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二人の間を、居心地の悪い沈黙が通り過ぎる。
そして湿った風と、葉と枝をすり抜けて届く滴。
一裕はただ、黙って手の中のベレッタを眺める。
比呂も同じようにベレッタへ視線を向けていた。
「こういう気持ちを愛って呼ぶのかな? 」
唐突に話を続ける。
一裕はどこかひょうひょうとした態度のなかに儚げな弱さを垣間見せていた。
比呂は答えずにベレッタを見つめ続けていた。
「ねぇ? 聞いてる? 」
一裕は待ちきれないといったように体を正対させる。
「あぁ…聞いてるよ。答えが出ないだけだ」
「ふ。比呂くんでも難しい? 」
「あぁ…難問だね。とてもじゃないけど即答できるほど色恋沙汰には精通してない」
「別に明確な答えを求めてるわけじゃないんだ。
比呂くんがどう感じるのか、他の人がどう感じるのかが知りたいだけ」
「…」
「だめ? 」
「だめって言ったら? 」
「そうだね…次は和くんにでも聞こうかな? 」
「俺を…殺して? 」
「当然」
「俺を簡単に殺せると思ってんのか? 」
「今の状況…なら難しくないよ」
「なめられたもんだね」
「そうかな」
「ところで、その、お前が殺したうちのクラスの女とは付き合ってたのか? 」
「いや? まともに話をしたのは昨日が始めて。
いつもちゃんとお話してくれなかったから」
「船…岡? 」
「ご名答」
「ふーん。 お似合いっちゃお似合いだな」
「…」
「気、悪くしたか? 」
「それほどでもないよ」
「でも、その冷やかしはちょっと神経を逆撫でたかな? 」
「若干…ネ」
「お前もただの中学生だね。
そんなことくらいで気持ちを揺さぶられるなんて」
「どういう意味? 」
「ガキだっての」
「…」
「ガキのくせに愛だの恋だの難しいこと考えてんじゃねーよ。ターコ」
「…」
「そういう言い方ははあまり気分良くないね? 」
「うるせーよ。難問つーからなんだと思えば…くだらねぇ」
「…」
「そういう質問は修学旅行の夜中にでも布団に潜ってやってろよ」
突然に比呂はそう、挑発的に一裕を煽る。
もちろん、気分ではない。
一裕を揺さぶるためだ。
「ま、なんにせよ。自分で殺しちゃったんだろ? 考えたってしょうがねーよ。
船岡が恋しいならさっさと後でも追ってくれ。そのベレッタ使ってさ」
一裕はかちゃっと銃口を比呂に向けた。
その顔にははっきりと怒りの色が見える。
「比呂君も…ちゃんと答えて…くれないんだね? 」
「少なくとも、銃を向けた状態で真剣に答える気はないね。
ひねくれた性格なもんで」
一裕はゆっくりと立ち上がる。
それに合わせて比呂も立ち上がった。
ゆっくりと歩を進める一裕。
比呂は動かずにその様子を見つめていた。
距離は一歩一歩縮まる。
比呂は予測していた。
わざわざコレを問いただすために自分を追ってきたのであれば、
なんとしても答えを聞こうとするだろう。
どんな手段を用いても。
理解しがたい行動ではあるが。
銃口をちらつかせたとしても答えない相手にとる行動は簡単に想像がつく。
今度はその銃口を押し当てるのだ。
恐らく、力づくでも答えが聞きたいはずだろう。
そのために何人もの生徒を殺してきたのだろう。
短絡的過ぎた。
冷静に考えを巡らせているように見えていてもその行動は幼さそのものだった。
手に入れたいと力を誇示し、願わなければ壊す。
比呂は確信していた。
そして一裕はそのとおりに行動する。
一歩、一歩と比呂へ近づく。
ゆっくりと銃口をちらつかせ。
距離1メートルで一度立ち止まる。
「ちゃんと答えないなら、比呂くん、もう要らないよ」
「…」
比呂は無言のままその銃口を自ら引き寄せる。
「もったいぶらずにさっさとヤレよ」
一裕はそれを聞き、そのつもりだよ、と言う意味を込めて眉を上に上げる。
「ただじゃ、やられないけどな」
比呂はそう言い捨てると同時にその銃口に指を挿す。
一裕はぴくりと動いた。
その行動を理解しなかった。
「何? してるの? 」
「知ってるか? この状態で引き金引くと、暴発するぞ」
「…」
「でも、比呂くんも無事じゃないね? 」
「そうだな。指がふっとぶ。下手すりゃ右手はおしゃかだ」
「ふーん」
「そのかわり、お前の手とこのベレッタもただじゃすまない」
「…」
「勇気ある行動だね」
「死に物狂いなんだよ」
「僕はどうしたらいい? 」
「さぁ? 引き金を引いてくれると俺に優勢に事が運ぶね」
「そうかな? 」
「お前は右肩怪我して、そのうえ左が使えなくなるんだ。
俺はまだ左手が残ってる」
「僕がこの銃を後ろに引いたら? 指は抜けるよ? 」
「引いたらすぐ撃てなくなるだろう? 隙ができる」
「ずっとコレ考えてたの? 」
「いや、今思いついた」
「ふーん…流石だね」
「さて、どうする? 」