その瞳に映るのは

 

(四)

 

 

 

ぺちゃ ぺちゃ ぺちゃ......

もうすっかり汚れを舐め取られた後には、唾液のぬらついた筋だけが残され、 浄めるべき箇所を少しづつずらし、舌を押し付けては、舐める。また舐める。
何かに憑かれたかの熱心さ 。舐め進める程にとろんと甘やいだJr.の顔が、序所に股間に近付いて来るのは故意か偶然か、 熱っぽい吐息に股間の栗色の叢がそよぐのを下目使いに眺めやると、一つ、頭を撫でてやりながら、欲情を押し殺した低音で囁きかけた。

「ブロッケンマンとは? 」

舌先がぴくと硬直する。

「ファーターとはどんな風につがい合っていたのだろうね」

屈従の喜悦に曇った瞳へスゥと、光が戻るのを見た。ではそうなのだ。やはりこの子は、ブロッケンJr.は、実父である男との交悦に身を焦がして来たのか。褥に月の光明放つその身体を横たえ、惜しげもなく開かれた谷間に、父、ブロッケンマンの灼熱を迎え入れた夜を幾度重ねたものだろう。

「示してごらん。ファーターとしていた時と同じやり方で、私もしてあげるから」

Jr.の息が妖しくあがる。脚に取り付いていた手の、指先を絡み付かせながら這い昇って来るのが蜥蜴の跛行めいて、その淫微さに目眩を憶えたかと思う間に唇が纏いついた。

喉の奥にぐりぐりと押し付けるように深く、くわえ込む。飲み込むようなその動作とは裏腹に、舌の動きは必要最低限の簡素さ。既に十二分な硬度と膨張を誇示する陰茎に前戯を加える必要など無く、口腔中に漲る唾液を一通り絡ませ終えるや、ついと、身を引いた。

今程まで当のJr.の放った腎水にまみれる私の脚を浄めていた時のさらりとしたものとは違う、咽喉から分泌された粘性の強い唾液が長く糸を引いて、私自身とJr.の舌との間を珠の糸で繋いでいるのが薄明かりの中、露を載せた蜘蛛の糸めいてちらちらと揺れた。

「ロビン、こっち...」

股間から離れ私に背をむけると寝台下の床に脚を降ろす。一瞬重心をかけた反動に弾むスプリングから腰を浮かすと、そのまま裸体を覆うこともせず素足のJr.は歩き出した。優雅な、流れるような動作。どこへ行こうというのか、そのまま見守る。と、Jr.の足は寝室の続き部屋に当たる書斎へと続く扉に向かっていた。扉のノブに手を掛けた。

半身を凭れかけるようにして扉を押すと、するりと隣室に身体を滑り込ませながら私を誘う。傍らにあったガウンを引っ掛けると、彼の後を追った。

高い天井近くまで本で埋まった書架を持つ部屋の、奥まった場所には大きな書き物机。一方の壁に飾られた古い時代の武器の数々の前にしつらえた、大型のひじ掛け椅子とスツールの手前の床を覆う、毛足の長い一枚皮の敷物の上にJr.は居た。

踝まで沈み込む白い毛皮の上に横座りに手を付き、上体をひねってこちらを見上げたその表情の瞳。

「ここで?」

「そう、ここで」

焦れたような、挑発するような響き。

「後生だから。---焦らさないで」

内に押さえ込まれた欲情のオーラにしばし見蕩れた。

「ア.ア来て、ロビン速く」

毛皮に内股を擦り付け見悶えながら誘う。その様をもう少しだけ堪能していたい誘惑に駆られて、私を待つJr.の縋る目を故意に無視した。

壁際により、そこに架けられた武器類に手を伸ばす。大小の剣に斧、馬上槍もある。それら懐古な品々をなぞる指先は、鞭のコレクションの上まで来て止まった。

手入れのいき届いた皮革のしっとりと吸い付く感触を愉しみながら、誰に聞かせるでも無い無関心さを装ってつぶやいた。

「九先鞭、九尾鞭とも言う。枝別れした鞭先の独特な外観から来た名称だ。見た目と打ち降ろした時の音は派手だが、さほど威力はない。力が分散する為だ。初心者向けと言えようね」

Jr.の訝しむ視線。

「ブルウィップ、鞭というと真っ先に思い浮かべるのがこれだろう。元来牛追いの鞭だが、本来の用途のためだけにここに在る訳ではない。この先端に付いた細紐はクラッカーと云って、宙を切る音をより鋭くドラマチックにしてくれる楽しいオマケさ。これの生革製のものは絶大の破壊力でね...打った背の皮膚を鞭幅なりに剥ぎ取る事も出来るたいした優れものだ」

「ふ...」

吐息と共に身じろぐ気配。焦れるのも構わずに続ける。

「乗馬鞭。これは君にも馴染み深いものだろう?我等貴族は何時の時代においても馬と共に在ったのだから。そう、乗馬鞭は細く、良くしなうものほど強力だ。ヒッコリーの若枝でも代用可能だがね。」

「ロビン、いいから、いいから速...く」

身を焼く欲情に耐えるJr.は 身震いするほどの喜びへと私を掻き立ててくれる。

そしてふと思い出したかのごとく、そう、まるでもののついでの様な無頓着な口ぶりでもって、こう付け足してみずには居られなかったのだ。

「---そう云えば君のお父上のブロッケンマンも、手持ち無沙汰に乗馬鞭を弄ぶのがクセだった。腰の鞭釣り革には吊らずにいつもブーツの裾に差し込んで持ち歩いていたっけ...。」

「あファ...ッ、ロビン来てロビンッ、ああ!」

「他には雄牛の生殖器を鞭に仕立てた変わり種。最上のものは雄犀の生殖器から作ったものだが... ......」

「もういいからっ、ロビンッ早くって言ってるのに!」

瞳にぱっと紫の焔が爆ぜる。今まで盲目的にいいなりに見えた人形のようなJr.の、刹那に散った紫色の火花を見逃しはしなかった。最早それを充たしうる男はこの世にはなく、渇望の焔に舐め苛まれ続けるこの子の、案外、これが本質なのだろうと。

面白い。ならば付き合ってやるのもまた一興。

敷物を鷲掴みにつかんだ両手を小刻みに震わせ、昂奮に目をぎらつかせたJr.を静かに見下ろした。

「我慢の足りない子を罰するのには」

壁に架かっていた乗馬鞭を取り上げる。

「そう、これが良い」

具合を確かめるのに二〜三度振ってみる。宙を裂く風切音に満足を覚えるとJr.へ振り向いて命じた。

「掌を上に腕を差し出しなさい」

 


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