「宮地ってなんか気になるんだよなぁ。背ぇ高くて目立つからかな?」
「いつもニコニコしてばっかで宮地って怒ったりとか腹立つコトねーのかな?なんか不思議。」
「俺、宮地と話とかしてみたいかも。」
「なあなあ、青木は宮地みたいなヤツと友達になりたいとか思わねえの?」
宮地 宮地 宮地 宮地
いつのまにか会話の端々に、ケイちゃんの口からぽつぽつヤツの名前が上るようになった。
ケイちゃんはそんな自分に気付いてなかったけど・・・・。
はっきり言って俺は不思議だった。
ケイちゃんは見かけで人を判断したり、容姿か良いからって理由で人に惹かれたりする人間じゃない。
なのになんで話したことも無い宮地のことを気にするようになったのか。
俺は危機を感じた。
だって相手はあの宮地なのだ。
俺は初めて、ケイちゃんを奪われるかもしれないという恐怖に怯えた。
でも指を咥えてただ成り行きを見ているよーな俺じゃあない。
もし宮地の存在が俺とケイちゃんとの仲を危くする可能性があるなら、どんな手を使ってでも俺はヤツを排除する。
俺は宮地に関する情報を集め、気付かれぬようひっそりとヤツを監視することにした。
宮地観察を始めて一週間ほど経った頃からだろうか、俺は宮地に妙な違和感を感じ始めた。
人気者の宮地は人に取り巻かれていることが多い。
そんな時ヤツはいつも笑顔だ。
だがふとした瞬間、いつもニコヤカに微笑んでいるその顔が、どうしても笑っているように見えなくなる。
時折だが、俺には宮地が笑みの形に顔を歪めているようにしか見えなくなるのだ。
俺は世界で一番綺麗な笑顔を知っている。
純粋な屈託のない心の底からの喜びを表す笑顔。
泣いている人間でもつられて微笑んでしまうような、そんな優しさの溢れるケイちゃんの天使のような笑顔。
それを毎日見ている俺には、宮地の微笑みはひどく嘘臭いものに感じた。
宮地ってどんなヤツ?って聞くと大抵が「格好良い」「頭が良い」「優しい」って返してくる。
そんな完璧な人間いるのか?
はっきり言って胡散臭い。
俺は宮地の完璧くんぶりに疑いを持ち始めた。
きっかけはヤツの作り物みたいな笑顔。
それがどーにも俺には「信用ならん!」って気がしてならなかった。
だって誰だって良いとこと悪いとこを持ってる。
それがどっち側に傾いてるかってだけだ。
俺はどっちかって言えばお綺麗な良い人間じゃない。
俺はケイちゃんを自分の手の中に繋ぎ止めて置く為ならいくらでも平気で汚い事が出来る。
いつも自分の嫌な部分をケイちゃんの前では隠してるんだ。
だからみんなから良い人と言われている宮地に、ケイちゃんが心惹かれるのが怖い。
ケイちゃんが宮地の心の美しさに惹かれるのなら・・・・
きっと俺は勝てない。
でもそれは宮地が本当にみんなの言うような良い奴で、ケイちゃんに相応しい人間ならの話だ。
俺は疑わずにはいられなかった。
ヤツは良い人の仮面を被ってるだけじゃないのか?
周り中の人間を欺いて、汚いとこを隠してるだけじゃないのか?
俺は宮地がどんな人間なのか知りたかった。
宮地がみんなの言うような完璧くんじゃないって知って、安心したかったんだ。
そんな時、俺はたまたまバスケ部の試合を見ることになった。
その日は日曜日だったけど、俺は飼育当番のケイちゃんに付き合って学校に来ていたのだ。
やることを済ましてさっさと帰ろうと思っていた俺達だったが、この学校最強のニワトリ『ライダー』からの激しいキック攻撃を受け、鳥小屋の掃除に思いのほか時間がかかった。
そしてなんとか掃除を終え、帰れると思った時にそのライダーが逃走したのだ。
ニワトリの足は速い。
マジか!?と思うくらいのスピードでライダーは追いかける俺達をせせら笑うかのように逃げ回る。
普通に追っていては捕まえることが出来ないと悟った俺達はライダーを挟み撃ちにすることにした。
前と後からじりじり追い詰め、激しい格闘のすえにやっとライダーを捕獲したのは体育館の裏だった。
体育館の中から歓声が聞こえた。
それに釣られるようにしてケイちゃんが言い出したのだ。
「青木〜体育館でなんかやってる。ちょっとナカ見てこーぜ。」
俺達はライダーを抱えたまま体育館に入った。
日曜だってのに結構人がいて、その殆どは女の子。
そしてコートの中を宮地が走っていた。
バスケの試合。
宮地がボールを持ってゴールに切り込んでいく。
相手チームのディフェンスを鮮やかに躱して、綺麗にシュートが決まった。
女の子達から黄色い歓声が飛ぶ。
「きゃあ〜〜 v 宮地く〜ん」
「宮地く〜んすご〜い」
「カッコイイ〜 v 宮地く〜ん」
みんな目がハートになっている。
確かに宮地は格好良かった。
俺はいや〜な感じがして、恐る恐る隣にいるケイちゃんの様子を窺った。
ケイちゃんは驚いたように目をまんまるくしてたが、その目がキラキラと輝き出すのを俺は見てしまった。
ああ、見たくなかった。
いつもならケイちゃんの顔を見てるだけで幸せになれるのに。
俺の心の中にはどよどよと苦い思いが広がっていく。
やはり宮地はみんなが言うような完璧くんなのか?
ケイちゃんがヤツに惹かれていくのを俺は見てるしかないのか?
俺はヤツに勝てないのか?
色々な思いが交錯したまま、俺はコートの中の宮地を見据えた。
鮮やかにシュートを決めておきながら、宮地はどこかイライラしているように見えた。
俺は少なからず驚いた。
いつも温和で微笑んでいる宮地のそんなところを見るのは初めてだったからだ。
一体何にイラついているのか。
相手チームに大差をつけていながらもヤツは浮かない顔のままだった。
そして前半戦が終わり、休憩に戻るその時、思いもよらなかったことが起こった。
何気に流した宮地の視線が、女の子達の群れの中にいる俺達の上でピタリと止まったのだ。
そして次の瞬間、もの凄く幸せそうな顔で笑った。
それはケイちゃんの天使の笑顔に勝るとも劣らない、美しい笑顔だった。
ケイちゃん至上主義のこの俺が、不覚にも見惚れてしまうほどの。
その時、突然俺の手の中にいたライダーが「コケーッ」と体育館中に響き渡る大声で鳴いた。
体育館中の人間が一斉に俺達を見た。
「やばい!ケイちゃん帰ろう!」
俺は暴れ出したライダーを慌てて抑えつけてケイちゃんの手を引いた。
ライダーが暴れ出したせいもあるが、俺は宮地の顔を見ていたくなかったのだ。
そして宮地のあの笑顔をケイちゃんに見せたくなかった。
綺麗に微笑んだ宮地。
いつものどこか嘘臭い笑顔じゃない。
心の底から嬉しそうだった。
なんで俺達を見てあんな幸せそうに笑う?
答えはひとつしかない。
俺達じゃない。ケイちゃんを見て微笑んだのだ。
宮地はケイちゃんが好きなんだ!
ケイちゃんを引き摺るようにして体育館から出る寸前、俺は背筋が寒くなった。
宮地が・・・・物凄い目でこちらを見ていた。
宮地はまだ笑っていた。
だけど笑みを貼り付かせたままのその顔は、目だけが暗く冷たかった。
ぞっとするほど。
そして俺はその宮地の視線に身に覚えのあるものを感じたのだ。
こちらを絡め取るように纏わりつく視線。
ケイちゃんと一緒の時に感じた、あの視線だった。
俺は怖い。怖くなった。
卑怯だ。宮地は卑怯者だ。
ヤツはなんでも持っているのに、自分からは何一つ失おうとせずに俺の大切な人の心を奪おうとしている!
何もしてこないクセに。ただ見つめるだけのクセに。
俺が全身全霊を懸けて求めて、やっと手に入れているケイちゃんの歓心を、ヤツはたやすく自分のものにしてしまう。
俺にはケイちゃんだけなのに!ケイちゃんさえ居てくれたら何もいらないのに!
宮地は、ただ見てるだけで・・・・
ケイちゃんを見えない糸で絡めとっていく。
まるで魔法みたいに。
俺の疑惑は確信に変わった。
宮地は完璧くんなんかじゃない。
ヤツがいつも浮かべている笑顔は紛い物だ。
温和で優しい自分を装って周囲を騙しているんだ。
あの暗くて冷たい眼差し。
背筋が凍るような視線。
そして、あの宮地の本当の笑顔。
どれがより本質に近い宮地なのか俺はもう知りたくもなかった。
ただ怖かった。
俺にとってはヤツは悪魔なのだ。
俺は悪魔によってケイちゃんと俺の仲が微妙に狂い出すのを止められなかった。
俺達を見つめるだけの宮地をどうすることもできなくて・・・・・
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