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比呂が部屋を飛び出してしまって、和彦の計画のひとつはご破算になった。
――おいおい、どうやって合流するか打ち合わせてないだろ?
したうちをひとつつき、ざっと周りを見回した。
ちょうど部屋を出て行くのは谷津由布子だった。
―― 小学生の時からいじめられてたらしく、暗い奴だ。
そのドアの手前3列目の右はじ。
綾はひどく怯えている。
ガタガタと震えているのが見えた。
和彦は唇をかんだ。
―― くそっ。
その2つ後ろの席、絵里はうつむいている。
その目に生気は感じられない。
和彦にはもう絵里は諦めてしまっているように見えた。
―― 無理もない。正直、俺だってかなり不安なんだ・・・。
ほかの生徒ももだいたい同じ。
震えているか諦めているかだった。
―― みんなうつむいている。
綾との合流は無理か・・・・・くそっ。
出席番号の都合、綾のほうが和彦よりも早く出発してしまう。
和彦は自分の苗字を呪った。
和彦の綾への気持ちは本物だった。
きっかけなんか覚えてはいなかったが、気がつけば和彦の視線はいつも綾を追っていた。
相棒も多分、気づいているだろう。
綾と話をする時だけは、ぶっきらぼうな和彦はジェントルメンに変身するのだ。
もしかしたら綾も気づいているかもしれなかった。
和彦は、比呂みたく気持ちを悟られないように愛想ない対応をしたりはしない。
露骨なほど綾に優しくしていた。
今だって綾に
「大丈夫、心配するなよ。俺が守ってやる。」
といいたかったが、今は無理だ。
いくら考えてもうまく、綾と合流する方法は見つからなかった。
―― 綾は冷静じゃないし、こちらの計画を伝える方法も見つからない。
不用意に席を立てば蜂の巣になるだろう。
やがて綾は名前を呼ばれ席を離れた。唇をかみ締めた。
―― 俺は好きな女一人も守れないのか?
綾がドアを出る直前、すっと後ろを振り返った。
和彦と目が合う・・・・・。
和彦はまっすぐに綾の眼を見て頷いた。
―― 大丈夫。俺がおまえを守ってやる。俺が行くまで死ぬな。
そういう意味をこめたつもりだった。
綾がその意味を理解したかどうかはわからなかった。
綾は向き直り部屋を出ていった。
―― ちくしょう・・・・。
和彦はこぶしを握り締め、唇が切れるほどかみ締めた。
和彦は悔しかった。
必ず迎えに行くからな…。綾。
もう一度、冷静さを取り戻すため深く深呼吸した。
―― さぁ、考えろ和彦。
和彦は自分にそう言い聞かせた。
―― 今の俺にできることは何だ?
比呂はどこにいる?
銃声が聞こえたのは比呂が飛び出す前の一発だけだ。
その後戦闘になったとは考えにくい。
恐らくは、銃を撃った奴・・・・多分、高橋だろうけど・・・
思わず撃っちゃってびびって逃げたとかそんなとこだろう。
とにかく比呂は外にいる。
自由に動ける状態なら、出口の見える場所に隠れて
俺やほかの信用できる奴と合流しようって腹だろう。
しかし、自由に動けない状態なら?
出口付近を比呂を捜してうろうろするのはあまりにも危険だ。
待ち伏せされれば、
はい、それまでよーだ。
ならばひとつしか方法はなかった。
――とにかく林の中に入る、比呂が気づけば俺の後を追ってくるだろう。
安全な場所で比呂は俺に声をかける。
めでたく合流。
よしそれで行こう。
これならば比呂が俺に気づかなくても、比呂が自由に動けない状態でも危険は少ない。
俺にも、比呂にも。
「男子19番 森和彦」
そう呼ばれても和彦はすぐに立ち上がらなかった。
隣にほっぽてある、比呂が忘れていったバッグを開け、中身を確認した。
―― なんか使えるもの入ってねェかな?
目に付いたのはバスターのカートンボックス。
後は着替えや、洗面用具。
CDプレーヤー、漫画。
――おいおい、平和なバッグだな…。
「何してる!?森!」
坂本は銃を向けた。
すばやくバスターを自分のバッグに入れてから、両手を上げて立ち上がった。
「やだなー先生。すぐ行きますよ!」
笑って見せた。
自分が冷静である、とクラス中にアピールして見せた。
―― これならばったり出会ってもいきなり撃たれるって事はないだろう。
相手がやる気になっていなければの話だが・・・。
”用心に越したことはない”これも比呂の父親の言葉だった。
――さて、行きますか。
ゆっくりと歩き出した。
――頼むぜ、相棒・・・。
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