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野口順平(男子16番)は走っていた。
西へ向かい少し急な斜面を自慢の足で駆け上がっている。
――はぁはぁ・・・・・俺は違う。
はぁはぁ・・・俺はなにも悪くない。
はぁはぁ・・・だってしょうがないじゃないか・・・。
こんなゲーム・・・はぁはぁ・・なんだから。
野口順平の右手には、血だらけのナイフが握られている。
後ろを振り向き、誰もいない事を確かめて足を止めた。
体は震えている。
ぉ…俺・・・・・。
野口順平はつい今さっき、山口恭子(女子15番)を刺したばかりだ。
―― ちがう!刺すつもりなんかなかった!
2人がばったり出くわしたのは本部を出て400メートルほど北へ上った、川のほとりだ。
野口順平はカラカラになったのどを潤そうと川の水をすくいあげたとき、山口恭子を見つけた。
二人の距離およそ20メートル。
順平は驚いた。
このゲームで初めてでくわすクラスメイトだ。
クラスメイト同士が殺し会うこのゲーム、周りはすべて敵だ。
つまり、山口恭子も敵だ。
順平は身を隠そうと周りを見渡した。
しかし、ここは川のほとり。
隠れられそうな茂みなどあるはずなかった。
不用意だった。
――気づかれる・・・・・!。
幸い山口恭子は自分の存在に気づいていない。
このまま動かなければ、音を立てたりしなければやり過ごせるかもしれない。
順平は息を殺した。
――たのむ!いってくれ!
俺はまだ死にたくない!
甲子園の夢があるんだ!
そう、順平は野球部のエースだった。
そして、その成績は優秀で甲子園常連の大東亜学園への入学がほぼ内定していた。
―― 大東亜にはいれば甲子園に行ける!
甲子園に行けばプロになれる!
プロになれば大金持ちだ!
女にだってモテル!・・・・
少し動機は不純だが、彼には確固とした人生設計があった。
勿論そのプランは実力なしには実行できないが、順平にはその実力が十分にあった。
周知のとおり、大東亜共和国で最も盛んなスポーツと言えば野球だ。
しかもプロ野球となれば、たった一年プレーするだけでも一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るのだ。
そんなばら色の人生がまっているのにこんなところでは死ねない!
ぴちょん
!
川の魚が水の上を飛んだ・・・・・。
順平は一瞬にして冷たい汗を感じた。
息が止まりそうだった。
そしてそれは山口恭子も同じだった。
―― !誰かいる!
川のところに!
誰!?
・・・野口だ・・・。
しまった!
あの野球バカなにしてんだ?
こんな所で!
山口恭子はクラスの女の子の中でも異彩を放っていた。
言葉は乱暴で、化粧は派手だ。
肌は日焼けで真っ黒になり男友達も多い。
初体験だって2年の時済ませている。
不良ではないのだが、まぁ・・・コギャルと言うジャンルの人間だ。
もちろん、順平になんかびびっちゃいない。
しかし、今は殺し合いゲームの真っ最中。
相手は男だ。
動きを止め、にらみ合う。
勿論、順平はにらんでなんかいなかった。
ただ、山口恭子の顔を眺めていた。
これから起こる物事を予測できない時、人間は動く事などできない。
順平はまさにその状態だった。
恭子は考えた。
――何だあいつ?ぼーっとして。
この殺し合いゲームは・・・・・生き残れるのはひとりだけだ・・・・・・・。
だったら・・・・自分以外の人間は殺さなきゃ・・・・・。
できればそんな事したくないけど。でもいい。
どうせあいては野口だ。
あいつを殺す事なんか私にはなんでもない。
冴子だって殺されたんだ・・・
あいつは立った一人のダチだったのに!・・・
このクラスに大切な奴なんか・・・もう・・いない・・・・
あたしはもう・・一人だ
よーし・・・生き残ってやろうじゃねーか!
野口殺して・・・他の奴も殺して・・・・。
私一人生き残ってやろうジャン!
生き残れれば、優勝すれば生活保障くれるんだろ?国は!
よーし・・・・遊んで暮らしてやろうじゃないか!
野口殺してよーー!
恭子はデイパックから支給された斧を取り出した。
女の恭子にそれを降りまわすのはちょっとツライが、一撃必殺の武器だ。
―― 一撃目さえしくじらなければ・・・。
デイパックを投げ捨て、順平に向かって走り出した。
「しねー!!!!野口ーーーー!!!」
順平は目を丸くした。
―― 山口が、斧を、持って、俺を、殺そうとしてる・・・・・。
いやだ!死にたくない!死にたくなんかない!
ヤラナキャ!ヤラナキャヤラレル!!
コロサナケレバ!コロサレル!!
ヤッテヤル!
ヤッテヤル!!!!!
慌てて、学ランのうちポケットにいれたサバイバルナイフを取り出した!
恭子は斧を、順平の頭めがけて振りかざす。
間一髪。
順平はかわした。
しかし、十分な体制ではない。
恭子は振りかぶって2撃目。
これもあたらない。
――ちくしょー!ちょこまかにげんじゃねーよ!
恭子はめちゃくちゃに降りまわした。
しかし、野球部エースは華麗とはいえないまでも、確実にかわしている。
―― くそっ!くそーーーーーっ!!!
恭子の渾身の一撃はなんと岩と岩の間に。
斧は見事に挟まってしまった。
―― やばい!やべーよ!!!
振り返ったとき、もう順平は懐にいた。
―― あ・・・。
恭子の体に熱い感触が広がっていく。
順平は目を見開き、恭子の足元を見つめていた。
手にはやはり、熱い血の感触が・・・・・。
――時間が止まったみたいだ。
順平はそう感じていた。
その手のナイフは恭子の腹部に埋まっていた。
恭子は体の力が抜けていくのを感じた。
「ち・・・・くしょ・・・・・い・・・・・って・・・・・ぇ・・・・」
声がちゃんと出ない・・・。
―― がはっ!!なんだ・・?
口の中でさびた鉄の味がする。
恭子の口元から流れ出たのは、
―― 血だ。ぃてぇ・・・。
順平はまだ・・・時の流れを感じる事はできなかった。
ただ呆然と・・・恭子の黒いローファーを見つめていた。
―― ああぁ・・・・俺なにやってるんだろう・・・・・?
こんなところで・・・・・。
思考は完全にストップしている。
恭子のローファーに血が滴り落ちた。
―― !!!!あぁ!!俺は!人を・・・・・・・・・・・・・刺した!
慌ててナイフを抜いた。
恭子の腹部から血が噴水のように飛び出した。
その血は・・・・順平の坊主頭に黒いしみを作った。
―― あああああああああああ!!!
順平は声にならない声をあげた!!
――ああああああああああああああああああああああああ!!
恐ろしかった。
恭子はまるでホラー映画のように、腹から血をドバドバ流し順平をにらみつけている。
―― ぉ・・・ぉ・・・ぉ・・ぉ・・ぉ・・ぉ・・・・・・・・俺が悪いんじゃない!
先に俺を殺そうとしたのは!お・・おま・・お・・・・おまえだ!
順平は逃げ出したかった・・・・・・。
しかし足が動かなかった・・。
恭子は薄れ行く意識の中、腹部の猛烈な熱さを感じながら・・・・
思い出のフラッシュバックの中にいた。
冴子と楽しそうに話してるあたし・・・・・。
おかあさんと料理作ってるあたし・・・・・・・・・。
男友達たちとくーだらない事で笑いあってるあたし・・・・・・・・・・・・・・・。
朝帰りしておかあさんにぶたれてるあたし・・・・・・・・・・。
あの人と・・・一緒にいるあたし・・・・・・・・・。
へへ・・・・。あたしみたいな女でも・・・。
結構・・・・想いであるジャン・・・・・・。
うん・・・・・悪くなかったょあたしの人生・・・・・。
まぁ・・・・・・・最後は最低だけど・・・・・・・・・。
ああ・・・・・・・・・・・・・。
もうだめかも・・・・。
息・・・・・・・吸えない・・・・よ・・。
お・・・・か・ぁ・・さ・・ん・。
・・・・・・・・・・・・・ご・・・・め・・ん・・・・・・・。
どさりと恭子は崩れ落ちた。もう・・・息はしていなかった。
順平はびっしょりとぬらしたズボンにも気づかず、震えていた。
――怖い・・・・。
逃げなきゃ・・。
がくがくとゆれる足を無理やり突っ張って、順平は立ちあがった。
そして、はしった。
自分の犯した罪から逃れるように。
しかし、このゲームではこれは罪にはならない。
順平は自分にそう言い聞かせた。
[残り35人]
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