それからそれからとその後





さて。
さてさてさて。

まん丸綺麗なお月様が夜空に身を横たえている頃、とある大きな幽霊屋敷のとある部屋では、月見団子がベッドに身を横たえていた。
「それでは……頂きます」
几帳面に手を合わせる月見泥棒に、月見団子はくすくす笑っている。
「おう、食え食え」
食えるモンなら、食っちまえ。 と、これまた己の状況にまるで気付かぬ新一は、ゆっくり近付いてくるキッドの顔を見つめながら、そう言い捨てる。

「本当に……知りませんから。……後悔はさせませんけど」
「うん?」
キッドの言葉の意味を計る間もなく、彼の口唇が覆い被さってくる。そっと触れるように口唇を合わせ、啄むように戯れた後に、深く重ね合わせてくる。
「……ん……っ」
苦しいと眉を寄せる新一に、キッドは僅かに口唇をずらし、空気を取り込ませる。
「キスは、嫌い?」
まるで慣れた風でもない相手に、キッドは意地悪く訊ねる。
「キス……?食われてんじゃねーのか?」
「ああ、そうでしたね。私は食事中でした」
小さく声を上げて笑うと、次は何処を食べようかと、指先で頬を撫でる。
「やはり、全てを食べてしまわなければ、折角の月見団子に失礼というものですよね」
「残さず食べる。これは、基本だろ?」
「ですよね」
うんうん。と頷きながら、何度も頬から頤にかけて、指先が行き来する。

「取り敢えず……この邪魔な包み紙は剥がしてしまいましょうか」
頤から喉元を下って、鎖骨の窪みの際に指を差し込んで、キッドは緩く結んだネクタイを邪魔だと言わんばかりに解いて抜き取った。
それから、白いシャツのボタンを一つ一つ丁寧に外し、全てを外し終えると、ゆっくりと開く。
新一は僅かに肩を振るわせて、少し冷えた外気に震えた。

「寒い?……でも、我慢して下さいね」
そう言いながら、更に下肢へと指を伸ばす。
「……もしかして……全部剥がす気なのか?」
「私は、包み紙まで食べるほど卑しくはありませんよ」
新一の曖昧な抗議にそう応え、キッドの指は更に進む。ベルトを外し、ホックも外し、滑るようにジッパーも下ろし……。

「何か……ちょっと嫌かも」
ほんの少し戸惑った声が、新一の口から零れた。しかし、キッドは躊躇しない。
「嫌ではないでしょう?新一は、少しだけ戸惑っているだけ」
「……?」
「だって、食べられた事なんて一度もないのでしょう?どんな人でも、初めての時は戸惑い緊張するものです。決して嫌な訳ではありませんよ」
「……そうか?」
確かに『食べられる』なんて経験は、未だかつて一度も経験した事ないが。
「私に任せて下さい。……決して後悔させませんから。貴方に幸福をあげます」
「そうか?……まぁ、オレは縁起物だしな」
判ったような判らなかったような、曖昧なまま納得する新一。……此処まで来ると、キッドも彼が本当に酔っているのか、それとも天然なのか判断し難くなってくる。
しかし、彼としては、このままの名探偵の方が好都合という訳で。

「安心して。私が貴方を全て食べた後は……私は貴方のものになりますから」
マジシャンらしい早業で、新一の衣服を全て剥ぎ取ると、本格的に愛撫の手を強めていった。(→ショートカット








普通、男が女を『食べる』と言う事は、即ち『えっちな事』をしちゃう訳だが、男が男を『食べる』と言うのも、やはりそうなる訳で。
流石に全ての人がそうであるとは言い切れない。否、そんな解釈する人は極希であるかも知れないが……しかし怪盗キッドは、その数少ない内の一人であった。

「……っ…あっ、……はぁっ……キッ、ド…」
「何でしょう?」
「な……っ、何か……ヘンだぞっ……オレっ……!」
新一の身体は、もうすっかり生まれたままの姿と化していて、キッドに惜しげもなくその身体をさらけ出している。キッドは、その滑らかで艶やかな肌に内心歓喜しながら、口唇や指先で、余すことなく愛撫する。
敏感な部分にも優しく触れ、そして次第に強く撫でて、口唇を這わし、舌先で突いて、その肌を味わう。

「なっ…んか……、熱いっ……!」
平均よりも、僅かに白い新一の肌が、ほんのりと朱く色付き、声が弾むように跳ねる。
「熱い?……当然です」
舌先で一際鮮やかに色づいている胸の尖りを掬うように舐めながら、キッドは言う。

「誰だって、食べ物は美味しく頂きたいと思うのが心情でしょう?……私も、この月見団子を美味しく食すために、じっくりと温めているのですよ」
話す吐息が肌に掛かり、それすら甘い痺れとなって、新一を襲う。その感覚に身体を震わせながら、新一はキッドの言葉を反芻する。
「……あっ…温め……?」
「冷えたお団子を温める。その方が、ずっと美味しく頂ける。でも、……まさかレンジでチンする訳にはいかないでしょう?この月見団子は特別ですから、こうしてじっくり温めて、ですね」
ほかほかになったら、美味しく頂きます、するのです。

指先は休む事無く、新一の身体を縦横無尽に這い回る。新一はその指先から与えられる甘い痺れに反応して、身体を熱くさせていく。

「な……なるほど……そ…か……」
熱い吐息を吐きながらも、納得する新一に、キッドはほんの少し困った表情を見せた。

「本当に……納得してる……?」
勘違いさせたまま……本当に食べても構わないだろうかと、本気で勘違いしているらしい探偵に罪悪感を覚える。

が。

……そう思ったのも、ほんの一瞬の間だけで、彼の甘やかな喘ぎ声に、直ぐに理性を放り出すと、更に更にと強い刺激を与え始めた。
変に仏心を出すと、仇になりそうだ。

「新一、身体……うんと熱くして。美味しく食べたいから……」
「ああっ……キッド……っ!」
キッドの掌が、下肢の……男として最も敏感で刺激を欲するそれを包み込み、ゆるゆると刺激を与えると、それに反応して、新一の身体がびくびくと震えた。

「んぁ……やめ…触んな……っ」
流石に羞恥心が蘇ったのか、新一の口がそう訴えるが、しかし反してその身体は拒む所か、更に強い刺激を欲するかのように揺らめいた。次第に張りつめていく手の中のモノ。既に先端から滴り、こぼれ落ちた透明な雫がキッドの指をも濡らしていく。
「触らなきゃ……味見も出来ない」
そうでしょう? と、潤んだ瞳を覗き込み微笑みを投げかけると、答えを待たずに、キッドは躊躇いもなく、張り詰めた欲望を口に含んだ。

「んあっ!……ばっ、やめ……、んんっ」
殊更強い刺激が、新一の身体を駆け抜ける。あまりの事に、何が起きているのかも理解出来ず、夢中の内に頭を振った。
口の中の……柔らかで暖かな粘膜が、新一の欲望を更に高みへと押し上げる。と同時に、キッドの口から漏れる濡れそぼった卑猥な音にすら、強い官能を引きずり出される。

「キッド……キッ……やめ……!」
おかしくなりそうだと、新一は己の下肢を埋めるキッドの髪を両手で何度も引っ張った。

「……こら、新一。食べられているのだから、大人しくしてなさい」
欲望から口を離す事無く、くもぐった声でそう言うと、更に深くくわえ込むと、上下にゆっくりと動いて根元から先端までを行き来する。唾液で濡れそぼつ欲望は、淫靡で卑猥な様相を呈していく。キッドが時折、口をすぼめて吸い上げるようにしてやると、その昂ぶりは最高潮へと向かいつつあった。
身体中を流れる血という血が、全てその一点に集まったかのような感覚に、新一の身体は震え、沸き上がる欲情を抑えきれなくなる。

「あっ…ああっ…ま、待てって……あっ!」
自分の意思など、まるで無関係あるかのように……身体が勝手に暴走して、どんどん先へ先へと突き進む。気持ちがついていかない。
それでも必死になって押し止めようとする新一に、キッドは殊更卑猥に新一の欲望をしゃぶってみせると、上目使いに新一を見やった。

「忘れないで……新一が望んだ事だよ」
キッドのその声が聞こえたかどうか。新一の伸ばされたままの両足が、ガクガクと大きく痙攣する。背中が浮き上がり、喉を仰け反らせて喘いだ。

それまで感じた事の無いほどの強い刺激。
「ダメっ……も、いっ…!」
キッドが強く吸い上げたその刺激に、新一は為す術もなく、全てを手放した。跳ねるように背中を反らせ、欲望を解放する。それらは、銜えたままのキッドが全て飲み干した。新一は小刻みに腰を震わせて、快楽の余韻に身を任せる。

キッドは、ようやく新一の欲望から解放すると、伸び上がって彼の顔を覗き込んだ。いつもはきちんと整えられている黒髪が乱れ、前髪はしっとりと汗ばんで、その秀麗な額に貼り付いている。
「新一……スゴク、いい」
彼が繰り返す荒い息遣いに、更なる熱いものが込み上げくる。

正に、これこそ『食べて下さい』と言わんばかりではないか。

荒い息を繰り返す新一が、ぼんやりと潤んだ瞳でキッドを見上げてくる。朦朧とした意識の中で、新一はキッドが自分を覗き込んでいるのに気付いた。
今までに見たことのないくらい幸せそうな……そして何処かしら欲望を含んだ淫靡な微笑に、背中が粟立つ。
キッドが舌で己の口唇の端をチロリと舐めた。その舌先に白いモノが見えたのに気付いた新一が、カッと頬を熱くした。

「お、おま…っ!……のっ、飲みやがったのか!?」
「残さず食べろと言ったのは、新一ですよ?」
当然と言わんばかりに頷いて、ニヤリと意地悪く微笑する。そのまま首筋に顔を埋めると、新一の身体がヒクつくように反応を返した。一度解放された事で、更に鋭敏になってしまったのだろう。そんな身体についていけない新一は、戸惑うように頭を振りながら、キッドの愛撫から逃れるように腕を動かす。

「でも……これはまだ味見でしかありませんからね……」
首筋から鎖骨へと舌を這わしながら、所々に所有の印を刻んでいく。その時折与えられる、ピリピリとした小さな痛みにすら敏感に反応して、新一は喘ぎを漏らした。

「キッ……キッドぉ……も……いい」
喘ぎながら呻く新一に、キッドは殊更意地悪く白い肌を吸い上げた。
「残さず食べる。これは、基本でしょう?」
くすくす笑いながら、キッドの口唇は、どんどん下方へと向かっていく。

「新一ってば、色っぽいから……」
余裕が持てなくなる。……元からそんなものなど、ほとんど存在していなかったのだが。

「うっ…やぁ…、──あぁっ!」
解放されたばかりのその欲望に再び触れられ、思わず甲高い声が上がる。キッドは新一の反応に躊躇する事無く、更に奧へと先を進めた。
そして、目指す場所に到達すると、その窪みを探る。いつの間にかキッドの指先にはたっぷりと潤滑油が塗られ、その場所を確認するように、指先でそれを塗り込むようになぞりながら、ゆっくりと中に押し入った。

「っ……!」
思わぬ感触に息を詰める新一。キッドはそんな彼の口唇に啄む様なキスを繰り返しながら、指先をどんどん奧へと潜り込ませた。
キッドの指で濡らされたその場所は、彼の指が動く度に濡れた音を立てた。新一は、その初めての感覚に、どうすれば良いのか判らず身体を固くした。

「大丈夫……力抜いて」
ぐいっ、と深く挿し込まれる。
「……んな事…っ!」
何が切欠でこうなってしまったのか。新一の頭の中は白くなって、何も判らなくなる。ただ、得体の知れない感覚が恐怖を呼び起こすのだ。
「新一のココ……ゆっくりと解れてきてる。……ちゃんと私に食べさせてくれるように、準備が整いつつあるのですね」
嬉しそうにそう言って、新一のこめかみや頬に軽く口づける。時折ペロリと舐め上げて、新一の新たな反応をも楽しんで。
「い、いやだ……怖い」
「怖くはありませんよ。……食べ物はね、その身を喰らわれる事によって命を得るのです。食べた相手の血となり肉となって生きる。だから、食べられることは怖い事ではなく、最も大きな悦びとなるのです」
そう言いながらも、キッドの指は動きを止める事はない。じっくりと丁寧に解していくと、反射的に抗っていた身体の抵抗も、どんどん少なくなってくる。軽い異物感に、僅かに眉を寄せて耐えている新一を確認すると、次第に指の本数を増やしていく。

何度目かの侵入に、其処もすっかり抵抗を無くし、逆に今度は誘い込むように指に絡みついてくる。その感触に満足気に微笑みながら、ゆっくりと抜き挿しを繰り返し、時に深く穿ち、内部を指の腹で強く擦り上げる。
随分時間を掛けて内部を解かすと、やがて、とある一点を強く押したら、逆に跳ね返るような弾力性を感じた。

「──あっ!…んんっ!」
思わず新一の身体が、活きの良い魚のように大きく跳ねた。何度も背中を浮かせ、強い刺激に反応する。
おざなりになっていた新一の欲望が、再び脈を持ち始め、強い刺激を欲し始める。

「ココが……良いの?」
判っていて、その場所を強く押すと、新一はビクビクと身体を仰け反らせ、快楽に喘いだ。
「やっ……すご……イイ……んんっ!」
耐えきれず、声が漏れ、我慢ならないと腰が跳ねる。

「ああ……もう、食べて欲しいのですね」
感嘆に打ち震えるようにそう囁くと、キッドは新一の口唇にそっとキスをした。官能に戦慄いているその口唇に触れると、新一の方から、更に強く求められた。
それまで、こんな風に求められた事がなかったキッドとしては、嬉しくて堪らない。舌を絡め強く吸うと、新一も応えるように強く絡みついてくる。濡れた音が、上の口からも下の口からも零れて……キッドも強く煽られる。

「もう……、食べて良いですよね……?」
限界と言わんばかりに、自らも衣装をくつろげる。新一の身体だけで煽られたキッドの身体は、もう充分準備が整っていた。

「あ…っん……キッド……キッ…」
艶やかな嬌声。新一の欲望が悲しいくらいに濡れそぼって、強い刺激を欲しがっている。

「愛してる……新一」
両足を大きく割って広げさせ、ゆっくりと腰を推し進める。新一の濡れた瞳が、キッドをじっと見つめている。
大丈夫。 と、安心させるように囁いて。


……そうして、キッドは彼の全てを食らい尽くした。











月は大分傾いているものの、未だ煌々と地上を照らしている。

「……痛い」
頭が。こめかみの奧が、ジクジク痛む。……これは、恐らく二日酔いだ。
新一は、痛む頭に軽く舌打ちすると、寝返りを打とうとした。

「───痛っ!」
「ああ、動かないで……。少し、無理をさせ過ぎました」
突然背中から声が聞こえ、新一は一瞬固まった。
恐る恐ると言った体で、頭を捩ると……そこに居るのは、もちろん怪盗キッド。

そこで、はたと思い至る。

……そう言えば、どうして自分はこんな所で寝転がっているのだろう。
此処は、新一の自室ではない。客室だ。1階の、玄関から一番近い部屋で、長く使われていない部屋ではあったが、一応ふいの来客時に対応出来るようにと、それなりに整えられてはいる。
しかし、この家の住人である新一が使用するなど、考えるまでもなくおかしな事であった。
自室のシングルとは違い、それなりに幅の広いセミダブルサイズのベッドの端っこに、新一は転がっていた。そして、その後ろには、己の身体を抱き込むようにして同じく横になっている泥棒の顔が……。

「新一……もしかして……覚えていない?」
驚きと戸惑いが交錯している顔で見つめられたキッドが、少し不安気に訊ねてくる。

「……んな訳あるか」
つい先程の事を……そう簡単に忘れられる筈がないだろう、忘れられる筈が!

新一は、帰宅してからこちら、全ての出来事をまざまざと思い出していた。機嫌の良かった自分の事も、あれよあれよという間に食べられてしまった事も。
「月見団子……」
「そう。そして、私は月見泥棒」
「盗んで帰らず、その場で食べた」
「盗んで欲しかったのですか!?」
新一の呟きに、キッドは吃驚したような声を上げた。

「お持ち帰りしても良いとおっしゃって下されば、そうしたのに。……惜しいことを」
「んな事あるか」
吐き捨てた声の振動ですら、身体に痛みが走り、新一は思わず眉を寄せた。
渋々と言った様子で、大人しく身を横たえる新一に、キッドは彼の耳元で囁く。
「新一、好きです。……愛してる」
新一は無言だ。
「本当に……成り行きとか、据え膳とか、そのような浅ましい気持ちで触れた訳ではないのです」
棚からボタモチ! は、大きく放り投げてこの台詞である。


それにしても、しまった。新一は、己の軽はずみな行動に、深く自己嫌悪した。
もちろん、新一はキッドの事……嫌いではない。好きと嫌いと、どちらかを選べと迫られれば、取り敢えずは「好きかな?」と、答える程度には好意を持っている。
当然、双方の立場や、彼の犯罪歴等々を越えての判断だ。

しかし、これは行き過ぎだと思った。
確かに、今晩彼は酔っていた。それは否めない。

今回は、久々の、希にみる難解な事件だったのだ。それを鮮やかなまでの推理力で、無事解決したその手応えと深い充足感に昂揚していた。
そのまま帰るのも何だと、コンビニでビールを買った。滅多に飲まない新一だったが、今晩は飲みたい気分だった。
コンビニから鼻歌交じりに表に出て、ふと見上げた空には大きな月。あまりに綺麗に浮かんでいるから、ちょっと寄り道とばかりに公園に足を踏み込み、向こうの茂みでカップルらしき人影がイチャイチャしているのも構わず、ベンチに腰掛け、買ってきたビールのプルトップを開けると、一気に飲んだ。

これがまた美味しかった。

全部飲み干し、空き缶をゴミ箱に全て突っ込むと、しっかりした足取りで家に帰った。
帰路を歩く時の新一も機嫌が良かった。ふわふわとほど良い気分で、家の門に手を掛ける時までそれは続いた。
真っ暗な屋敷の門を押し開き、玄関のドアの鍵を外す時は、ほんの少しだけ寂寥感に見舞われた。
ずっとずっと……もう随分長いこと、一人この家で過ごしているけれど……誰も待つ人の居ない家に帰るその瞬間の寂しさ。
それはほんの一瞬だけ感じる事で、だからと言って一人暮らしが苦痛だとは考えたこともないのだが。

そんな寂しさを感じる事も、もうとっくの昔に慣れてしまった。だからと言って、その寂寥感が消える事はないのだが。
そんな気分で帰り……なのに、てっきり誰も居ないと思い込んでいた家に人が居た。それは、全くの赤の他人ではあったが、知らない人ではない。
知人で……決して嫌いな人物ではなかった。むしろ「好きかな?」と思えるような人物であったから……新一は、再び昂揚した気持ちになった。
嬉しかったのだ。誰も待つ人のないこの場所で、自分を待っていてくれた稀代の大泥棒に。

だから、益々機嫌が良くなって、自分が酔っている事にも気付くことなく、新一は今、月見泥棒の腕の中にいる。


「ところで」と、キッドは新一に話し掛ける。
「貴方は、本当に缶ビール1本で、あんな風に酔うのですか?」
もしそうなら、これからの彼の行く末が心配だと言わんばかりに訊いてくる。新一は、小さく溜息をついた。自分の吐息ですら、こめかみに響く。

「オレ様が、たかだか缶ビール1本で醜態を晒すとでも?」
「……もちろん、今晩の事が醜態だなんて、思っていませんよ。私にだけ見せてくれた態度ですよね?」
「……」
何処か嬉しそうにそう言って、新一の身体を抱きしめてくる。新一には、反論する気力すらない。

確かに今回は飲み過ぎた。 と新一は思った。
缶ビール1本と口走ってしまったが、本当は、缶ビール6缶パックを一つ購入。丸ごと、夜の公園で飲み干してしまったという真実を彼に告げる事は、一生ないたろう。

缶ビール1本も6本も同じだよな。アルコール度数は違わないんだし。 と、新一は些かまだ朦朧とした頭で反芻し、次第に睡魔に身を任せていった。

……結局、月見泥棒は朝になっても帰らなかった。









一月後。
新一は、工藤邸のリビングの窓から、限りなく丸い月を眺めていた。
この一月で随分肌寒くなった。先程までは雲に隠れていた月も、今は絶妙なタイミングで新一達にその姿をさらしている。

「十三夜も一緒に月見出来て、良かったですね」
あの夜から、知らず知らずの内に居着いた泥棒が、新一の背後から抱きついて、嬉しそうに囁いた。


新一は、日本酒が注がれたお猪口を口に近づけると、こんな風に誰かと過ごす夜もあながち悪くないなと思いつつ、吟醸酒を味わった。
ふんわり幸せな気持ち。

この想いを彼に告げるのは、まだ随分先の話である。






END




NOVEL

2004.11.13
Open secret/written by emi

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