発砲―前―


パァン



遠くからかすれて聞こえたその音は、まるで誰かの泣き声のようだ、と若林律(男子19番)は思った。
誰かが、何かを、伝えているような。





もう半分以上の生徒が足を踏み入れた扉の向こう、絶望のみが自分を待っているであろう空間から、
なにか悲痛な叫びのようなその音が聞こえたのは、望月早苗(女子16番)が出発して、数分。
山口良太(男子17番)に出発を強要する綾小路の透き通る声が、部屋にを包んだ直後だった。
確かに、銃声だった。
けれど、それがあまりにはかない小さな音だったので、一瞬その音が何なのかわからなかった。
わかりたく、なかった。
全員が、顔中に苦渋の色を表す。
行きたくない。行って、撃たれたくない。
しかし、そんな彼らの気持ちを知っているはずの綾小路は、ただ静かに言い放った。

「行きなさい、山口君。」

同時に、カチャっと銃を構える。

「それとも、ここで死にたいですか。
わたくしは、ゲームの流れを乱す欠陥品に、憐れをかけたりはいたしませんよ?」

「ひぃっ」

冷たい視線と銃口を、その小さな体で一身に受けた良太は、慌てて立ち上がった。
が、足がひどく震えていて動かない。一歩踏み出そうとするのに、右足が鉛のように重い。
汗が、頬を伝って滴り落ちる。
やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、、、、
なんで、俺の足は動かないんだよ!!!!

「っ・・・・!」

声も。
だめだ、声さえも出ない。
必死に奮闘しているのに、体は壊れた機械のように固まっている。
良太は、その瞳に涙をうっすらと浮かべ、汗を滝のように流しながら、その場で硬直した。

「早く」

綾小路がそう言ったのが早かっただろうか。
それとも、パンと短い音と同時に、何か熱い塊が、良太の左足を貫いたのが先だったのか。

「うあ゛あ゛っ・・・!」

撃たれた良太は、半ば狂ったようにして、走り出した。
痛みと恐怖で、心は死んでしまいそうなのに、さっきよりもずっと足は軽かった。
ばっと投げられたデイバックを反射的に受け取り、良太は猛スピードで教室を出た。

「最初から、そうなさっていれば良かったのに」

小さくため息をつきながら微笑んだ綾小路の瞳は、ひどく冷たかった。
しかし、律は、自分自身が、彼女よりも冷たいかもしれないことに気付いていた。
つまり。
律も、何も感じなかったのだ。
何も、感じなくなっていったのだ。
一気に沸騰した感情が、徐々に元に戻っていくに連れ、律は驚くほどに落ち着いていった。
落ち着く、というよりも、必要なことだけに、集中し始めたという方が正しいかもしれない。
追い詰められれば、られるほど、律の全神経は研ぎ澄まされていく。
そうすると、逆に余計なことは、一切浮かばなくなった。
山口良太が傷つけられ、苦しみながら走り去ったあの時も、特に何も思わなかった。

ただ、痛いだろうな、と。

そしてその後はただ、自分がこれからどうすべきか、ということだけが律の頭を支配していた。



最初に聞いた銃声も、もう遠い。遠すぎて、思い出せない。
それは確かに、誰かが何かを伝えようと発した声であったのに。



【残り39人】




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