫を施す。
「はぁ……んっ……」
新一の身体の強ばりは次第に解かれ、ソコも次第に柔らかく溶け出していく。充分に慣らされた身体は、あっけないほどの早さで白馬を受け入れようと身体を拓いていく。
そんな風にしたのは白馬自身だ。
そんな彼の身体の出来に白馬は満足そうに微笑むと、ゆっくりと己のモノをあてがった。
「なるべく力を抜いて……」
「ん……」
囁く声に新一は小さく頷く。それと同時に白馬は新一の中へと進入した。
「あっ……!」
一瞬、息が詰まる。しかし、それは直ぐに満足げな吐息に変化する。
ゆっくりと律動を開始すると、途端に嬌声が零れた。
快楽を与えている相手に縋り付くように抱きついて、本能のままに腰を揺らす、淫らな身体。
白馬自身にしっとりと絡みつく新一の身体。劣情をそそって止まない極上の肢体。
それが堪らなく……。
「イイ……スゴク、工藤君……」
欲情にまみれた男の声。新一の耳朶を噛むように吐息で囁いてくる。
「ば……ろ。んな……事…」
啼かされている身体では、これ以上言葉にならなかった。意味不明な喘ぎ声だけがひっきりなしに零れ、更に白馬の欲望を煽る。
激しく腰を使い始める男の動きに、新一は啼きながら応え続けた。身体の快楽は留まることが無かったが……頭の何処かで、もう一人の新一が愚かな自分を嗤っているような気がした。
相手はどう思っているのかなんて知らない。けど、新一にとって、この男とはただの身体だけの関係だった。
だから、素直に快楽に溺れてしまえる。
本気で好きになった相手なら……こんな風な狂態なんて見せられない。
「ああっ、……イイ、もっと……っ!」
もっと溺れてしまえればいい。この男となら、こんな自分でも、進んで相手をしてくれる。
男同士で、ただ身体の快楽の為だけに、彼と一つになっている。
滑稽な自分。だけど、今の自分には酷く相応しいのではないだろうか。
好きな人がいた。
その人の事を考えると、こんなにもこんなにも好きだと感じる。
この恋は決して汚してはならない神聖なものだと思った。
だけど……きっと一生叶えられない恋だから、何時かは忘れてしまわなければならないとも思う。
だから。
この身を欲望で汚して……アイツに相応しくない身体になってしまおう。
そうすれば、絶対に夢見ることはない。
何時か奇跡が起きて、彼が優しく微笑みかけてくれるような、哀しいくらい滑稽な夢なんて、もう望む事もなくなるはずだから。