出発


「律、あいつと一緒にいろよ。俺も、必ず合流する」

折川達也(男子2番)が出発間際に耳元で囁いたこの一言が、
若林律(男子19番)のしばらくの行動原理を決定付けることとなった。
率直で陳腐な言い方をすれば、達也は律に、結城姫乃(女子19番)を守れと言ったのだ。
それは、現在このゲームにおいて何の目的意識も持つことができていなかった律にとって、
唯一の行動指針だった。
何をすればよいのかわからない状態と、はっきりとやるべきことが存在する状態。
その心や信念が勝敗を大きく左右するプログラムにおいて、その二つの違いは大きい。
やるべき事ができたことによって、
律は未だに混乱している多くの生徒達よりもずっと先に進むことが出来たのではないだろうか。
加えて、何より確かなのは、姫乃という守るべき存在を手に入れたことによって、
律が幼い頃からずっと心のどこかに所持していた空虚な闇を覆い隠し、
それをさらに深くに押し込むことが出来たということである。
一時的に、ではあったけれど。



本当は、律にとって多くの人間はどうでもいいものだっだ。
好きでも嫌いでもない。
その程度の存在が世界の大半を占めている。
いてもいなくても、同じ。
ほとんどの人間にとって、他人とはそういうものではないか。
違うのは、それを認めるか認めないかであって。


プログラムのルールを聞いて怒りに震える自分を、ハタから冷静に見ているもう一人の自分がいた。
いや、怒りさえも今ではほとんど消え、冷静に状況に対処しようとしているのだ。
律にとっては他人がどうなるということより、自分達がどうするかが重要だった。
そういう意味では、彼はこのクラスで誰よりも自分に正直だと言える。
そんなに親しくないクラスメイト達へ、感じるものは何もない。
いや律の場合、自分への執着さえもが――――――― 。
といっても、現在、ゲームに乗るつもりも、誰かを進んで殺すつもりも全くないが。
少なくとも、姫乃がいる限り。
はっきりと進んでいく道が示されている限り、は。






「 次、男子18番、山本和佐君 」

高らかに声が呼ばれていくそれが自分の番号に近付くたび、律は集中力を極限まで高めていく。
一時間ほど前に達哉が無言で綾小路を睨みつけ出ていった事も、
もう一人の悪友である古藤直人(男子4番)がある決意を胸に静かに部屋を去っていった事も、
遠く外から響いてきた銃声と山口良太(男子17番)の狂ったような叫び声も。
そして今、山本和佐(男子18番)が姫乃に何か小さく囁いて微笑むと、ゆっくりと部屋を後にした事も。
律にとっては、もはやどうでも良いこと。
自分の番が来る。それを、ただぼうっと待った。
それからどうするかも、既にもう決めていた。




・・・・・そろそろ、か。

クラスの中でも有名な子ギャル三人組の一人、山本舞子(女子18番)が、
部屋を逃げるように走り出てから1,2分たとうとしていた。
律は自分の名前が呼ばれる前に立ち上がり、姫乃の方に向かって歩を進める。
それから彼女の頭にポンと手を置き、軽く髪を撫でくしゃくしゃにしてから、無言で踵を返した。
それは、合図、だった。大丈夫だ、という。
律、姫乃、そして達哉だけが知っている、口にされることはない言の葉。
律と達哉。口下手な二人は幼い頃からずっと、何気ない行動で自分の気持ちを表していた。

「うん・・・・」

姫乃が律を見上げわずかに微笑んで、
少し驚きながらも、安心したようにこくんと一回小さくうなずく。
律が振り返ってそれを確認することはなかった。
無表情で綾小路に近付き、差し出されたバックを無造作に受け取る。
一瞬交わされた視線。
しかし、どちらの瞳にもお互いは写っていない。

「頑張って下さいね」

優美に微笑む綾小路にふいと背を向け、律は少し速いスピードで廊下を歩き始めた。
いつの間にか額から滑り落ちていた一筋の汗を、拭うことなく。





【残り33人】






HOME BACK NEXT IMPRESSION

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル