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「谷津。寝たほうがいいんじゃないか? 」


眠そうに目をこする由布子に、広志は小さな声で提案する。
由布子は首を横に振った。
そして、”大丈夫”という意思を伝えるように小さく微笑む。


二人はI−4の木陰に身を潜めていた。
切り立った崖のようになった高台の上だ。
ここならば少なくとも北側から急襲される事は避けられる。
もちろん、逃げ道はその分制限されるが。


広志の頭はパニックだった。
あの凄惨な”殺人現場”を直視してしまったのだから、ソレは仕方のないことだった。
血はどす黒く変色し、肉片は悪臭を漂わせていた。
脱出への希望によって、少しだけ薄められていた絶望がのしかかる。
耐えがたい重圧。
それでも、ギリギリで冷静さを保つ。
そうさせているのは広志の横で小さな肩を震わせている、由布子の存在だった。


由布子はあの小屋の内部を見てしまってから、震えが止まらないようだった。
カタカタとその小さな肩を揺らし、膝を抱え、視線はその膝を見つめたままだ。
どうする事も出来ない。
脱出の鍵を握る慶がいないのだから、当然だ。
広志は振り出しに戻る。
もう、このゲームに乗る以外に生きてココを出る可能性はない。
そうも、思い始めていた。


慶への疑心はこれ以上膨らませたくはないと気持ちの奥に押し込めた。


―アイツは死んだ。


と思い込んだ。
生きていると考えれば、知ってしまえば、もう信じる事は出来ない。
何故二人を見殺しに、いや、殺したのかと答えを求めるだろう。
そして、その答えが広志は怖かった。
たった一人の、唯一信じてた友を、失いたくはなかった。
馬鹿げた友情論だとは、広志も気付いていた。
それでもそうする以外に自分を保つ方法を知らなかった。


もう一度由布子へ視線を投げる。
このまま黙っていても、必ずネガティブな方向へ思考が向いてしまうだろうと感じた。
辺りさわりのない、話がしたかった。
どうでもいいような、下らない話を。


「谷津。レッドホットチリペッパーズって知ってるか?」


由布子は返事をしない。


「千成が貸してくれたんだ。外国のバンドだって。
すげーかっこいいんだ。何歌ってんのかわかんねーけど」


返事はない。


「今度、貸してやるよ。かっこいいんだって、ほんとに」


広志はなんだかバカバカしくなっていた。
話し合うべきことがたくさんあることはわかっていた。
それでもこの現実から逃避したい気持ちが抑えられなかった。


「谷津って、普段何聞いてるの?」















「・・・あ、あたしたち・・・・・・もうすぐ・・・・・死ぬ・・・んだね・・・」


由布子の言葉が広志を、周囲の空気を凍りつかせた。
ひやりとした汗が滲んだような気がした。
広志は何も答えぬまま、その口をつぐむ。


――そんな事はない。
と、答えようと思ったがやめた。
”どうして?”の答えが用意できなかった。


広志はその言葉を、無言で、肯定する以外のことは出来なかった。
ただ押し黙り、空を仰いだ。
この自分たちの境遇と同じように、先ほどまで晴天だった空は
どんよりと、灰色の雲を敷き詰めている。
湿気を含んだ風が通り過ぎる。


―どうすることも出来ない。―


広志はその言葉を噛み締める。
そして、目を閉じた。






Riotが彼らを発見する76分前の事だった。





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