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13:52
佐藤浩明の転がった死体を、斉藤知子は黙って見つめていた。
うまくやれた。
知子は満足していた。
手に握られたS&Wはまだ、その銃口から白い硝煙をくゆらせている。
とても控えめに、しかし誇らしげに。
よく晴れたその空とは対照的に、醜く横たわる佐藤浩明の死体は
見開かれた目のままぴクリとも動かない。
恐らくは何が起きたのか、何をされたのか理解されないままにその短い生涯を遂げたのだろう。
目には恐怖というよりも、驚きのようなものがこびりついていた。
浩明を見つけたのが、約一時間前の12:53。
あてもなく、山中を彷徨っているのを発見した。
知子は即座にS&Wを構え、照準を合わせたが引き金は引かなかった。
距離、約10M。
当たるかどうかと問われれば微妙な距離だった。
もし、当たらなければ自分の存在を周りに知らせた上に浩明にも逃げられてしまう。
追うにしてもなるべく体力は温存しておきたかった。
既に、丸一日近く睡眠をとっていない知子は極度の緊張と、
野口順平との死闘で相当体力を消耗していた。
もっと近くへ
知子はそう考え、浩明をゆっくりと追う事にする。
尾行はそれほど困難ではなかった。
浩明も疲れていたのか、相当にゆっくりとしたペースで進み、
何度も、何度もその足を止めた。
知子は、木に、茂みに、岩に、体を隠し浩明を目視できるギリギリの距離で追った。
何度か突然振り返った浩明に、肝を冷やしたが幸いな事に気付かれる事はなかった。
チャンスは突然訪れた。
浩明はしばらく歩き回った後、比較的深く茂っている茂みを発見し、潜り込む。
少し離れた位置からそれを確認し、知子も茂みに身を隠す。
便意を催したのだと思った。
しかし、浩明は30分を過ぎてもその茂みから出ようとはしない。
ここに潜みつづけるつもりだろうかと知子は舌打ちをつく。
40分、知子は耐えた。
しかし、ソコが限界だった。
一秒ごとに苛立ちは募り、殺意だけが際立っていく。
”強引に”
その言葉だけが知子のアタマを支配し、冷静な決断力を削ぐ。
堪えきれずに飛び出し、浩明のいる茂みに足を踏み入れた。
多少もみ合いになろうとも強引に、その銃口を押し当ててやろうと思った。
しかし、知子の目に飛び込んだのは浩明の安らかな寝顔だった。
拍子抜け。
浩明は寝ていたのだ。
この茂みで。
欲求に耐える事が出来ずに。
知子は小さな笑いを口の端からこぼす。
ふ、と鼻が鳴る。
浩明の頭の傍に立ち、そのままS&Wを浩明のこめかみに押し当てる。
撃鉄を起こす。
大してかける言葉もない。
さよなら。
影の薄い冴えない男。
知子は引き金を引く。
パンという乾いた音と同時に浩明の頭が揺れる。
衝撃で目が見開かれる。
一瞬にして血しぶきが放射状に広がる。
体を二度、びくつかせ浩明は動きを止める。
目は見開かれたまま。
――まだ、二人。
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