眠り
途切れ途切れの記憶に残っていること。
3−4のお祭りコンビ・山口良太(男子17番)と前熊みはる(女子15番)があたりが煽ったのか、
眠っていた俺の耳元で、結城姫乃(女子19番)が
カラオケを熱唱しやがってくれたこと(曲名は覚えてない。はやりの歌かなんかか?)。
それを見た直人が笑いながら自分も歌い始めたせいで、
横で眠ろうとしていたらしい達哉までが、起こされたこと(ヤツの第一声は「うるせーよッ!」だった)。
そんなやりとりに、
クラス委員の春吉わかな(女子13番)やその親友の黒崎綺(女子6番)達から笑いがこぼれ、
普段は一人でいることが多い、
氷上 京(男子13番)や堤明日美(女子10番)までが視線をよこしていた。
なんだか、全員が妙なくらいに元気だった。
会話はいつになく弾み、笑いが絶えることはなく。
しかし、騒いでいるのはずなのに、その瞳はだんだんと虚ろになっていった。
後で考えれば、皆無理をしていたのかもしれない。
折角の旅行の途中で、襲ってくる強い眠気に負けないように。
楽しい時間が、終わってしまわないように。
それでも結局、意図的に計画されたそれに敵うはずもなかったのだが。
軍の催眠剤に、気力だけで勝てるはずなどなかったのだが。
ただ言っておくと、律だけはそうでなかった。
彼は昔から、どんな強い薬剤もほとんど効かない体質だったのだ。
つまり、彼の眠りは彼自身が望んだもの。
皆が気付かぬうちに散布されていた薬が、それを無理矢理誘ったわけではない。
バスの中でただ一人、律は自分自身の意志によって眠っていた。
彼にとって、周りの世界はどこか遠い空の向こうのような。
あるいは、すぐ傍の窓の外のような。
近くて遠い、違う場所だったから。
彼は起きていようとは考えなかった。
それゆえに、薬が効いていないにもかかわらず、眠ったままで。周りの異変を感じることもなかった。
あえていうなら。
それに気付けなかったのは、律の心が既にずっと昔から眠っているからかもしれない。
【残り38人】