-120-
「楽しいよ」
一裕はそう言う。
長いその金の髪をかきあげながら。
砂がぱらぱらと肩に落ちる。
「まだまだ、余裕って感じだな」
しっかりとグロックで狙いを定める。
そして狙うなら今しかないと判断。
引き金を引く決意をする。
外せない。
絶対に外せない。
確実に一発目でしとめなければやり直しだ。
間違いなく次はひっかからない。
そう確信していた。
ごくりと唾を飲み込む。
緊張が一瞬にして張り詰めた。
慶は一裕を中心にしながらゆっくりと円を描く。
そして、少しずつその距離を縮めていく。
一裕はその慶の姿を追いながら、必ず正対するように体の向きを変える。
ゆっくりと。
落ちたガバメントには執着している様子はない。
恐らくはまだ武器がある。
慶はそう、自分に念を押した。
距離約2メートル。
まだ、足りない。
2メートルでは外す可能性が高い。
慶は何度かこのプログラムで実銃を撃ってきたが、
いかに銃が難しいかを体で覚えた。
この距離じゃダメだ。
俺の腕じゃダメだ。
そして、更に円を描きながら距離を詰める。
飛びかかってきたとしても、引き金を引く一瞬の時間があればいい。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
一裕は両手をだらりと前に垂らし、前傾姿勢のまま慶の姿を追う。
飛びかかろうとしている事は明白だった。
距離約1メートル。
もう、目の前に一裕の顔があった。
相変わらず口元は歪んでいるが、目は笑っていない。
ふ、と思う。精神的におかしいという噂は嘘だ、と。
確かに不安定かもしれないが、
間違いなく一裕はキレものであると確信した。
常人よりも緊張や恐怖に対して鈍感なだけだと。
極限のなかで対峙してはじめてそう思った。
今、
ここで、
確実に、
仕留めなければ、
逃げられたり、
かわされたり、
外してしまったら、
死ぬ。
殺される。
なるべく自然な体制で、まさか撃つとは思わないだろう体制で、
慶は引き金を引こうと思う。
左足が地面について、右足をあげようとする直前、
体 は45度だけ一裕の方向へ向いている。
表情が変わらないようにできるだけ注意して、
撃つ。
パァン
グロックがびくりとふるえ、その弾丸を吐き出す。
一裕は一瞬前に引き金が引かれることを察知していた。
慶の表情と、左腕の角度だった。
一瞬だけ歪む、ほんの少し。
ほんとうにほんの少し。
そして左腕が微妙に動いた。
一裕は慶に飛びかかる。
その瞬間、弾丸は銃声と共に一裕の右肩を突き抜けた。
それを慶が目視した瞬間、今度は自分の視界が揺れた。
慶の顎に一裕の左フックが決まる。
慶は殴られた瞬間から自分の位置がわからなくなる。
立っているのか、倒れているのか、
どちらを向いているのか、どんな姿勢なのか。
三半規管が瞬間的に揺らされ、平衡感覚の一切がつかめなくなった。
銃は当たった、しかし、自分は倒れる。
まずい。
慶はデタラメに引き金を引く。
ぱぁん、ぱぁんと何度も銃声が聞こえるが、
当たっているのか、外しているのか、
どの方向にグロックが向いているのかさえわからなかった。
やがて引き金をひいても銃声も衝撃もなくなる。
そこまでで、やっと自分が地面に倒れている事に気付く。
空が見えたからだ。
意識は朦朧としていた。
視界にぬっと影が入り込む。
一裕だ。
慶の体のうえに馬乗りになる。
いわゆるマウントポジション。
「危なかった・・・」
そう一裕が言った瞬間に、首に冷たい感触。
ナイフを当てられていることは明らかだった。
首に少しだけひりっとした痛みが生まれる。
切り傷特有の鋭い痛み。
「肩、痛いよ」
一裕はそう呟く。
そしてにやりと口を歪めた。