発砲 ―後ー


「そんなに驚いた顔をして、どうしたの?
今は驚くところじゃなくて、怯えるところだと思うけど」

クスっと微笑み、近付いて来るクラスメイト―――――――氷上京(男子13番)を前に、
早苗はやはり何も言わず、ただ目を見開いた。

氷上くん・・・・・・だよね。この矢を、撃ったの。
ふふ、変ね。罰を下すのは、神さまだけ、のはずなんだけどな。
でも、もう、どうでもいいわ。
やっぱり私には、こんな状況でも真っ直ぐに全てを信じるなんてできない。
心が病んでしまうくらいなら、誰でも良いからここで終わりにしてくれたほうがいい。

これからずっと、さっきのように追い詰められていくのは、嫌だったから。
ボウガンを突きつけられている今も、別に逃げようとは思わなかった。
早苗の心は、既に死にかけていたのだ。
諦め、と呼ぶのだろうか。こういう感覚を。
右腕に深く突き刺さった銀の棒から流れ落ちる血が、つう、と一筋の線を描くのを肌で感じる。
腕にある銀の戒めは、気力と体力と共に、早苗の勇気を、意志を、そして真実を見つめる強さまでを奪おうとしていた。
制服に、血がにじむ。鮮明な赤。
けれど、怒りも恐れもない。
ただ、静かに待とうと思った。その時が来るのを。

私、ここで死ぬのね。何もできないままで。







「けど、本当に、望月さんは運がいいね」

氷上に突然そう言われて、ずっと俯いていた早苗が、ふと顔を上げる。

「え?」

「だってほら、他の皆は一発ですんだのに、望月さんはまだ生きてるし。
って、もうすぐ死ぬんだから、あんまり関係ないか。
まあでも、もうしばらくは、話し相手でもしてもらうよ。
こんなのばかり見てて、つまらなくなってきたところだったし」

そういうと、氷上はガッと無造作に、自分の足元にあったものを蹴った。

「ほら見てよ、これ」

「?」

何だろう。矢が、刺さってる、の・・・・・・・?

早苗は右手で銃を持ったまま、左腕の傷の上の方をぎゅっと握りながら、
恐る恐る彼があしげにしているそれを覗き込む。

「あ・・・・・・」

早苗は絶句した。
土まみれの無残な姿、涙を溜めていたであろう瞳は開けたまま、中原冴子(女子11番)が死んでいたのだ。
その、細い首に銀の矢を掲げて。
・・・・・傷口から流れた血の跡だけが、妙にリアルに残っていた。
華奢で儚げな印象の濃い彼女は、ピクリとも動かない。まるで、ただ静かに真っ暗な空を仰ぐ人形だ。
そして、そのいたいけな人形を踏みつけて、氷上は嘲るように笑みを漏らした。

「ね、この女。
虫も殺せないような顔して、向こうの林に入った僕に、いきなりこのボウガンを向けてきたんだよ?
もちろん、逆にそれを奪って、撃ち殺してやったけど。
ほんと、ばかは救い様がないって本当だよね。
最後は、首に刺さった矢を懸命に外そうとしながら、助けて、ごめんなさい、って泣き続けてさ。
悪いと思うなら、最初からそんなことしなければ良かったのに。あはは」

そうしてまた、ガッと、別の魂の抜け殻を転がした。

「・・・・・・!」

あれは、前熊さん・・・・?
それに、向こうは、三河くんに、藤本さん、それに・・・・宮崎くん・・・・・・・あわせて、5人。
氷上君は、もう、5人も・・・・?

そう考えて、無意識の内に後ずさりした早苗と、氷上の視線がぶつかった。
氷上はニヤリと笑い、前熊の死体の頭に刺さっていた矢を抜き取って、今度は彼女の顔の唇にそれを思い切りを突き刺したのだ。

びちゃっ

形容しがたい音と共に、血しぶきがあたりに散らばる。
―――――明るい彼女が、いつも楽しそうに、人の何倍もの速さで言葉をつむいだ口から、今はゆっくりと少しづつ、血が、流れていた。
早苗は、思わず一瞬目をそらし、顔を背けた。
しかし、氷上の方はというと、前熊を嘲るようにして見下している。
その表情から見て取れるのは、侮蔑と嫌悪。

「僕、こいつ、大嫌いだったんだよ。ぎゅーぎゃー騒いで、うるさくて。
しかも、いつもむやみに僕に話し掛けてきたりしてさ。・・・・・最悪。
さっきも、ここで僕が待ち伏せてるのに気付いたと思ったら、いきなり嬉しそうに駆け寄って来るし。
『待っててくれたの!?』、だって?はぁ?―――――誰が、誰を?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・全く、身の程を知って欲しいよね。」

そこまで言うと、氷上はまた、ゴミでも扱うかのようにして、前熊の死体を足で遠くに突き飛ばした。

「・・・・・・・・っ」

早苗は、愕然とした。心臓が早鐘を打つ。
この、罪深い行動に、全身身震いがした。
どうして、こんなに。
どうしてこの人は、こんなに楽しそうに死人を弄ぶことができるのだろう。
それがどんなに、心を冒してしていく行為であるか、わかってないの?

「何?急に、睨みつけてきて。いいたいことがあるなら、言いなよ」

「・・・・・・・・・貴方は。
貴方は、人を殺しても、なんとも思わないの?どうしてそんな風に、笑っていられるの?」

「・・・・・・・・・・・・・へぇ?
それじゃ聞くけど、望月さんは、僕が人殺しの罪に苛まれて、自殺でもすれば満足なわけ?
それとも、無抵抗で殺されれば良かったって言うの?」

「違うわ。そうじゃなくて、私が言いたいのは、貴方の心のことよ。
貴方は、人を殺すということが、どういうことだかわかっていない。」

「そんなこと・・・・・・・・・・別に、わかる必要もないよ。
人殺しなんて、ただの暇つぶしだから。ゲームが終わるまでの、ね」

「・・・・・・・・・・・・。もう ――――――――もう、いいわ。やめて。」

早苗はそれ以上聞くことに耐えられず、静かに言い放った。
怒りを感じるというよりも、可哀想だと思った。
自分のやっていることが、どんなに罪深いかをわかっていない彼が。
きっとこのままなら、それを知らないまま、堕ちていくであろう彼が。
それならば、自分がすべきことはただ一つ。

止めなければ。

まるで神からの啓示であるかのように、早苗の心にはっきりと生まれた使命。
死ぬことを恐れるよりも、彼の行いを責めるよりも、ずっとずっと重要な。
それが、彼女を突き動かす力となった。

一発だけ、抜かずに残していた弾が、こんな風に役に立つなんて。
私って本当に、運がいいのかもしれないわね。

一人苦笑して、早苗は右手に持っていた グロック19 9mm、その銃口を氷上に向けた。
氷上は一瞬驚いたように静止したが、すぐにボウガンを構え、正面から早苗を見る。

「そうか、残念だな。ここで、お喋りも終わり、か。
言っておくけど、何の訓練も積んでいない素人が、銃を使いこなすなんて無理だから。
君に、僕は殺せない。君は、何もできずに、死ぬんだよ。」

「・・・・・・・やってみなくちゃ、わからないでしょう」

私は、ここで死ぬ。けれど、絶対に、何もできないままで死んだりしない。




そうして、その時は訪れる。




氷上はボウガンを撃った。

早苗の左胸 ――――― 心臓に向かって。


早苗はグロック19 9mmを撃った。










天 ――――― 生きているものは誰もいない空に向かって。




皆に知らせたかったのだ。
戦いは既に始まり、無防備なまま、ここに来れば殺される、と。
ここには、闇に魅入られた悪魔がいる、と。




パァン







銃声が響く。
それは、彼女の悲鳴だった。

たぶん、最初で最後の。




【残り34人】







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