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13:48


「絵里・・・。」


綾は少しだけ遠慮した小さな声で絵里の名を呼んだ。
正直に言ってしまえば、絵里と呼んだ事は今までにはない。
プログラムの、この時が、はじめてだった。
普段の学校生活では名前を呼ぶことは一度もなかった。
教室で会話した記憶も、数えるほどしかない。
それもあたりさわりのない、無意味な言葉をいくつかやりとりするだけの会話。
綾は、何と呼ぼうか迷った挙句に”絵里”と名前で呼ぶことにした。
この短い十数時間を共有しただけなのだが、幾千の言葉を交わしたような、
何年も傍にいたような、親密感が綾の中には確かに芽生えていた。
見かけによらず、精神的に強い部分や大人っぽい側面を知った。
思っていたよりもずっとしっかりとした、むしろ自分よりも大人に近い存在に思えた。
亜由美が比呂に対して特別な好意を持っていなければ、
絵里に対して敵意のようなものもなく、
教室でももう少し仲良くなっていたかもしれないと感じた。
いや、ひょっとしたらもっと親密に付き合っていたかもしれない。
小出絵里という女性の本質を、良い部分を見抜けていただろう。
そして、皮肉にも、プログラムという殺し合いの中で綾はその本質に気付いた。
名前で呼ぶことは綾にとって、絵里へのリスペクト。


絵里は名前で呼ばれた事に正直に驚く。
どことなく、綾や及川亜由美は同姓としても近寄りがたい雰囲気があった。
絵里もそれほど積極的に輪を広げる方ではなかったし、綾たちもそうだった。
キレイな二人を少しだけ意識していたのも否定できない。
童顔の絵里は、亜由美や綾のどこか同年代の女子とは違う華やかさを羨ましく思っていた。
そして無意識に綾や亜由美を避けていた。
自分にないものを見せ付けられているような気がして居心地が悪かったからだ。
しかし、プログラムに巻き込まれ行動を共にし、綾のいろんな表情を見る。
和彦の優しさに頬を染める顔。
恐怖に怯える顔。
強く唇を引き、緊張に耐える横顔。
綾も、自分と同じ15歳なんだと今更ながらに思う。
少しだけ憧れを抱いていた綾に名前で呼ばれたことが嬉しかった。
なんとなく、それだけで急速に二人の心の距離が縮まったように感じた。


「ん? ・・・どした? 綾」


と、絵里も綾の名を口にした。
まともに話すのはプログラムに巻き込まれて始めての事だった。


「いや・・・和君たち・・・どうするつもりなんだろう――って思って・・・」


比呂と和彦は地図を地面に大きく開き、何事かを相談している。
何度も時計を見、ノートに計算式やらなにやらを粗雑に書き込んでいた。
恐らくは、これから潜伏する場所をどこに決めるかを”禁止エリア”や
残りの人数を計算しつつ、相談しているのだろうと絵里は思っていた。
綾の質問は”これからこのゲームに対しどう行動するのか”と言う事だった。


「うー・・・ん。わからない」


絵里はそう正直に言う。
比呂の顔にはまだあきらめの色は伺えない。
それでも状況は絶望的だった。
首輪ははずせない。
首輪がはずせなければ事実上、生きて、4人で、
このプログラムから逃げ出す事は出来ない。


「私、もう頭のなかぐちゃぐちゃで」


綾はそう言いながら俯く。
この状況に対応しきれていない。
そんな感じだった。
そして、それは絵里も同様だった。
お互い親友を失っている。
それでも悲しみよりも恐怖や、緊張のほうが遥かに強くのしかかっている。
人はこんな緊張がピークに達した時、自我が崩壊し発狂するのだろうか、
と絵里は頭の隅で思う。


「でも、よかったね。和くんと一緒に居れて」


絵里は少しでも気持ちを軽くしようと冷やかしのニュアンスで投げかける。


「え・・・。うん・・・。なんかこんな時なのに・・・だけど」


「だけど? 」


「よかった。好きな人と居れて」


「うん」


「絵里も良かったね」


「やっぱり気付いてたか」


「私よりもわかりやすいよ」


「へへ・・・こんなときだけど・・・ね」


「女ってバカだよね」


「うん」


比呂が立ち上がる、そして二人を手招いた。
絵里が一足早く立ち上がり綾へ手を差し伸べた。
綾はその手をとって立ち上がる。
なんとなく照れくさかったが、二人はそれだけの事でもっと深く分かり合えた気がした。


伝わる体温がその証拠だった。













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