第七話:発信機

その男の部屋は荒れるに任せていた。
部屋にはビールの空き缶と、飲みかけのブランデーのグラスが散在し灰皿には溢れんばかりの吸殻が押し込まれていた。
当然のように部屋の空気は淀んでいた。
「さすがに汚ねぇな。」
男はつぶやいたが何をする気力も起こらなかった。
しばらくソファで何をするわけでもなく寝そべっていた。すると突如発信音が部屋の中に鳴り響いた。
男は受信機のスイッチが入りっぱなしであったのを思い出した。
(誤作動でも起こしたか?)
パートナーがいなくなった晩、男は発信機でパートナーの居場所を探ろうと受信機のスイッチをいれたが
何の反応も示さなかったことに愕然としそのままにしていた。
受信機を見に行くとたしかに発信機の電波をキャッチし、発信場所を表示していた。
その場所は男の住処からそう遠くは無い。
本当にかつてのパートナーが着けているものならば、この男の情報網に捕まらないのはおかしいと思われる距離であった。
捨てられたものの誤作動か、あるいは罠か。
男は結論を出す間もなく部屋を飛び出して行った。



発信機が示す場所に男は愛車で乗りつけた。
そこは家族連れやカップルで賑わう大きな公園であった。男は車を降り、園内へと足を踏み入れた。
「ここらへんのはずなんだがな・・・・。」
男はあたりを見回したが、それらしい女の姿はない。
「・・・・ま、期待してはいなかったがな・・・。」
男がそうつぶやき立ち去ろうとしたその時、背後に気配を感じ男は素早く身を翻した。
「さすがですね。」
そこには美しいという表現が的確な白人の男が立っていた。
「何者だ?」
「やはりあなたと同じにおいがしますか?冴羽さん?」
「まぁな。楽しくなさそうなのは確かなようだな。」
「ふふ。もしやこれをお探しですか?」
端正な顔立ちの白人は実に流暢な日本語を話し、ポケットからボタンを取り出した。
紛れも無く、男のかつてのパートナーの衣服に付けられていた発信機つきのボタンであった。
「あんたがミスティか?香をどうした?」
「さすがですね。私の情報を得ていらっしゃるとは。」
「いや、あんたの情報は無いに等しかったよ。で、香は?」
「はい。今は私のところに居ますよ。私のパートナーとしてね。」
「ほう・・・。で、無事なのか?」
「勿論。あなたのところに居るよりははるかに安全ですよ。」
二人の男の間に重い空気が流れたが、互いにポーカーフェイスは崩さなかった。
「で、また俺を呼び出した訳は?」
「ま、焦らずに。どうです?あちらにでも座りませんか?」
白人の男は公園に併設されているオープンカフェを指差した。
「男とお茶する趣味はないんでね。」
「そんなに警戒なさらずに。あなたと殺りあうつもりは毛頭ありませんよ。」
確かにこの白人の男からは殺気が感じられなかった。だが油断ならない事も同時に感じとっていた。
男は勧められるまま白人の男に対峙し席についた。
「申し遅れました。私はこういうものです。」
形式ばった口調で白人の男は名刺を男に差し出した。
「ふーん。システムエンジニアとはおしゃれだねぇ、二階堂さん?」
「セオドア・・・、テッドで良いです。彼女もそう呼んでますし。お察しのとおりこの世界ではミスティと呼ばれていますがね。」
「俺はてっきりもっこり美女だと踏んでたんだがなー。いや実に残念だ。」
「もっこり・・・・。ご期待に添えなくて残念です。本題に入りましょうか。香のことなんですが・・・。」
「ま、まさか今更返そうって言うんじゃないだろうな。やめてくれよ、あいつが居なくなってやっと自由気ままな生活してんだから・・・。」 男は全身で拒否の姿勢を表した。そんな男の真意を白人の男が見逃すはずもなかった。
「確かに私の元に居れば彼女はあなたの元にいるよりも表の世界に近い。
 その上この世界で顔の割れていない私の元に居れば、よりこの世界から遠ざけることもできます。
 シティーハンターのパートナーとして顔が知られているこの街に置くよりは危険ははるかに少ないです。
 彼女にとってまたとないチャンスでもある。
 でもそれは私が彼女を守れればの話・・・。」
「どういうことだ?」
男は先ほどのおちゃらけた表情など微塵も残さず、対峙する男の話に聞き入った。
「ふ・・・。正直飽きたんですよ。この生活にも彼女にも。」
「あぁ?」
突然のあっけらかんとした白人の男の言葉に、男は思わずわが耳を疑った。
「まぁシティハンターの女だからどれほど良い女なのかと思って誘ったら、ほいほいついて来て。
 いざ生活してみると全てが雑でね。金はかかるし。ご存知の通りのお子様ぶりにいい加減手放したくてね。
 のし付けてお返ししようかと・・・・。」

白人の男がそう言いかけた途端、男によって胸倉を掴まれ地面に殴りつけられた。
男は自身の感情に任せて対峙している男を殴りつけた自分に驚いたと同時に、神とも言われた男があっさりと殴られたことにも驚いた。
「なぜそんなに自分を痛めつけたがる?」
静かに男が問うた。
「別に・・・・。とにかく私はこれから海外に行くので彼女が邪魔なんですよ。今夜引き取りに来てください。
 9時に彼女帰宅しますから。場所はここです。」
白人の男は地図を男に差し出した。
「じゃ、私は準備がありますからこれで失礼します。
 あ、そうそう、もし彼女の安全を確かめたいのなら、7時に彼女と食事の待ち合わせをしているのでここへ来ると良いですよ。
 ただし彼女の前には現れないでください。
 彼女にとって私とのデートはこれが最後になるんでね。彼女がかわいそうだ。」
そう言って白人の男は、レストランのカードを男に手渡した。
「これと、あとこれもお返ししますね。こんなことなさらなくても彼女の安全は保障しますよ。」
白人の男は二つの発信機を男に返した。
一つはパートナーの衣服のもの、もうひとつは男が殴りかかったとき相手の襟ぐりに付けたものだった。
「さすがだな。神と言われることはある。」
「あなたの足元にも及びませんよ、今の私ではね。」
そう言って天使のような微笑を残し、白人の男は去って行った。残された男は安堵の色をその顔に浮かべた。
「シリアスって駄目なのよね〜りょうちゃ〜ん。」

男から離れると白人の男は静かに呟いた。
「合格だよ・・・・冴羽・・・。」


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