負荊7






部屋のドアが静かに閉じられ、新一は見慣れた室内を数歩進んだた所で歩みを止めた。
「いい加減に、その格好止めろ」
新一の、そのほんの少し苛立たしげな声に、彼はくすりと笑った。

「おや。……この姿のままの方が気分が乗るのではありませんか?」
それに、貴方がこの姿を希望したのではありませんか。
背後から歩み寄りながら言い放つ声音にすら、新一は苛立たしげに首を振る。

新一の下賤な誘いに躊躇していたKIDだったが、一端そうと決めると行動に移るのは早かった。
犯罪者故に、あのような逃走ルート上でもたもたしていられないと言うこともあっただろうが、その変わり身は素早い。

誰にも悟られぬよう、気付かれぬよう、新一は通い慣れたホテルの一室にKIDを誘った。
彼の今の姿は、白馬探のもの。その声すら正確に模倣して、新一をからかう。

「何なら、ずっとこのままで貴方のお相手をしても構わないのですが?」
「……ざけんな」

予想以上に強張った声が返ってきて、KIDは表情を改めた。室内に小さな風が巻起こり、彼は純白の姿へと変貌を遂げる。
「どちらも、私には変わりないのですが、ね」
微苦笑を浮かべて呟くKIDに、新一はようやく振り返ると、ゆっくりと近付いた。

「それにしても、良くまぁこんな極上の部屋が取れましたね」
「あいつが、借り切ってんだよ」
「……貴方との逢瀬の為だけに?」
豪勢ですね…と続けようとしたKIDの口を新一の口唇が素早く塞いだ。

「……どうでもいいだろ……そんな事」
吐息がKIDの口唇にかかる。新一の指が手袋をはめたままの彼の指に絡みつく。
「今更……逃げようなんて、思ってやしないだろうな」
「それは、こちらの台詞ですよ。名探偵」
新一の誘いに艶やかに微笑むと、KIDは絡められた指を手元に引き寄せた。思わず体勢を崩す新一の腰をもう片方の腕で強引に引き寄せると、その細い身体を抱きしめた。

「少し、お疲れですか?痩せ気味ですよ」
「魅力、ない?」
「いえいえ」
KIDは頭を振った。新一は口唇の端に微笑を浮かべると、片手を伸ばし頭の上の邪魔なシルクハットを取り除く。
毛足の長い絨毯の上に音もなく転がる。
そのまま彼の首に片腕を巻き付けて、ゆっくりと口づける。光を閉ざした睫毛を間近に見ながら、KIDもそのキスに応えていく。

ゆっくりと深く貪るそれに夢中になる。時折新一の頬にかかるモノクルの飾りすら気にならなくなる程に翻弄される。
絡めたままの指先に官能が走る。首に回した腕から、徐々に力が抜けていくのを感じて、慌てて身を起こそうとするが、それより早くKIDの腕が更に強く引き寄せてくる。

角度を変えて繰り返されるキスに、先に根を上げたのは新一の方だった。

「……っ、ちょっと待っ……!」
「何?自分から誘っておいて、もう降参?」
「……じゃなくて…っ」
相変わらずの落ち着いた口調に、自分だけがこんな気持ちになっている事に気付いて、思わず頬を赤らめた。
そんな新一の様子を、面白そうに見つめている。

「あまり、オレを夢中にさせんな。……夢中になるのは、お前の方だろ?」
後悔させない、楽しませてやるって、言っただろ?
「私は充分楽しんでますが……」
潤んだ瞳で見上げてくる新一に軽いキスを送ると、その身をふわりと抱き上げた。

「え……!?」
思わず声の上がる新一をモノともせず、抱いたままベッドに近付くと、彼の身体をゆっくりと横たえた。

「やっぱりヤるなら、ベッドの上の方が楽で良いよな」
砕けた口調で囁いてくるKIDのネクタイを新一はぐい、と引っ張った。そのまま倒れ込んでくる彼の口唇にキスをする。
角度を変えて、小さく開いたその中に新一の舌が侵入する。相手は面白そうに眼を細め、彼の好きなように遊ばせた。

逃げもせずにそこに留まる彼の舌を新一は絡み取り、吸い上げて貪る。互いの吐息が混じり合って、どちらの物ともつかない乱れた息づかいが二人の間を行き来した。

キスの最中、そっと新一が瞳を開けると、相手は軽く伏せたままの状態でこちらを見つめていた。まるで流されることのないような彼の態度にムカついて、新一は掴んでいたKIDのネクタイを強引に解き、紺色のシャツのボタンに手をかける。

「へぇ……脱がしてくれるんだ」
キスの合間の吐息のような囁きに、益々憮然とする。相手の冷静さが、癪に障った。

新一は、半ば夢中でキスに酔っているのに。

新一の指がもどかしげにKIDのシャツのボタンを外していく。いくつか外して肌が見え隠れすると、その間に掌を滑り込ませた。
ゆっくりと確かめるように、その精悍な身体を指が辿る。ほんの少し震えたような反応を示した彼に満足げに新一は微笑むと、回した腕をぐっと引き寄せ、彼の首筋に噛みつくようようなキスをした。
それから、唾液をたっぷり乗せた舌でそこを嘗め上げる。
しゃらり……と彼が填めたままのモノクルの飾りが鳴った。

新一の思うがままにさせていたKIDが、彼の身体を些か強引にベッドに押し戻した。
「キッ……?」
怪訝に見上げる新一の瞳には、彼の表情は映らない。
KIDは上体を起こすと、決して優雅とは言えない仕種でマントを外し、ジャケットを脱ぎ去った。ぱさり、と衣擦れの音がして床へと落ちていくその様を、新一は視界の隅で確認する。そうしている間に彼の身体が新一にのし掛かってきた。

「今更、後には引かないからな。楽しませてもらうぜ?名探偵」

欲情の色濃い彼の吐息に、新一は妖艶に微笑ってみせた。









「ちょっ……ま…待って……だめ……っ」

何が何だか分からなかった。
どうして、こんな事になってしまったんだ?新一は、考えられない頭で、それでも考える。
理性が……必死につなぎ止めようとしている理性の糸が断ち切られてしまいそうだ。

身体を揺さぶられながら、朦朧としながらもそう感じた。


相手は、男を知らないと言った。女の方が好きだと、そうハッキリ言い放った。
恐らく彼の事、極上に値する女達と経験した上でそう言ったのだろう。この世の快楽を知り尽くしたであろう男。
男には興味ないと、すげなく言われた事、ちゃんと覚えている。

なのに何故、この男は慣れた手つきで新一を翻弄し続けるのだろう。
何も知らない筈なのに。知識と経験は別物だ。100歩譲って新一に欲を感じたとしても、女に与えるのと同じように扱われた自分が、こんなに翻弄されるなんて思いもしなかった。


「………ぁ……んっ……!」
艶っぽい喘ぎ声が、室内に響き渡る。そんな風に自分に声を上げさせられているのが信じられなくて、頭を振って耐えようとする。

「気持ちイイ?感じてる?……まだ、本番はこれからなのに」
そんなに感じていたら、最後まで保たないぜ……?

意地悪い響きで新一の耳元に囁く声。その吐息を耳朶に感じて思わず身体がビクリと震えた。

「あっ………!」
何の躊躇いもないように身体の中に侵入してきたKIDの指が、新一を翻弄させる。全てを知り尽くそうとするかのように掻き乱す指の数は一本所ではない。縦横無尽に這い回る指は増減を繰り返しているのか、新一にははっきりとは掴めない。
只分かるのは、その繊細でいてリズミカルな彼の施す愛撫に、どうしようもなく身体が高ぶっていると言う事。

初めての相手だというのに、KIDは、新一の全てを知り尽くしているかのように、激しく愛撫を繰り返す。
浅ましく敏感に反応する身体を自覚しながらも、まるでその先をせがむように、淫らに腰をくねらせた。

「あ……そこっ……!ゃあっ!」
ある一点を掠めた時、一際大きく新一の声が弾んだ。

「……ここがイイ?」
一端、動きを止めて、さっき触れた場所を再び掠める。すると、新一の身体が痙攣したように震え、喘いだ。
そんな彼のあられのない姿に、KIDの瞳は満足そうに笑った。


「は……ぁっ……ん!」
まるで音楽を奏でるかのようにリズミカルに指を動かすと、それに乗って、新一は好い声で鳴いた。潤みきった瞳からは、瞬きをする度に透明な雫を流した。
新一は、ここまで予想していなかった、目眩を感じる程の快感と、それ以上は与えられない快楽のもどかしさに、秀麗な顔を歪ませる。

「キ……ッド……っあ!」
強請るように腰をくねらせて、更なる快感を手に入れようと蠢く。



執拗に施された愛撫で新一の身体は緩みきっていた。元々、白馬によって慣らされた肢体は、ほんの少しの刺激で容易に身体を拓く。だから、本当はこんな執拗な愛撫など必要無かったし、与えられるとも思っていなかった。

ただ、おざなりの愛撫に加減の知らない衝撃で身体を貫かれるものだとばかり思っていた。例えそれでも、新一の身体は素直に快楽を享受し得ただろう。

夢中にさせてやるつもりが、夢中にさせられていると、新一はそう思った。
この誤算がこの後、どう自分の運命を変えていくのかなんて考えられない。今は、堪らなく目の前の男が……欲しかった。

KIDの指によって嬲られているその場所が、急かすように絡みつく。しかし、KIDは新一が欲しているモノを与えようとはしなかった。
まだ、一度だって触れられていない新一自身が、その欲望を如実に物語り、解放の時を待って先走りの雫を流していた。

「何だ?……待ちきれない?」
分かっているくせに……そんな事を訊いてくる。
新一は、夢中で頭を振った。

「キッ……、欲し……」
欲しい、欲しい、欲しい。もう、それだけしか考えられない。強い快楽を欲するあまり、自分が何を発しているのかすら気付いていない。

「欲し……ちょうだい……全部、いっぱい……っあ…!」

名探偵の淫らに懇願する様を倒錯した眼で観賞し、KIDは満足気に笑った。
そうして、ようやく彼の望むモノを与えてやる。緩慢に動き、焦らしながら、新一の中へと分け入っていく。



「……ぁ……んっ……あっ!」
途端にそれまでになく艶っぽい声が部屋中に響き渡った。室内全てが妖艶な空気に満たされていく。

新一の体内を埋め尽くす、彼の欲望。それが新一と同じ熱さで暴れている。
激しく……だが丁寧な動きで、新一の快楽を更に深く掘り起こしていく。
両足が薄い胸板に付いてしまうほどに折り曲げられ、その無理な体勢のまま揺さぶられる。圧迫感や苦痛を感じる以上に快感。全てが快楽にすり替わってしまっているかのよう。


「イイ?……気持ちイイ?」
欲情に濡れた声が新一を刺激する。

「ふぁ……も……もっと……っ!」
貪欲に欲しがることを止めない新一に、KIDは更に強く突き上げてやると、声を震わせて鳴いた。

「んん………っ」
へし折れてしまうくらいに強くその肢体を押し付け、望むモノを与えてやる。身体が軋む音が聞こえてきそうだったが、新一は何も言わなかったし、KIDも止まらなかった。
KIDの指先は新一を絡め取り、容赦ない刺激を送る。彼の巧みな指使いと、身体の中で蠢いている彼自身が与える刺激でもう限界にまで高ぶっていく。

細い腰が淫らに動き、白い肌に汗が浮かび、宝石のように弾けていた。
目眩がする。互いの心も体も混じり合って、一つに溶け込んでしまうような錯覚すら覚える。

「新一……!」
モノクルが揺れる音に混じって、彼が小さく名を呟いた。
新一は一瞬ぴくりと身体を震わせ、KIDを見た。
しかし、一際強く彼の最も弱い敏感な場所を強引に貫かれ、新一は淫らな声をあげる。

「……やあ…っ!」
新一の中心がびくんと跳ねて、KIDの手の中に欲望を吐き出した。
その瞬間、彼の意志とは関係なく、新一の中が一層引き締まる。

「っ……!」

急激に襲われる強すぎる刺激。それに耐えられなくなって、KIDもまた彼の中に欲望の全てを吐き出した。






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2002.05.24
Open secret/written by emi

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