血溜


血に濡れた女を見た。


胸を貫かれた彼女の姿が、律の視界を真紅に染める。
いくつも転がっている死体の中で、それだけが大きく彼の心を揺さぶったのは、
今では『三人』の心の中にしか生きていない遠い日の記憶のせいだろうか。

傍に広がる 小さな血溜。
服ににじむ血。
胸を刺されて転がる女。
ただ、その表情は長い苦しみから開放されたかのように、優しい。
そう、一瞬、思い出した。
今も脳裏に鮮烈に刻み込まれている、あの時を。




「・・・・・・・・・・・!」

目をそらすように瞬きをしてから、それをもう一度しっかり確認した時、
律の意識はまた別のことへと向けられた。
―――――― 気付いたのだ。
自分の足元で、眠るように死んでいるのが誰なのか。

「望月・・・・・・。」

思わずそう口にしたが、返事はなかった。
当たり前だ。彼女はもう、死んでいるのだから。
胸を貫いている矢を見れば、確かめなくてもわかる。

「・・・・・・・・・・・。」

そっと手で触れた死体は、ひんやりと冷たくて。
生きている、という温かさを感じることは出来なかった。

死んだんだ、望月は。

ただその事実だけが、虚しく頭の中で繰り返される。

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

二度と目覚めることのない永遠の眠りについた彼女を見下ろして、律はしばらく目を閉じた。
瞬間、頭の中にゆっくりと浮かび上がってくる情景。
窓から淡い光が差し込む教室の窓辺。
姫乃が早苗に何か小さく耳打ちすると、早苗がやわらかな眼差しを姫乃に向けて。

知っている。
二人は、親友、だったはずだ。

「・・・・・・・・・・・あいつが、泣くかな。」

ふと、律は苦笑を漏らす。
姫乃が傷つくことは間違いないと、思う。

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

そうして、そこで初めて、早苗の死を悼む自分がいた。
彼女と言葉を交わしたのは、自分だって一度や二度ではなかったのに。


・・・・・・・・それを知ったら、望月は笑っただろうか。






『 そう。さっき、心理テストしたの。』

肘をつき、ぼうっと窓の外を見ていた律に、早苗が不意に話し掛けてきた。
珍しく。
そう、珍しく、話し掛けられた。
珍しく、話に耳を傾けた。

『ううん、違う。あれは、ただのイジワルかな。』

早苗は、クスリと笑みを漏らす。

『 聞いたのよ。
二人乗りのボートに姫乃が乗っていて、その傍で私と若林君が溺れてる。
ボートには、一人しか乗せられない。二人乗せたら、沈む。
そのとき、姫乃ならどうする? って。』

・・・・・・・・・?

律は眉間にしわを寄せる。
早苗の穏やかな表情は崩れない。

『 姫乃は迷わず、貴方を選ぶと言った。ちょっと悔しかったな。』

律はただじっと、早苗を見ていた。
彼女は、少し淋しそうに。
けれどとても。
とても、愛しそうに。

『・・・・・でも、きっと。だからこそ、私は、姫乃が好きなのね。』

一番印象に残っているのは、この、笑顔だ。





「・・・悪い、望月。でも俺は、死なないから。」

姫乃を、ひとりにはしない。

まっすぐに早苗を見据え、律は誓った。
これは、二度目の誓い。
破られることのない、唯一の約束。
僅かに汗ばんだ自らの手を見つめ、ぎゅっと握り締める。

そして。
不意に人の気配を感じ顔を上げ、振り向いた律は言葉を失った。

―――――― 姫乃。


少女は大きく目を見開く。
ぽとんと、力なくデイバックが地に落ちた。
その音で、はっと我に返り、一心に駆け寄ってくる影。

「っ・・・・・・・・・・・早苗ちゃん!!」



ああ、同じだ、あの時と。





血に濡れた女を見たのは、二度目だった。


ただあの時は、俺の手も真っ赤に染まっていたけれど。




【残り33人】





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