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比呂は、いらいらしていた。
及川亜由美が、本部の出口から駆け足で比呂のいる林とは
逆の方向に走り去ってから、すでに5分が経過していた。
何してんだ?まさか・・・・・・・坂本に撃たれたのか?
しかし、銃声らしきものは何も聞いてない。
本部は静けさが支配していた。
とにかく何かやってるな・・・。
無事に出てこいよ・・・・。
頼むぜ・・・・。
緊張した体をほぐそうと、学ランの内ポケットに手を突っ込みタバコを探した。
そう言えば、今日は朝から吸ってないな。
朝から大慌てだったしな・・・・・。
もし・・もし・・・あのまま遅刻しておけば・・・・・?
比呂は頭を振った。
何考えてんだ!
自分だけ助かろうなんて!
ちくしょう。
少し弱気になってるのか?
ほんとにバカヤローだな俺は・・・。
あいつを守れるの俺しかいないだろ?
しっかりしろよ、千成比呂。
自分自身を叱咤激励していた比呂の耳に、カチャリと乾いた音がした。
後頭部には金属の感触。
?銃を突きつけられている?
比呂は動けなかった。
「誰かと待ち合わせかな?比呂くん・・・・・・☆。」
この・・・・甘ったるい声は・・・・・・丸木一裕だ。
しまった!
いつの間に後ろに回られたのか比呂は気づかなかった。
「内ポケットの手を出しなよ・・・・・・・・・・・。」
比呂は、全身に吹き上がる冷たい汗を感じた。
銃を突きつけられている。
間違いない。
おれは
銃を突きつけられている。
「か・一裕か・・・?・・・一服しようとしてたんだ・・・おまえもどうだ?」
比呂はポケットから手をださずにそう答えた。
「出せよ」
一裕は、比呂の質問には答えなかった。
比呂はのどがからからに渇くのを感じた。
「・・・・・・・・・わかったよ・・・・・・・。」
ゆっくりとポケットから手を出す。
沈黙。
すぐ打つ気配は感じなかった。
一裕は、ベレッタM92Fの引き金に指をかけたまま動かない。
「もうすぐ和君が出てくるね?待ち合わせの約束はしてるのかな?」
比呂には一裕のねらいがわからなかった。
――こいつは何がしたんいだ?――
「いや・・・・・約束なんかできる状況じゃなかったろ?・・・・・」
声が震えそうになった。
「それもそうだ♪」
一裕は、比呂も一目置く相当の切れ者だ。
表面上は甘ったるい声やしゃべり方で頭悪そうな印象を回りに与えていたが、
実際比呂や和彦に匹敵するくらい頭の回転は速い。
金髪で少し長く伸ばした髪と、その整った顔の裏側にある残酷な性格も、比呂は知っていた。
あれは理化の時間だった。
魚か何かの解剖で、女子の悲鳴やなんやかんやで教室は大騒ぎだった。
そんななか、一裕だけが黙々と作業を進めていた。
その表情にはうっすらと笑みを浮かべて・・・・・。
一裕はこの異常なゲームの中でも普段と変わらぬ調子でしゃべりつづけた。
「僕はね・・迷っているんだ・・・」
?何を迷ってる?
まさかこのゲーム、やる気になって来たって事か?
だとしたらまずい。間違いなく俺は撃たれる。
一裕は躊躇なんかしない。
今、おれの命は奴の気分次第でどうにでもなる・・・・・。
「・・・何を・・・迷ってる・・?」
比呂は慎重に言葉を選び、一裕に問い掛けた。
「・・・・ん?・・・・あぁ・・・・・僕はね?このゲームを楽しみたいんだ・・・・・・・・・・。」
一裕は思い出したようにそう、答えた。
いつものことだが、一裕の考えは読めない。
「・・・・・だから・・・比呂くんをこのまま逃がそうかな・・・・・って・・。」
なに?楽しみたくておれを逃がす?意味がわからない・・・。
「もし・・・僕が殺されるとしたら・・・・それは、比呂くんにだと・・・思うんだ。このクラスで僕の上を行けるのは君しかいないものね・・・・・。」
あくまで穏やかに、まるで小さな赤ん坊に話し掛けるように優しく、一裕はしゃべった。
「・・・今、君を撃ってしまえばこのゲームはつまらなくなりそうで・・・・・」
比呂は答えられなかった。
――読めない・・・・こいつの考えが。
片ひざをついた姿勢のまま比呂の動きは完全に封じられていた。
ちょっとでも動けば、一裕の迷いなど一瞬にして消えてしまうだろう。
「君を逃がせば君は僕を殺しに来るだろう?スリリングだ♪」
くっくと一裕は笑った。
「・・・それはどうかわからないよ・・・途中で誰かに殺されるかもな・・・・?」
比呂は少し、一裕を揺さぶってみようと試みた。
「君が?・・・フッ・・・そんなへまはしないだろう?現に今も冷静だ。」
一裕は続けた。
「ドキドキスルヨネ?この感じ。こんなやり取りができるのは君だけだよ。僕の愛する3−Vでは♪」
「あぁ・・・・・心臓が破裂しそうだよ・・・・・」
比呂は皮肉っぽく答えた。
「でもね・・・。君を逃がせば僕が死んでしまう確率はぐっと高くなる。」
「そうか・・・・な・・・・・・?」
うまく話ができるようになってきた。
しかし、危険は遠のいてはいない。
「だから僕は迷ってる・・・・・僕が死んだら楽しめないもの・・・・」
「だったら撃てばいい・・・・・おまえはおれをかいかぶり過ぎだよ?」
「そうかな・・・・・・じゃあクイズです♪僕は比呂くんを殺したほうが楽しくなるでしょーか?」
こいつは本気で楽しんでる・・・・・。
「ちくたくちくたく・・・・」
――絶体絶命ってのはこのことだ。
比呂は目をつぶり死ぬことに恐怖した。
「ぶー!!時間ぎ・・・・」
その時茂みががさっと音を立てた。
比呂の左後方だ。
ふっと、押し付けられた銃身は2ミリか3ミリ比呂の後頭部から離れた。
チャンス到来。
比呂はすばやく上半身を左に倒した。
同時に右手で一裕のベレッタを上にはじいた。
ばんっっ!
銃口を空に向けたベレッタは火を吹いた。
すかさず体をきり返し、一裕と対面する。
一裕が照準を合わせる一瞬前に左腕でベレッタを地面に叩き落した。
すばやく転がったベレッタを足で払い、一裕の顔面にストレート。
軽く上体を後ろに反らし交わす。
にやっと笑った一裕は後ろを振り向き走り出した。
「最高だよ♪比呂くん♪」
最後にそう言うと、林にまぎれもう姿は見えなくなっていた。
恐らくは体制を立て直すか、おれを殺すのは楽しみに取っておくつもりだろう。
と、比呂は考える。
近くにいる気配はなかった。
すっと音のした茂みのほうを見た。
呆然と立ちすくんでいるのは、
綾だった。
「サンキュ・・・・・・・。助かったよ・・・・。」
綾は返事はしなかった。
・・・・いや、できなかった。
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