銃声

密閉された薄暗い部屋の時間は、止まっているようだった。
皆ピクリとも動かず、誰も何も言わなかった。
魂を抜かれた人形のように、ただまっすぐに前を見ているだけだった。
異常な雰囲気。
しかし、その中心にいる女性だけは、ただ一人微笑を絶やさない。

「申し遅れました。わたくし、綾小路 麗と申します。
今回のプログラムの実施におきまして、このクラスの担任を勤めさせていただくことになりました。
皆さまが殺しあうための、サポート役ということにになりますね。以後、お見知りおきを。」

吸い込まれるような笑顔。そしてまた、静寂。

ガタンッ

誰かが慌てて席を立った音が、無音の部屋に大きく響いた。
全員の警戒の視線が、音の出所に集まる。部屋の真中の一番後の席に。
視線の先にいるのは、津田慎一郎(男子8番)。
成績は良い(といっても、一番はいつも氷上京(男子13番)だが)が、内向的で頭が固く、絵に描いたようながり勉。黒渕の分厚いメガネが、さらにそんな印象を強めている。
津田はそばかすの散った顔に脂汗を浮かべ、小刻みに震えながら口を開いた。

「あ・・・あ・あの、しつ、し・しつもん良いですか!?」

どもっている上に、かすれるように小さなその声は聞き取りにくい。
しかし、綾小路は笑顔を崩すことなく答えた。

「なんでしょうか」

「あ、あの、ここれは担任の橋本先生や、ま、マ・・・・か母さん達ちも知っているんですか!?
そ、その前に、これはそその、じょじ冗談ですよね!?」

自分に言い聞かせるように何度も同じセリフを繰り返す津田に、やはり優しい笑みを口に浮かべたまま、彼女は答える。

「いえ、冗談ではありません。殺し合いをしていただくんです、本当に。
もちろん、担任の先生やご両親の許可もとってあります。少し、強硬な方法だったかもしれませんが」

「きょ、きょうこう・・・・・・な、じょじょう冗談、だろ?」

津田の動揺が、混乱が、益々ひどくなる。
いや、津田だけではない。強硬という単語は、生徒の多くを動揺させた。
綾小路をじっと見つめていた律の心臓も、ドクンっと大きく一回鳴る。
父、母、弟。家族。
どうなったんだろうか。どんな風に、この状況を説明したんだろうか。この、信じられない状況を。
いやそれ以前に、律自身未だにこの状況が実感できない。
死ぬとか殺すとか、なんだか遠い世界の話をされている気がする。
きっと、達哉とか直人とか他の奴らもそう思っているのではないかと思う。
動揺はしても、実感は出来ない。ただ、気持ちだけが空回りしているような。
緊張している反面、まだ冗談じゃないかという期待が拭いきれないのも事実で。
そんな律の、いや皆の気持ちに気付いているかのように、綾小路はにこっと微笑んだ。
津田に、律に、生徒全員に向かって。

「そうですね・・・・・・・・説明不足だったかもしれません。
まだ、皆さまはプログラムに選ばれた事に実感が持てないのも、無理はないです。
そう、本来ならこの場面で、『自分の生徒がプログラムに選ばれたことに抗議した担任教師の死体の見せしめ』等が行われて、人の死というものを皆さんに実感していただくのはずですが。
けれどあいにく、このクラスの前担任の橋本先生は、プログラムに快く賛成してくださいまして・・・・・。」

綾小路が、すまなそうに・・・・本当に心からすまなそうに、苦笑した。
同時に、「え?」とか「は?」とかいう驚きの声が、いくつか漏れる。
賛、成・・・・・・・・?
普通なら軽く流すような言葉なのに、それを聞いた瞬間、皆、ガツンと思いっきり頭を殴られたような感覚に襲われた。部屋中の重力が、何十倍にも感じられる気がする。
3−4担任、橋本 圭。
彼は、いわゆる熱血教師だった。
厳しいが、それは生徒のことを心から考えてくれているから。少なくとも、そういう風に見えた。感じた。
だからこそ、クラスの皆、橋本が嫌いではなかった。今も、もしかしたら先生が助けてくれるかもしれないとさえ思っていた。
それなのに。
賛成?俺達が殺しあうことを、快く受け入れた?
いや、本当に快くであったかはわからない。しかしどんな形であれ、承諾したのはおそらく間違いないだろう。
・・・・・・・・・・なんだかひどい裏切りを感じた。
別に、橋本を心から信じていたわけではない。もちろん、死体になった彼の姿をみたかったわけでもない。先生にも、何か事情があったのかもしれない。
でも、止めてくれるのでは、助けてくれるのでは、という期待が裏切られたのには間違いなかった。
信じていたのに、裏切られた。それが、どんな理由があったにしろ、裏切られたのだ。
それはたぶん、多くの生徒の心に疑心が生まれた瞬間だった。あるいは、少しずつ生まれていた疑心がその影を現したというべきか。




シンと静まり返る部屋。
しかし、息をつく間もなく、綾小路はさらなる言葉を紡ぐ。生徒を、追い詰める言葉を。

「皆さま、納得していない顔をなさっていますね。
ですが、わからないのなら仕方ありません。それなら........」

パァン

それなら、に続く言葉の代わりに、生徒の耳に突然届いたのは銃声だった。
銃口から湧き上がっている白煙。
それに、火薬のにおい。
映画で聞くような耳に突き刺さる大きな音ではなかったが、花火のような小気味良い音が印象に残る。
なんだか妙に、あっけなかった。

「ひぃっ」

わけがわからず、半ば呆然としていた生徒達を現実に呼び戻したのは、またしても津田の声だった。
津田が撃たれた!?
嫌な予感が頭をよぎる。瞬間的に、ばっと後を向く。

「っ・・・・・!」










予想は、外れていた。

しかし、全員が息を呑んだ。顔を歪めた。悲鳴を、必死に押し殺した。
津田は弾がかすったらしい頬の傷から血を流していたものの、無論致命傷ではない。
が。問題は、その背後に立っている・・・・・正しくは立っていた兵士にあった。
彼の頭に、綺麗に開いた風穴。
兵士は、目を見開いたまま宙を見ていた。武装していない額の中心から、とくとくと真っ赤な血を流して。
既に事切れている。誰が見ても、わかる。
けれど綾小路は、その死体には目もくれずに続けた。

「見てください。今のように、友達を、殺さなくてはならないのです。だって、こんな風に死ぬのは嫌でしょう?それでしたら、やはり、戦うしかないのです。戦って、勝つしか。
そのためにも、わたくしの話を聞いてください。残念ですが、今、皆さまにできる事はそれだけです。」


【残り38人】

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