残された銃


ドッ

少女の胸に矢が刺さる。
深く深く。
矢を刺された望月早苗(女子16番)は体を支える力を失いながらも、
真っ直ぐに氷上を見つめたままだった。

『............................................................』

消え入りそうな声でそう口にして、彼女は満足そうに瞳を閉じ、そのまま天の楽園へ逝った。

もし、早苗の胸を射抜いたのが、あるいは銃の弾であったなら、
彼女にはその本当に短い時間さえ与えられることはなかっただろう。

早苗が闇に堕ちていく孤独な魂のための、ささやかな祈りを残すことが許されたのは、
死の恐怖に打ち勝ち、すべきことを成し遂げ死に往く彼女に与えられた、神からの恩賞だったのか。




穏やかな早苗の死に顔を、氷上京(男子13番)は、底のない真っ暗な目でみつめていた。
他の生徒を殺した時と同じように、罪悪感で胸が痛むことは全くなかった。
けれど、感じる、不快感。
あの勘違い女、前熊 みはる(女子15番)に感じた、それとは違う。
もっとずっと、自分をイライラさせる感覚。
氷上は、形の整った眉をしかめて、眉間にしわを寄せた。
一体、何だというのだろうか。
この、パズルを掛け違えたような、妙な違和感は。

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

氷上はしばらく考え込むように黙っていたが、ふうと一回ため息をつくと、
何も言わずにすっと早苗の傍に寄り、主を失った銃グロック19 9mmを拾い上げた。

「これ、貰っていくよ」

早苗を一瞥してそう言って、右手でグロックを握ると、逆の手で今度は自分の学ランのポケットから何かを取り出した(ちなみに氷上は両利きだ。両方難なく使えるように訓練したので)。

「代わりに、僕の武器をあげるから。何の役にも立たないと思っていたけど」

こんな時に、ピアスなんてさ。氷上は皮肉っぽく早苗に笑いかけると、地面に膝をつけて腰を下ろし、ピアスの止め具を外して、出てきた鋭い針を早苗の左耳にぐっと押し込んだ。
プツ、と微かな音がして、彼女の左胸のそれより新鮮な血がポタポタ流れ出し、京の細く長い指を濡らす。
氷上は左手のそれを舌でぬぐいながら、立ち上がろうとして、一瞬静止した。
グロック19 9mmを持ったままの左手を、静かに背後にのばす。
それから振り返ることもなく、自分のの後ろを走り抜けようとした山口良太(男子17番)へ向かって、正確に三度、引き金を絞った。


カッ カッ カッ

しかし、聞こえてきた音は、本来響くはずのそれとは違った。
山口を撃ち抜くはずだった弾も出ない(実際弾が出ていれば、山口は死んでいただろう。氷上は、大財閥の御曹司なので、その手の教育については幼い頃から徹底されていた)。
といっても、元々半狂乱だった山口は、銃を向けられたことにも気付かず、近くの林へ逃げてしまったから、氷上が逆に彼から狙われるようなことはなかったが。
けれど、仕損じた。
殺すつもりの人間を、殺せなかった。
彼は、今、初めて。
氷上は空のグロック19 9mmをすっと下ろし、へえ、と感嘆交じりの声を上げた。

「弾が入っていない、か。あはは、やられたよ」

一人、小さく呟く。
そして、早苗の死体の傍らに立ち、見下ろす形で何も語らぬ魂の残骸を眺めた。

「 死んだ後も、君は僕の邪魔をするんだね 」

そう言うと、早苗が少し、ほんの少しだけ微笑んだ気がした。
それでまた、氷上は眉をしかめた。



先ほど、氷上が早苗につけたピアスについている紅石が、ようやく雲から顔を出し始めた月の光を反射して、明々と輝いている。
しかし、当の彼女が瞳を開けることはない。永遠に。
氷上はそばにある早苗のバックを掴み、無言で踵を返した。
そして少し離れたところに置いていた自分のバック(他の生徒のバックは見向きもしなかった。氷上にとって、汚らわしい前熊達のバックに触るのは苦痛以外の何でもない。例え、武器を取り出すだけでも、だ)を拾うと、スタスタと林の中へ進んでいった。
早苗の死体を顧みることは、しなかった。



だが、氷上は思い出す。
これから、何度も何度も、思い出すことになる。
今や彼女の遺言となってしまった、多くのを言葉を。
あの崇高なる魂が残した、最後の祈りを。


『 あなたに神のご加護がありますように 』




【残り33人】




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