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既に出動し、E−0に向かっている栄介達、
大東亜専守防衛陸軍18号プログラム警備西山間部エリア第2班に指令の変更が伝えられた。
――目標の進路が北へそれている。
金網との接触はA座標2〜4と予想される。――
辰巳陸将はちっと舌打ちをくれ、了解を返す。
2班総員がうんざりした顔で溜息を吐き、軍靴を北へ向けた。
山道はきつい。
20Kg程度の装備を抱えているのだから当り前なのだが、
その目的が憂鬱でしょうがなかった。
楽しそうにしている人間はいない。
辰巳陸将でさえ、いぶかしげな顔で走っていた。
一つ山を越え、A座標に回り込むと、新たな指令
――目標進路変更。そのまま東へ。変電所の方向。
金網接触はA−8〜9、B−9。――
その通信の後、若干息の切れた辰巳陸将はつぶやく。
「くそが。エリア範囲外だろうが。
なんで西山間エリアが8だの9だの回らなきゃ・・・くそったれ」
栄介も同意見だった。
しかし、上の命令は絶対。
溜息を吐き、走り出した。
東山間部の部隊が出ている様子はなかった。
恐らくは面倒だからそのまま走らせておけ、
という本部の怠慢だろう。
結局、栄介達第2班は4km近くを走り、A−8へ到着する。
疲労がどっとのしかかる。
目標は現在B−7エリアを北上しているらしい。
禁止エリアの隣だ。
禁止エリアに引っかかってくれれば、
と栄介は思う。
口には出さないが。
第2班はA−8での待機命令が下る。
インカムからは逐一、目標の"追いかっけっこ"が実況中継されていた。
追われているのは女子生徒。
追っているのは男子生徒。
武器は斧。
すでに何度か攻撃されているらしく、女子生徒は傷を負っているらしい。
45分近く、隠れたり、走ったりしながら逃げ回っているようだ。
たいした精神力だね、と栄介は腹のなかで茶化す。
女子生徒は二人組みだったらしく、
相棒はとっくに追っている男子生徒に殺されたらしい。
その間に女子生徒は男子生徒から45分間逃げ切れるだけの距離をとった。
しかし、どうやらそれもこれまでのようだ。
女子生徒は、ちょっと追われながら登るには不利な、
崖と呼べなくもない急斜面に挟まれた道を、金網に向かって進んでいる。
距離も縮まっていて、もう5分もかからずに追いつかれてしまうだろう。
高い確率で接触は金網近辺になると予想された。
「――きます――」
インカムからそう告げられて栄介はM16A1を構える。
政府標準装備のアサルトライフル。
人に向けた事はない。
実弾を入れた状態、では。
今、それを人向ける事に若干のためらいを感じながら、任務だと割り切る。
これが終れば昇進試験だ、と。
走る影が見えた。
栄介達第2班は並列に金網に並び、茂みに身を潜めている。
プログラムの戦闘や、行動に影響が出る恐れがあるため
兵士は極力身を隠さなければならない。
2班総名6名が息を殺し、気配を消す。
静かに息を吸い、吐く。
鼓動は幾分速い。
ちらりと辰巳陸将を見る、陸将は
"目標をしっかりと補足しておけ"
というような意味で顎をしゃくる。
栄介はこくりと頷き、中腰のまま目標へ目を向けた。
走る、女子生徒。
追う、男子生徒。
距離はもう、数メートルもない。
女子生徒は肩から血を流し、それをもう片方の手で抑え走る。
追う男子生徒もいくらか傷を負っているのか、
走り方が酷く不自然に見えた。
女子生徒は金網の存在に気付く。
そして辺りを見回す。
どうやら、横への移動は無理だと感じたのか、
金網に真っ直ぐ向かってきた。
男子生徒は斧を腰に構えたまま静かに追う。
女子生徒は何度も振り返り、ためらいがちに走る。
もう、逃げ場がないことはわかっているらしい。
周りを見渡し、逃げ道を探る。
しかし、つまる距離。
金網から距離2メートル。
栄介達から4メートル。
女子生徒は後ずさりながら尚も金網に向かっていた。
超えるな?
と思う。
兵士達は黙ってそれを見守る。
栄介はなるべくその瞬間を直視したくはないと、
視界の端に目標を追いやっている。
隣の兵士が抑えた声で言う。
「お・・・結構かわいい顔してんじゃん。
ありゃ追っ掛けるほうもそれなりに楽しんだろうね」
下卑た、押し殺した笑いに栄介はうんざりしながらその姿へ目を凝らす。
後ろを向いているせいで顔は見えない。
ショートカット。
活発なイメージというよりは中性的な印象だった。
その後ろ姿を見て、栄介は思い出す。
妹が去ってしまった後、机の上に置かれた手紙の事を。
内容はいたって平凡で、
今までの感謝と思い出のいくつかが綴られていた。
そして最後にこう書かれていた。
――髪型は変えないようにするね? ずっとこのショートカットでいる。
もし、どこかでお兄ちゃんとばったり会った時、
誰だ?こいつ って顔されたらイヤだからさっ。――
栄介はその最後の約束が好きだった。
あいつらしいな、と思った。
そして、目の前の女子生徒は同じショートカットだった。
まさか――
と嫌な予感が走る。
やがて、女子生徒は追い詰められ金網に背をつけた。
カシャンと音が響く。
まさか――。