バス
出席を強要される面倒なイベント。
これが、若林律(男子十九番)の修学旅行への偏見に満ちた考え方だった。
毎日の授業に出るのなら、まだいい。
机に座っていれば、時は過ぎていくのだから。
だが、この行事中は違う。興味もない寺や神社の見学。
あげくには、そこで説教まで聞かされることになるのだ。
はっきり言って、何の得があるのかわからない。
夜の自由時間(消灯後を、自由時間と呼んでいいかは疑問だが)や自由行動を楽しみにしている者も多いが、律には関係のない話である。ダチと遊ぶんなら平日でもできるだろ、と。
皆にいわせれば旅行先でわいわいやるのが楽しいのだろうが、彼には到底理解できそうになかった。
そんなわけで、今も旅行先へ向かうバスの中、律はイスに背を預け目を閉じて眠りについている。
ついている、いや・・・・・・ついていたと言ったほうが正しいのかもしれない。
「おい、てめぇ、起きろ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「起きろって言ってんだろ、ボケが!!」
ドカッ
というのは、折川達哉(男子二番)が、
深い眠りについていた彼の頭を思い切りどついて、無理やり目を覚まさせたからだ。
達哉が理由もなくこんなことをするような男ではないことを証明するために説明しておくと、
眠っている律の頭が、達哉の肩から胸に思いっきりもたれ掛かっていたのがその原因である。
勿論、それは本人の知るところではないが。
「・・・・・・・・・・・・・・・・?
なんだ、達哉?お前、何で俺ん家にいるんだよ?」
「お前、馬鹿か?はぁ・・・・窓の外、見てみろよ。」
「?・・・・・ああ。そうか、そうだったっけ。」
まだ半分寝ぼけたまま、律はひとり頷いた。
今日は、修学旅行。
今は、バスの中。
隣りには、達哉と・・・・・・達哉と、誰だ?
顔を上げて見てみても、達哉と逆方向にあたる席には誰も座っていない。
人が座っているはずのそこには、無造作に荷物が置いてあるだけだった。
「達哉、こっちは・・・・・・・」
「あ゛?お前、いい加減起きろよ。
隣りに座ってたのは、直人だろーが・・・・。」
「直人?」
誰だ?とでも言うように、律は無表情で首をかしげる。
こんな時の彼は、とぼけているわけではなく本気でわかっていないことがほとんど。
殊に、寝ぼけている今、彼が元々口にすることはほとんどない冗談を言っているとは考えられない。
そのことを十分承知している達哉は、呆れと苛立ちを覚えながら、
うざったそうにバスの後方の集団を指差した。
「お前、寝ぼけて頭まで狂ったか?
直人って言えば、あそこで女共とはしゃいでるアイツのことに決まってんだろ!」
「・・・・・・・・・・・・」
律がまだ半分目を閉じたような状態で、そちらに視線を向けると、
最後尾の席に集まって歌え踊れと盛り上がっている連中が見えた。
なおと・・・・・・。ああ、そうか。直人だ。
集団の中心にいる色男(なんだか古い言い方だが、これが一番あってると思う)の姿を視覚で捉え、
それを少しずつ動き始めた脳に伝える。そして律はやっと理解できた。いや、思い出せた。
古藤直人(男子四番)。
端正な顔に似合わぬ軽い口調で話すムードメーカー的な存在の彼は、
律と達哉とよくつるんでいる悪友でもあった。
といっても、現に今そうであるように、四六時中一緒にいるわけではないが。
そう。
これまでの話からもわかるように、若林律人と折川達哉、そして古藤直人の間にあるものは、
決して熱く固い友情の類ではなかった。
三人の共通点を探してみても特に見当たらないし、
まして何か特別な思い出を共有しているわけでもない。
三年間ずっと同じクラスだったせいか、いつの間にか三人一緒にいることが多くなっていただけで、
出会いのきっかけも既に忘れてしまっているほどである。
つまり、理由なんてないのだ。
ただなんとなく、三人でいると居心地が良かった。
だから、そうしているだけで。
例えば、律が危機に陥って困っているのを見つけたとしても、
達哉も直人も自分から進んで助けることはしないだろう。
律が、助けて欲しい、と。力を貸して欲しい、と言うまでは。
三人を結ぶのは、奇妙な信頼感。
それが後に、彼らの行く末に深く関わることになるのだが、今はまだ関係のない話である。
【残り38人】