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「せー・・・のっ 」
どん!
という音が響き、一裕の、目の前の土が派手に飛び散る。
一裕は一瞬、顔を覆う。
それを合図に比呂が飛び出す。
左へずれながらベレッタを2発。
撃った瞬間に和彦は身を翻し同時にポンプアクション。
空の薬莢を排出し、岩の上部から銃口だけを覗かせ、今度は知子を狙う。
どん! と再び音が響いた。
もう5メートル手前まで接近していた知子は顔を覆う。
デタラメな照準は上手く、知子の進路をふさぎ、土を跳ね上げた。
「絵里いけっ! 」
絵里もワルサーの銃口だけを塀の上から出し、発砲。
だんという音と共に衝撃で銃を離しそうになる。
ぎりぎりで堪えて、半ばヤケクソ気味に2発、3発と連射した。
岩の向こうでギンという音が二発。
知子も応戦している証拠だ。
絵里は一呼吸おき、もう一度銃口を岩の上から覗かせた。
一発撃ち、思い切って体を立てる。
後ずさりをするように下がる知子が見えた。
2発、3発とデタラメに打ちながら、知子の姿を追う。
続けざまにもう2発。
知子の足元の土と草が舞う。
知子はすばやく応戦。
弾丸は岩の上へ抜けていった。
その瞬間、知子は青くなる。
弾切れだ。
焦り、困惑、後悔、緊張、恐怖。
一瞬にしてそれらが知子の背中に冷たい汗を吹き出させた。
絵里は横でショットガンに弾をつめる和彦にそれを伝える。
「和くんっ! 弾切れっ! 弾切れみたいっ! 」
「よしゃっ!! リボルバーか?! 」
「くるくるまわるやつだよねっ?! そう! それ! 」
「くるくる・・・ま、なんでもいいっ! 」
和彦はすばやく弾を込めなおしそのまま立ち上がり、
無駄のない動作で走り出す。
離れ際に一言。
「絵里っ! 撃て!! 」
絵里はその言葉を待たずに連射。
どこかへ隠れようと周りを見渡す知子にその隙を与えない。
岩の左側から飛び出す和彦。
予想よりもかなり近くにいた知子に驚き、一発。
どん。
知子の背後の土が飛び散る。
外したか――。 あと三つ。
和彦は間合いを詰める為、確実に銃撃を浴びせる為、知子へ近づく。
その間に絵里はまだ1発弾丸の残っているマガジンを排出し、
綾から替えのマガジンを受け取る。
すぐさま装填し、立て続けに今度は4発。
その銃声で和彦は再び足を止める。
4発目の弾丸が知子の左肩を貫いた。
和彦は一瞬絵里へ向き、手を上げた。
"撃つな"のサイン。
左肩を抑える知子との間合いを一瞬で詰め、左足でその足を払った。
知子は目の前の絵里に撃たれた肩の痛みと、相手の戦力に戦意を喪失した。
死ぬ。
そう確信した。
まったくの無防備で知子は倒れこむ。
即座にその目の前にショットガンを突き出した。
「多勢に無勢」
和彦はあがった息を整えながら、勝ち誇ったように言った。
そして、もう一言。
「わりぃな。クラスメイトだろうが、俺たちにゃ余裕がねぇ」
引き金を引こうとした瞬間、知子の右腕が左肩を離れる。
勢い良く裏拳の要領でショットガンの銃口を弾いた。
どんっ! 知子の倒れた頭の横の土が勢い良く跳ね上がる。
意識は死を受け入れようとしたが、体はそれを拒否した。
防衛本能と呼ぶべきか、生への執着は知子の体を驚くほど早く動かす。
驚く和彦は再び銃口を知子へ向けようとした。
しかし、今度は左足がそれを弾く。
同時にその反動を利用し、知子はがばっと起き上がる。
しまった――
と和彦は思う。
つい一月前、ゲーム中、同じように追い詰めた比呂の父親にかわされ、
逆に撃たれた事を思い出した。
絵里は、撃てなかった。
二人の影が交錯し、岩からでは、絵里の腕では、
正確に知子だけを狙う事は出来そうもなかった。
失われたはずの戦意は生への執着により息を吹き返す。
知子は銃口が戻ってくる合間に背中に仕込んだナイフを抜く。
そして、躊躇せずに突き出した。
和彦はのけぞりながらそれを銃身でかわす。
ガチンと金属同士が重なる音が響く。
突き出したナイフを右へ水平にふり、戻し、
一瞬開いた間合いを詰めるように再度ナイフを突き出す。
和彦はその動きを予期し、カウンターのように左足を前に突き出した。
和彦の前蹴りが見事に知子の腹部を捕らえた。
勢い良く踏み込んだ知子はたまらずに体制を崩す。
和彦はそのまま右足を振り上げ、知子の顔面を蹴り上げる。
そして、引き金を引く。
どんっ。
という音ともに知子の体が宙を舞った。
腹部から胸部に至近距離で被弾。
肉片や、血が飛び散る。
一瞬、ひるみそうになるのを堪え、和彦は一歩下がり、もう一発。
どんっ!
ぱぁんと知子の体が弾け、吹き飛ぶ。
豪快に仰向けに倒れた知子の体は胸から腰に掛けての前面がぐずぐずになり、
鼻や口からは血が噴出していた。
そのままもう動くなと念じ、見つめる。
知子はそれきりぴくりとも動かなかった。
15秒、永遠にも感じられた15秒を過ぎて、和彦はその光景から慌てて目をそらした。
あっけない、と言う表現がぴったりなように、和彦は突然訪れた平穏に順応できずにいた。
――死――
知子は痛みすらも感じる事は出来なかった。
ただ、意識が薄れていく。
体が軽くなる。
時間の感覚がなくなる。
倒れているのか、立っているのか、それすらもわからなくなる。
ただ、ゆっくりと冷たい死が近づいている事だけはわかっていた。
一瞬、記憶がフラッシュバックを起こす。
思い出。
しかし、知子はそれを拒否する。
自分を閉ざした少女に、記憶などは必要ではなかった。
その記憶を塗り替える為に演じてきたのだから。
そして、その記憶の中の過去の演技はきっと恐ろしく醜いものだから。
消えたいと願っていた。
こんな自分を消したいと願っていた。
変身願望だと感じていたものの正体を死の間際で気付く。
自分は変身したいのではなくこのまま世界から、
現実から消えたかったのだと。
そして、その願いは満たされる。
冷たい雨の降る、富士演習場で。
[残り8人]