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男子生徒は追い詰めた事に満足しているのか、
大きな笑い声を発している。
どうやら気が狂ってしまっているようだ。
口からはだらだらと唾液をこぼしている。
女子生徒は首を横に振りながら
「こないでっ」
と叫ぶ。
その声が、記憶に重なる。
まさか――。
ふいに女子生徒が振り向く、金網を越えようとするのだろう。
無理もない。
周りは高い切り立った崖、とはいえないまでも
登るには相当体力と時間を要する斜面だ。
登ろうとすれば容赦なくその斧が彼女をぼろ雑巾のように吹き飛ばすだろう。
戦う事もできない。
それもそのはず、気の狂った人間を倒せないから逃げてきたのだ。
金網を越えることがどう言う事になるかわかっていても、
きっと超えようとするだろう。
彼女でなくとも。
そして、振り返った女子生徒は金網を越えようとその手を上に伸ばす。
栄介にはっきりと見える角度で。
「ち、千春っ――」
予感が的中した。
目の前で生命の危機の真っ只中にいる少女は紛れもない、栄介の妹。
千春だった。
彼が、今まで千春の存在に気付かなかった理由は二つ。
千春の苗字が母親のものではなく成島だった事。
そして彼女はどこか遠くへ言ってしまったのであろうという勝手な想像だった。
まさか栄介の実家に近い埼玉県にいるとは思ってもみなかった。
栄介は自分でも気付かぬうちに立ち上がり、千春の名を呼んでいた。
千春は驚く。
目の前の茂みから突然現われた、金網の向こうの兵士。
兵士に知り合いはいない。
口はぽかんと開かれた。
と、その時、激しい痛みが左腕を襲う。
男子生徒が斧を水平に振ったのだ。
一瞬、その気配を感じ身をよじった千春の左腕は
切り落とされることはなかったが、深い傷を負った。
「千春っ! 俺だっ!」
栄介はもう一度千春の名を呼ぶ。
そして、ヘルメットをずらし、顔をよく見せた。
ばっと、隣の兵士が栄介の頭を押さえ込む。
「ばかやろー、任務中だっ! 」
左腕を抑えながら千春は栄介の方へ目を向ける。
そして、思い出す。
兄の顔を。
兄の声を。
防衛大へ行くかもしれないといっていた、ことを。
男子生徒の攻撃。
再び水平に振られる斧。
間一髪で千春は一歩後退し、避ける。
男子生徒、武士沢雄太は唾液をたらしながらふぅふぅと息をもらす。
彼は上村未央と、木村加代子を殺害した後、
完全に精神を崩壊させていた。
目的はただ一つ。
目の前の動く人間を殺す事。
このゲームに積極的に参加していた。
そして、今、千春の命を刈り取ろうとしていた。
斧を振り上げる、今度は縦に。
思い切り、まるで薪を割るように振り下ろす。
千春はきゃぁと悲鳴をあげ、金網の方向へ避ける。
またしても間一髪で避けた。
そして、金網の向こうへ助けを呼ぶ。
「お兄ちゃんっ!! あたしっ!
千春っ! 助けてっ! たすけてぇぇ!! 」
頭を抑えられても身を屈めようとはしない栄介を、周りの兵士が必死に押さえ込む。
「任務中だっ。 生徒に干渉する事はダメだっ! 落ち着けっ!! 」
「離せっ!! 妹だっ! 俺の妹だっ!! 」
「秋吉!! 貴様っ! 上官に逆らうのか!? 」
「お兄ちゃんっ!! イヤ!! 死にたくない!! 助けて!! お願い!! 」
「千春っ!! 千春っ!! 」
「秋吉ぃっ! 貴様っ撃つぞ?! 」
栄介はその声を聞き、体を震わせた。
撃たれる。
しかし、このままでは妹が。
大切な妹が。
自分を慕ってくれた妹が。
家族が。
大切な家族が。
栄介はM16A1の引き金に指をかける。
そして、そのまま引き絞った。
だだだっ。
小刻みに3発。
右から覆い被さっていた兵士がずるりと落ちる。
下腹部。
防弾チョッキが機能しない下腹部から真っ赤な血が滲む。
「秋吉・・・貴様っ――」
辰巳陸将がそう言い終わる前に、
栄介は体をひねりM16A1の銃口を辰巳陸将へ向けた。
躊躇せずに射撃。
だだだっだだだっ
と3発ずつ。
陸将は腹部から右肩へ掛けて被弾。
のけぞるように吹っ飛ぶ。
即座に、目の前で姿勢を低くしている4人の兵士に向かい、銃を放つ。
小刻みにやはり3発ずつ。
4人は悲鳴をあげ、吹き飛ぶ。
前の2人は顔に被弾し、殴られたように倒れ、
後ろの2人は陸将と同じように後ろへ倒れた。
自分のした事を、まだ栄介はわかってはいない。
ただ、目の前の妹を助けるため、
障害になるモノを打ち倒したに過ぎない。
そのまま銃口を金網に向ける。
千春の肩越しに、斧を振りかぶる影が見えた。
目を見開く。
そして引き金を引こうとするが、
千春の体が邪魔で狙えない。
一瞬の躊躇のあと、斧は振り下ろされた。
ザンッ。
千春の顔に苦痛が浮かぶ。
そして悲鳴。
きゃぁぁあああぁぁ!!ぁ
ああ・・・ぁぁああぁぁぁぁ!!
千春の体、首から肩に掛けて、大きな溝ができる。
そして、肩と首が少しずつ離れていく。
真っ赤な血が噴出す。
[残り8人]